#016 戦国鑑定団
今回もよろしくお願い致します。
ちょっと長くなりました。
「では、わしは真後ろの一幅を所望する。」
やはりと言うべきか、最初に口火を切ったのは長兄、西堂丸兄者だった。
後ろ?チラッと兄者の背後を見ると、確かに掛け軸が掛かっていた。長―い紙に竹?や鳥?が墨で描かれた、水墨画とか言うやつだ。この部屋にあるものの中で一番地味そうだけど、良いのそれで?
「ほほぅ、さすが若君、お目が高い。唐土より取り寄せた逸品にございます。」
えぇ、良いんだ。芸術品の目利きもできちゃうとか、すごいな西堂丸兄者。
「…では、それがしは先ほど茶をいただいた、この椀を所望する。」
ややあって松千代丸兄者が言った。さっき私が口を付けたのと同じ、真っ赤なお椀だ。普段の食事で使っているものより綺麗で持ちやすい気がする。
「ほぅほぅ、松千代丸さまは無欲なお方にございますな。誠にその椀一つでよろしいので?」
「無論、それがしに相応の品じゃ。」
藤右衛門の口ぶりからすると、高級品とは言えないようだ。それでも松千代丸兄者が押し切ったと言うことは、下手に高い物を選んで西堂丸兄者に恥をかかせたくないんだろう。らしいと言うか、なんというか。
「よし!ではわしは床の間の脇差を所望する!武家のはしくれなれば、刀は幾振りあっても困るまい!」
「お、ほっほ、藤菊丸さまは勇ましゅうございますな。まずまずの業物にございます。どうぞお持ち帰りくださいませ。」
藤菊丸兄者はあっさり決まった。上の二人とは違ったカテゴリーで攻めるとは、いいアイディアだ。残るは太助丸兄者と私だが…。
「太助丸さま、どれが欲しゅうございますか?あちら。あちらは…ええ、その、太助丸さまにはまだお早いかと。こちら。こちらの…唐物にございますね。はい、承りました。」
太助丸兄者に着いてきた侍女は、太助丸兄者の漠然とした要望を汲み取りつつ、藤右衛門の微妙な表情の変化を探るという曲芸をこなし、花瓶みたいな陶磁器を確保することに成功した。
「さて、残るは姫様にございますな。まこと聡明と聞き及んでおりますれば、どうぞお好きなものを仰いませ。」
げっ、しまった。私も同じような作戦で当たり障りのないものを貰おうと思ってたのに、退路を塞がれた。どうしよう。芸術の良し悪しなんて全然分からない。
どうもこの客間には見た目に違わず高いものと、見た目と違って安いものが混在しているようだ。万が一、当てずっぽうで兄上より価値のあるものを選んだら間違いなく後で問題になるし、逆にまるで価値がないものを選んだら資質を疑われる。
何かいい方法はないか。必死に客間のあちらこちらに視線を飛ばしていると、あるものが目に入った。これならいけるかも知れない。
「先ほどいただいたお菓子が大変美味にございました。留守居の者達にも振る舞いとう存じますゆえ、一箱いただけますでしょうか。」
これぞ奥の手、花より団子作戦!もういっそ芸術が分からない小娘を装って、お菓子で勘弁してもらおう。それに侍女達には普段からお世話になってるし、たまにはこうしてお土産を持って帰らないと。
そんな事を考えていると、客間が妙に静かになったことに気付いた。西堂丸兄者は両目をつぶって俯き、松千代丸兄者は物凄い形相で私をにらみ、藤菊丸兄者は何か凄く面白い物を見たように目をキラキラさせている。太助丸兄者は…特にいつもと変わりないか。後ろからはお梅が鼻をすする音が聞こえてくる。
え?まさか私、何かしくじった?
背中を冷や汗が伝った、次の瞬間、
「ふふふ…ははははは!」
藤右衛門が大声で笑い出した。
「いやはや、お見逸れ致しました。なるほど、菓子は切り分けるまで一塊、即ち一つにございますな。無礼の段、平にお許しあれ。」
いや、そんなとんちみたいなこと考えたわけじゃないんだけど。
私が戸惑っていると、藤右衛門はようやく大笑いを止めた。
「菓子はお望み通り進呈致します。本日は当家の厨にあるだけを、残らずお持ち帰りくだされ。城中にお住まいの方々には一月の内に必ずやお届け致しましょう。」
ちょいちょいちょい⁉一箱でいいって言ったよね⁉何でそんな大勢にくれることになってるの⁉
「隣の間でじっくり聞かせてもらったぜ。どうだい、俺の息子どもは。」
西堂丸とその弟妹が外郎屋を後にしてしばし後。客間の上座に腰を据えた男が、下座の男に言った。北条家当主氏康と、外郎屋当主宇野藤右衛門である。
「西堂丸さまは次期当主に相応しい見識の持ち主、松千代丸さまは分相応を固く心掛けておられます。藤菊丸さまは武芸にご執心ですが、将たる者の器量を十分お持ちかと。太助丸さまは…まぁまだ幼うございますから。」
「娘はどうだい。」
氏康がにやりと笑うと、藤右衛門も含み笑いを漏らした。
「いやはや、度肝を抜かれました。大殿が先代様より受け継がれし朱印…禄寿応穏の心得をお持ちとは。」
禄寿応穏――民の禄(財産)と寿(生命)、応に穏やかなるべし。氏綱が北条家の証として作らせた、虎の印判に彫られた四文字である。
「俺はあいつにそんな話をいっぺんもしたことがねぇっつったら、信じるかい?」
「それは…末恐ろしゅうございますな。男子であれば、北条は益々安泰でございましたでしょうに。」
「悪ぃ冗談だぜ。息子どもが揃って不出来ならまだしも、西堂丸と張り合うなんてことになったらお家の一大事だ。」
藤右衛門が西堂丸達に供した菓子は、ただの口直しではない。遥か遠方から、大金を費やして取り寄せた黒糖を練り込んだ希少品だ。それを自分ではなく留守居の侍女のために欲しがるとは、見方によっては西堂丸よりも大きな取引だったと言える。
「まぁ、今後も気が向いたら結に菓子を差し入れてくれや。知恵の回る女子は嫌いじゃねぇが…嫁ぎ先によっちゃあ苦労するだろうからな。」
氏康の言葉に、藤右衛門は黙って頷いた。
遠くで、蝉の声が聞こえた。
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