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#078 中途採用一つ、免許と資格証明抜きで

今回もよろしくお願い致します。

「お近付きの印に、このような物をお持ちしました。どうぞお納めくだされ。」


 友野次郎殿がそう言って片手を上げると、背後に控えていた使用人達が慎重に包みを持ち上げ、私と五郎殿の前に並べて結び目をほどきにかかった。

 包みは全部で三つ。

 私は包み越しに五郎殿を見据える友野次郎殿の目に、数年前に訪れた小田原の豪商、外郎(ういろう)屋での出来事と、つい最近寿桂様からもらったアドバイスを思い出していた。




「友野屋は今川の御用商人として、日々の雑用から戦支度まで、幅広く商いに及んでいます。」


 薬師と浪人を探すなら、幅広い人脈を持つ友野屋を頼ればいい。そう言って友野屋の紹介を約束してくれた後、寿桂様は私に厳かに語りかけた。


「されど、商人(あきんど)はあくまで商人。今川が後ろ盾になっているからと、際限なく銭を献上してくれる訳でも、無償で宝物(ほうもつ)を差し出してくれる訳でもありません。」

「何らかの見返りを求められる、という事ですね。」

「飲み込みの早い事ですね。ご当主の人柄について教えてあげられればよいのですが…あちらも近頃代替わりしたばかりとの事。わたくしも詳しくは…。」


 寿桂様にとっても、未知の相手という事か。会ってもいない相手に緊張する私に、寿桂様は念を押した。


「今川は(みやび)であると共に、武家としての心構えも忘れてはなりません。友野屋を蔑ろにする事は論外ですが…商人に今川の命脈を左右される事になるなど、以ての外です。貴方と五郎殿には難しい駆け引きになるやも知れませんが、精進なさい。」


 私は寿桂様のアドバイスに心底感謝しながらも、肝心な所がフワッとしている所が母上と似ている事に思い至り、真剣な表情の裏で笑いを噛み殺したのだった。




 ともあれ、寿桂様のアドバイスは五郎殿にも伝えた。

 そのかいあって、あるいはそのせいで、五郎殿は目の前のお宝を前に、かつてなく難しそうな顔をしている。


「これなるは、業物(わざもの)の太刀にございます。値は五十貫文。次に、こちらは『土佐日記』の写本、値は二十貫文。最後に、南蛮渡来の『さぼん』、値は十貫文にございます。」


 友野次郎殿の説明を聞きながら、私はお宝を順番に見比べた。

 太刀は豪華な(こしら)えで、素人目にも良品である事が窺える。下級武士である馬蔵さんの年収が吹っ飛んでしまいそうな金額も納得だ。

 『土佐日記』は…前世、聞いた事があるようなないような…。それに二十貫文とは、やや強気な値段設定に思える。

 『さぼん』は両手で持てるサイズの、長方形の灰色の塊だ。南蛮渡来とは言えこれに十貫文の値段を付けるのは一見酔狂だが、私の勘が正しければ、もしかすると…。


「ふむ、手に取って(あらた)めてもよいかのう?」

「勿論にございます。ここだけの話、さる高貴なお方もこれらを所望(しょもう)しておられまして…よろしければ、若君にはいずれか一つ、進呈致したく存じます。」


 五郎殿は席を立ち、三つのお宝を検分した。


「この太刀は…見事な直刃(すぐは)であるな。加えて輪反(わぞ)り…大和(やまと)の太刀か。」

「さすがお目が高い。我が家の蔵に眠りし業物にございます。」

「『土佐日記』か…。成程、美麗なる仮名文字(かなもじ)。写本と言えど原本に劣らぬ、という訳か。」

「左様にございます。数ある写本の中でもこれは特に出来が良く…この機を逃せば二度とお目にかかれぬかと。」

「この…『さぼん』とは何じゃ?いかにして用いる。」

「ははっ。恥ずかしながらそれがしにも今一つ…。水に浸して表面をこすると、泡が吹き出すという代物にございまして。西国では通じが悪い折に削って飲む薬として用いられると聞き及んでおります。」


