#013 兄上がいっぱい
今回もよろしくお願い致します。
身なりを整えて自室に戻ると、4人の兄が待っていた。
「涼を取っていた所に済まぬな、結。」
先頭で爽やかスマイルを浮かべるのが9歳上の長男、西堂丸。
「日々の勉学を疎かにはしておらぬだろうな?」
その後ろから無愛想に嫌味を言ってくるのが7歳上の次男、松千代丸。
「いやぁ暑い!暑いな結!これほど暑いのだ、水浴びにでも行かぬか⁉」
暑苦しくも私を労わってくれるのが4歳上の三男、藤菊丸。
「…。」
私を見たり床を見たりしながら、何も言わないのが1歳上の四男、太助丸だ。
それぞれ数えで15歳、13歳、10歳、7歳になる。
「兄上様一同、わざわざお越し下さり、かたじけのうございます。本日はいかなるご用事で…。」
目上の人に挨拶するように正座して深々とお辞儀する。私は精神年齢では転生前の分を足せば余裕で年上なのだが、肉体的には当然年下だ。しかも男女平等なんて概念はこの時代にはカケラもない。おまけに西堂丸兄者は未来の当主様だ。腰を低くして低過ぎることはないはずだ。
「相変わらず結は礼儀正しいのう。まぁ頭を上げよ。」
西堂丸兄者の言葉に甘えて姿勢を正す。正直彼があの父上の息子とは時々信じられない気持ちになる。彼が次期当主で本当に良かった。
「父上からのお達しでな。明日我らと共に城下へ向かうように、とのことじゃ。」
西堂丸兄者の言葉に「はい」とも「はぁ」ともつかない生返事を返すと、松千代丸兄者が眉をひそめて追及してきた。
「結。武家の女子ならばはっきり物を申せ。まして父上のお達しじゃ。断る所以なぞ、あろうはずも無い。」
松千代丸兄者は優等生タイプというか何というか、上下関係や規則をことさらに重んじる傾向がある。言われなくても分かってますよ。
「失礼致しました。されど、城下へは何のために向かうのか、お伺いしてもよろしゅうございますか?」
万が一ロクでもない用事の気配がしたら何とか理由をつけてサボろう。そう心に決めて聞くと、西堂丸兄者が汗をかいた胸元を直しながら答えてくれた。
「外郎屋に挨拶して参れ、とのことじゃ。」
ういろう?
私は思わず身を乗り出して、兄上達のぎょっとした顔を見ておずおずと元の姿勢に戻った。いやだって、この時代、この場所でその単語を聞くとは思わなかった。前世、私を置いて愛知県へ旅行に行った家族がお土産に買ってきたういろう――ゴミ箱に捨てられていたプラのフィルムに付いていた残りカス――を、まさかここでも味わえるってこと?
しかし、この間父上と大叔父上に聞かされた、やたら凝った「我が家の歴史」のせいで揺らいでいた「この世界はパラレル戦国時代」説が、これでまた力を盛り返してきたのを感じる。だって、ういろうと言えば愛知県――今はえーと、尾張だっけ――の名物、小田原がある相模とはだいぶ離れている。ここにういろう屋さんがあるのは不自然だ。不自然と言えば…。
「その、お店にわざわざご挨拶を?」
遠回しに「何でお菓子屋さんに挨拶するの?」と聞いてみる。滅茶苦茶美味しいういろうを納品してもらったお礼とかだろうか?
「わざわざ、とは何様じゃ。やはり勉学が足りておらんではないか。」
「まぁまぁ兄者!それがし達とて幼き頃は知らなかったこと!その辺りもこの機に学べ、と父上はお考えなのでは⁉」
舌打ちしたそうな松千代丸兄者の辛辣な台詞に、藤菊丸兄者が暑苦しくフォローを入れてくれた。脳筋ぽく見えて意外と気が利くんだよね。
「先だって父上より当家の事績を学んでおろうが、初代早雲様はこの地を得られた後、都より商人達を呼び寄せられた。外郎屋はそれ以来当家と懇意にしておる。」
西堂丸兄者が改めて解説してくれた。
へー。ご先祖様も甘い物好きだったのかな。そのういろう屋さんも、京都からこんな遠くまで移住してくるなんて、親切というか、変わってるというか。
「わしも何度か世話になった。外郎屋の薬にはな。」
ん、ん、薬?え、待って。また私なんか勘違いしてる?
お読みいただきありがとうございました。




