#082 蓄財のススメ
ここ数日間のブックマーク、評価数の伸びに、欣喜雀躍しております(心の中で)。
今後ともよろしくお願い致します。
天文23年(西暦1554年)10月 駿府館
友野屋の助けを借りて中途採用した越庵一門と足軽待遇の五番隊は、少しずつ時間をかけて、屋敷の面々と打ち解けていった。
直近の対応が必要だったのは越庵先生から提示された条件の一つ、一般の領民に対する医療行為の継続だったが、これは駿府館の敷地の外、通用門から通りを挟んで向かい側に、簡素な造りの診療所を建てる事で折り合いが付いた。
なぜ敷地の外になったかと言うと、よそのスパイが混ざっている可能性がある一般人を、おいそれと駿府館に出入りさせる訳には行かなかったからだ。そこで、通用門の門番の目が届き、かつ駿府館にも患者が立ち入らずに済む場所に診療所を構え、日替わりで越庵先生の弟子が数人詰めて患者の診療と治療に当たる事になった訳だ。
ただ、心配性な患者や武家の患者は、是が非でもと越庵先生の診療を要求するため、その際は屋敷で研究や医学書の執筆に当たっていた越庵先生が出張る事になる。先生は自分が診るまでもない、と不満を漏らしながらも、結局最後まで面倒を見てしまうのだそうだ。
なお、先生はお金持ちや身分が高い人に対して高額な治療費を請求しており、彼らは最初こそ渋るものの、診療所に立てられた『足利二つ引両』の旗指物を見ると、黙って支払ってくれるそうだ。
そんなこんなで月日は過ぎ、冷たい秋雨が降りしきるある日、私は義父――今川義元殿の呼び出しを受け、義元殿の私室、その下座に腰かけていた。
何というか、小田原城の謁見の間に飾られていた装飾品は、金箔が張られていたり、大きかったりと、一目で高級品と分かる物が多かったが、この部屋の装いは対照的だ。ゴテゴテした飾りは見当たらないが、よく見ると柱も、障子や襖の紙も上質で、奥には掛け軸が掛けられ、その前に花が活けられている。掛け軸には漢字で四行、何か書かれているが…達筆過ぎて、何と書かれているのか正直全然分からない。
それより、というのも無粋だが、役に立ってくれているのが部屋の真ん中あたりで煙を上げている火鉢だ。
景徳鎮、という奴だろうか?ツルッと滑らかな表面、白地に青い絵の具で幾何学模様が書き込まれた陶磁器だ。体感としては、小田原より駿府の方が冷え込みが弱いものの、やっぱり寒いものは寒いので、火鉢があるとないとではだいぶ違う。
総じて渋いけど高級品揃いという、義元殿のこだわりが反映された部屋、というのが私の感想だ。
「太守様のおなりにございます。」
障子の向こうから聞こえて来た声に平伏すると、静かな足音と共に複数の人が入室する気配がした。
「苦しゅうない、面を上げよ。」
顔を上げると、上座には数人の近習や太刀持ちを従えた義元殿が腰かけ、相変わらずの柔和な表情を浮かべていた。
「太守様におかれましては、ご機嫌麗しゅう…。」
「よいよい、楽にせよ。仮にも親子ではないか。」
義元殿の言葉にもう一度下げようとしていた頭を止め、居住まいを正したものの、改めて言われると名状しがたい感覚があった。
この世界において、生物学的な両親は小田原にいる。義元殿は夫である五郎殿の父親で、詰まる所赤の他人…と言えないのがややこしい所だ。
何せ義元殿は母上の腹違いの弟で、五郎殿と私は今川氏親という共通の祖父を持つ従兄弟同士。
まとめると今川義元殿は、私の面倒を見てくれる嫁ぎ先の当主であり、朝廷から官位をもらっている貴人であり、東海三か国の主であり、母の弟であり、夫の父親でもある。
イコール、御屋形様であり、治部大輔殿であり、太守様であり、叔父様であり、義父上でもある訳だ。
血筋と肩書きがモノを言う封建社会のルールに若干混乱していると、義元殿は背後の近習に視線を送った。近習は懐から書状を抜き出すと、腰を低くした体勢で私の側にやってきて、その書状を差し出した。
「お主の申し出た通り、小田原より参ったご両親よりの手紙を先に検めさせてもろうた。この場で読むがよい。」
「有難き仕合せにございます。」
小田原からの返事が無事に届いた事にホッとしながら、私は近習から手紙を受け取った。
やはりこういう時は前世の情報伝達の速度を懐かしく思う事もある。発信、受信のスパンが比べ物にならない。
まあ、インターネットと情報技術が発展した世界では、副作用としてデマの氾濫やら匿名での誹謗中傷やら、それなりに問題があった事も事実だが。
「しかしご両親とのやり取りを余に筒抜けにするとは、讃えるよりむしろ怪しからぬ仕儀であるのう。」
「は…?」
義元殿の思ってもみない発言に、私は手紙を持ったまま凍り付いた。
義元殿の、今川家の不信を招かないようにと思っての事が、かえって機嫌を損ねてしまったのだろうか?
