II - i :青いバラと勝負②
レイフェル side
あの表情が頭から離れない。
彼女が昨日の夕方に来たことにも納得がいってなかったのに、まさかこの時間にもわざわざ執務室に来るとは思っていなかった。
人と関わることを好まない自分にとって、正直彼女は煩わしい。
仲良くする気がないとあらかじめ突き放しているのに彼女は全然あきらめない。
態度で表しているのにめげずにずっと話しかけてきた。
どうしてこんなに冷たくされているのにあきらめないのか全くわからない。
どんなに話しかけても無視し続けているのに。
ちらっと気になって見てみるといつも自分の方を向いてとても楽しそうに嬉しそうに溢れる笑顔で話している。
無関心を装う自分のなかに苛立ちとは別に感じたことのないざわめきがあることに気づかないふりをしていた。
「アメリア様のことが気になりますか?」
しかし永年、側にいるギルバートには気づかれていた。
「そんなわけがないだろう。別に興味もない。うっとうしいだけだ。」
低い声で答えるがギルバートには自分の気持ちをごまかしているように見え、全然怖くはなかった。
「フフッ。そうですか。」
そう笑うギルバートをレイフェルは睨み付けるがギルバートは気にしていなかった。
ギルバートにはああ言ったが、なぜか彼女のあの悲しそうな顔がずっと頭のなかに残っている。
彼女のことなどなんとも思っていないのに。
ギルバートは気付いていないようだったが、確かに彼女はその花を好む理由を話しているとき懐かしそうではあったが悲しみも表情に出ていた。
そしてそれを思い出す度に胸がざわつき苦しくなる。
どうしてなのかはわからない。
そう考えていると、ハッと、今自分が彼女のことばかり考えていたことに気づいた。
「別に彼女のことなんか、どうでも・・・・。」
そんな複雑な気持ちを抱いたまま、レイフェルも昼食を取りに向かった。
レイフェル side end
昼食を食べ終わったアメリアは庭に向かっていた。
その表情は誰がみても嬉しそうである。
「本当に嬉しそうですね。」
そうリーナが話しかけると笑顔でアメリアは応える。
「嬉しいのもあるけど、楽しみなほうが勝っているわ。昨日はちょっと見ただけだったもの。」
そう二人で話していると、どうやら庭に続く扉に着いたようだった。
この扉を開けた先に、庭が広がっているはずだ。
この城の庭は入口の門から遠い奥の方にある。
城内の奥に、庭に通じる外通路ががあり、そこを通ると庭に着くのだ。
その通路がこの扉を開いた先にある。
昨日一度見たはずなのに初めてみるかのようにドキドキしている。
アメリアは深呼吸をするとゆっくりとその扉を開いた。
外通路は城内の通路と違い、たくさんの模様が彫られた石の通路だ。
所々には葉とつるが巻き付いている。
そして、その奥にはとても大きく、美しい庭園が広がっている。
この光景は昨日も見たはずなのに、見惚れてしまう。
「どこからまわろうかしら。」
迷いながらとりあえず近くに見える花を目指して歩く。
ゆっくり、周りを見渡しながら歩くだけなのにとても楽しい。
そして、今日はギルバートが言っていたバラを探そうと決めた。
少しの間、探してみるがそれらしきものは見つからない。
どうしようかと悩んでいると、
「お嬢さん、どうかしたのかい?」
そんな声が聞こえた。
リーナは時間になれば迎えに来ると言って戻っていったのにと不思議に思っていると、一人のお爺さんがやって来た。
お爺さんの手にはじょうろがあり、この庭を世話している人だと思ったアメリアは挨拶しながら、色々なことを聞いてみたいと思った。
「こんにちは。アメリアと申します。とてもきれいな庭ですね。」
嘘のないその笑顔に彼も笑顔で返す。
「こんにちは。ありがとう。この庭の世話をしているダルディです。城のものはみなダル爺と呼ぶからそう呼んでくれるかい?お嬢さんは、そうだな、リアと呼んでも良いかい?」
一瞬ポカンとしたアメリアだが、その言葉を理解するととても嬉しそうに頷いた。
「はい!リアと呼んでくださいダル爺様。
そんな感じに呼ばれるのは初めてなので何だかとても嬉しいです。」
ニコニコと笑いながら話す二人の間には穏やかな空気が漂う。
「何か探していたのかい?」
そうダル爺はアメリアに尋ねる。
「はい。先ほどギルバートさんにこの庭のバラは綺麗だと聞いたので見に行こうと思ったのですが、どこにあるのかわからなくて。」
「ここは広いからね。よろしければ案内するが?」
「本当ですか?お願いしてもいいですか?ありがとうございます。とても助かります。」
そう言ってアメリアはダル爺と庭のさらに奥へと歩き出す。その間も二人で植物、特に花のことについて話し続けた。
「リアは花が好きなんだね。」
「はい。大好きです。ここに来る許可をもらったので毎日通おうと思ってます。広いので少しずつじっくり見ようって。」
本当に花が好きなのがよくわかるキラキラとした表情でアメリアはダル爺に話す。
「もし、時間があればこの老いぼれの相手をしてくれるかい?時々でも、いつでもいいんだ。こんなふうに話し相手になったり、手伝ってもらったりしてほしい。ダメかい?」
そうダル爺はアメリアに提案する。
少し話しただけであったが、ダル爺はアメリアのことを気に入っていた。
花が好きな彼女と一緒に過ごしてみたい、とダル爺は思っていたのだ。
そんな提案にアメリアは驚き、そして嬉しそうに返す。
「わたしでいいんですか?
