#005 ご先祖様が割と堂々と経歴詐称していた件
今回もよろしくお願い致します。
幻庵おじさんの話をまとめるとこうだ。
京の室町幕府に仕えていた初代、伊勢新九郎――つまり私のひいお祖父ちゃん――は備中伊勢氏の生まれで、駿河守護の今川家に嫁いでいた姉、北河殿に招かれて下向した。当時北河殿の息子、竜王丸は家督争いに敗れて不遇をかこっており、新九郎は彼の当主返り咲きに尽力した。ひいお祖父ちゃんは今川家中の有力者に成り上がったわけだ。
しかし新九郎は満足しなかった。相変わらず続いていた関東の混乱に介入し、伊豆、相模を実効支配下においた。今川の家臣どころか独立した大名だ。
新九郎の死後、跡を継いだのが息子の新九郎――代々同じ仮名を使うって聞いてる側からするとなかなかに面倒くさい――氏綱だった。父上の父上、私にとってはお祖父ちゃん、幻庵おじさんから見てお兄さんに当たる。
氏綱は父親が築いた版図を盤石なものとするため、思い切った手を打った。それが名乗りを「伊勢」から「北条」に改めることだった。備中伊勢氏は平氏の末裔、初代新九郎の本拠地は伊豆の韮山、だから北条――みたいなゴリ押しで押し切ったらしい。以来我が家はかつて鎌倉幕府を支えた北条氏の末裔――のフリをしてきたというわけだ。
話がひと段落したところで、幻庵おじさんが持参したお菓子で一服することになった。飲み物は白湯、お菓子も前世のケーキやチョコレートに比べれば甘さや食感といった点で到底及ばないが、ぜいたく言ったら取り上げられかねない。それにちょうど小腹が空いてきたタイミングだったので正直ありがたい。
「どうでい、ちったぁためになったか。」
おおう、ちょっとびっくりした。父上の声を聞くの久しぶりな気がする。
「はい、ちちうえ、おおおじうえ、わざわざお教えくださり、かたじけのうございま――」
「礼も結構だが、俺が聞きたいのはそこじゃねぇ。」
大声でもないのにやけにはっきり聞こえた。やばいかもしれない。また父上のよくわからない逆鱗に触れちゃった?
「先先代は力づくで伊豆、相模を手に入れた。先代は体裁を整えるために名乗りを変えた。お前はどう思うんだ、結。」
滅茶苦茶にらまれてる。半端な社交辞令は許さない、そんな意思がビンビン伝わってくる。どう答えればいい?どう答えれば――ああもう、正直に答えるしかない!できるだけオブラートに包んだ感じで!
「初代様は、とても勇猛な方だと思います。京の暮らしをなげうって駿河に向かわれ、あくまでご自身の力で大名になられた。都で立身出世なさる道も、今川の重臣になる道もございましたでしょうに。」
一旦言葉を切って父上の反応を見る。視線を床に向けたままヒゲを撫でている。とりあえず大丈夫そうだ。
「お祖父様――先代様も、名乗りを変えるには大変勇気が要ったのではないでしょうか。北条になれば体裁は整うかも知れませんが、父君と全く違う名前になってしまわれるのですから。」
いずれにせよ、と前置きをして。
「同じ立場にあったとしても、わたくしには到底できなかったと思います。」
沈黙。父上も幻庵おじさんも何も言わない。
遠くでやってるはずの軍事訓練の掛け声がここまで聞こえてくるほどの静寂だ。頼むから誰か何か言って欲しい。太刀持の人、くしゃみしてくんないかな。そしたら彼の首が物理的に飛んじゃうか。無理だな、うん。
「…なるほど、叔父御に無理言って来てもらった甲斐はあったみてぇだな。」
父上がぽつりと言ったかと思うと、あぐらを崩して左手を伸ばし――私の頭をポンと叩いた。え、何?怒られてるわけじゃない、よね?
私が目を白黒させているうちに、父上は手を引っ込めた。
「その歳でそんだけ言えりゃあ大したもんだ。今日はご苦労。下がっていい。」
慌てて深々と頭を下げ、ゆっくりと立ち上がって、これまたゆっくりと後ずさりで謁見の間を出る。ダッシュで逃げ出したいのは山々だが、こんな時こそマナーを守らないと後で何を言われるか分からない。クマから逃げる時のように慎重に、慎重に――。
「それではちちうえ、おおおじうえ、これにてしつれいつかまつります。」
最後に一礼して、私はやや早足で謁見の間を後にしたのだった。
そう言えば幻庵おじさんの話の中で何度か登場した今川家って、どこかで聞いたような…どこだっけ?
お読みいただきありがとうございました。