#014 はじめてのおつかい
今回もよろしくお願い致します。
兄上達から粘り強く聞き出した所、外郎屋はお菓子屋さんではなく薬売りであることが判明した。大昔、唐土――トウモロコシの国かと思ったらどうも中国のことらしい――から渡海してきた一族が博多、京都と移り住み、ひいお祖父ちゃんの招きに応じて小田原にやって来たとのことだ。一番の売りは「透頂香」という飲み薬で、ノドのイガイガ、倦怠感、手足の冷え、腹痛、胃もたれ、その他もろもろに効用があるという。ぶっちゃけ一種類の薬でそんなに色々な症状に効果があるとは思えないが、医学が発達していない時代には立派な薬なのかもしれない。
翌日、朝食を済ませた私は輿に乗り、兄上達と共に城下へ向かった。下手すると転生以来初のお出かけである。
しかし想像以上に大所帯だ。上3人の兄上達は馬に乗り、それぞれに馬の鼻先を押さえて暴走を防ぐ口取りが着いている。私と太助丸兄者は年少だから4人がかりの輿にそれぞれ担いでもらう。これだけでもう16人だ。そこにめいめいの侍女やら近習やら護衛やらが加わり、40人前後の大行列になっている。
あと、生まれて初めて直に馬を見た。なんか…思ったより小さい。時代劇に出てくる馬といえばでっかくて長い脚と相場が決まっているんだけど、それに比べるとやっぱり小さい。あれだろうか、乗馬ができるとは言ってもまだ子供だからと、小さめの馬に乗せてもらっているんだろうか。
ともあれ、私と太助丸兄者を乗せた輿のペースに合わせて行列は進む。最前列の護衛を除けば西堂丸兄者が先頭、松千代丸兄者、藤菊丸兄者と続いて太助丸兄者の輿、私の輿、さらに侍女達という並びだ。さらに周囲を護衛の武士が固める。
ちょいちょい横の簾から外を覗き見ていると、奥の間を出てしばらくは下り坂の両脇を質素な門や垣根が並ぶ。どうやら家臣達の屋敷のようだ。
しかし坂を下り終え、大きな門が開くと様子が一変した。飛び交う声。行き交う人、人、人。とにかく大勢の町人が行き来している。右も左も家やお店がひしめき合い、まさに都会って感じだ。もちろんどの建物も木造で、高さも大したことはないんだけど、お陰で青空が広く見える。
ていうか、侍女や父上の家臣はちょくちょく都はすごい、都はすごいって言うけど、本当にこの小田原の城下町より栄えているんだろうか?ちょっと想像がつかない。
「結。みだりに顔を出すでない。はしたない。」
私達の行列に気付いた町人達が慌てて道を開ける様子に密かに悦に入っていると、松千代丸兄者がわざわざ馬の足を遅らせて、私の輿に顔を寄せて注意してきた。本当に細かいな。急いで顔を引っ込める。
言われなくても分かってる。この時代、偉い人やその妻、それに娘は軽々しく素顔を晒してはいけないのだそうだ。兄上達も日よけを兼ねて笠を被っている。
しかしここで下手に反発しても無駄だろう。
「申し訳ございません。何分、城下の様相を目の当たりにするのは初めてのことにございますゆえ…。」
私のしおらしい言い訳に、松千代丸兄者は何故か得意そうな表情になった。
「初代様、先代様、そして大殿が築かれた街並みじゃ。我らも大殿、そして兄上をお支えし、より一層領国を繁栄させねばならぬ。」
松千代丸兄者は事あるごとに「大殿のため」「兄上のため」と口にする。自分の役目は父上や西堂丸兄者を支えることだと、確信している感じだ。自分にも厳しいところは素直に立派だと思う。正直他人、特に私にはもうちょっと甘くして欲しいけど。
「結!結!具合はいかがじゃ?大事はないか?」
相変わらずの大声を上げながら、藤菊丸兄者が寄ってきた。心配してくれるのはありがたいが、その聞き方だと実際に私の体調が悪いみたいじゃないか。
「お気遣い、かたじけのうございます。結は無事にございます。」
「左様か!悪しき気を感じたなら、すぐに申すのじゃぞ!」
念押しをして、藤菊丸兄者は馬を前に進める。どうやら前を行く太助丸兄者の様子を見に行くらしい。本当に気が利くなぁ、暑苦しいけど。
しばらくして、行列が止まったのは大きなお店の前だった。「ういらうや」と書かれた大きな看板を掲げ、「とうちんこう」と書かれたのぼり旗を店先にいくつも立てている。両方ともひらがなで書かれているのは誰でも読めるように、という配慮だろう。ここが外郎屋か。
と思いきや、行列が再び動き出し、店の脇道に入っていく。え、どういうこと?
表通りの喧騒が遠ざかり、視界が若干薄暗く感じられる。どこからともなくトイレのニオイが漂ってくる。
どうしてこっちに行くんだろう?疑問符を浮かべていると、また行列が止まった。
「姫様、到着にございます。履物をお召し下さいませ。」
城から付いて来た侍女頭、お梅の声に合わせて輿が降ろされ、外に草履が置かれる気配がする。ここ?ここで間違いない?
簾を持ち上げて外に出ると、大きな門と左右に立つ門番が目に飛び込んできた。あれ?まさかお城に戻って来ちゃった?
私が戸惑っている間に、兄上の近習が門番の一人に近寄って声を掛けた。
「外郎屋、宇野藤右衛門殿に申す。先触れの通り、若殿罷り通る。」
「ははっ、只今開門致す。」
形式ばった返事をすると、門番はもう一人とタイミングを合わせて門を押し開けた。兄上達は次々と馬を降り、門をくぐる。私も遅れないように太助丸兄者に続く。
門をくぐると、広大な敷地に、私達が普段暮らしている奥の間より豪華な印象を受ける屋敷が建っていた。まさかこれが外郎屋さんの屋敷?表通りの店、どんだけ稼いでるの?
内心愕然としながら玄関に向かうと、深々と頭を下げる男性がいることに気付いた。
「宇野藤右衛門にございます。城下までご足労いただき、有難き仕合せ。先ずは客間で一休みを…。」
そう言って頭を上げた宇野藤右衛門の笑顔を見て、私は嫌な予感が膨れ上がるのを感じた。何故かって?
時代劇でよくいるじゃない、最初はいい人のフリをして裏で悪事を働く商人。藤右衛門の顔がまさにそんな感じだったからだ。
お読みいただきありがとうございました。




