#015 甘い物は正義
今回もよろしくお願い致します。
藤右衛門は一旦引っ込み、男性奉公人が私達の案内を代わった。一緒に来た家臣達のほとんどは玄関前で待機し、ごく一部が私達に同行する。
それにしても、見れば見るほどでかくて派手な屋敷だ。もちろん小田原城に比べれば敷地は大したことはないが、見た目の豪華さが違う。小田原城は謁見の間はともかくとして、私が見る限りどこも綺麗で清潔感抜群なのだが、特段お金持ちっぽい物が見当たらない。もしかして北条家、そんなにお金持ちじゃない?いやいやいやそんなバカな。
あちこちに帯刀した男が立っているが、装いからすると武士ではなく、いわゆる浪人って感じだ。恐らく用心棒として藤右衛門が雇っているのだろう。
奉公人の案内に従って客間に着く。畳敷きの広々としたスペースだが、奥、右、左の壁や棚に、掛け軸や屛風、陶器に茶碗と、いかにも高そうなものがズラリと並んでいた。
さすがお金持ち、と独り感心していると、列が詰まっていることに気付いた。先頭の西堂丸兄者が客間に入らないため、後続も入れないのだ。兄者は客間の中をじっと見ていたが、奉公人や私達の怪訝そうな視線に気付いたのか、
「すまぬ、参ろう。」
短く言って、改めて入室した。ようやく私達も続く。
一番奥の上座に西堂丸兄者が座る。西堂丸兄者の近くに松千代丸兄者と藤菊丸兄者が控え、一番遠くに私と太助丸兄者が向かい合う形で腰を下ろす。それぞれの背後に一人づつ近習や侍女が控えるが、太助丸兄者の侍女は特に大変そうだ。何せ太助丸兄者は数えで7歳、平成日本だったらせいぜい小学一年生だ。城内で厳しく躾けられているとは言え、年齢相応の好奇心で今にも席を立ちそうなそぶりを見せている。まぁ肉体年齢が彼以下の私が何か言える訳も無いが。
と、複数の足音が近づいてきた。客間の入口に藤右衛門が現れ、膝をついて頭を下げる。
「若君、ご兄弟一同、お待たせ致しました。宇野藤右衛門にございまする。」
「うむ、苦しゅうない。近う寄れ。」
いかにもなやり取りを終えると、藤右衛門は相変わらず胡散臭い笑顔のまま立ち上がって、やって来た方に手招きをした。お膳を抱えた女性奉公人達が何人も入室する。
「本日はわざわざ手前どもの店にお越し下さり、感激の極みにございます。北条家ご一門におかれましては、日頃よりお引き立ていただいておりますれば、今一度当家の秘薬、透頂香の効能をお目にかけたく存じます。」
西堂丸兄者の真正面に座り直しながら、藤右衛門がとうとうと述べる。女性奉公人達が私達兄弟5人の脇から――前からだと誰かにお尻を突き出す格好になってしまうからだろう――差し込んだ膳に乗っていたのは、濃い緑色の液体が入った高そうなお椀と、正方形の紙を挟んで白い塊が乗った高そうなお皿、そして鈍く銀色に光る小さな粒が乗った地味な小皿だった。
「これなるは手前が点てた茶、包み紙に乗せたりますは口直しの菓子、小さな粒が透頂香にございます。」
へー。この小っちゃい粒がねぇ。
「まずは透頂香を一息にお飲みいただき、口直しに菓子と茶をお召し上がり下され。菓子はこのように、包み紙を掴んでお取りいただければよろしいかと存じます。」
藤右衛門の説明に従って西堂丸兄者が薬を口に含み、私達もそれに続く。
にっっっっっが。超苦い。
さり気なく兄者達の様子を見ると、西堂丸兄者は目を閉じ、松千代丸兄者はいつもの五割増しで険しい顔になり、藤菊丸兄者は叫びをこらえるように口をぎゅっと閉じている。唯一太助丸兄者はきょとんとしているが、背後の侍女がモゾモゾしているところを見ると、太助丸兄者に薬を飲ませる直前、周囲の反応を見てとっさに隠したらしい。その機転に免じて見なかったことにしておこう。
とにかく苦い。そうだ、口直しにお菓子とお茶があるんだ。手が汚れないように、お菓子を包み紙でくるんで一口。
あっっっっっま。超甘い。
宇野藤右衛門が胡散臭いこととか、薬が良薬口に苦しなんて言ってられないレベルで苦いこととか、一発で頭から吹っ飛んだ。え、何これ甘い。美味しい。転生してから食べたお菓子の中で一番美味しい。やっぱり外郎屋さん、本職はお菓子屋さんでしょ。
おっといけない。茶席でのマナーも多少勉強したからには、お菓子だけパクついてる訳にはいかない。お椀を両手で持ってお茶を一口。うーん、まぁまぁ苦い。でも口の中がスッキリする感じだ。
「皆様、いかがにございましょう。」
いかが、と言われても。藤右衛門の質問に、兄者達も同様の感想を抱いたらしく、「胸がすっとしたような心持ちが致す」とか、「喉の通りが良くなったようじゃ」とか、効いたのか効いていないのかよく分からない返事を返した。
私は「輿を降りてより悪しき心持ちでおりましたが、秘薬を飲んだ所、たちどころに回復致しました」と答えた。軽度の車酔い、或いは熱中症だったかもしれない。嘘はついていないが、回復したのは薬のお陰かお菓子のお陰か、はたまたお茶のお陰かは何とも言えない所だ。
「それは大変ようございました。時に…。」
このお菓子を定期的に食べられるように頼めないだろうか。そんな事を考えていると、藤右衛門がまた何か言い出した。
「今日は太助丸殿、結殿が手前どもの店に初めてお越し下さった目出度き日。若君とご兄弟一同に、この客間にあるものをいずれか一つずつ進呈致しとうございます。」
おお、太っ腹。何貰おう。
そう思いながら部屋を見渡していると、兄者達――西堂丸兄者、松千代丸兄者、藤菊丸兄者の三人――が揃って真剣な顔付きになっていることに気付いた。
えーっと、もしかして。いや、もしかしなくても。
誰が何を貰うか、めちゃくちゃ気を使わなきゃいけない状況ってこと、これ?
お読みいただきありがとうございました。