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#065 暴れん坊大将(裏)

今回もよろしくお願い致します。

#060の舞台裏です。

 牛吉と馬蔵は根っからの武士ではなく、足軽衆の一員として多くの戦場を渡り歩いて来た。それはつまり、一般的な武家の息子が成人するまでに授けられる技能や教養の多くを、彼らが身に付けられなかった事を意味する。

 たった一度の大手柄をきっかけに掴んだ城内警固役の肩書きを失わないために、二人は努力と工夫を凝らさねばならなかった。

 例えば、一つの屋敷で共同生活を送る事で生活費を節約し、浮いた金で武士としての体面を整えるための衣服や武具を買い揃えた。

 また、女房衆の噂話から武芸や作法に秀でた人物を探し出し、なけなしの金で購入した土産(みやげ)で機嫌を取って、非番の時間を使って稽古に励んだ。

 そのかいあって、同僚から『足軽上がり』と(さげす)まれる事は随分減った。ただ、剣術については、足軽時代の喧嘩(けんか)闘法が抜け切らず、泥臭いとけなされる事が今でもある。

 しかし、曲がりなりにも場数を踏んで来た二人は、その泥臭さが戦場で役立つ物であると確信していた。




「牛吉!」

「おうさ!」


 真夜中の境内で、馬蔵と牛吉は背中合わせになり、自分達を遠巻きにする渇魂党(かっこんとう)一味に打刀の切っ先を向けた。

 戦場では道場のように、一対一で向き合って礼に始まり礼に終わる、などという事は無い。馬蔵と牛吉は、こうして複数同士で戦う時の駆け引きに、少なからず心得があった。


「てぇりゃあああああ‼」


 しびれを切らした賊の一人が、馬蔵に斬りかかる。振り下ろされた刀を自身の刀で受け止め、押し返す。が、追撃はしない。打ち込みの軽さから、相手が様子見で打ち込んで来た事を察したからだ。


「東条殿、東条殿はいずこ!」


 眼前の相手から目を離す事なく、馬蔵は声を張り上げた。足音からして自分達二人を囲んでいるのは同数の二人。源九郎ともう一人の賊はどこにいるのか――。


「あがあああああっ!」


 汚い悲鳴に一瞬目をやると、刀を振り抜いた姿勢で立つ源九郎と、その前で崩れ落ちる賊の姿があった。


(この一瞬でもう賊を一人…速い!)


 視線を戻すと、源九郎の足音が近付いて来る。このまま三対二に持ち込めば、遠からず勝てるだろう。

 だが――。


「東条殿!側付き一同にご加勢を!」


 源九郎の足音が止まるのとほぼ同時に、賊がまたも斬りかかって来る。その刃を受け、鍔迫り合いを演じながら、馬蔵は吠えた。


「こ奴らは我らが!姫様をお助けあれ!」


 止まっていた足音が離れの間に向かった事に、馬蔵は小さく笑った。


「こんの、長っツラにデカブツがぁ!」


 背後から罵声と共に衝撃がやって来る。牛吉の息遣いと、(きし)るような音に、牛吉もまた賊と鍔迫り合いをしているのだと、馬蔵は察した。


「牛吉ィ!『三』で回せェ!一、二、三!」


 合図と共に背中が軽くなり、視界の右端からもう一人の賊が倒れ込んで来る。牛吉が相手を引きずり回して、馬蔵の前に投げ飛ばしたのだ。

 馬蔵は、鍔迫り合いの相手が虚を突かれて力を緩めた隙を見逃す事なく、思い切り踏み込んで刀を跳ね上げ、返す刀で賊の頭に打ち込んだ――瞬時に(つか)を半回転させて。


「ぶげうっ!」


 気色の悪い感触、そして悲鳴と共に、脳天に峰打ちを食らった賊が仰向けに倒れ込んで行く。


(あと一人!)


