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#008 もし目の前に子供の頃の自分がいたら

今回もよろしくお願い致します。

 きょとんとしている私に、侍女頭が小声で説明するところによれば、桃ちゃんは北条お抱えの乱破(らっぱ)衆――他国に忍び込んで情報収集したり、敵陣に潜入して破壊工作したりする集団――風魔党の一員らしい。


 いや、それ忍者じゃん。


 うっかり突っ込みそうになり、空咳(からぜき)で誤魔化すと、心配した侍女頭が背中をさすってくれた。こういう所は素直にありがたい。

 私に限ったことではないが、父上の子を母上が直接面倒見ることはほとんどない。別に自分の子が可愛くないわけではないようなのだが、高い身分の人間は直接子育てをしない、というのがこの時代の常識らしい。つまり私にとっては実の母親よりも、侍女頭と顔を合わせる時間の方が長いのだ。時々実の母親のような錯覚すら覚えてしまう。

 まぁそれと開けっ広げに付き合えるかはまた別の問題だが。

 しかし桃ちゃんが忍者とは。ぱっと見、そんな感じには見えなかった。「世を忍ぶ仮の姿」ってやつ?

 しかも父上の命で私の側付きにねぇ…。もしかして私のことを探らせようとしてる?いや、でもそれなら風魔党の一員ってことは伏せさせるはずだし。ダメだ、相変わらず父上の考えることはよく分からない。




 昼過ぎ、今日の分のお勉強を終えた私は、部屋で「枕草子」を読み返していた。

 自主的な予習復習、と言えば聞こえは良いが、実は他にすることがないだけだ。お手玉や子守唄は精神年齢的に楽しめないし、散歩はこれまでに奥の間をあちこち歩き回って、どこに何があるかだいたい把握している。できれば布団に寝っ転がっていたいのだが、周囲には常に誰かしら侍女の目が光っていて、ブザマな姿は見せられない。よって“教科書”を読み返すくらいしか時間を潰す方法がないというわけだ。これはこれでまた新しい発見があって楽しいけど。


「姫様、ご無礼致します。」


 侍女頭の声に顔を上げると、他の侍女たちを引き連れて入室する所だった。桃ちゃんがでっかい箱を抱えている。見るからに重そうだが周りの侍女が手伝おうとしているようには見えない。戦国時代からあったんだ、新人いびり。けったくそ悪いなぁ。


「先ほど大殿を訪れた方から、姫様にと頂戴しまして。どうぞお確かめくださいませ。」


 侍女頭の口上に、内心ガッツポーズをする。これこれ、これでこそお姫様。働かずして座っているだけで贈答品をもらうことができる。

 とは言え、中身によっては繊細な対応が必要になる。豪華すぎる装飾品だったら素直に受け取るより「わたくしにはまだ分不相応です」とか言って母上に回した方が良いだろう。逆に貧乏くさくても露骨にがっかりせず、「お気持ち確かに、嬉しゅうございます」くらい言っとかないとワガママ姫のレッテルを貼られかねない。まずは現物を見て、それから対応を考えないと。

 侍女頭の合図で桃ちゃんが部屋に足を踏み入れ――


ガシャアアン!


 思い切りすっ転んで箱の中身を私にぶちまけた。

とっさに両手で顔をガードすると、軽くて硬いものがいくつも腕に当たる感触がした。そっとガードを解いて見ると、大きな貝殻が床一面に散らばっている。内側に絵と文章が書かれている、母上がやっているのを見たことがある、「貝合わせ」というやつだ。神経衰弱とかるたが一緒になったような遊び。


「こ、これは大変な失礼を。桃!なんと無作法な!早く拾いなさい!」


「いいえ、その必要はありません。」


 侍女頭の金切り声を遮って私は言った。胸の辺りがすうっと冷える代わりに頭に血が昇る懐かしい感覚。


「そこのあなた。そう、あなたよ。」


 障子の脇に立つ侍女――にやけた口元が袖で隠しきれていない――の方を向いて、できるだけはっきりと言う。


「足を引っかけたでしょう。見えましたよ。あなたが片付けなさい。」


 前世の小中学校で何度もやられたから分かる。定番のイジメだ。

 見抜かれて真っ青になっている侍女を放置して、呆然とこちらを見る桃ちゃんの手を取る。やっぱり、箱を持ったまま転んだから腕に擦り傷ができちゃってる。

 まるで昔の――正確には未来の、いや今はどっちでもいい――私だ。親も、先生も、友達も助けてくれない。このままにはしておけない。


「私が戻るまでに片付けておくように。」


 そう言い捨てて、私は桃ちゃんの手を引いて廊下に出た。とにかく早く保健室の先生に見せないと――。


「ひ、ひ、姫様。わたくしをどちらへ?」


 しばらく歩いたところで飛んできた桃ちゃんの疑問に即答しようとして、私は頭に昇った血が急降下するのを感じた。やっちゃった。


 今は戦国時代。ここはお城。


 保健室なんかあるわけないじゃん!

お読みいただきありがとうございました。

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