その2
「い、今はまだ恋人を作る余裕が無いので・・・申し訳ありません」
勿体無い・・・非常に勿体無い、こんな申し出は今後二度と無いだろう・・・しかし仕方がないのだ・・・
なんせ住む場所を失ってから、まだそんなに日数も経ってないので生活が安定していない。
働いてまだ日が浅いのに仕事を辞める事になったらお世話になったマスターに申し訳ない。
それに恋人になっても尚この仕事を続けるのは彼女に対してアレだろう、彼女に不誠実なアレはしたくない。
ならばこの仕事を辞める事になるだろう。そうなると次の仕事の目途も立っていないのに・・・
やはり、この選択は正しかったのかもしれない・・・
「そうですか」
彼女はそっけなく返事をした。そっけなく、と言うより冷静になって冷めたって感じにも見えるが・・・
いや、違うか・・・多分冷静に振舞っているのだろう。
自分の生活を優先し彼女の申し出を断った不甲斐ない俺だが、せめて彼女の男慣れする為の協力はしたい。
「も、もし良ければ、これからも男性慣れをする為のデートなら喜んで協力するから」
「有り難う御座います。時間なので戻ります」
うぅ・・・気まずい・・・何て話していいか分からない・・・
取り合えず今は下手に何か言うより黙って戻るとするか・・・
店に向かって歩き出した。
今回は結構いい感じにアレ出来たと思ってたんだが最後の最後に失敗したか・・・
もうちょっとマシな言い方もあったはずだ。このままでは終われない・・・いや、終わらせたくない。
ここはもう一度彼女と会う機会を設けて、もっとちゃんと彼女と向き合おう。
仕事抜きで彼女には悲しい思いをさせたくないと心から思った。
そして店に着いた。
「エリカさん、また来て下さい・・・」
それ以上言葉が出なかった。
「では、失礼します」
彼女は帰って行った。
何だろう、この気持ちは・・・いや、本当は分かっている。
自分が選択した結果に後悔している事を・・・
自分の生活?そんなの今の仕事を辞めたって何とかなるだろ・・・アホか俺は・・・
次だ。次に会ったらちゃんと言おう・・・恋人になって下さい、と・・・
落ち込みながら店に入った。
「か、カズヤちゃんっ! 大丈夫なのっ!」
マスターが何故か無駄に心配してくれている・・・
ああ、そう言えばアレか、クイーンとデートしてたからか。
「ええ、全く全然これっぽっちも鬼の様に大丈夫ですよ」
「そ、そうなのね。てっきりクイーンに・・・」
「いえいえ、クイーンは皆が思っている様な人じゃ無いですよ。すごく真面目な女性でしたよ」
「大丈夫よ。分かってるわ! クイーンにそう言えって言われてるって事はっ!」
うん。例によって全く分かって無いって事だけは分かった。
取り合えず今日は自分の不甲斐なさに落ち込み過ぎて、この後仕事する気になれない・・・
気分が優れないので今日は帰るとマスターに言って帰る事にした。
しかし、彼女の事が気になって仕方がない。
彼女には協力すると言ったし、また来て下さいとも言ったから次もきっと来てくれるだろう・・・きっと・・・
それから3カ月余りが経過した。
結局彼女は一度も姿を見せる事は無かった。他の店にも来ていないらしい。もう来ないのだろうか・・・
仕事が終わって店の外に出て歩き出したら背後から声がした。
「ちょっとお時間宜しいかしら」
こ、この聞き覚えがある声と言葉遣いはっ!
振り向くとエリカさんが立っていた。
やっと来てくれた・・・この3カ月の想いを伝えねば・・・
「じ、実はエリカさんに伝えたい事があって、ずっと待ってました」
「奇遇ですね。私もです」
何処かの店でゆっくり話をしようと言ったら、ここで良いと言われた。
そして俺が告白する前にエリカさんから重大な告白をされた。
「私、結婚する事になりました。その事をあなたに伝えに来ました」
なん・・・だと・・・
け、結婚? な、ならば何故、あの時に付き合ってほしいと言ってきたんだ・・・
そうか・・・あの時の思いつめたような真剣な表情は、今後の彼女の人生を左右する大きな選択肢だったからか・・・
それで彼女は俺を選んだ・・・しかし、俺は・・・
い、今からでも人生の方向を修正する事は可能だろうか・・・?