「問い質してもおらぬのに先んじてご覧ください、とは…まるで己にやましい所が無いと、そう申しておるようじゃのう。」
「はっ、あの、その…。」
慌てふためく私に、義元殿は開いた扇子で口元を覆い、密やかな笑い声を漏らした。
「案ぜずとも、怒ってはおらぬ。されど、余の目に入れとうない手紙のやり取りをせんとして、なにゆえ此度は見せぬのか、と余に問い詰められる事あれば、いかにせん。」
義元殿の言葉に、私は自分の迂闊さを悟った。もし小田原の両親とだけやり取りしたい内容があったとして、今まで義元殿に見せていたのに今回は見せたくありません、となれば、かえって内容を疑われてしまう。その事実に遅まきながら気付いたからだ。
「お主が嫁いで参られた事、誠に嬉しゅう思うておる。五郎を立ち直らせ、支えてくれておる事も、礼の言いようも無い。されど今川と北条は畢竟別々の家。この先手切れにならぬと、誰が言えよう。」
「左様な…左様な事にならぬよう、私が全身全霊で…!」
「心意気は認めよう。されど、時は乱世。人一人の足搔きではどうにもならぬ事も、この世にはあるのじゃ。」
義元殿の言葉に、返す言葉が見つからずうつむいていた私は、勢い良く扇子が閉じられる音にハッと目線を上げた。
義元殿は、さっきまでの会話が無かったかのように、微笑みを私に向けていた。
「意地の悪い事を申して、済まぬのう。されど気がかりである事も真じゃ。血縁遠からずとは言え、ご実家とのやり取りを余に知られて気を揉んではおらぬか、とのう。例えば…もし、余のあずかり知らぬ繋がりが駿府と小田原との間にあり、結殿がこれを通じて手紙をやり取りすれば、余も気付くまい。無論、余の知る所となれば、相応の仕置をさせてもらうがのう。」
義元殿の声色に、猜疑心よりも私への気遣いを感じ取った私は、言葉の裏に隠された意図を必死に考えた。
こうして実家とのやり取りを報告する事が通例化してしまった以上、今さら変えるのは不自然だ。今川家の関係者に知られたくない内容をやり取りしたければ、自分で裏ルートを構築するしかない。金ヶ崎の戦いで、夫である浅井長政の裏切りを実兄の織田信長に伝えた、お市の方のように。
そしてやるのであれば、義元殿の情報網に引っかからないよう注意する事。
義元殿は、親切にも私にそうアドバイスしてくれているのだ。
「…承知致しました。」
床に三つ指をつき、軽く頭を下げながら、私は慎重に言葉を選んだ。
「今後小田原より届きし文は、まず私が読んで、然る後に『義父上』にご覧いただく事と致します。されど、義父上のあずかり知らぬ繋がり、とは…そのようなものが明らかになる事など、金輪際無いものと心得ますが…。」
自分が考える精一杯の「悪女」をイメージしながら、私は勿体ぶった口調で義元殿に言った。
意訳するとこうだ。今後はむやみに身内とのやり取りを明らかにはしません、裏ルートもバレないように作ります。
前者はともかく、後者については具体的なプランが一切存在しないが、私の意図が正しく伝われば、義元殿も機嫌を直してくれるだろう。
私の予想を裏付けるように、義元殿は再び開いた扇子で口を覆った。
「ほっほっほ。左様であるか。頼もしい義娘である事よのう。」
どうにか及第点をもらえたらしいと安堵しつつ、近い内に百ちゃんと相談して、『裏ルート』の構築が可能かどうか確かめよう、と私は密かに決心した。
「さて…白湯も運ばれて来た事じゃ、ご実家からの文を見るがよい。」
義元殿に言われた通り、小姓が運んで来た湯吞を横目に、私は書状を開き、両親からの返事に目を通し始めた。
手紙に目を通し終えた私は湯吞を手に取り、心を落ち着けるためにも白湯を多めに口に含んで少しずつ飲み込んだ。
全体的に問題は無い。私が贈った『さぼん』についての感謝、近況報告、私の健康を気遣う言葉等々…。しかし終盤に書かれている回りくどい言い回しが厄介だ。
要約するとこうだ。『最近義元殿が尾張の織田信長に苦戦していると聞く。義元殿が希望するようであれば、例の夢の話を聞かせるように』。