 友野次郎殿の話にある種の確信を得ながら、私はこの場での最適解を模索した。

 次郎殿の思惑はおおよそ見当が付いた。五郎殿が『どれを』、『幾らで』買うのか、それを基に五郎殿の嗜好と器量の大きさを推し量ろうとしているのだ。

 しかし、妻である私が出しゃばるのはよろしくない。

 上座に戻った五郎殿を、ハラハラしながら見守っていると、五郎殿はしばし考えた後、膝を打った。


「友野屋よ。これら三つを全て買おうではないか。無論、そなたの言い値でな。」


 五郎殿の決定に、前世しがない庶民だった私の心が抗議の声を上げる寸前、今世で培った知識が歯止めをかけた。

 御用商人が持ち込んだ逸品を即決で買い取ったとなれば、五郎殿の器量の大きさの証明になるだろう。残念ながらそれぞれの適正価格は分からないが、さすがに友野屋もお得意様に吹っ掛けて、後からぼったくりが発覚すれば信用に関わる。つまり――百点満点かは自信がないが――今日の所は、恐らくこれが正解という事だろう。

 と、五郎殿の返答が予想外だったのか、腕組みをして考え込む友野次郎殿の目を盗んで、五郎殿が私に目配せをした。


『何か申したい事はないか?』


 そう聞かれたように感じた私は必死に頭を働かせ――そもそも今日の面談が何のためのものだったのか、という原点を思い出した。


「五郎殿、友野屋殿、少しよろしいでしょうか。」


 五郎殿の好意に甘えて口を開くと、友野次郎殿が慌てて居住まいを正し、私に向き直った。


「実は友野屋殿にお願いがあるのは、私達の方なのです。宝物の買い上げは、その手付と思っていただけませぬか。」

「それは…何とも思いがけぬ成り行き。何をお望みにございましょうや。」


 私は一度目をつぶって、今本当に必要としているものを頭の中で整理してから友野次郎殿を見つめた。


「友野屋殿には、人を紹介してもらいたいのです。腕利きの薬師を一人と、浪人を四人。駿河一の豪商である友野屋殿であれば、容易い事と存じますが…。」

「なんと、物ではなく人をお探しで。これは迂闊にございました。駿河も広うございますゆえ、直ちに名を挙げるは…。」


 友野次郎殿はしばらく黙り込むと、意を決したように五郎殿を見据えた。


「承知仕りました。お望み通り、これらの品をお買い上げいただく代わりに、駿府で思い当たる薬師と浪人の目録を、後ほどお届け致します。」

「うむ、銭は後で持たせる。しめて八十貫文、受け取るが良い。」

「かたじけのうございます。では、我らはこれにて…。」

「しばしお待ちを。」


 面談を終えようとしていた友野次郎殿は、私の制止に戸惑う様子を見せた。


「こうして友野屋殿と縁を結べた事、誠に嬉しゅう存じます。つきましては、(つたな)いながら膳を用意しました。無論、使用人の皆様の分もございます。少し召し上がって行かれてはどうでしょう。」


 口の中がカラカラになるのを感じながら言うと、友野次郎殿はややオーバーに、全身で喜びを表現した。


「おお、おお、これは何と光栄な…。喜んでご相伴に与り申す!ただ、まだ日も高うございますゆえ、こたびは酒は遠慮しようかと…。」

「承知しました。では支度に参りますゆえ、しばしご歓談を…。」


 私は友野次郎殿が誘いに乗ってくれた事に安堵しつつ席を立ち、客間を出て厨に向かった。


「蕎麦切りを五人前、用意して。お客様は四名、内一名は上客よ。五郎殿の分と同じくらい、上等な器を使って頂戴。」


 私の指示に、待機していた厨人達が動き出す。

 献立は蕎麦切りに温かい付け汁、それに漬物を二皿だ。

 ただ、下手すると今川家より上等な食材を口にしている可能性がある相手に、食材の高級性で勝負しても勝ち目は薄い。だから器で洒落っ気を出す。

 ススキが描かれた皿に蕎麦切りを盛り付け、秋の野原を表現する。

 漬物を乗せる皿は、食べ終えた後に紅葉(もみじ)の絵柄が現れるように盛り付け、秋の山々を想起させる。

 趣向ばかりだとかえって風流ではないため、汁物のお椀はシンプルな漆塗り。

 寿桂様に教えられた事を自分なりに実践した、積もりだけど…友野次郎殿が気に入ってくれるかは、正直自信が無い。それでも、またこうした機会がやって来ても不思議はないのだから、いつかは挑戦しなくてはならないのだ。


