#007 モモちゃん参上の巻
今回もよろしくお願い致します。
幻庵おじさんを交えた父上の圧迫面接から数日経ったものの、私の日常に特に変化はなかった。日の出とともに侍女に――優しく――叩き起こされ、身なりを整えてもらい、朝食をとる。
終わったらお勉強の時間だ。カリキュラムは先生の都合上日替わりで、裁縫や礼儀作法、自分や他人への着付けの仕方と様々だが、中でも私が好きなのは手習いと本読み、今風に言えば国語の時間だ。
この時代はテレビもスマホもパソコンもない――まぁ前世の私はテレビもろくに見せてもらえなかったし、スマホもパソコンも買ってもらえなかったから、近所の図書館にはずいぶんお世話になったが――。おまけに紙やら筆やら書物やらがそこそこ高級品で、現代日本のようにちょっとお金を出せばマンガを読んだりアニメを見られる訳ではないのだ。
そんな環境下で楽しみと言えば、やはり教科書として読ませてもらう文学作品だ。かの有名な「源氏物語」や「枕草子」をナマで読む日が来るとは思わなかった。正直大昔の人が書いたものは小難しいイメージがあったのだが、先生が上手いのか退屈した例がない。あとはひらがなや漢字の読み書きを習得出来れば言うことなしなのだが、この点に関しては先生の評価基準がやたら厳しい。私もまだ数え6つだから余り焦っても仕方ないのかもしれないが。
それはさておき。
勉強が終わる時間はまちまちだ。正確な時間が分からないこともあるが、先生の予想より早く課題が終わってしまったり、私の体調がいまいちだったりすると早く終わるし、キリのいい所までやろうとすると遅くなる。
勉強が終わったら基本自由時間。お手玉や散歩をして過ごし、夕日を照明代わりに夕食をとって歯磨き、着替え、就寝。
若干不満に感じているのは入浴関係だ。前世のプチぜいたくと言えばあったか~いお湯を張った浴槽に肩まで浸かることだったのだが、どうもこの時代お風呂は今でいうサウナみたいな板張りの部屋を指すらしく、ここで汗をかいて布で垢をこそぎ落とすのが常識だ。しかも――またここでも――水がもったいないからと毎日は入らせてもらえない。
まぁ、前世の実家では家族が寝静まった隙に冷めたお湯で体を洗っていたので、あの頃と比べれば雲泥の差だ。
今日も今日とて健康的に早起きし――お姫様なんだからもうちょっとダラダラ寝かせてもらえないだろうか――朝食を終えると、侍女頭――要はまとめ役――から報告があると言われた。今日から新入りが一人加わるそうだ。
空のお膳が片付けられるのと入れ替わるように、侍女頭に付き添われた新人さんが私の前に正座する。年齢は十代半ばといったところか。身長はそこそこ高く、すらりとした体付き。くっきりした顔立ちからはクラスのマドンナみたいな印象を受ける。
ただ、この時代のトレンドは顔も身体もふっくらのぽっちゃり系?らしいので、その基準に照らせば彼女は瘦せぎすの大女、つまりブスということになるだろう。私も表には出さないが、未だにこうした価値観の違いに戸惑うことが多い。
「本日より側付きとなりました、百と申します。誠心誠意お仕え致します。」
新人さんはそう言って私に頭を下げた。
無感情な定型文だけど可愛い声だ。しかも桃ちゃんか。名前まで可愛いかよ。
「桃、ですか。すてきな名前ですね。しっかりはげんでください。」
丁寧に、しかし格上であることを忘れないように。母上から叩き込まれた姿勢を意識しながら返答すると、桃ちゃんは一瞬体を震わせてから「失礼致します。」と言って立ち上がり、朝食の片付けに加わった。
あれ?なんか反応おかしかった?もしかして戦国キラキラネームで、当人あんまり気に入ってないとか?
「姫様、あの者にあまり心をお許しになりませぬよう。」
侍女頭が私に小声で話しかけてきた。なんだ他人の悪口か?安心してほしい、少なくともあんたに心を許した覚えはないから。
「あの者は大殿の命により風魔の里より参ったとのこと。里で何を仕込まれたか分かったものではございません。くれぐれもお気を付けを。」
ふーん、そう。風魔の出身なんだ。
どこ、それ?
お読みいただきありがとうございました。