 急いで先程倒れ込んで来た賊の姿を探すと、捨て鉢になった賊の連撃に、必死に耐える牛吉の姿があった。


「こらえろ牛吉!今助けに――。」

「うしきちどのぉぉぉぉぉ‼」


 離れの方から聞こえて来た野太い女の声に、馬蔵が思わず目をやると、回廊に立つ大柄な侍女と、その手を離れて飛翔する、巨大な水瓶(みずがめ)が見えた。


「は…?」


 馬蔵が短く息を漏らした刹那(せつな)、水瓶は牛吉に斬りかかっていた賊の後頭部に命中し、破片と、中に入っていた水をぶちまけた。賊が一瞬白目をむき、ふらつく。


「――ッ今だ牛吉!叩き込め!」


 馬蔵の言葉に我に返った牛吉は、思い切り良く峰打ちを賊の首筋に叩き込んだ。




「おらおら、どうしたどうしたぁ!」

「突けるもんなら突いてみやがれぇ!」


 ひきつった笑いを浮かべながら、打刀を振り回して薙刀(なぎなた)の切っ先を弾く賊二人に、結の側付き筆頭、お梅は歯軋(はぎし)りした。

 途中までは上手く行っていた。百に稽古を付けてもらった通り、密集陣形で三人の曲者を寄せ付けず、不寝番が駆け付けるまでの時を稼げるものと思っていた。

 誤算だったのは、賊の頭領と自分達の間に、経験の差があり過ぎた事だった。正攻法では侍女達を突破出来ないと踏んだ賊の頭領が、あろう事か手下の一人を投げつけて来たのだ。予想外の事態に動揺したお梅達はそれを避けようと陣形を崩してしまい、その隙を突いて頭領が結の寝所に押し入ってしまった。

 後を追おうにも、残る二人が寝所の障子の前で刀を振り回しているため、近寄れない。何しろ、自分達は薙刀で相手を突く鍛錬など、して来なかったのだ。


(寝所から剣戟の音が聞こえる!こうしている間にも、姫様が耐えておられると言うのに…!)