「若奥様、盛り付けが終わりましてございます。」

「ご苦労様、では運んで頂戴。慌てず、慎重に。五郎殿と友野殿にお出しする膳を間違えないように気を付けて。」


 出陣する侍の気持ちはこんな感じなのだろうか、などと考えながら、私は膳を運ぶ行列の先頭に立った。




 結論から言えば、私が差配した間食はまあまあ好評だった。温かい汁物に通した蕎麦切りをすすった五郎殿と、友野屋の皆さんは一様に顔がほころび、汁の一滴まで飲み干してしまった。

 惜しむらくは、友野次郎殿が付け汁のお椀を()めつ(すが)めつ観察していた点を鑑みるに、付け汁のお椀にも一工夫必要だったかもしれない。友野次郎殿が派手好きである可能性もあるが、見た目は地味だけど名人の名前が入ったお椀とか用意出来ればなお良かったかもしれない。今後の課題だ。

 それはさておき、お宝の代金を受け取った友野屋ご一行が屋敷を辞してから二日後、待望の目録(リスト)が届けられた。めちゃくちゃ仕事が早い。

 あいにく五郎殿は日中の予定が詰まっていたため、ふ…夫婦間での検討会議は夕食後に開かれた。


「これが薬師と浪人の目録か。名前と歳は言うに及ばず、当人の売り文句や町民の評判が記されておる。手際がよいのう。」


 五郎殿の言葉に、私は無言で頷いた。さすが五郎殿と同年代で今川の御用商人の当主になるだけあって、実力は折り紙付きらしい。


「しかし薬師は十人、浪人は四十人か。ちと…いや、だいぶ多いのう。」


 五郎殿の言う通り、友野屋が見繕ってくれた人数は、どちらも私達が希望する人数の十倍だ。

 とりあえずプロフィールを読んで、あまりにもダメそうな人はもう候補から外す。

 前世では企業の面接を受けたり、採用されたりする立場だった事を思うと、人事担当者みたいな事をしている現状は何とも不思議な感覚だった。

 二人で五十人分のプロフィールを見終わると、私は目に疲れを感じて両目をこすった。

 結論としては、薬師の方はある程度絞り込みが出来たものの、浪人の方はさっぱりだった。何せ、誰も彼もどこそこ流の達人を名乗り、十人相手に斬り勝ったとか、ホラ話みたいな武勇伝を主張している。この中から腕が立ち、しかも輪番表を守って屋敷の警固に当たってくれる人材を見つけ出すのは骨が折れそうだ。


「されど、この者は気にかかるのう。」


 五郎殿が指さした人名に、私は改めて目を凝らした。

 『赤羽(あかばね)陽斎(ようさい)』、歳は二十四。剣法は我流、足軽大将の心得ありと記されている。

 他の浪人と比べると、確かに異質だ。


「されど、いかほどのものかは…。」

「直に見ねば何とも言えぬのう。父上に頼んで練兵場を借り、浪人達の資質を探るより無いやも知れぬ。」

「よきお考えにございます。さすれば、日取りは七の倍数にしていただければよろしいかと存じます。私が寿桂様の屋敷に招かれる日にございますれば、警固役の皆様を練兵場の見張りと浪人の見極めに用いる事が出来ましょう。」

「おお、そうであったな。では、父上には左様にお願いしよう。」

「それから、五郎殿。厚かましいお願いとは存じますが…先だって友野屋殿から買い上げた宝物の使い道について、私の考えを申し上げてもよろしゅうございますか。」


 無言で続きを促す五郎殿に、私は二日前からの持論を展開した。


「『土佐日記』の写本は寿桂様に、太刀と『さぼん』は小田原の実家に贈りとう存じます。」

「その心は?」

「思えば私も寿桂様に稽古を付けていただきながら、お礼らしきものを何もして参りませんでした。読み物であれば、寿桂様も喜んでいただけるかと。太刀と『さぼん』は、それぞれ我が兄、新九郎の婚礼と、先日生まれた腹違いの弟、西堂丸殿へのお祝いにしとうございます。」


