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#023 自分で判断できない案件は上司に相談すべし

今回もよろしくお願い致します。

 腹違いの姉二人の圧力をどうかわすか。難題を課された私の大脳皮質が導き出した答えは「無知を装ってやり過ごす」だった。

 私はまだ数えで6歳。物の良し悪しが分からなくても不自然では無いはずだ。実際夏に外郎屋を訪れた際は客間に飾られていたものの価値が丸っきり分からなかったし。バカと思われるのは若干しゃくだが、それで二人の血統コンプレックスが慰められるなら安いものだ。


「そう言えば結?あなたこの前、父上のご政道を賞賛してご褒美を頂戴したんですってねぇ。その歳で事の道理をわきまえているなんて、大したものだわ。」


 一見私を褒める凛姉様の言葉に、背中を冷たいものが走った。裏に二つの意図を感じ取ったからだ。

 まず、私が父上のご政道を賞賛した、のくだりで、私が右も左も分からない小娘を装うという選択肢が潰された。

 次に凛姉様個人の事情だ。凛姉様は姉妹の中で特に目立つ存在になろうと、頻繫に母上におねだりをして綺麗な衣服や装飾品を購入し、またお茶会や歌会といった家臣や公家(くげ)のお客様が参加するイベントに積極的に出席している。今のところ子供の背伸びとして大目に見てもらっているが、出費が目立つので侍女達の間で陰口を叩かれているのだ。そこに私がちょっと父上を褒めただけでご褒美をもらった、なんて話題を耳にしたら、心中穏やかでいられるはずがない。

 つまり凛姉様が引き出したい答えはこうだ。「勿体ないお言葉にございます。身の丈に合わぬ簪などを頂戴してしまい困惑しておりました。よくよく考えれば凛姉様にこそ相応しゅうございます。よろしければ凛姉様に差し上げとうございます。」こんなところだろう。


「あら?それほど大切な簪をこの場に付けて来ないなんて…ああなるほど、父上からいただいたものだからこそ、軽々に持ち出さず丁重に仕舞ってあるということね。さすが結、無闇に飾り立てることは貴人に相応しくないと、行儀の良いことだわ。…誰かと違って。」


 ほら来た。蘭姉様のカウンターだ。余計なオマケ付きで。

 翻訳するとこうだ。「私には分かるわ。結は慎み深いのよ、(あなた)と違って。人のものを欲しがるのも大概にしなさいな。」

 蘭姉様のライフスタイルは良く言えば質素、悪く言えば地味だ。私と一緒に「お勉強」することが多く、諸芸に渡って私に大差を付けている。「お勉強」が終わった後、私は大抵好きな本を読んだり侍女とお菓子をつまんだりして過ごしているが、蘭姉様はそんな自由時間まで自主勉強に充てているとのことだから、当然の結果だ。

 蘭姉様の見解に乗っかれば凛姉様に簪を献上する必要は無くなる。代わりに私は凛姉様からケチの烙印を押され、事あるごとに蒸し返されるだろう。

 どうしよう?そう言えば今夜私のお付きを務めるのは百ちゃんだ。何でも知ってる百ちゃんなら打開策を示してくれるかも知れない。

 そっと後ろを振り返ると、ちょうど百ちゃんが白湯のお代わりを運んで来た所だった。じっと見つめていると、私の視線に気付いたのか、百ちゃんは白湯が入った茶碗を乗せたお盆を一旦置いて――。


「百。」

「はい、何でございましょう、姫様。」

「お代わりを持って来てくれてありがとう。そのままで良いわ、『そのまま』で。」

「…かしこまりました。」


 微妙な間を置いて、百ちゃんは私達の手元の茶碗と新しい茶碗を一つ一つ取り替えていった。蘭姉様と凛姉様も一旦構えを解き、一服する。

 危なかった。あとちょっとで百ちゃんが、どこからともなく取り出した怪しい粉薬を二人の茶碗に混入する所だった。多分睡眠薬の類だろう。

 違う、そうじゃない。そうじゃないんだよ百ちゃん。確かにそれでこの場は切り抜けられるかも知れないけど、侍女が運んで来た白湯を飲んで二人だけ昏倒したとなれば、真っ先に百ちゃんと主の私が疑われる。そういうスキルは別の機会に発揮してほしい。

 ええい、こうなれば最後の手段だ。ヒエラルキーのボスに決めてもらおう。


「菜々姉様。菜々姉様はいかがお考えでしょうか。」


 やや大きな声で――二人だけの世界から戻って来てもらえるように――縁側の菜々姉様に声を掛ける。本当はバカップル水入らずでゆっくり過ごさせてあげたいが、私も私なりに苦労してるんだから、少しは助けてもらってもバチは当たらないだろう。


「…え?どうしたの、結。」


 あ、これは全く耳に入ってないな。


「姉様、いかがにございましょう。武家の女子(おなご)たる者、外見の華美より内面の研鑽(けんさん)に尽力すべきでは?」

「いいえ姉様、大大名の娘たる者、それ相応の装いをすべきよ。そうでしょう?」


 よし、二人がそれぞれの主張を菜々姉様にぶつけ始めた。これで決定権は私ではなく菜々姉様に移る。菜々姉様の返答次第では折角もらった簪を全て手放すことになるが、この際潔く諦めよう。正直父上の意図も読めなくて困っていた所だし。

 さぁ、どう答える?


「そうねぇ。良いんじゃないかしら。」


 どうでも、って聞こえた気がしたけど気のせいだよね?

お読みいただきありがとうございました。

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