とても嬉しいです。ふふっ。いっぱいいろんなことを教えてくださいね、ダル爺様。」
二人で植物の話をしながら、バラのあるところに向かう。
しばらくすると、ダル爺が立ち止まった。
それに続きアメリアも立ち止まる。
「さぁ。ここがバラ園だ。」
その言葉に顔を上げ、前をみると、あまりの美しさに目を奪われる。
そこには色とりどりのバラが咲き誇っていた。
赤、ピンク、オレンジ、黄、黄緑、白、そして青。
それぞれまとまって、きれいな花を咲かせている。
中でも目を惹くのは青色のバラだった。
青色のバラなど見たことがなかったアメリアは初めてみる青いバラの神秘的な美しさに気づかないうちにじっと見つめていた。
「青いバラの花言葉は『奇跡』、『不可能なことを成し遂げる』だ。一生懸命頑張れば、大丈夫。もし、辛くなったらいつでもここにおいで。」
そう優しく告げるダル爺にアメリアは嬉しくて思わず泣きそうになった。
とても心強かった。
「ありがとうございます。 ふふっ。毎日ダル爺様に会いに来ますね。
もし、迷惑でなければわたしにダル爺様の相手をさせてください。」
そう笑って言った。
しばらくの間、二人でバラを見ながら話していると、誰かの声が聞こえる。
「・・・・様!・・リア様!
どこにいらっしゃるのですか?アメリア様!」
どうやら、リーナがアメリアを呼びに来たようだ。
「もうそんな時間なのね。申し訳ありません。もう行かなくては。
ダル爺様、いろいろとありがとうございました。また、明日来ますね。」
申し訳なさそうに言うアメリアにダル爺は笑顔で応えた。
「いや、こちらこそ楽しかったよ。また、いつでも来てくれ。待ってるよ。」
そう笑うダル爺に礼をしながら、アメリアはリーナの元へ向かった。
「リーナ!ごめんなさい。呼びに来てくれてありがとう。
時間を忘れて楽しんでしまったわ。」
「いえ。楽しかったのであれば何よりです。ここの庭はとても綺麗ですものね。」
謝るアメリアにリーナは嬉しそうに言う。
花好きなアメリアが夢中になるのも無理はない。
確かにこの庭は広大で美しい。
「図書館にも行かれますか?あと30分ほどで先生がいらっしゃいますが。」
そう尋ねるリーナにアメリアは迷った。
図書館には行きたいけれどきっと短時間では無理だ。
こちらも夢中になって時間を忘れてしまいそう。
先生がいらっしゃるのに遅れるなんてことはしたくない。
「本当は行きたいけれど、今日はやめておこうかしら。」
そう残念そうに言うアメリアを慰めるかのようにリーナをその意見に賛成した。
「そうですね。きっとアメリア様は夢中になってしまうでしょうから、時間があるときにまた来ましょう。」
そう話しながら、図書館を諦め自室に向かった。
自室に戻ったアメリアは勉強道具を片手に隣の部屋に移り、勉強しながら先生を待った。
コン、コン。
扉がノックされ、ハッと顔を上げる。
集中していて周りが全然見えていなかったようだ。
いつのまにか先生が来る時間になっていたようだった。
「こんにちは。アメリア様。」
「こんにちは。オラリネ先生。今日もよろしくお願いします。」
「はい。では、始めましょうか。今日は挨拶時のマナーをしましょう。ーーーーーーーーーーーー。」
・・・・
「ーーーーーーーーーーーー。それでは今日は終わります。また明日。」
そう言って、オラリネは部屋を出ていった。
出ていった後、アメリアはホッと息をつく。
昨日は説明ばかりであったから、実質初めての実技の勉強だった。
挨拶は、一番基本的で大切なことだ。
だからこそオラリネは一つ一つ細かく教えてくれた。
王子妃としてレイフェルについて挨拶することもあるだろう。そのときにちゃんとできなければ意味がない。失敗して恥をかくのは私だけでなくレイフェル、そしてこの国だ。
出来るだけ早く、きちんとした挨拶ができるようにならなければ。
そう考えていると、オラリネと入れ替わるようにリーナが入ってきた。
「お疲れ様です、アメリア様。」
「ありがとう、リーナ。さて、レイフェル様のところに行きましょう。」
先ほど考えていたことをひとまず頭の角において、レイフェルのいる執務室に向かう。
庭に行ったことを話そうと心に決める。
1日に二度も一緒に過ごせることが嬉しくて顔が緩む。
執務室に着いた。
しっかりと覚えたから、もう、道順は完璧だ。
ノックをしてから部屋に入った。
