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#029 逆転審判

今回もよろしくお願い致します。

天文20年(西暦1551年)12月 小田原城 広間


「若殿!元服の儀、誠に祝着至極(しゅうちゃくしごく)にございまする!」


 よく通る大声に、私は目を見開いた。

 やばい、居眠りしてた。

 周りの大人達に合わせて慌てて頭を下げる。


「一同、礼を申す。(おもて)を上げられよ。」


 西堂丸殿兄者…いや、新九郎兄者の言葉に従って頭を上げると、そこそこ広い部屋に大勢の男女がすし詰めになっている。なんと全員、父上の親戚一同だ。兄弟姉妹、その子など、初めて見る顔も多い。

 恐ろしいことにこれでもさっきよりは少なくなった方だ。何せ今日は兄者の元服の日。さっきまで大広間に父上の重臣や支城の城主、北条に従属する国衆(くにしゅう)――プチ大名みたいなものらしい――の長と、数えるのもうんざりするくらい沢山人が集まっていたのだ。

 もちろん主役は真っ白な衣装に身を包み、上座に腰かけた新九郎兄者で、私は親族の一人として脇に並んでいただけだが、言葉一つであれだけ多くの人が頭を上げ下げする様子には、優越感より恐怖が先に立った。

 今もそうだが、閉め切った部屋に大勢ひしめきあっていると、外の雪降る寒さどころか蒸し暑さすら覚える。

 兄者は父上から「新九郎」を襲名すると同時に(いみな)も頂戴したのだが、幸か不幸か、この間の名前当てゲームに勝者はいなかった。

 参列者全員に見えるよう、父上がゆっくりと左右にかざした紙にはこう書かれていた。「新九郎(しんくろう)氏親(うじちか)」と。

 氏親は確か母上のお父様、つまり私にとっては母方の祖父に当たる人の名前だ。まさかそこから持って来るとは思わなかった。

 ともあれ、新九郎兄者は長い口上を一度もつっかえる事なく言い切り、儀式は無事終わった。私達親族一同はこうして別室に移動したが、大広間に残った人達は今頃宴会の真っ最中だろう。


「まっこと見事な若武者におなりあそばされて…それがしは、それがしはうおおおおん!」


 大広間から引き続き司会進行役を務めていた男性――北条(ほうじょう)孫九郎(まごくろう)綱成(つなしげ)殿が突然号泣し始めた。菜々姉様の婚約者、善九郎殿の実父で、父上の妹の夫。もみあげ、あごひげ、おまけに口ひげまで繋がっていて、ライオンのたてがみみたいな印象を受ける。声が滅茶苦茶でかくて、正直うるさい。気のせいでなければ、襖や柱がガタガタ震えている。

 ちなみに席の配置は引き続き、上座に新九郎兄者、両脇に父上と孫九郎殿、続いて幻庵おじさんや兄者達男衆と、母上や私を含めた妹達が左右に男女別で並び、下座に遠縁の親戚の皆さん、といった感じだ。


玉縄(たまなわ)殿、気をお鎮めくだされ。」

「これが、これが泣かずにおれようか!あんなに幼うござった若君が!ご立派になられて…うおおおおん!」


 あーまた始まっちゃった。孫九郎殿は相模(さがみ)東部の玉縄城を拠点に、北条家随一の軍勢「玉縄衆」を率いる猛将である――と、以前藤菊丸兄者が自分の事のように話してくれた。確かに見るからに筋肉モリモリの肉食系で、よく見ると顔のあちこちに刀や矢がかすって出来たと思しき傷がある。しかしこうして身内が集まる場所に来ると、ちょっと良い事や悪い事があっただけですぐ感極まって泣き出すのだ。とにかく声が大きいので司会進行役に向いているのは確かだが、こうして一旦泣き出すと止められるのは…。


「やかましい!良い加減泣き止みやがれ!四十路(よそじ)も近ぇってのに、みっともねぇぞ!」


 やはりと言うか、孫九郎殿に匹敵する大声を上げたのは父上だった。父上と孫九郎殿は義兄弟に当たる訳だが、実の兄弟のように仲が良い。このやり取りも毎年の風物詩みたいなもので、親戚一同に特に動揺は見られない。


「ぐふっ、申し訳ございませぬ。来年には若君の鎧姿にお目にかかれると思うと、この孫九郎、感涙もひとしおにございます。」


 何とか声を抑えて、孫九郎殿が言った。ところで鎧姿ってどういうこと?


「…まぁそう言うこった。来年、武蔵(むさし)に兵を出す。てめえも初陣だ。気張ってかかりやがれ。」


 父上の言葉に一瞬ドキッとする。こんなに大勢いる所で軍事計画を漏らしちゃっていいんだろうか?私と同様の懸念を抱いたのか、新九郎兄者が質問する。


(はばか)りながら、父上。そのような大事(だいじ)、かような場で公にして良いものでしょうか。」

「目当ての城を落とす手立ては九割がた付いてる。村々から人足(にんそく)を出させる手配りも済ませた。これだけ大っぴらに動いてりゃあ向こうさんも勘付いてるだろうが、二月(ふたつき)三月(みつき)で出来る事なんざ高が知れてる。てめえは俺の指図に従っていりゃまず間違いなく勝てらぁな。」


 事もなげに父上は言うが…新九郎兄者の顔が曇るのが目に見えて分かった。それはそうだ。勝利は決まったも同然だから、お前は何もしなくていい、と言われたようなものだ。しかし今日は元服というおめでたい日。ここは大人しくしておくのが吉だろう。


「おそれながら、北条の嫡男として、あたかも芝居の如き戦に臨むなど得心が行きませぬ。」


 ちょおっとぉぉぉぉぉ⁉私は悲鳴を喉元で抑えるのに必死だった。

 ちょっと、ちょっとちょっと何言っちゃってるの兄者⁉


「…ほう。そうかい。俺の差配に得心が行かねぇってのかい。」


 あばばばばば。ヤバい。父上の声が滅茶苦茶低くなってる。もうダメだ。折角元服したばっかりなのに、明日はもうお葬式だぁ…。

 ガタガタ震える私を横目に、父上はぱぁんと膝を叩き、叫んだ。


天晴(あっぱ)れ!」




 いや、何でそうなるの。

お読みいただきありがとうございました。

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