私が湯吞を置いたタイミングで、義元殿から声が掛かった。
「読み終えたかのう?では、余にも教えてくれぬか。その『夢』とやらを。」
「その前に、お聞きしてもよろしゅうございますか。太守様…失礼、義父上が尾張の織田上総介殿に手を焼いておられるとは、真にございますか?恐れながら、にわかには信じがたく…。」
『桶狭間合戦』の話を義元殿にすべきか、判断材料を得る目的も兼ねて、私は聞き返した。後に天下人となる信長が善戦するのは当然という気持ちと、大大名である今川の苦戦が理解できないという気持ちが半々だった。
「左様であるな。どうやらご実家も今川と織田の経緯についてご存知の様子。お主にも粗方を申しても、差し支えなかろう。」
そう言って、義元殿は私に今川と織田の因縁をざっくりまとめて解説してくれた。
北条や武田といった巨大勢力を避け、西への勢力拡大に注力して来た今川と、織田家を中心とした尾張勢が、三河を巡って長年争って来た事。
近年、三河がほぼ完全に今川の勢力圏に加わり、戦場が尾張国内に移りつつある事。
そして、義元殿がしばしば万全を期して仕掛けた策略が、小大名の若き当主、織田上総介信長の果断なる行動により、当初想定していた結果を下回る形で終わっている事…。
「今年初めの村木砦の一件も然り。自ら兵を率いて荒海に漕ぎ出し、力攻めにて砦を落としたるよし、中々の傑物と見える。これはいずれ、余自ら兵を率い、織田上総介と雌雄を決するよりないかと思うてのう。」
「それはなりませぬ!」
大声を上げた後で、私は後悔した。
戦と政は本来男達の領分。女がそこに口を出すのであれば、相応の理由が必要になるからだ。
例えば――義元殿が討ち死にする夢を見た、とか。
「…その様子、やはり余と織田の合戦に関わりがあるようじゃのう。聞かせてくれぬか。いかなる内容でも咎め立てはせぬと、固く誓おう。」
身を乗り出した義元殿の気迫に圧された私は、かつて父上と母上に語り聞かせた『桶狭間合戦』の一部始終を、その登場人物の一人であるはずの義元殿自身に、再度披露する事になった。
「ふむ、大兵を過信して酒宴を開いた挙句、不意を突かれて首を取られる、か…。」
私の話を聞き終え、思案顔になった義元殿に、私は限界まで腰を折って平伏した。
「不敬の極み、何卒お許しを!義父上がかように器量の広いお方と存じておりましたら、きっとこのような夢も見ておりませなんだかと…!」
「顔を上げられよ、結殿。申したであろう、咎め立てはせぬ。」
「されど…!」
恐る恐る顔色を窺うと、義元殿は動じた様子もなく、再び微笑を浮かべていた。
「あるいはこれは逆夢かも知れぬ。分不相応な野望を抱き、大兵に驕り、酒に溺れれば、いかに三か国の主と言えど容易く落命するであろう、とな。織田上総介が油断ならぬ相手とは思うておったが、これよりは一層慎重に策を練る事と致そう。…よくぞ教えてくれたのう、礼を言うぞ、義娘よ。」
義元殿が私のポンコツ未来知識をポジティブに解釈してくれた事に、私はひとまず胸を撫で下ろした。
やっぱり、これほどの人が敵地真っ只中で酒宴を開くなんて、とてもじゃないが考えられない。
今後あの児童向け歴史漫画シリーズに書かれていた内容は、基本疑ってかかる事にしよう、うん。
「それはさておき、結殿。近頃、何か困っておる事は無いか?例えば…普請や銭について。」
義元殿の洞察力に、私は思わず大声で聞き返したくなったのをぐっとこらえた。
「…ご明察にございます。薬師の一門と追加の警固役を新たに迎えましたゆえ、屋敷の中がいささか手狭に。新たに普請を考えました所、蔵の銭の残分を見て急に心細く…。」
結婚直後に所領をもらった時は、小田原から連れて来たみんなに給金を支払っても十分余裕があると思っていたのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
