その後
クイーン・・・それは女王様。
この界隈のデートクラブで男子店員を次々と再起不能、もとい、ただ単に泣かせただけ、と言う伝説のお客様。
上から物を言うそのSっぽいアレと堂々たる姿勢、正にクイーンと言った所か。
俺はそんなクイーンと呼ばれている女性とデートをする事になった。仕事だけど・・・
しかし、クイーンは知らない。俺がその辺のダメダメなダメ店員と異なる価値観を持っている事を・・・
「その店にします」
はうぁっ!
軽く回想気味にクイーンの事を考えていたら店に着いていただとっ!
し、しかもこの店は超高級フランス料理っぽい店だ!
ぬかった、出鼻をくじかれた。こ、これは完全なるアウェイ。
俺・・・マナーとか知らない・・・どうする・・・
手慣れた感じでアレするか・・・いや、ダメだ。ぼろ雑巾のようにボロが出るに決まってる。
ここはもう開き直って庶民アピールをするしかない!
「こ、こんな高級店に入った事無いからマナーとか教えて下さいね?」
「問題ありません」
何が問題無いのだろうか・・・ちょっと心配なのだが。
「空いてるかしら?」
彼女は慣れた感じで店員に何かが空いてるかを尋ねた。
「はい。こちらへどうぞ」
店員が何処かに案内してくれるみたいだ。
「こちらになります」
個室かーっ!
なるほど、今までの連中はここで、あんな事やこんな事をされて泣き出したって訳か。
くっくっくっ、だが俺にその手は通用しない。何故ならば逆に俺は嬉しいからだ!
しかも個室ならばマナー面で他人の目を気にする必要も無い。策を弄しすぎたなクイーンよ!
「どうぞお座り下さい」
クイーンがご丁寧に、俺が先に座るように言ってくれたので先に座ってみた。
「では、お言葉に甘えて」
ふむ、ひょっとしたら、ここはレディーファースト的に俺が言うべきだったのでは?
はっ!試されていたのか・・・? ここでまた女性の扱いに慣れてない様を露呈してしまった!
流石クイーン、相手の男に対するチェックに余念が無い。してやられた!
しかし流石高級店、ソファーが何か凄い座り心地が良い。
などと思っていたらクイーンも座った・・・俺のすぐ隣に・・・
なっ、何ぃーっ!!
普通は正面に座るんじゃないのかーっ!
な、なるほど、このポジをキープしてスキンシップをアレして他の店の男を泣かせていたのか。
しかし、やられた・・・これでは、俺の相手の目を見て話す能力、ルックアイズスピークが封印されたっ!
まだ会話らしい会話もしてないと言うのに、さっきからやられっぱなしだ。
ぬぅぅ流石クイーン、百戦錬磨は伊達じゃないと言う事か、強すぎる・・・
あっ、分かった!だから俺を先に座らせたのか。
自分が先に座ったら相手が正面とか離れた場所に陣取るに決まってる、だからそれを防止する策だったか。
なるほどな。相手を試すと言うのはフェイク。本命はこっちか。中々手の込んだ事をするぜ、クイーン。
だが・・・くっくっくっ、俺の能力を1つ無効化した程度で主導権を握ったつもりだろうが、そうはいかん。
この距離は正に俺のテリトリー内。俺の必殺技、さり気なく手を繋ぐ能力、ホールドハンズの発動条件が揃ったぜ。
墓穴を掘ったなクイーン!
「あなた。ワインはお飲みになれるのかしら?」
はうぁっ!
