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#045 情報の多い三時半

今回もよろしくお願い致します。

 突発的な頭痛から回復した私は、気まずい空気のまま午後のおやつを終わらせたくない一心で、新しい話題に転換する事にした。


「お栗は美濃(みの)尾張(おわり)の境から東海道を渡って相模(さがみ)までやって来たのよね?と言う事は、駿河(するが)駿府(すんぷ)にも立ち寄った事があるの?」

「へ、へえ。箱根の峠を越える支度を整えねばならねって、しばらく寺の厄介になっとっただ。」

「何か、覚えている事があったら教えてくれない?嫁ぎ先の事を少しでも多く知っておきたいの。」


 私の要請に、お栗は記憶を探るように、上空に視線をさまよわせた。


「そうだなあ、とにかく広かった事は覚えとるだよ。北の方にお殿様の御殿があって、南に港や浜があって…冬だっちゅうにあんまし寒くなかっただな。」

「広かったって、どれくらい?」

「この小田原に負けねえくれえじゃなかったかなあ。旅のもんがまるで東の都みてえだと言うとったのを覚えとります。そういやお公家(くげ)様とすれ違った事もなんぼかあったんでねえかな。」


 へー、東の都ねえ。

 その人達、小田原には来た事無かったんだろうか。


「今川のご当主様について、何か知っている事は無いかしら?」

「うーん…そう言われっと、何だかおかしな事になっとっただよ。」

「おかしな事?」

「お公家様はやたらめったら今川の殿様をお褒めになっとっただ。ご立派な太守(たいしゅ)様じゃあ言うて。けんども、お武家様や足軽は、陰で何やらコソコソと…。」

「悪口を?」

「へえ、坊主がどうとか、嫡流がどうとか、よう聞こえませんでしたけんども…。」


 坊主?嫡流?どういう意味だろう?


「申し訳ねえだ。わっちも直にお目にかかった事はねえもんで、風体(ふうてい)やなんやはお教え出来そうにねえです。」

「いいえ、5年も前の事をよくそこまで思い返してくれたわ。ご苦労様。」


 お栗が大きな体を縮めて申し訳なさそうにするのを、慌ててフォローする。


「代わりと言っちゃあなんだけんども、故郷の親類からたまあに便りが来るだよ。そん中に、今川と尾張の戦の事が書いてあっただ。」


 いくさ。

 ついさっきの話題がフラッシュバックするのを頭を振って振り払う。


「どんな事が書いてあったのかしら。」

「尾張の織田なんとかっちゅう殿様が()うなって、三河(みかわ)の境を守っとった山口っちゅう城主が今川に寝返ったっちゅう話だ。織田なんとかの跡継ぎが城を取り返しに攻めかかったけんども、とっくに今川勢が加勢しとったもんで、城を落とせず引き返したっちゅうこってす。」

「そう…その山口という方は、織田を見限った、と言う事ね。」

「亡うなった殿様は尾張中の軍勢を率いて美濃に攻め込む程の武威をお持ちじゃったけんど、近頃は負け戦が続いとったそうだで、家中のお心が今川になびくのも、無理のねえこってす。」


 ドライな評価を下すお栗をよそに、私は屈辱の記憶を掘り起こしていた。今年の夏、父上に自信満々に「桶狭間の戦い」をプレゼンして、至極真っ当な疑問を幾つも返されてケチョンケチョンにされた苦い記憶だ。

 確かあの時父上は言っていた。風魔党の調べによれば、信長は現在、二十歳(はたち)そこそこだと。

 信長が命を落としたのは50歳くらいのはずだから、美濃に攻め入ってお栗の故郷を滅茶苦茶にし、最近亡くなった「織田」は信長のお父さん。配下に裏切られて、城を取り返す事も出来なかった跡継ぎが、信長と言う事になるはずだ。

 …何だか急に心配になって来た。

 織田信長と言えば戦の天才で、生涯無敗みたいなイメージだったけど、家臣に城ごと寝返られて、取り返せずに引き返すとか、本当に大丈夫?

 いや、でも、私がこれから嫁ぐ以上、今川には勝ってもらわないと困る訳で…。


「姫様?なんぞお気に障る事でもございましただか?」


 うんうん唸っていると、お栗が心配そうに呼びかけて来た。


「い、いいえ。駿府と言えば…太助丸兄上はお達者かしら、と思って。」


 とっさに兄者をダシにして誤魔化す。

 太助丸兄者が駿府に向かってはや半年近く。

 最初の便りは今川家のお偉いさんからで、お宅の息子さんは無事にお預かりしました、ささやかながら領地を宛がい、大事にお育て致します、と言う、馬鹿丁寧な誘拐犯みたいな内容だった。

 次の便りは太助丸兄者の言葉を側近が代筆したもので、今川家、特にご当主と寿桂(じゅけい)様――母上のお母様、つまり私の祖母に当たる――に大変目をかけていただいている、との事だった。


「んだなあ。大殿のお子様だで、今川も無体な真似はせんとは思いますけんど…。」


 二人してうんうん唸っていると、部屋の外から声がかかった。もうすぐ夕餉の支度に入るため、お栗も来るように、というお梅からのお達しだった。

 それを合図にやたらと情報量の多いおやつタイムは終了し、お栗は部屋を退出して行った。

 私はお栗の話に出て来た駿河の海と、その浜辺に立つ太助丸兄者を思い浮かべながら、夕食が届けられるのを待つのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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