#027 禁じられた遊戯
今回もよろしくお願い致します。
作中に登場する名前当てゲームは完全に妄想です。
天文20年(西暦1551年)冬 小田原城 奥の間
姉様達の知られざる一面を垣間見る事になった月見の宴はつつがなく終わり、善九郎殿を始めとしたお客様方も順次帰路に着いた。
私はと言えば、案の定眠れぬ一夜を過ごしたものの、それ以降はこれまで通りの生活を取り戻していた。
いや、厳密に言うと、全てが元通りになった訳では無かった。変化はお月見が終わってしばらくした頃から顕著に見え始めた。
まずは、蘭姉様と凛姉様の関係改善だ。別に打って変わってべたべたしている訳ではないが、以前のように顔を合わせれば即口論、みたいな事は無くなり、私を無理に引き込もうともしなくなった。
次の変化は、それに伴って起こった。
二人が私の「お勉強」に付き合う頻度が増え――蘭姉様は以前からだが――その後の自主勉強を持ちかけて来るようになったのだ。蘭姉様は自主勉強を一人でやるタイプだったし、凛姉様は「お勉強」より会合への顔出しや服飾品収集に熱心だったから意外だった。
私にとってこの変化は、良い面もあれば悪い面もあった。
悪い面は、自由時間が目に見えて減ったことだ。以前のように午後はダラダラ、なんて日はほとんど無くなった。どうして急に二人ともやる気を出してきたのか、戸惑う今日この頃である。
良い面は、「お勉強」の効率が格段にアップした事だ。「お勉強」中に先生に聞いても分からなかった事を蘭姉様に質問すると、大抵すぐ答えが返って来る。一部では凛姉様は私より遅れているが、蘭姉様がその部分を解説するのを横で聞いていると、私もちゃんと理解していなかった事を復習出来たりして、とても助かる。
凛姉様からは人間関係の基礎講座のようなものを受けた。どうやら一度会ったお客様の顔を忘れていて、父上に叱られた経験があるらしい。それ以来、会った人のプロフィールを忘れないように紙に書き付けているのだそうだ。見本を見せてもらったが、名前、外見的特徴、親族関係、肩書きなどが書かれており、これなら名前を聞いただけですぐに思い出せそうだと思った。
難点があるとすれば、デジタルデータではないため修正や変更が難しい事と、凛姉様の字が汚くて読みづらい事だろうか。
凛姉様からは貰い物の管理についても助言をもらった。どんなものを、いつ、誰から受け取ったのかを箇条書きにしておく事で、手紙で、或いは現物でお礼をする必要があるかなどを考える参考にできるという寸法だ。
まぁ現状私の個人資産と言えば、簪二つと櫛一つくらいなもので、目録はまるでスカスカだが。
ちなみに簪は百ちゃんが父上の命で宝物庫から選び取って来たもので、凛姉様の見立てでは「最良」と「良」。櫛は私が何か月も外郎屋のお菓子を食べられなかった事を申し訳なく思ったお栗からもらったもので、凛姉様の見立てでは「並」だった。
最初凛姉様は「上」「中」「下」で格付けしようとしたのだが、それだと折角櫛を献上してくれたお栗に悪いと思った私の反対で「最良」「良」「並」の三段階になった。「いいね」ボタンしか無いSNSみたいだと思ったのは内緒だ。
そんな訳で、今日も今日とて凍える昼下がりの部屋の中、私は二人の姉と正座で火鉢を囲んでいる。
「結。針が乱れているわよ。指を刺すつもり?」
「も、申し訳ございません。」
寒い日にお裁縫とか正気?と思いつつも、凛姉様には逆らえず手を動かす。残念ながら戦国時代にはエアコンもこたつも無く、暖を取る方法は厚着、戸締まり、火鉢くらいしか無い。こたつでアイスを食べられる現代日本人は幸せだなぁ、とたまに思う。大人は飲酒という方法もあるが、いくらなんでも私には早すぎるだろう。未成年者の飲酒を禁じる法律は現状どこにも無いが。
「…仕方ないわね。一息入れましょう。誰か、柿を持って。」
蘭姉様の言葉に、両手に息を吹きかけるフリをしてほっと息をつく。服の重さで肩が凝ったのを感じる。しかし防寒の都合上脱ぐ訳にも行かない。しんどい。
しばらく待つと、熱々の白湯と干し柿が人数分運ばれて来た。
「頂戴します。」
一言断って、干し柿をかじる。袖で口を隠して、大きく口を開かないよう気を付けて…うん、不味くはない。しかし美味しいとも言えない。現代日本の市販品とは大違いだ。これでもそこそこ甘くてお腹に溜まる分、ましな方だと言えちゃうのが戦国の食事情の辛い所だ。あとは白湯を温かい内に飲もう。
「二人とも、耳にしたかしら?西堂丸兄上のことは。」
三人とも、しばらく無言で一服していると、ふと蘭姉様が言った。
「西堂丸兄上のこと?元服のことかしら?」
「ええ、そうよ。年が明ける前に新九郎殿になられるのではないかしら。」
「あら、父上の仮名をお継ぎになるのね。来年からは父上のことをなんとお呼びすれば良いのかしら。」
そうか、元服って武士の成人式みたいなものらしいけど、その時に名前も変わるのか。
蘭姉様と凛姉様の会話を横で聞いていると、話が思わぬ方向に向かった。
「どうかしら?兄上の諱をいかがされるのか、父上の心中を推し量ってみては。」
「え。」
凛姉様の提案に、思わず間抜けな声が漏れた。諱って要は本名でしょ?前世の教科書で習った、戦国武将の下の名前。例え帝でも軽々に口にしちゃいけないっていう。蘭姉様も渋い顔をしている。
「…万が一、当たっていたらどうするつもり?」
「いいじゃない、息抜きよ。でも姉様の仰る事ももっともだわ。諱と読み仮名を一斉に紙に書いて、黙って見せ合い、見終わったら火鉢にくべて誰にも口外しない。これでどう?」
面白いことを思い付いたと言わんばかりに、凛姉様が次々と案を出す。私としても、お裁縫の練習に疲れてきた所だったので、正直魅力的な提案だ。
「…分かったわ。誰か、筆と紙を。」
蘭姉様の指示で、侍女達が筆、紙、硯の三点セットを人数分運んできた。火鉢を中心に間を空け、紙に向かって筆を構える。
さぁ書くぞ、という段階に至って私は致命的な問題に気付いた。
私、手持ちの判断材料、ゼロじゃん。
お読みいただきありがとうございました。




