#050 兵と農との間には
今回もよろしくお願い致します。
若干投げやりな気分になりながらも、折角の百ちゃん情報を聞き逃したくない私は、居住まいを正して解説を聞く体勢を取った。
百ちゃんによれば――日の本中の家によって大小の違いがあるため、北条に限れば、の話だが――軍勢は大きく分けて四種類の人間で構成される。
まず武士。当然と言えば当然だが、総大将以下、指揮官達やその直臣は原則侍だ。
続いて中間、小者。参陣した武士に普段から雇われている人達で、軍馬の世話や武器甲冑の管理などを担当する。出自は基本的に農民や町人だ。戦闘に参加する事はまず無い。
そして陣夫。兵糧や武器を輸送する小荷駄隊に編成され、軍勢に補給を行う人達。この人達も武士ではないし、戦闘は本分では無い。
最後に雑兵足軽。武士に比べて軽装で、長槍を主な得物として戦う数的主力だが、厳密にはこれも「雑兵」と「足軽」に分けられると言う。
「どこがどう違うの?」
「…少々込み入った話になりますが…。」
小学生女児に軍隊の内訳を解説するという難題に頭を悩ませながら、百ちゃんは辛抱強く話を続けてくれた。
雑兵は村々に課された軍役を果たすために、陣触れに従って参陣する人々だ。と言っても、全員が百姓農民とは限らない。
経済的に余裕がある村は普段から無宿人――現代日本で言えばホームレスに当たるのだろうか――を複数養っておき、陣触れに応じて差し出す。または軍役に相当する金銭を献上する。
余裕が無い村は素直に村の男手を差し出すしかないが、見方を変えれば従軍中の飲食は陣触れを出した側の責任になるし、上手く行けば従軍した雑兵はどさくさに紛れて金品や食料を持ち帰る事が出来る。以前お栗が話してくれた通りだ。
さて、ではもう一方の足軽は何が違うのかというと、詰まる所お金だ。
普段から父上の直属として小田原城内外にたむろしている兵士達、彼らはお金と引き換えに戦う「足軽衆」、現代風に言えば傭兵部隊だ。
正直、お金と引き換えに戦場に身を投じるという選択に嫌悪感を覚えた私は、次になぜそんな人達を父上が直属部隊として用いているのか、という疑問にぶち当たった。
「足軽衆を用いる利は二つ。火急の折に遅滞なく用いられる事と、地縁血縁に囚われない事にございます。」
確かに、村の軍役とは関係なく雇っているのであれば、一々家臣に出陣のお触れを出し、村々から兵が集まるのを待つ手間を省ける。
しかし、もう一つのメリットがいまいち良く分からない。
「御免なさい、地縁も血縁もない事に、如何なる利があるのかしら。」
素人丸出しの質問に、百ちゃんは一瞬うつむいたかと思うと、私の目をまっすぐ見ながら、言った。
「家中のどなたとも縁が無く、いずこの村にもゆかりが無い。それ即ち、討死しても誰も嘆かず、誰も困らないという事にございます。…わたくしと同様に。」
「百っ。」
百ちゃんが付け加えた言葉に、私は思わず声を上げた。戦災孤児だから、百文で売られたから、風魔の忍びだから、そんな理由で自分を軽んじて欲しくなかったからだ。
でも、それ以外の部分は否定のしようが無かった。
「姫様のお心を騒がせてしまい、申し訳ございません。ですが、どうか今少し。お耳に入れたき儀がございます。」
私の叱責に怯む事無く、百ちゃんは続けた。
「わたくし共乱破も、足軽衆も、大殿から知行をいただいてはおりません。お役目のたびに銭を頂戴する、下賤の者と蔑まれた事も幾度となくございます。乱暴狼藉(略奪)に陣中への火付け(放火)、闇討ち(暗殺)。武家の方々にしてみれば、卑劣の極みにございましょう。ですが、銭を頂戴した上は、いかに危ういお役目であろうとも、たとえ何十倍、何百倍の銭をもって寝返りを促されようとも、身命を賭してやり遂げる。それがわたくし共の通すべき筋にございます。」
百ちゃんの言葉に、私は足軽への印象を改めざるを得なかった。
思い返して見れば、前世勤務していた会社でも、給料の対象にならない仕事を幾つもやらされた。それに比べれば、ちゃんと対価を受け取って仕事をする忍者や足軽のスタイルは、むしろ真っ当な部類に入るのかもしれない。
それに、だ。
「一つ、確かめさせて頂戴。銭と引き換えにお役目を果たすという事は、風魔党や足軽衆に指図しているのは父上、という事ね?」
「…稀に大殿より直にお役目をいただく事もございますが、大抵は頭領の口より…。」
「けれどその場合も、頭領に指図するのは父上よね?」
急に歯切れが悪くなった百ちゃんをしつこく追求すると、百ちゃんは小さく頷いた。
うん、なら良し。
「では風魔党の火付けも、足軽衆の乱暴狼藉も、命じた父上が責を負うべきだわ。あなた達が下賤の者と蔑まれる道理は無いのよ。」
「姫様、わたくし共が盗賊同然の働きをした事は紛れもない事実にございます。その上、大殿がさような指図をしていたなどと、公には…。」
「分かっているわ。公にしたくないからこそ、あなた達に頼むのよね。」
前世で二十年そこそこ人生経験を積んだのだ。世の中に本音と建前が存在する事くらい分かっている。戦の事は分からないが、父上が命じたという事は、戦で優位に立つために必要な任務だったのだろう。
こんな時は…そうだ。
私は母上に倣って、出来る限りにこやかに見えるよう、唇の両端を吊り上げた。
「今日はとても為になったわ。話し辛い事をわざわざ、ありがとう。」
「もったいないお言葉にございます。」
頭を下げた百ちゃんは、私の前の、空になった湯吞を見て、スッと立ち上がった。
「気が利かず、申し訳ございません。只今替えの白湯をお持ちします。」
「いいえ、まだ結構よ。それより先に、短刀の手入れを終わらせてくださる?…『指南役殿』?」
むき出しのまま床に置かれた短刀を、手の平で指しながらおどける私に、百ちゃんは一瞬ポカンとすると、袖口で口元を隠しながら横を向いた。
その時、口元に笑みが浮かんでいる事を、私は見逃さなかった。
「…かしこまりました。仰せの通り、短刀を組み直して後、白湯をお注ぎします。」
再び腰を下ろした百ちゃんが手早く短刀を組み直す間、私は障子の間越しに、一向に止む気配を見せない雨をじっと見つめていた。
軍役のために参陣する雑兵と、金銭のために参陣する足軽。
両者に貴賤の差はあるのだろうか、という問いに思いを馳せながら。
お読みいただきありがとうございました。