 たった二人の賊を囲い込みながら何も出来ない、そんな焦燥感にお梅が(さいな)まれていた、まさにその時。


「ご苦労、後は俺に任せな。」


 一瞬、強い風が吹いた――そう思った次の瞬間、回廊に、笠を被った武士――東条源九郎が立っていた。

 先程まで刀を振り回しながら(わめ)いていた賊の片割れが、突然眠りに落ちたかのように崩れ落ちる。


「――ッ?お、お頭ぁ!助けてくれぇ――。」


 迎撃と逃走、どっちつかずの姿勢でいた手下の首筋にも、鋭い一撃が打ち込まれる。賊は血をまき散らす事は無かったものの、意識を保てず、前のめりに倒れ込んだ。


「俺は中に向かう。そいつらをふん(じば)っとけ。」


 源九郎は短く言い残して、結の寝所に入って行く。


「…誰か縄を!麻縄を持って来るのです!急いで!曲者を縛り上げなさい!」


 我に返ったお梅の指示に従って、侍女達が麻縄を持ち寄り、曲者に縄をかけて行く。

 結の寝所からしばし言い争う声がしたかと思うと、突然何も聞こえなくなった。


「姫様…?」


 お梅が恐る恐る寝所に近付くと、中から出て来たのは刀を鞘に納めて笠を目深(まぶか)に被り、結を抱きかかえた東条源九郎だった。


「姫様?姫様⁉」

「案ずるねぇ、気を失ってるだけだ。中で賊の(かしら)が転がってる。目を覚ます前に縄をかけろ。」


 源九郎はお梅をなだめるように言うと、唐物茶碗(からものぢゃわん)を置くように、そっと結の体を回廊に横たえた。


「誰か、手すきの奴はいねえか?姫様の面倒を見てやってくれ。馬蔵、牛吉、そっちはどうだ?」


 源九郎の問い掛けに、馬蔵は納刀して答える。


「何とか、無事に。我らも賊も五体満足にございます。あとは(もも)殿と、通用門からの知らせを待つだけかと――。」


 辺り一面に漂っていた緊張感が霧散していく中、松明(たいまつ)を掲げながら近付く二つの人影があった。

 慌てて薙刀を構え直した侍女達は、その正体が境内(けいだい)の警固に当たっていた侍である事に気付き、安堵のため息を漏らした。


「こ、これは…一体、何が…。」

「姫様を狙った賊だぁ。みんな捕らえたで、安心して…。」


 納刀して話しかける牛吉の肩を掴み、馬蔵は駆け付けた侍に詰め寄った。


「ご同役(どうやく)、貴殿の受け持ちは何処(いずこ)に?」

「通用門だが、こちらが何やら騒々しいゆえ――。」


 返事を最後まで聞き終える事なく、馬蔵は走り出した。今まさに侍が来た、通用門の方へ。やや遅れて、源九郎と牛吉が後に続く。


「お、思わず着いて来ちまったけんど、馬蔵、なんでこっちへ走るだ⁉」

「牛吉、思い出せ!俺の読みが正しけりゃ、通用門にも手が回ってる!あいつらが来ちまったせいで、手薄になっちまってる!」


 三人が通用門に到着すると、案の定、門は半開きになっていた。外に出ると、北条の兵が困惑の表情で、賊の一人を取り押さえている。


「ご、ご同役!たった今、二人の曲者が境内から飛び出して…。一人はこの通り捕らえ申したが、もう一人が森の中へ…。」

「取り逃がされたと申すか⁉」


 荒く息をつきながら詰め寄る馬蔵の肩を、源九郎が掴んで引き寄せた。


「落ち着け。まだ終わっちゃいねえ。」

「…?それは一体…。」


 源九郎の落ち着きように困惑する馬蔵の耳に、枝葉がこすれ合うガサガサと言う音が届いた。音がした方向――森に向かって身構えると、闇の中から複数の人影が浮かび上がるのが見えた。

 二人――いや三人。体格からして男だが、いずれも深緑、茶、黒と、森に溶け込むかのようなまだら模様の装束に身を包み、顔の位置も判然としない。


「まさか、まだ渇魂党(かっこんとう)の手勢が?」

「よせ、馬蔵。…味方だ。」


 源九郎は刀を抜こうとする馬蔵を制し、まだら模様の男達に近付いて笠を持ち上げた。


「山中の警固、大儀。ここを通った奴は捕らえたな?」


 源九郎の顔をじっと見つめていた男達は、黙って頷くと、一度森の中に戻り、再び現れた時には、意識を失いぐったりとした男を引きずっていた。


「こいつか?」

「…は、ええ、こ奴が突然内側から門を開け、制止を振り切って森の中へ…。」


 門を警固していた侍の証言に、源九郎は深々と頷き、まだら模様の男達に向き直った。


「お役目ご苦労。捕らえたのは誰だ?」


 源九郎の質問に、まだら模様の男達は一斉に自分を指差した。

 源九郎は苦笑して、


「成程、そういう事なら仕方ねえ。約定通りに銭を寄越す代わりに、おめえらの名を聞かせな。」


 そう言うと、まだら模様の男達が差し出した紙片を受け取った。


「東条殿、もしやあれが風魔の…。」


 再び森の中へ溶けるように消えていく男達を見ながら、牛吉と手分けして賊に縄をかけていた馬蔵が言葉を漏らした。


「まあ、な。さて、この様子じゃ(くりや)の方も無事片付いたってこったろう。早いとこ曲者を一所(ひとところ)にまとめて、一眠りしようぜ。何せ、夜が明けたらこいつらを小田原まで引っ立てなきゃならねえからな。」


 そう言って、源九郎は背筋を伸ばし、大きく欠伸(あくび)をした。

 東の空に、うっすらと朝日が差し込み初めていた。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 葛根湯、別名【風邪に侵されし病】と申す。風魔【封魔】とかけてるのかと思いました。
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