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#024 そのお菓子は涙味

今回もよろしくお願い致します。

いつもより若干長いです。

「な、菜々姉様?」

「良い、とはどういう…。」


 予想外の答えに動揺したのは私だけじゃなかった。蘭姉様も凛姉様も、顔に困惑の色を浮かべている。

 その隙を突くように、菜々姉様が一瞬で、音も無く私達の前に距離を詰めて来た。びっくりして声も出せない。もし菜々姉様が刺客だったら、とっくに私の胸に短刀が突き刺さっていただろう。


「凛?その(かんざし)、綺麗ねぇ~。見事な細工物だわ。自分で買ったの?」

「えっ、いや、あの、その、母上におねだりして、幾つか見せられた内の一つを選ぶよう言われまして…。」


 言ってる内に罪悪感が湧いてきたのか、凛姉様の声が小さくなっていく。私達は子供だから身の回りの物はほとんどが親の財産で、自力で手に入れた物なんて無いも同然だ。その上で親に装飾品をねだったり、買ってもらったりしているもんだから、見栄を張っていても後ろめたさはあったのだろう。


「まぁ、凛が選んだの?幾つもある中から?立派に目利きが出来るじゃない、驚いたわ~。」

「あ、いえそんな…。それほどでも…ふふ…。」


 菜々姉様は始終ニコニコしながら、凛姉様を褒めちぎる。ていうか、私の記憶が正しければ母上も菜々姉様もいつもニコニコしてるけど、表情筋どうなってんだろ。

 ともかく自分が選んだ簪を具体的に褒められて、凛姉様も嬉しそうだ。


「蘭?先ほどから気になっていたのだけれど、月明かりの当たる所まで出てみてくれる?」

「…は、はい。ご無礼仕ります。」


 急に話を振られて挙動不審になりながら、蘭姉様が進み出る。菜々姉様はその着物の袖を持ち上げて、まじまじと見つめた。


「やっぱり。一見無地だけど、随所に細かな縫い付けがある。満月、(すすき)…これは兎?なんと可愛らしい…。蘭が自分で縫ったの?」

「…はい。今宵の月見の日取りが決まりましてから、暇を見つけては…。(つたな)いものをお目にかけます。」

「とんでもないわ。私よりずうっと上手…今度教えてくれる?」

「身に余るお言葉…。」


 聖女か何かでいらっしゃいます?あれだけギャンギャン騒いでいた二人が、あっという間にしおらしくなってしまった。

 言葉で説明すれば単純だ。とにかく褒めている。しかし内容がめちゃくちゃ具体的だ。だから心に響く。私には到底出来ない芸当だ。


「結。」

「申し訳ございません。」


 菜々姉様が何か言う前に、私は土下座した。


「見ての通り、わたくしには菜々姉様にお褒めいただくような才も芸もございません。非才の身をお許しくださいませ。」


 先手を打った理由の半分は保身だ。せっかく蘭姉様も偉い、凛姉様も偉い、どっちも偉いでまとまりそうな時に、私まで褒められたら二人の劣等感がぶり返しかねない。ここは何も言われずに終わった方が良い。

 もう半分は…罪悪感だ。居心地の悪さを何とかしたいばかりに、久し振りに善九郎殿とのんびりしている所に水を差してしまった。しかも菜々姉様が褒めた通り、凛姉様には良品を見抜く鑑定眼が、蘭姉様にはイベントに合わせて衣装をコーディネートするセンスがある。「どうでもいい」んじゃない、「どっちもいい」んだ。

 私には…何も無い。凛姉様とは一歳違いなのに、誰にも何も言われないからと、今日に向けて特別な準備は何もして来なかった。こんな私に褒める所なんて、無い。


「…そう。」


 菜々姉様が短く言って、立ち上がる気配がした。縁側の方へ遠ざかって…また戻って来る。


「蘭、凛。もうお菓子の味は見たかしら?」


 どうやらお菓子が乗ったお皿を持って来たみたいだ。


「はい。大変美味にございます。」

外郎屋(ういろうや)の名に恥じない甘味、このような席でもなければご相伴(しょうばん)にあずかることなど、到底出来ません。」


 二人も手元のお皿を持ち上げて答える。喜んでもらえたみたいで何よりだ。


「そうねぇ。本当に美味。…どうして結の分は無いのかしら?」


 体が強張(こわば)る。息を吞むヒュッという音が二人分聞こえる。


「あなた、結の侍女でしょう?先ほどからよく気が利くこと。なのに(あるじ)の分だけお菓子が無いなんて…どういうことかしら?」


 菜々姉様が、私の背中越しに、百ちゃんに問いを投げかける。


「おそれながら申し上げます。ひと月に一度、外郎屋より姫様に練り菓子一箱が届けられます。しかしながら姫様はこれを切り分け、我らお付きの者どもにも行き渡るようになされます。姫様は此度の月見に善九郎様、姉君様ご一同が参列されるとお耳に入れられ、どうにか皆様の分を揃えようと苦心されました。外郎屋と書状を交わし、月に一度の献上品を前倒しで届けさせるよう手配されましてございます。姫様のご厚情により、私共は先月も、今月もお菓子を頂戴してございます。されど姫様は先月も、今月も、来月もお召しになられませぬ。」


 震えと冷や汗が止まらない。侍女に分けるほどあるなら、もっと分厚く切って出せと怒られるかも知れない。私の分が無いことなんて気付かず食べてくれれば良かったのに。


「…そう。私達のために奔走してくれたのね。」


 相変わらずの穏やかな声色で、菜々姉様が言った。


「善九郎様。やはりお残しいただいたお菓子は、些か私には多過ぎるようにございます。妹に分け与えてもよろしゅうございますか?」


 最初に切り分けた分の半分ほどになったお菓子が、私の目の前に差し出された。


「…もちろんじゃ。さすがは菜々、わしの妻になる女子(おなご)よ。」


 善九郎殿の返事を、私は信じられない思いで聞いた。追い打ちを掛けるように、左右からも食べかけのお菓子が乗ったお皿が差し出される。


「…甘味を過度に食すは体に毒と聞き及びました。蘭はもう十分にございます。」

「今度外郎屋に掛け合って、凛の部屋にも毎月届けさせるわ。『味見』はもう十分よ。」


 蘭姉様はともかく、凛姉様まで譲ってくれるとは思わなかった。衛生面がどうとかはこの際どうでもいい。どうせ生物学的にはみんな親類同士だ。でも。


「…身に余る、ご親切。されどいずれも皆様のためにご用意したもの。何卒(なにとぞ)お召し上がりを…。」

「いいえ。結。『これ』はあなたの分よ。悪くならない内に食べて頂戴。」


 私の悪あがきはあっけなく粉砕された。




 その日食べた外郎屋のお菓子は、これまでで一番甘くて、しょっぱかった。

お読みいただきありがとうございました。

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