いつのまにかクイーンの策の分析に夢中になってしまっていた・・・
クイーンはワインが飲めるかと聞いてきたが、俺、これでも一応は仕事中なんだけど・・・
「カズヤです。ワインはお飲みになれますよ」
おっと、口調がちょっとクイーン寄りになってしまった。
「そうですか」
クイーンはよく分からんワインを頼んだようだ。
何かクイーンって淡白だなあ。まあでも、お嬢様系ってそんな感じがする。
そう言えばまだ名前を聞いてなかったな。
「所でまだ名前を聞いてなかったね、何てお呼びしたらいいかな?」
「エリカです」
やっとクイーンの名前が判明した。
「ではエリカさん、よろしくお願いします」
しかし、真横にいるので、どうにも話しづらい。
しかも次々と策を弄してはいるが、まだクイーンからはスキンシップ的なアレを仕掛けては来てない。
他の男なら隣に女子が座っただけで委縮してしまうが、俺に取っては単なる焦らしプレイに過ぎない。
取り合えず、もうクイーンと言うのは止めよう。ついポロっと出てしまうかもしれない。
「あなた。好きな食べ物は何かしら」
彼女は普通に俺の好物を聞いてきた。
なるほど。いきなり仕掛けないで会話で油断した所にスキンシップ攻撃をする策か。
「カズヤです。好きな食べ物はラーメンです! エリカさんはラーメン好きですか?」
「食べた事はありません」
庶民の食べ物は食べた事が無いか、それともラーメンは好きじゃないとか。
ならばここで軽くジャブを打ってみるとするか。
「では今度一緒に食べに行きませんか?美味しいですよ」
どうよ!男から食事に誘うとかどうよ!
「そうですね」
不発かっ!何だろう、この嫌な相手に誘われて軽く受け流す的なアレは。
そうこうしている内に先ほど頼んだワインがきた。
「では頂きましょうか」
彼女は言った矢先、グラスに入ったワインを一気に飲み干した。
そして更に2杯目も飲み干した。
「の、喉が渇いていたんですか?」
ちょっと心配になって聞いてみた。
「ち、違いますっ!」
さっきまでとは明らかに違うテンションで彼女は答えた。
折角なので俺も頂く事にした。そして俺も一気に飲んでしまったが・・・
多分これ相当高いワインなんだろうけど・・・全く分からん。
所詮庶民な俺は糞高いワインと糞安いワインの区別がつかない。
そんな事より、ちょっと気になる事があるので聞いてみる事にした。
「いつもデートの時ってワインとか飲むんですか?」
「い、いつもは普通のカフェですので、こ、今回が、は、初めてです」
ふむ、少し酔っているせいか言葉数が少し多くなった気がする。
これは好機と思って色々聞いてみた。
すると普段のデートは男性慣れする為に結構無理して気丈に振舞いつつ距離を詰めたりしてたらしい。
この歳になって男性相手に緊張していては何かと色々あるらしい、との事だが。
この歳って言っても俺を年上って言ってたし、どう考えても10代か20代前半にしか見えないんだが・・・
そして同じ店に行かないのは迷惑をかけた上に恥ずかしくて行きづらいので別の店に行っていたと。
何故今回は普通のカフェでは無いのかと聞いてみた所、年上相手だから気を使って高級店にしたと言う事と、
俺が美人とか見惚れていたとか言った事で色々意識しまくって緊張して、まともに会話も出来そうもなかったからアルコールの力を借りたと。
確かにちょっと酔った感じだと先ほどからの淡白な会話と違って照れながらも色々話してくれる。
今まではどんな感じで相手の男を泣かせていたのかと尋ねてみたら、俺の時と同様に隣に座って会話をしていただけだと言う。
まあ今は酔って色々しゃべってはいるが、普段の状態なら言葉数が少なくてちょっと不機嫌っぽく見えるかも。
今のダメダメな男だと、そんな女性が隣にいたら発狂するに違いない。
それにしても今の女性はかなり可哀相な状態なんだなと、そして男がダメすぎる!
しかし、こうして改めて話を聞くと滅茶苦茶良い子だった。
マスターはドSのメス豚とか言ってたけど・・・まあ、あの人はちょっとアレな感じの人だし。
「エリカさんって頑張り屋さんで良い子だね」
考えていた事を思わずポロっと言ってしまったが彼女はうつむいたまま何も語ろうとはしなかった。
ちょっと酔った勢い的に色々と話してしまった事を悔いているのだろうか?
