#133 結ちゃんのパーフェクト人生設計(ガバ)
本日より週一回のペースで投稿を目指して参ります。
毎週日曜深夜、または月曜朝に投稿できるように執筆活動に取り組んで参りますので、応援のほどよろしくお願いいたします。
改めて振り返ってみよう。
義元殿が討死したとの知らせを受け取った日、私は自称神様から重大な事実に気づかされた。それは、私が転生したこの世界が、パラレル戦国時代などではなく、本物の戦国時代である、という事だ。
大前提が変わった以上、大大名の娘に産まれて名門に嫁いだから終生安泰、などと楽観してはいられない。現に、桶狭間の件を再三警告したにもかかわらず、そして当人も愚将とは程遠かったにもかかわらず、義元殿は桶狭間の戦いで討死してしまった。信長の実力か、自称神様の言う『歴史の修正力』のせいかは分からないが、今後の歴史も史実通りに推移する可能性が極めて高い、と見て問題ないだろう。
となると、私は第二の人生をどう生きるべきか。あるいは、どう生きる事が出来るのか。
選択肢は大きく分けて二つ。史実改変ルートと、史実準拠ルートだ。
史実改変ルートとは、例えば五郎殿が織田信長へのリベンジを果たしてそのまま上洛を果たすとか、北条が滅亡しないとか、そういうルートだ。一見こちらが正解に見えるし、五郎殿の栄達は望む所ではあるが…幾つかリスクとデメリットがある。
最大のリスクは、ただでさえ怪しい私の未来知識がますます当てにならなくなる事だ。
歴史上の重大事件が史実の順番通りに進行してくれれば、次に何が起こるのか見当が付き、物理的にも精神的にも対処する余裕が生まれるが、全く異なる展開となるとそうもいかなくなる。
そして最大のデメリット。それは、戦国時代が終わらない事だ。
『織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食うは家康』――教科書に載っていた風刺画の通り、信長、秀吉が日本を統一し、家康がその泰平を次の時代へと引き継いでいく事で、日本は長きに渡る平和を享受出来る。
…いやまあ、五郎殿が家康に代わって天下を統一し、平和な日本を創ってくれれば言う事無しなのだが、義元殿の急死で事務作業に追われている現状を見ると、さすがに厳しいものがあると思われる。当人のやりたい事は可能な限り応援したいけど。
前置きが長くなったが、詰まる所、今後の行動指針としては――史実準拠プラスアルファ、で行こうと思う。原則として史実通りに状況が展開するように、かつ、五郎殿や今川家の人々、北条家のみんなといった、私にとって大事な人たちが極力不幸な目に遭わないように立ち回る。そんな感じで。
さて、そうと決まればやるべき事は一つ。これから何が起こるのか、その時系列を整理する事だ。
ヒントは幾つかある。家康が豊臣家を滅ぼして日本を完全に掌握した『大阪の陣』が西暦1615年、その15年前に天下分け目の『関ヶ原の戦い』。その前に秀吉の朝鮮出兵、更にその前に北条の滅亡による一応の天下統一…と遡っていけば大まかな流れを掴める…ハズだ。
という訳で、出来上がった年表がこちら。
『一五六×、桶狭間合戦』
『一五七×、三方ヶ原合戦』
『一五七×、長篠合戦』
『一五八二、本能寺之変』
『一五九×、小田原落城』
『一五九×、朝鮮出兵』
『一六〇〇、関ヶ原合戦』
『一六一五、大阪之陣』
…バツだらけでガバガバとか、ツッコミは勘弁してほしい。これでも頑張って思い出した方なんだから。
ともあれ、はっきりした事が一つある。
史実において、今川家は滅亡している。それも、徳川家康と武田信玄に領地を分割される形で。
なぜそう言えるのかと言えば、三方ヶ原の戦いと長篠の戦いが現在の今川領内で勃発しており、そこに今川の姿がカケラも見当たらないからだ。もっと言うと、その後の歴史的大事件でも存在感がまるで無い。
となると…今後の展開としては次のようなものが想定される。
1、松平元康殿が今川から独立し、三河の小大名になる。
2、何らかの理由で武田が今川との同盟を破棄し、駿河国に攻め込む。
3、東西から攻め込まれて今川が滅亡する。
===以下略===
…どうしよう、早くも前言撤回したくなって来た。このままだと、歴史を史実通りに進めるためには、今川が滅亡しなきゃいけない事になっちゃう。
うーん、でも…戦国時代が終わってくれないと困るし…うーん…。
「御前様?大丈夫だか?やっぱりもちっと横になられとった方が…。」
部屋の隅っこで控えていた侍女、お栗の声に我に返り、自分の醜態に気付く。
