表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/166

#136 陰(かげ)の軍隊

今回の投稿に当たり、文字数を確認した所、二千文字少々だったため、「少ないな…」と思いましたが、よく考えると投稿を始めた頃の文字数も同様でした。

いつの間にか「一話あたりの文字数が書けば書くほど多くなる症候群」に罹患していたようです。

中身が伴っていればまだしも、冗長では読者の皆様に申し訳ございません。

今後は一話ごとの読みやすさも追求して参ります。

(五千文字超のストックをどう整理すべきか、頭を抱えながら)

永禄3年(西暦1560年)末 駿府 沓谷(くつのや) 竜雲寺


「では、厩橋の越後勢は総じて五万に届くかどうか、武蔵、相模への出陣は次の如月(二月)以降…という事になりますね?七緒(ななお)。」


 冷たい陽の光が照らす庭先で片膝を立てる町人風の女――二之丸(にのまる)七緒に、寿桂尼は室内から問いかけた。七緒は地面の冷たさをものともせず、首肯する。


上野(こうずけ)に潜んでいた者が、越後勢の陣中に紛れて調べ上げたとの事。小田原が放った風魔党の物見も、左京大夫(うじやす)殿に同様の報告をしたよしにございますれば、まず間違いないかと。」


 七緒の返答に、寿桂尼は浅く頷くと、手元の地図――西は尾張(愛知県)から東は常陸(茨城県)、南は伊豆から北は越後(新潟県)まで――に御世論(おせろ)の駒を置いた。

 地図の上には既に白と黒が多数置かれ、富士山を取り囲むように今川、北条、武田の軍勢を表す白い駒が、さらにそれを取り囲むように黒い駒――織田と、上野に進出した越後勢、それに味方する坂東の国衆などを表す――が配置されている。


服部(はっとり)左京亮(さきょうのすけ)殿は?」


 尾張、伊勢(三重県)の中間地帯に置かれた白い駒を見据えて、寿桂尼が問う。


「尾張守護殿との謀が露見し、尾張を追われたようにございます。水軍衆は未だ健在なれど…お味方の軍勢が尾張の国境まで出張らぬ限り、当てにならないかと。」


 七緒の返答に、寿桂尼は駒を持ち上げると、『鯏浦(うぐいら)』と書かれた箇所に置き直そうとして…結局、どこにも置かずに小箱に入れた。


「…それで?三河、遠江、駿河…いずこかに謀反の雑説(ぞうせつ)などはありませんか?」


 一瞬、というには少し長い沈黙を挟んで、七緒は口を開いた。


「太守様お討死により尾張に寝返った水野藤四郎(信元)殿が、盛んに岡崎へと遣いを立てられ…この頃、岡崎よりの遣いも、藤四郎殿の屋敷に出入りしているとの事。」


 寿桂尼は眉間のシワを一層深くすると、三河、尾張の境界に置いた黒い駒と、すぐ横の『岡崎』に置いた白い駒とに目を走らせた。


取次(とりつぎ)は誰が?蔵人佐(もとやす)殿は承知しておいでなのですか?」


 それは最終確認だった。

 岡崎城の、どのレベルの人間が信長とよしみを通じているのか、の。


「そこまでは、まだ…ただ、岡崎城内ではいつ織田と和睦するか、織田と和睦すれば今川とは如何に取り合うべきか、と…寄ると触るとその話になっている模様。それを蔵人佐殿が咎めない、という事は…ご意向、遠からじとお見受けいたします。」


 岡崎城の松平家が、織田に転ぶ可能性は極めて高い。

 その危機を認識した寿桂尼は、口を固く引き結んで考え込んだ。


「…いかがいたしましょう。子細を調べ上げ、御屋形様(氏真)に言上いたしましょうか。」


 七緒の提言に、寿桂尼は重々しく首を横に振った。


「…まだ蔵人佐殿の存念が定まった訳ではありません。されど…このまま捨て置けば今川の害となるは必定。如何なる手を用いても引き留めねば…。」


 何としても、と呟いてから、寿桂尼は顔を上げ、七緒を見据えた。


「年が明けたら、御前(結)をここに招きましょう。…貴方は『調練場』の案内(あない)をなさい。」

「!…よろしいのですか。我ら沓谷衆の…忍び働きを御前様のお目に入れても。」


 七緒が聞き返すと、寿桂尼は揺るぎない意思を瞳に宿して頷いた。


「今や危急存亡の時、太守様が花蔵殿と家督を争って以来の…手立てを選り好みしてはいられません。」

「…かしこまりました。我ら一同、いつでも御前様を案内出来るよう、支度を整えておきます。」

「よいでしょう。…下がりなさい。」


 寿桂尼の許しを得た七緒は深々と一礼すると、風を切る音と共に一瞬で姿を消した。


「…甘い夢でした。孫娘と、のうのうと余生を過ごそうなどと…娘に苦行を()い、孫娘に(ごう)を負わせようとするわたくしは…きっと成仏する事は出来ないでしょう…ですが…。」


 寿桂尼は一度独白を区切ると、傍らの御世論盤――駒共々、結に贈られた物――に目をやった。


「鬼にも夜叉(やしゃ)にもなりましょう、阿鼻(あび)にも叫喚(きょうかん)にも()ちましょう。…全ては今川の血を繋ぐために。」


 永禄3年暮れの、竜雲寺での一幕だった。




 こうして激動の一年――永禄3年は幕を閉じる。

 今川は義元という大黒柱を喪い、若き当主、氏真の双肩に重責がのしかかる。

 一方、絶体絶命の危機にあった織田は一転して勢いに乗り、尾張一国から飛翔を果たそうと蠢動(しゅんどう)を始める。

 そして両者に挟まれた三河の武士達は、頼るべき大樹の在り処を見定めんと目を凝らしていた。

 関東に目を転じれば、獰猛な戦の嵐が吹き荒れる兆しが現れている。

 三国峠(みくにとうげ)を越えた越後の竜は厩橋で力を蓄え、武蔵、相模に狙いを定めた。

 房総の里見を追い詰めた北条は、一転して守勢に追い込まれ、越後の竜の襲来に備えて守りを固める。

 越後の竜と相模の獅子、両雄が激突する日は近い。




 そして。

 今川、武田、北条――三つの大国が手を結び、共存共栄を目指して来た盟約が、僅かに、しかし確実に…揺らぎ始める。

 他でもない、今川義元の死によって。

 永禄4年…前年に劣らぬ、或いはそれ以上の大変動が、東国に訪れようとしていた。

沓谷衆は勿論作者の創作ですが、今川家にも諜報、防諜を担う集団は存在したと思われます。

史実において織田の家臣を調略したり、家中の謀反を未然に防いだりする事に成功しているからです。

武田家の歩き巫女はCIA(対外工作)、北条家の風魔忍者はブランデンブルク部隊(戦線後方かく乱)、今川家の沓谷衆はKGB(防諜専門)といったイメージで執筆しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