新しく雇用した越庵一門への人件費、高い食器や装飾品、着物、芸事の道具等々の購入費用、いずれはお公家様や他の大名家への贈答品も必要になって来るだろう。
これらを勘定に入れると、残高はお世辞にも一生遊んで暮らせる、とは言い難かった。
「成程のう。まず、普請に使う用地についてじゃが…お主達の屋敷の敷地を、今より拡げる事を許そう。」
「真にございますか。」
「うむ。子細は五郎に追って伝える。さて、銭についてじゃが…ここで余がお主に分け与えるが、手っ取り早くはある。されど…。」
心なしか笑みを深めながら、義元殿は扇子で私を指した。
「お主、友野屋の相談に乗ってみる積もりは無いか?」
「友野屋殿の、相談に?」
話の繋がりが見えず、首を傾げる私に、義元殿は理由を明かした。
若くして友野屋の名跡を継いだ次郎殿は、傘下の商人達に自分を認めさせるため、大口の取引を狙っている。前回の面会で持参した宝物をまとめて売却出来た事は、次郎殿にとっても幸運ではあったものの、今一つ話題性に欠けた。やはり、今川の次代当主、五郎殿とコネを作って大きな商いをしたい――そう考えているらしい。
「この件、首尾よくまとまればお主にも見返りがあろう。よほどの事が無ければ、お主の裁量で話を進めてもらいたい。」
義元殿が提示した条件に、私は戸惑った。
あくまで五郎殿のサポート役であるはずの私が、率先して御用商人との商談に携わっていいものかどうか、判断が付かなかったからだ。
「恐れながら、私が音頭を取って進めてしまってもよろしいのでしょうか。五郎殿や義父上の指図をいただく事なく…。」
「無論、友野屋との取り決めについては、最後には余が沙汰を申し渡す。されど、これはお主にこそやってもらいたいのじゃ。」
「私にこそ…?」
「五郎はいずれ今川の家督を継ぐ。直ちに三か国の主とはならぬが、駿河、遠江、やがては三河を差配する事になろう。それ程の者があたら商売に手を貸せば、貪欲な国主と陰口を叩く者も現れよう。」
私は義元殿の意図を朧気ながら理解し始めた。今川家の金庫は、いずれ五郎殿のサイフと同義になるという事だ。そんな人が、言わば国家予算を元手に商売をする事を、問題視する層も一定数存在する。
一方で私は…。
「されど結殿は奥向きの主。所領は増えずとも出費がかさむ事も多かろう。それゆえ、己が財と才覚をもって、銭を儲ける手立てを学ぶが良かろうと思うた次第じゃ。応仁の乱の折、公方様のご内儀(日野富子)が大いに蓄財して忌み嫌われた事を思えば、酷な仕打ちとは思うが…。」
「いいえ、義父上。そのお話、喜んで引き受けさせていただきます。」
私の返事に、義元殿は少し困り顔になった。
「…余から申した事ではあるが…真によいのか?守銭奴、悪女と蔑まれるやも知れぬぞ。」
「銭こそ全て、などと、さもしい事は申しませぬ。されど、銭があれば、いいえ、銭なくして収まらぬ悩み事も数多ございましょう。五郎殿が私を信じ、今川を王道へ導かれるのであれば、私も五郎殿を信じ、悪名を背負います。」
やや大袈裟に言ったが、ほぼ本心だ。お金は無いより、あった方がいい。
たとえお金儲けに走って世間で陰口を叩かれても、五郎殿や百ちゃん達に信じてもらえれば、きっとやっていける。私にはそう思えた。
「…承知した。友野屋に使いをやって、そなたらの屋敷に向かわせる。日取りはいつ頃がよい?」
「明日は寿桂様の稽古がございますゆえ…明後日以降であれば、差し障り無いものと存じます。」
「相分かった。友野屋にも左様に伝えよう。…本日は大儀であった。下がるがよい。」
「かしこまりました。失礼仕ります。」
義元殿の部屋を辞した私は、屋敷に帰る道すがら、自分の資産と才覚でお金儲けに挑戦する事への期待と不安に、大いに胸を騒がせていた。
「どうやら余はお主の器量を測り損なっていたようじゃ。どんな知らせを持って参るか、楽しみにしておるぞ。結殿…いや、我が義娘よ。」
お読みいただきありがとうございました。