しかし・・・彼女の今後の事を考えると心配になってしまう。これからも彼女は男性慣れをする為に他の店に行くだろう。
そうなると彼女の悪い噂が更に広がっていくからだ。彼女は皆が思っているような悪い子では無いと言うのに・・・
ならば、これからは俺が彼女の相手をする事が出来れば問題無いのではないだろうか・・・早速彼女に提案してみる事にした。
「所で、今後他の店でデート相手探すより、これからも俺が相手じゃダメかな?」
「宜しいのでしょうか」
落ち込んでるからだろうか彼女は力無く聞いてきた。
取り合えずお断りのアレでは無くて良かったが確認してきたって事は彼女的にはOKって事なのかな。
「勿論です!」
俺は力強く返事をした。
そして次からは、こんな高級店では無く普通のカフェにしようとお願いした。
どんだけお金持ちかは分からないけど毎回ここでは流石に悪い気がするし、でも個室でまったり楽だから、たまになら・・・
その後も彼女と些細な会話をしていたが最初のような淡白な感じは抜け結構自然な感じで話をする事ができた。
そうこうしてる内に時間が近づいてきた。
しかし今回のデートは今までで一番良い感じにアレ出来たのではないだろうか。
彼女も皆が言っていた様な悪い感じでは無く、不慣れを克服しようと頑張る良い子だと判明したし・・・
はっ! 俺が楽しみにしていた彼女のスキンシップ的な攻撃は結局無しだったっ!
いいだろう・・・ここは例によってこちらから仕掛けるまでの事。
何故ならば、今までホールドハンズをしなかった相手は誰一人居ないからだ!勿論彼女も例外ではない。
ふふっ。しかも今は俺のテリトリー内。これではホールドハンズを仕掛けてくれと言わんばかりではないか。
ふーっ。美人だから緊張するぜ。行くぞ!必殺ホールドハン・・・
なっ、なにいーっ!! こ、ここに来て能力を無効化する能力、アビリティーインバリッドだとっ!
このタイミングで左手にグラスを持ってる・・・左利き・・・だと・・・
いや、俺は右利きだがコップとかは左手で持つから、利き腕かは判断が着かんか・・・
彼女は俺の右側面に陣取っている、俺がホールドハンズをする場合は彼女の左手になる、右手では遠すぎるからだ。
ならばここは彼女の肩を抱く禁断の秘儀エンブレイスショルダーを使うか?
いや、ダメだ。まだ一度も使った事が無い大技をここで使うのは、余りにも危険が危ない!
と、右往左往している内に彼女は持っていたグラスを置いて左手がフリーになった。
今だっ! 彼女の左手をそっと握りしめた。そして時間が来た旨を彼女に言う。
「そろそろ戻る時間になってしまったね」
「こ、こう言う事をなさる男性が居たのですね・・・」
想定内の反応で良かった・・・これでもし想定外の反応をされたらパニくる所だったぜ・・・
「ええ、目の前に居ますよエリカさん」
ちょっとキザっぽく言ってみたが、彼女はうつむいて何も言わなかった。
「では、そろそろ戻るとしますか」
しかし彼女は座ったまま動こうとしなかった。
彼女を見ると何かを決意した様な表情をしていた。
そして、驚くべき事を言われた。
「わ、私と・・・ご交際して頂けないでしょうか・・・」
後光際・・・ごこうさい・・・ご、交際、交際っ!
交際とは・・・人と人とが互いに付き合うこと。まじわり。と、どっかに書いてあった気がする。
いや、俺も普通に女性と付き合ったりした事はあるけど・・・彼女はお嬢様的な美人。
はっ!庶民とは交際の意味合いが違うかも知れない。
ならばここは、恥をかく前に確認をしておくべきだろう。
「え、え-っと、交際とは・・・恋人になるって事の交際?」
「はい・・・」
うーむ・・・俺的には非常に嬉しい申し出なのだが・・・
お嬢様的で美人で性格も良いのに、俺みたいな庶民でいいのだろうか・・・
今回も含め今までも仕事と思ってやっていたので、そう言う考えには至らなかったが・・・
でもこんな俺好みの美人からのお誘いって今後二度と無いだろう。
仮に恋人になったとしたら流石にこの仕事は続けられないのでは?
そうなると無職。次の仕事とかすぐ見つかるかなあ・・・今は生活基盤を固めるのが優先なのでは?
まあ結婚じゃなく交際だし余り深く考えなくてもいいのかも、と思ったが彼女の気持ちを考えると、いい加減な返事はできないと思った。
いや、しかし、やはり、でも、或いは・・・とにかく失礼の無いように返事をしなくては。
ここに来て、人生で最大になるであろう分岐点が訪れた・・・気がする。
この返答次第で俺の未来は大きく変わる事になるだろう・・・そんな予感がする。
「逆に俺の恋人になって下さい!」 その1へ
「い、今はまだ恋人を作る余裕が無いので・・・申し訳ありません」 その2へ