#044 智将は務めて敵に食(は)む
今回もよろしくお願い致します。
シリアス要素強めなのでご注意ください。
「途中途中であちこちの旅人とお話ししましたもんで、言葉遣いがおかしゅうなっちまったみてえで。まっことお恥ずかしいこってす。」
お栗は一通り話し終えると、湯吞の白湯をすすった。
「…何よ、それ…。」
私の呟きに、お栗は首を傾げた。
「どうしてお栗の村がそんな目に遭わなければならなかったの⁉尾張勢の目的は稲葉山だったはずでしょう⁉何で村を襲うなんて、山賊みたいな真似をするの⁉」
素の口調が出ないように気を付けながら、私は叫ばずにはいられなかった。戦は侍や足軽同士でやるものと思い込んでいた私にとって、軍事行動に民間の村が巻き込まれるという事態は考えられなかった。
村を焼かれ、米を奪われ、家を追われた挙句家族を大勢喪うという目に遭っていながら、他人事のように話すお栗の事も理解できなかった。
「姫様、お気持ちは有り難いけんど、こればっかりは仕方のねぇこった。」
「何が仕方無いのよ。尾張勢が自分達の食料を自分達で用意すれば済んだ話ではないの。」
私の言葉に、お栗は珍しく黙りこくった後、あらぬ方に目をやりながら口を開いた。
「乱暴狼藉っちゅうて、よそに攻め込んだ軍勢がそこの村の米やらなんやらを持って行っちまうのは、どこでもやっとる事ですだ。自分らぁの米を持ち出さんでええし、敵方に兵糧を渡さんようにも出来る。一石二鳥だと、村の大人達が言っとりましたで。それが嫌なら攻め手の大将に書状を出して、どえりゃあ銭と引き換えに、乱暴狼藉を禁ずるお達しを出してもらう他ねえです。」
悪い意味で合理的な答えに、私は唇を噛んだ。
確かに敵国の村の米を奪えば、無料で兵糧を確保し、敵国にもダメージを与える事が出来る。それを防ぐために村からお金を出させれば、それを元手に兵糧を買い付ける事も出来る。どちらに転んでも損は無い――軍勢の大将にしてみれば。
だがそのやり口はまるで暴力団か山賊だ。武士としての誇りは無いのか。
「それに、因果応報っちゅう言葉もございますで。」
お栗の言葉に、今度は私が眉根を寄せる番だった。
「わっちのいた村も、毎年ぎょうさん米が穫れた訳ではねえです。そんでも尾張と美濃の両方に、半手ずつ年貢を納めなきゃなんね。そん時に、どこそこで戦があるって聞くと、男衆が槍やら刀やら引っ張り出して、加勢に行ったもんです。」
私は顔から血の気が引くのを感じた。次にお栗が話す内容に見当がついてしまったからだ。
「お察しの通りだぁ。加勢した軍勢が戦に勝ったら、決まって乱取りのお許しが出るだよ。そしたら、敵勢の足軽の亡骸やら近場の村やら漁って、銭やら米やら片っ端から持って帰るだよ。おっ父も酒に酔って、何べんも聞かしてくれましたで。何人突き殺しただの、倉に山ほど米俵があっただのと、まあわっちらは話半分に聞いとりましたけんども。」
お栗の村の人々も、加害者だった――あまりの事実に何も言えなくなった私に、お栗は更に付け加えた。
「今から思えば、尾張勢が攻め入って来るまで、村の男衆が美濃の殿様に加勢する事が多かったもんで、とっくに美濃の村と同然に扱われとったのかも知れんです。」
「でも…でも、お栗やご兄弟は何も悪い事はしていないじゃない!」
「姫様。」
いつになく静かな声のお栗の顔を、私は見た。悲しみと諦めが混じった、笑顔だった。
「もうええんです。相模の遠縁の伝手で小田原の城勤めになって、よう分からん内に姫様の側付きになりましたけんども、屋根のある床で寝られて、毎朝毎晩飯が食えて、姫様にはこんなにお心遣いいただけて、お栗は仕合せもんだあ。」
「でもっ、」
「姫様はわっちがしょっちゅうなんやかや食うとっても怒らんし、どえりゃあ美味い菓子を下さる。」
しみじみと言うと、お栗は居住まいを正して私に向き直った。
「今日はわっちの身の上話を聞いてくださって、誠にかたじけのうごぜえます。その優しさに甘えて、お願えがごぜえますだ。」
「…私に出来る事なら、何でも言って頂戴。」
「不思議な事もあるもんで、姫様とお話ししとったら、何だかひもじさが無うなっちまっただよ。思えば今月はお菓子を二切れも頂いちまって、身の丈に合わん事をしただ。今日休んだ子ぉもその内良うなりましょうで、来月はわっちの分をあの子にくれてやって欲しいだ。」
あのお栗が、自分の取り分を今月食べられなかった侍女に譲ろうとしている。
私は即座にOKを出そうとして、すんでの所で踏みとどまった。
「…駄目よ。今日の稽古で皆が必死に取り組んだのは、あなたの進言のお陰。その上で百の打ち込みを凌ぎ切ったあなたには、約定通り二切れを口にする資格がある。もしあなたが寝込んでいる間に同じ事があったら、二切れをもらった子は次の月にあなたに自分の分をあげなければならない。結局誰のためにもならないわ。」
「だども…。」
「暇を見て、あの子のお見舞いに行ってあげて。今月食べられなかった分の穴埋めは、私がお梅と相談して決めておくから。」
私の言葉に、お栗はためらいがちに頷いた。
さて、またややこしい口約束をしてしまった。お梅に何と言って相談したものか――思考が明後日の方角に飛びかけた所で、私はふと疑問を抱いた。
「そう言えばお栗。禁制を出さない村への乱暴狼藉はどこでもやっている事だと言っていたけれど、もしかして北条も…。」
私が言い終わるより早く、お栗は顔ごと視線を逸らした。
やっぱりか…。
「いや、あの、わっちも北条の兵の働きを丸ごと存じ上げてはねえです。ぶんどりになられた領地への大殿の気配りも相当なもんだと聞いとりますだ。ただ、戦の噂を聞きつけて加勢した百姓や、頭に血が上った足軽の事まではちいっと…。」
慌てて弁明するお栗に、私は片手で頭を抱えながら生返事を返し続けた。
戦国の「常識」に慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
お読みいただきありがとうございました。




