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#053 言霊(ことだま)、その呪縛と祝福について

今回もよろしくお願い致します。

「では、真に父上に存念(ぞんねん)をお聞かせした事は無いと言うのね?」


 もう何度目になるか分からない凛姉様の追求に、私は「はい」とも「はあ」とも取れる生返事をしながら、何度も頷いた。


「けれど、やはり信じがたいわ。天用院殿の諱ではなく、新九郎殿の諱を当てるだなんて。もしや夢で見たという事?」

「そういう訳では…。」

「ではやはり、取り決めを破って父上に言上(ごんじょう)したのではなくて?」


 さっきっからずーーーーーっとこの調子である。予知夢でも見たのか、いや違う、じゃあ父上に漏らしたのか――。堂々巡りだ。

 事の起こりは2年前、天用院殿の存命中に、凛姉様が持ち掛けて来た名前当てゲームだ。近く元服する天用院殿――当時はまだ西堂丸兄者だった――の諱が何になるか、三人で名前を書いて当てっこをしたのだ。結果は凛姉様が「氏照(うじてる)」、蘭姉様が「氏規(うじのり)」、そして私が「氏政(うじまさ)」だった。

 結局天用院殿の諱が「氏親(うじちか)」になった事で、三者痛み分けの結末に終わったものと安堵していたのだが、その天用院殿が早逝してしまい、代わって嫡男となった松千代丸兄者がこの度「新九郎氏政」になった事で問題が再燃したのだ。

 帝や親兄弟でも軽々に口に出せない諱を、どうして私は的中させる事が出来たのか。あたかも、天用院殿の死を予見していたかのごとく。

 詰まる所、私が父上の決定に関与「していない」事を証明出来ない限り、潔白を証明出来ない。しかしどうすればそんな事が出来るのか…。


「菜々姫様、蘭姫様、凛姫様、結姫様。殿がお呼びにございます。何卒(なにとぞ)若君の御前(おんまえ)にお越しくだされ。」


 冤罪で取り調べを受ける被疑者の気分をプチ体験していた所に、孫九郎殿からお呼びがかかった。

 父上のお召しとあれば是非もない。追求を中断した二人に続いて席を立ち、席順そのまま、右から年齢順に菜々姉様、蘭姉様、凛姉様、私の順で、新九郎兄者の前に腰を下ろす。


「一同、参上仕りましてございます。」

「苦しゅうない、面を上げよ。」


 菜々姉様の定型文に合わせて一斉に頭を下げ、これまた新九郎兄者のお決まりの言葉で姿勢を戻す。


「揃ったな。早速だが結の輿入れについて…と言いてえ所だが…。」


 新九郎兄者に代わって口を開いた父上の視線が、蘭姉様から私の方までゆっくりと移動するのを見て、私は不吉な予感を抱いた。


「何やら揉めてたみてえじゃねえか。目出度え席に争い事を持ち込むたあ、どういう了見だ?」


 父上の顔を直視出来ず、視線を逸らす。

 しまった、見られてた…。


「お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございません。些細な行き違いにございますれば、父上のお耳に入れる程の事では…。」


 最も弁が立つ蘭姉様が、そう言って事態を収拾しようとした刹那(せつな)


「あら~、約定を破ったとか、(ばち)が当たるとか、物騒な事を言っていたように思うけれど~?」


 とんでもない所から不意打ちがやって来た。

 そうだった、菜々姉様の席は私達のすぐ横だ。そんな所でわちゃわちゃやっていたら、筒抜けになって当然だ。


「いえ、それは、その…。」


 さしもの蘭姉様も良い返しが思いつかないのか、しどろもどろになってしまう。

 父上は眉間に一層シワを寄せながら、閉じた扇子を私達に突き付けた。


「目出度え席だ、多少の事は大目に見てやる。これ以上隠し立てすると為にならねえぞ。」


 父上の最終勧告に白旗を挙げた私達は、蘭姉様と凛姉様が挙げた諱候補については伏せたまま、それ以外の全てを白状する羽目になった。

 供述が終わると、秩序や決まり事にうるさい新九郎兄者は険しい顔付きになったが、意外にも父上の雷が落ちる事は無かった。


「成程な。結が戯れに書いた諱が、新九郎の諱と同じだったって訳か。珍しい事もあるもんだ。」


 思案顔であごひげを撫でる父上の言葉で私の機密漏洩疑惑は晴れたが、その父上に向かって、私は深々と頭を下げた。


「申し開きの次第もございません。もし、その折にわたくしが天用院殿の諱を別の字にしていれば、天用院殿も或いは…。」


 正直、大広間で父上が掲げた紙に書かれた諱を見た時から、ずっと考えていた事だった。私が思い付きで「氏政」と書かなければ、或いはもっと別の候補を挙げていれば、天用院殿が早逝する事も無かったのではないか、と…。


「何生意気な事こいてやがる。仏様にでもなったつもりか?」


 父上の言葉に顔を上げると、私を見つめる目と、ばっちり視線がぶつかった。

 逸らしてはいけない気がして、瞬きをこらえながら、見つめ返す。


「言葉一つで人の生き死にを差配出来るのなんざなあ、日の本広しと言えど帝か公方様くれえのもんだ。てめえみてえな小娘の戯れで兄貴が死んだだぁ?寝言も大概にしやがれ。」

「お、恐れながら、父上は家中の生殺与奪の権を握っておいでで…。」

(てめえ)はそれほど(えれ)えのかって話をしてんだ。縁起を担ぐのも、諱に心を砕くのも、武家の娘に相応しい立派な心掛けだ。だがな、てめえらのせいであいつが死んだなんてのはとんだ思い上がりだ。金輪際(こんりんざい)そんなつまらねえ考えを持つんじゃねえぞ。分かったか。」


 ドスの効いた父上のお達しに、私達姉妹は揃って深々と頭を下げた。

 兄上が死んだのは私のせいじゃない。

 そう父上に言ってもらえて、正直、胸のつかえが少し取れたような、そんな気がした。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 氏親の死に対して結に責任がないかというとないとも言い切れないわけで。 とは言え結への氏康の認識がちょっとできる子程度で義元の話などから夢で未来視ができる娘レベルまで至っていないので彼女の責…
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