 新九郎兄者の婚礼は今年の十二月と決まっているが、西堂丸殿が誕生した件については先月、三島の宿で一時帰郷した際に、母上から初めて聞かされた。

 ちなみに、『西堂丸』は今は亡き長兄、天用院殿の幼名を引き継いだものだ。聞いた時は一瞬ドキッとしたものの、天用院殿には三回忌でお別れを済ませていたからか、思ったほど動揺はしなかった。

 それはさておき。


「太刀は分かるが…なにゆえ『さぼん』が祝いの品になる?薬であれば、小田原の…外郎(ういろう)屋があるのではないか?」


 不思議がる五郎殿に私は言った。あれは飲み薬ではなく、汚れを落とすためのものである、と。

 実際、五郎殿の許可を得て少し削り取り、衣服の洗濯に使ってもらった所、汗ジミや土汚れが若干落ちやすかったという報告を受けている。

 日常的には使えないが、手荒に扱いたくない着物を洗濯する時なんかは役に立つはずだ。


「左様か!それが『さぼん』の真の使い道であったか…。されど、結はなにゆえそれを存じておる。」

「私の側付きの一人がかつて諸国を見聞した事がございまして…西国の南蛮人が、『さぼん』をそのように用いる様を見たと申してございました。」


 嘘である。

 百ちゃんが一時期私の側を離れ、日本各地を見て回った事は本当だが、その中に『さぼん』のエピソードは無かった。

 まあ、未来の日本で庶民でも使うようになります、と言うよりは説得力があるだろう。


「…分かった。『土佐日記』の写本は寿桂様に招かれた折に、そなたから渡すがよい。太刀と『さぼん』を小田原に贈る件については、念のため父上にも言上しよう。」

「かたじけのうございます。」

「いや…しかし、今後は様々な家との贈答にも気を配らねばならぬな…。さて、残るは薬師か。これもいずれが良医か、見当も付かぬのう。」


 五郎殿はそう言ったが、私の中では十人の候補にある程度格付けが済んでいた。

 まずはヤブが四名。これ一錠で死人も蘇るとホラを吹いていたり、医療費をぼったくって患者を死なせていたりとロクなのがいない。

 次にそこそこが三名。風邪への対処療法や止血法は知っている、といったレベルだ。

 それから腕利きが二名。様々な薬を調剤しており、駿府に居住するお公家様の治療に当たった経験もあるらしい。


「では、上位二名の中から選ぶが得策かのう。」


 私の説明にそう漏らす五郎殿に、私はためらいがちに切り出した。実は一人、気になっている薬師がいる、と。

 その薬師については、他の候補より多めに記述されている。

 いわく、百姓町民を無償で治療しながら、公家を診察して大金をふんだくった。

 いわく、その時も患者の生活態度に細かく注文を付けただけで、調剤はしなかった。

 いわく、痛みに耐えかねた患者が暴れると、怪しい粉末を飲ませて丸一日眠らせてしまう。

 いわく、西国の戦場を巡って死体の体を切り刻んでいたらしい。

 いわく、いわく、いわく…。

 怪しい匂いのプンプンするエピソードの中で、私が特に気になったのは次の一文だった。


『矢じりが刺さった侍の腕を切り開き、矢じりを取り除いた後で、糸で縫い合わせた事がある。』


 この記述が正しければ…もしかすると、この薬師は外科手術の技能を持っている可能性があるという事だ。もしそうであれば、何としても彼を常勤医として迎え入れなければならない。

 私はそう思いつつも、薬師のプロフィールに不安を覚えずにはいられなかった。

 名前の欄にはこう書かれていた。


 『臼川(うすかわ)越庵(こしあん)』。


 …どうしよう、明らかに偽名っぽい。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 臼川越庵・・・・ 性格は偏屈で変わり者確定でしょうか。 髪はざんばら髪で半分は白、顔は斜めに大きな向こう傷をこれまた縫った跡があればなお良し。
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