「こんにちは。レイフェル様。こんにちは。ギルバートさん。」
部屋に入ると今朝のように書類を見ているレイフェルとそのとなりに立っているギルバートがいた。
二人の元へ行き、挨拶をする。
「・・・・・・・・。」
「こんにちは。アメリア様。どうぞおかけください。」
書類から目を離さないレイフェル。
挨拶を返し、ソファに座ることを促すギルバート。
二人の態度は正反対だ。
「それでは、お二人でゆっくりなさってください。また時間になれば、呼びに来ますので。」
そして、昨日と同じようにレイフェルとアメリアを残して部屋から出ていった。
・・・・・・・・。
ギルバートがいなくなって部屋が一気に静かになる。
朝はギルバートがいたから、沈黙になることはなかった。しかし、どうやら朝はいて夕方はいないようだ。
ギルバートがいるのは心強かったが、やはりレイフェルと二人になるのは嬉しい。
どんなに冷たくても、追い出されないから同じ空間にいることができる。
レイフェルとの関係を変えられる可能性はあるのだ。
だから、アメリアは時間がある限りはレイフェルに話しかけようと決めている。
「レイフェル様。今朝話したように庭に行って来ました。とても綺麗でしたよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「今朝ギルバートさんがおっしゃっていたバラも見に行きましたよ。とても綺麗で感動しました。特に青いバラの神秘的な美しさには目を奪われちゃいました。」
ニコニコとしながら、レイフェルに話す。
「・・・・・・・・。」
「青いバラの花言葉を教えてもらいました。なんだと思いますか?」
「・・・・・・・・。」
「『奇跡』、『不可能なことを成し遂げる』だそうです。」
その言葉にレイフェルはハッと顔を上げる。
「わたしはあなたとのことをあきらめませんよ。」
アメリアはレイフェルを見つめながら真剣な目で言う。
「・・・・・・俺は・・。」
「いいんです。最初からうまくいくとは思っていません。ーーー勝負しませんか、あなたとわたしで。」
「・・・・俺がその勝負をする意味は?」
興味を持ったのか、レイフェルから話しかけてくる。
「もしわたしがあなたとの関係を変えられなければ、あなたの願いを何でも聞きます。」
そう言い切るアメリアを馬鹿にしたように笑いながらレイフェルはさらに質問する。
「・・何でもか。それは今後一切関わるなというのでもいいのか?」
意地悪な質問をするレイフェルにアメリア笑顔で応えた。
「はい。かまいません。わたしは負けません!頑張りますので!」
「・・・・わかった。勝負をしよう。その言葉を忘れるなよ。」
そう言ってレイフェルは初めて笑った。
少し口角を上げただけで、満面の笑みではない。
でも、アメリアといるときはいつも無表情、あるいは冷たい瞳でいた。
それに比べたら少しでも表情が変わり、ましてや笑うことなど大きな変化だった。
それを見て、アメリアはとても嬉しくて満面の笑顔になる。
大きな勝負を始めた二人であるのに、その瞬間は今までにない穏やかな雰囲気であった。
勝負について話した後、レイフェルの表情はまた冷たいものに戻ってしまった。
それを残念に思いながら、アメリアはレイフェルの方を向いて話を再開する。
「レイフェル様にはお好きなーーーーーーーー。」
コン、コン。
扉がノックされ、ギルバートが入ってきた
「申し訳ありません。夕食のお時間です。」
アメリアはその言葉に立ち上がり、レイフェルの元へ行き話しかける。
「レイフェル様。今日はありがとうございました。勝負を忘れないでくださいね。
また、明日来ます。それでは、失礼します。」
そう笑顔で挨拶をして、部屋を出ていった。
「・・・・・・・・。」
レイフェルは何も言わなかったが、アメリアの後ろ姿をじっと見つめていた。
その日の夜、アメリアはベッドに腰掛け今日1日あったことを振り返っていた。
美しく広大な庭で出会ったダル爺。
バラ園のなかにあった、青いバラとその花言葉。
レイフェルとの勝負と、初めて見た彼の笑った顔。
どれもとても大切なもの。
きっと今日のことは絶対忘れないだろう。
それくらいに色濃い1日だった。
彼との勝負は絶対に勝ちたい。
そのためにはまだまだ頑張らなければならない。
アメリアは明日からもっと頑張ろうと意気込み眠りについた。
意識を失う寸前に思い浮かんだのは、レイフェルのあの笑った顔だった。