自分で書き出したものとにらめっこしながら、頭を抱えてウンウン唸る、という行動は、名門武家の奥さんとして優雅とは言えないだろう。
「心配してくれてありがとう、お栗。…そうね、一息入れるわ。白湯とお菓子を持って来てくれる?そうだ、もうそろそろ交代の刻限でしょう。それが終わったらお栗も休みに入って頂戴。」
「分かりましただ。本当に、今日はお体をお休めくだせえ。」
念押ししてから退出するお栗を見送って、再び紙面に目を落とす。
あれこれ悩んではみたものの、よくよく考えてみれば、私に歴史の行く末を左右する力はほぼゼロなのだ。
何せ今川の政治、軍事の実権を握っているのは私ではなく夫の五郎殿。私に出来る事は奥向きの差配やら財テクやらで、今川のかじ取りに口出しするのはよっぽどの事が無いと不可能である。
それに、既に史実とは異なる部分もチラホラある。
例えば松平元康殿。史実では今川の三河支配に不満を持ち続けており、桶狭間の戦いで義元殿が討死すると同時に独立したはずだが、この世界ではむしろ義元殿の仇討ちに燃えており、今川から離反するようには到底見えない。五郎殿が編成を進めている増援部隊と合流すれば、戦況も好転するだろう――というのが巷の見立てだ。
このまま行けば、五郎殿と元康殿は足並みを揃えて信長と戦い、あわよくば義元殿の仇を討つ事が出来るだろう。…それがいい事なのかどうか、私には分からない。完全に『正しい』歴史を外れ、戦国時代の終結が史実よりも遠ざかる遠因になってしまうのかも知れない。
けれど…やっぱり私は、五郎殿の妻として、旦那様を全面的にサポートしていきたい。それがどんな結末に繋がろうとも。
そう決意を新たにしながら、『史実の年表』を折り畳んで愛用の印籠にしまった私の脳裏に、『自称神様』の言葉がよぎった。
“大丈夫、歴史の修正力ってやつ?転生者一人あがいた所で、そうそう運命は変わらないから。”
その夜、久し振りに早く帰宅した五郎殿は、どこか悩まし気な顔をしていた。
夫婦一緒に夕食を摂れる喜び半分、心配半分で膳を囲んでいると、しきりにため息をつき、箸運びも鈍かった五郎殿が、ついに箸を置き、私に顔を向けた。
「夕餉の最中にすまぬ、結。お主に話しておかねばならぬ事がある。」
ただならぬ気配に、私も急いで箸を置き、口の中のものを白湯で飲み下して、居住まいを正して向き直る。
「お主の父君…北条左京大夫(氏康)殿より書状が参った。越後の長尾殿が前の関東管領、上杉殿を奉じて上野に攻め入り、坂東の国衆が続々と馳せ参じているとの事。遠からず武蔵、相模に迫る勢いなれば、武田、今川の助勢を求む…との事じゃ。」
その時私は、頭が真っ白になる感覚を久し振りに味わった。
正直に言おう、完全に忘れていた。京の山科言継卿からの手紙、それを読み解いた寿桂様の警告――長尾景虎が北条領に攻め込む可能性は高いと、そう予想が立てられていたにもかかわらず、だ。
…いや、より正確に言えば、北条が追い詰められる事態が想像出来なかった、という事か。
小田原にいた頃から政治、軍事から距離を置いていたため、北条がいつどこで誰と戦ったとか、勝敗はどうだったとか、細かい所は知らない。ただ、義元殿が討死した直後の駿府のように、城下が混乱した事は一度も無かったはずだ。
それはつまり、私がこの時代に転生して以来、北条が存続を危ぶまれるほどの敗北を喫していない、という事であり…そんな北条が同盟相手に援軍を要請しているという現状は、相当やばいのではなかろうか。
「恐れながら…越後勢の武威はそこまで…?」
恐る恐る確認すると、五郎殿は重々しく頷いた。
「北条の武威を恐れ従属していた国衆が、次々と長尾殿の下に帰参しているとの事。風の噂では、兵の数は十万を超えたとか…。」
「じゅっ…。」
途方もない数字に、私は喉を詰まらせた。
繰り返しになるが、北条の軍事力について私が知る事は少ない。だが…十万を超える兵を動員した事は一度として無かったはずだ。
坂東三か国を領有し、定期的に検地を行う事で国力を把握すると同時に、人的物的資源の効率的運用を可能にしているはずの北条が、だ。
「北条の窮地は武田、今川の窮地も同じ。よって、武田大膳大夫(信玄)殿と示し合わせて援兵を送らねばならぬ。…差し当たり、岡崎に遣わす筈であった畑彦十郎や小倉内蔵助の手勢を北条に加勢させ、来春には儂自らも出陣する積もりじゃ。」
「お待ちください。」
待ったをかけてから、自分のミスに気付く。女の私には政治、軍事について口出しする権限が無い。
いや、それ以前に…北条氏康の娘である私が、実家への援軍に喜ばない理由が、あるはずが、無い。けれど…。
「…。」