「え、エリカさん! い、今からでも、俺の恋人になって下さい!」
「もう・・・遅いです・・・」
既に結婚が決まっているなら俺の入り込む余地は無いか・・・
今更自分の選択に後悔しても始まらない。
別に俺に報告する必要も無いのに、わざわざ報告をしに来てくれた事に感謝せねば。
「報告に来てくれて有り難う。お幸せに・・・」
彼女は数秒間俺を見つめてから去って行った・・・
・・・
最後にエリカさんと会ってから2週間位が経過しただろうか・・・
他の子とデート(仕事)中もうわの空で未だに気持ちの切り替えが出来ていない。
このままではいけないと思っていた時にマスターから三つ子が揃ってこの仕事を辞めたと聞かされた。
そうなると、この店を支えるのは実質俺1人となってしまった。
だが、マスターには恩がある。俺は辞める訳にはいかない、と思いながら仕事をして数週間が経過した。
ここ数日マスターの姿を見ない。こんな事は今までに無かった。
そんな時、店の電話が鳴った。予約の電話だろうと思いながら電話を取ったら、マスターが入院をしているとの報告の電話だった。
何故マスターが入院しているのかと尋ねたら、癌で余命は1年位だと言われた・・・急すぎる・・・
マスターが入院している病院は何処かと尋ねる前に電話は切れた。
数少ない俺の知り合いが次々と俺の前から去って行く・・・
俺はこれから一体どうしたらいいのだろうか・・・
とにかく今は、このマスターの店を続けねば・・・またマスターの状況報告の電話が来るかもしれないし・・・
電話を待ちつつ仕事を続けて数カ月が経過した。
マスターの状況報告の電話は未だに来ていない。
マスターの余命は1年位だと言っていたが・・・マスター・・・
諦めかけてた時に聞き覚えのある懐かしさを感じる声がした。
「か、カズヤちゃん」
ま、まさか・・・
振り向くとマスターがいた。
「マスターっ!」
以前よりやせ細って、やつれた感じのマスターが立っていた。
癌の治療で髪の毛が抜けたからか帽子をかぶっている。
「こ、ここにいて、大丈夫なんですか・・・」
「ええ、まだ通院はしてるけどね」
良かった・・・これでまたマスターと仕事ができる・・・
「でも、まだ無理はしないで下さいね」
「大丈夫よ。まだまだ休む訳にはいかないわ!」
その後、数か月間、マスターは店に来ない日もあったがマスターがいる事で充実した日々を送っていた。が・・・
再度マスターは入院した。
そして2か月後・・・マスターは亡くなった。
俺はこのマスターの店を出来る限り長く続ける事を決意した。
・・・
マスターが亡くなってから5年の月日が経過した。
今も店は続けている。しかし以前の料金体制のままではアレなので数年前に改善を行った。
オプションを廃止しデフォルトで手を繋ぐ等の接触行為を組み込み、その分基本料金を高くしたのだ!
これは他の店ではやっていない事で、俺だから出来るシステムだ! なので未だに店員は俺1人しかいないが・・・
俺のリサーチによると、客の女性は手を繋いだりしてみたい、だが、オプションを付けるのは何故かちょっと抵抗がある。
そんな訳でこのシステムを導入してみたのだが・・・客の数は以前と大差が無い。
値上げしたのに客が減ってないのは上々だろう。俺1人なら以前の値段でも良かったが今は・・・
「カズヤさん、今日は4名で最初は10時からです」
はっ! 軽く回想モードに突入していたか・・・
そう、店員は俺1人だが、数年前から新しい子が加わったのだ。
俺はその子の為にも頑張らねばならない。
こうして俺の仕事はまだまだ続くのだった。
終わり。