#022 北条家の一族
今回もよろしくお願い致します。
天文20年(西暦1551年)秋 小田原城 客間
普通、姉妹が大勢いることは幸せな事とみなされる。まして長女の婚約は慶事そのものだ。しかし、武家の場合は必ずしもそうとは限らない。少なくとも私にとっては。
百ちゃんが戻ってきて数か月、目立ったトラブルも無く日々は過ぎていった。やがて蝉の声が聞こえなくなり、衣服の重ね着が増え、私も秋の訪れをひしひしと感じていた。
そんなある日、珍しいイベントが発生した。お月見だ。いつもは日の入りと競争するように寝床に入るよう急かされるが、今夜は遅くまで起きていても怒られない。寝坊には気を付けないといけないけど。
ゲストのスケジュールと月の満ち欠けのすり合わせ、特別なご馳走や飾り付けの用意と、ここ一か月は城内全体が慌ただしかった。
そして今夜。雲量も少なく、絶好の月見日和。満月の明かりが差し込む客間に、お客様と接待役が集結している。
「善九郎様、月が美しゅうございますね。」
「いいや、菜々(なな)。美しいのは月明かりに輝くそなたの方じゃ。」
「まぁ、善九郎様ったら…。」
おぅふ。あーやばい。超甘ったるい。素面でこんなやり取りができるカップル、実在したんだ。
縁側でいちゃついている男女は、私にとって実の姉にあたる菜々姉様と、従兄弟にあたる北条善九郎康成殿だ。婚約済みのカップルでもある。
菜々姉様はいかにも長女らしいと言うか、ぽっちゃり、いやふっくらした感じで、話し方も性格もゆったりしていて、母上とよく似ている気がする。
善九郎殿の父親は北条孫九郎綱成。父上の妹と結婚して婿入りした人で、玉縄城主だ。戦場では地黄八幡の旗を掲げ、「勝った、勝った」と叫んで味方を鼓舞し、突撃する名将――と以前藤菊丸兄者が興奮気味に解説してくれた。それはハッタリというのでは?私はいぶかしんだ。
菜々姉様は数えで11歳、善九郎殿は数えで16歳だ。現代日本で言えば小学生と中高生がいとこ同士でイチャイチャしているわけで、少なからず犯罪臭を感じるのだが、特に反対意見を聞いた覚えは無い。
「菜々、この菓子は絶品じゃ。わしは一口いただいたゆえ、残りをやろう。」
「いいえ善九郎様、菜々も一口で十分にございます。玉縄殿の嫡男たる善九郎様こそ、菜々の分をお召し上がりくださいませ。」
「…ではこうしよう。わしは菜々から菓子をいただくゆえ、菜々はわしの菓子をもらってくれ。」
「善九郎様…なんとお優しい…。」
おぅふ。おううっふ。バカップルだ。バカップルがいる。
なんだろう。親が決めた婚約って、悪役令嬢もののライトノベルで初っ端から破棄されるのが定番だけど、この二人に限っては絶対に有り得ない気がする。
まぁいい。婚約者とは言え善九郎殿は普段相模東部の玉縄城にいて、菜々姉様はなかなか会うことが出来ない。たまの機会に思う存分いちゃついてもらおう。
それよりも問題なのは。
「…凛、相変わらず騒々しい格好ね。北条の姫という自覚が無いのかしら?」
「蘭姉様こそ、地味な格好ですこと。北条の姫たる者、相応の装いをするべきでは?」
私の目の前で火花を散らす二人の姉、数えで10歳の次女、蘭姉様と、数えで7歳の三女、凛姉様だ。二人はとにかく仲が悪く、顔を合わせるたびに口論に発展する。そのため奥の間では、私達の部屋は出来るだけ距離を置くように割り振られているのだ。
仲が悪い最大の原因は、二人の出自だ。私と菜々姉様は共に父上の正室――家臣達からは「御前様」と呼ばれている――から産まれた。しかし蘭姉様と凛姉様はそれぞれ別の側室の娘だ。
つまりこの四人のちっちゃなヒエラルキーの中、正室の長女で婚約済みの菜々姉様のトップは揺るがない。そこで二人の姉がマウントを取り合い、どちらがナンバーツーに相応しいかを競い合っているという訳だ。
ちなみに私も二人の争いと無関係ではいられない。何故なら、
「質素倹約。表向きの華美に惑わされず、お家の蓄えを守ることが肝要よ。そうでしょう、結?」
「いやしくも北条の娘が、町人百姓と同じ衣を着ろと?身分相応に着飾ってこそ、父上の面目も立つわ。そうよね、結?」
正室の娘ではあるものの数えで6歳の私を味方に付ければ、相手より優位に立てる。そう踏んでか近くに寄ると、二人は私を引き込みにかかるのだ。下手に一方に肩入れすれば、もう一方から恨まれることは必須。だからこれまで意識的に両方から距離を取っていたのだが…。
「結?」
「結?」
それもこれも母上以外の側室に何人も産ませた父上が悪い。以前チラ見した限りでは母上と側室達はずいぶん仲が良さそうでびっくりさせられたけど。
さて、今回はどうやって乗り切ろう?
お読みいただきありがとうございました。