待ったをかけておいて二、三回深呼吸をする私を、五郎殿は何も言わずに待ってくれた。
「…度重なる無礼、平にご容赦いただきたく…我が父の窮地を救わんとの手配り、誠にかたじけなく存じます。されど…岡崎への手当ては…蔵人佐(元康)殿への助勢はいかように…。」
女が口を挟むな、と怒られるのではないかとビクビクする私に、五郎殿は苦笑した。
「やはりのう、思うた通りじゃ。お主であれば、ご実家への援兵を喜ぶ前に、岡崎への手当てを心配するであろうと…。お主が気に病むももっともじゃ。岡崎からは援兵を求める書状がしきりに届いておる上…兵が調い次第儂も向かうと、領内に触れ回ってしもうたしのう。」
五郎殿が私の心境を慮ってくれていた事。そして、元康殿を軽んじている訳ではない事を知り、思わず頬が緩んだ。…が、そんな場合じゃないと思い返して慌てて表情を引き締める。
「蔵人佐や三河の国衆には迷惑千万であろう事は承知しておる。されど…かねてより今川が尾張の経略に注力出来たは、武田、北条との盟約の賜物。まずは北条の窮地を救い、後背を安泰としてから、三河の助勢に向かう…これが最善、いや次善の策であろう。」
義元殿や重臣達の討死が、ここまで尾を引くとは。せめて太原雪斎殿が存命であれば…などと意味のない仮定を反芻する内に、一つの閃きが脳裏をよぎった。
「差し出がましい事ながら…我が兄、助五郎(氏規)を一手の大将に任じ、岡崎の加勢に向かわせてはいかがにございましょう。手勢も千とは言わず、百ばかりでも…小勢なりとも、駿河より助勢が参ったと聞けば、三河の国衆も励まされるかと…。」
更に踏み込んだ私の提案に、五郎殿は黙り込み、険しい目付きで畳を見つめた。
「確かに…助五郎は関口刑部少輔の婿養子。あ奴が一手の大将として岡崎に加勢すれば、三河の動揺も少なからず収まろう。」
「では…。」
「なれど。」
思わず上ずった私の声を遮るように、五郎殿は言った。
「助五郎は左京大夫殿の子にして刑部少輔の婿養子。万一の事があれば刑部少輔家は断絶、左京大夫殿にも申し訳が立たぬ。…松平竹千代の面倒も見てもらわねばならぬしのう。」
…そうだ、そうだった。元康殿と瀬名殿、両親が岡崎城にいる間、竹千代殿の面倒をしっかり見る。それが瀬名殿と交わした約束だった。
でも、これじゃあ…!
「ならば、私が参ります!兵糧や武具を数多携えて、岡崎に陣中見舞いを…!」
「ならぬ‼」
これまで聞いた事の無い五郎殿の一喝に、私は息を呑んで固まった。
五郎殿は、どこか氏康に似た険しい顔付きで、しばらく私を見据えた後、つい先ほどまでの苦笑いへと戻っていった。
「…そなたの気持ちは誠に有難い。されど…沼津や葛山の時のようには行かぬ。三河は今や戦場も同然、そのような所にそなたを向かわせる訳には参らぬ。」
自分の見通しの甘さを思い知らされ、うつむく私の肩を、五郎殿は優しく叩いた。
「その代わり…お主には三河の国衆への手紙と、友野屋を介しての陣中見舞いを頼みたい。手紙で、儂が三河の国衆を粗略に思うておらぬ事と、北条の後詰から戻り次第加勢に向かう事を伝えてほしい。陣中見舞いに当たっては…酒や兵糧、その他将や兵を励ます物がよかろう。友野屋と相談して、買い入れてくれぬか。」
「…承知仕りました。明日にでも、友野屋殿と打ち合わせます…。」
私が弱々しく返答すると、五郎殿は満足気に頷き、私に夕食を再開するように促して、自身も箸を握った。
その夜、私は五郎殿の苦しそうな声で目を覚ました。
「…まぬ…すまぬ…元康…何とか持ち堪えて…必ず、必ず駆けつけるゆえ…。」
私に出来た事は、何度も何度も寝返りを打ちながら寝言で釈明を繰り返す五郎殿の片手を、朝まで握り続ける事。それから、夜明けと同時にお風呂の準備をさせて、汗だくで起床した五郎殿に入ってもらい、多少なりともさっぱりした状態で仕事に臨んでもらう事くらいだった。
五郎殿を見送った後、友野屋殿を呼び出すと同時に三河国に宛てて出す手紙を書いていた私は、何とはなしに庭の木に目をやった。
すっかり寂しくなった枝から、枯葉が一片、剝がれ落ちていった。
長尾景虎による小田原城攻囲、別名第一次越山は、これ以降十数回に及ぶ越山の中でも最大規模となりましたが、実際の兵力は四万程度だった模様です。
軍神景虎が率いている時点で十分ヤバい兵数ですが。
この頃は伝言ゲーム式に情報が伝わる内に尾ひれ背びれが付くのが常識で、元となる情報も武将の宣伝が混ざっていたりして不正確になりやすいです。
逆に言えば、ベテラン武将ともなると、それを前提に情報を吟味していたのではないかと思われます。