I - iii:味方
窓から、眩しい太陽の光が差し込んでくる。
そんな中、アメリアは、目を覚ました。
彼女にしては、普段よりは遅い時間だ。
いつもーーといってもユーフェリア国にいたときだがーーは、もっと朝早くに目を覚まして、これくらいの時間には本を読んでリーナが来るのを待ってる。
国王やレイフェルとの謁見のせいか、はたまた自国ではない慣れないところに来たせいか疲れが溜まっていたのだろう。
いつもより、長い睡眠時間だった。
「さっそく、今日から頑張らなくちゃ。」
ちょうどそう言った時、コン、コン、とドアがノックされた。
これはユーフェリア国にいたときから同じだ。
朝早く起きるアメリアは侍女がやって来るときには既に起きている。
その事を知っているリーナは、ユーフェリア国にいたときと同じようにノックをし、彼女の準備をしてその日の予定を言いに来たのだ。
「おはようございます、アメリア様。」
「おはよう、リーナ。ちょうど今起きたところなの。昨日の疲れかしらね。」
「体調は大丈夫なのですか?」
「ええ。よく眠れたから大丈夫よ。」
そんな会話をしながら、リーナはアメリアの支度を整えている。
「今日の予定は聞いてる?」
そうアメリアは尋ねた。これもいつもの習慣だ。ユーフェリア国にいたときからずっとアメリアは朝の支度と同時にその日の予定を聞く。
そうやってアメリアの1日は始まるのだ。
「本日はこの後食堂で朝食をとり、午前中はこの国の歴史を学びます。そのための先生もいらっしゃるそうです。そして、正午になりましたら、昼食になります。午後は14時からマナーの先生がいらっしゃいます。
16時には終わりますので、18時からの夕食までは何も予定は入っておりません。」
リーナが今日1日の予定を告げる。
今日から本格的に半年後の結婚までのいわゆる花嫁修行のようなものが始まる。
「そう。ありがとう。」
アメリアは毎朝、部屋を出る前に扉の前でしていることがある。
それは、
ーーー笑顔で今日も1日過ごそう。ーー
そう心のなかでつぶやいて自分に喝をいれること。
つぶやくとき、いつもあの子の声が頭のなかに響く。
あの子に会うたびによく言われた。
「笑って、“ーーー”。笑顔って大切なのよ。
わたしはあなたの笑顔が大好き!
でも、ーーーーーーーーーーーーーーーー。」
後半部分はもうあまり、思い出せない。
この扉を開けたら、ユーフェリア国王女、そして第1王子の結婚相手。
常に明るく笑顔でいる。
それは、国を出たとき、国王に謁見した後に誓い、覚悟した。
「アメリア様?」
そう不思議そうな顔をして呼んでくるリーナに微笑んで、扉を開けた。
アメリアがすべての準備が終わって、食堂に向かおうと自室の扉を開けると、
「おはようございます、アメリア様。」
そう挨拶された。
昨日、アメリアを謁見の間まで案内した男だった。
「おはようございます。ギルバートさんですよね。昨日はありがとうございました。」
「わたしの名前を覚えていただけるとは、恐れ多いことです。
改めまして、レイフェル殿下の側近兼騎士団副団長をしておりますギルバートです。お好きなようにお呼びください。」
そう言ってギルバートはアメリアに礼をした。
ふわふわした暗めの茶色の髪、そして髪色と同じ色の瞳。昨日のレイフェルとは違い優しそうな雰囲気をかもしだしている。
「これからよろしくお願いします。」
アメリアも礼を返した。
すると、ギルバートは慌て出した。
「アメリア様!頭を上げてください。
こちらの方こそよろしくお願いします。何かありましたら、なんでもおっしゃってください。
それでは、食堂に案内します。朝食後に本日のこと、そしてこれからのことでお話があります。」
ギルバートは先程とはうってかわって真剣な顔つきでそう話した。
「わかりました。お願いします。」
アメリアはそう言って歩き出すギルバートの後ろを着いていった。
「こちらが食堂です。普段の食事はここになります。
朝食後にまた参りますね。それでは、失礼します。」
ギルバートは食堂にアメリアを案内して去っていく。
アメリアはその後ろ姿を見送って、食堂に入っていった。
自室もそうであったがこのお城はどこも綺麗だ。食堂も例外ではない。大きくおしゃれな机とたくさんの椅子がある。また、部屋のすみずみまで美しく装飾で飾ってあった。
食堂の侍女に自分が座る椅子に案内される。
「どなたかいらっしゃらないのですか。」
その侍女にこの部屋に入ってから思っていたことを尋ねた。すると部屋の隅にいたさきほどの侍女よりは年のいった侍女が側によってきて言った。
「おはようございます、アメリア様。
申し訳ありません、レイフェル殿下はすでに一人で食事をお取りになりました。」
「そうですか。ありがとうございます。」
そう言ってアメリアは席についた。
それから、アメリアの前に朝食が並べられた。
とても美味しそうな朝食。
でも、一人での食事はなんだか味気ない。
レイフェル様と一緒に食事ができたらいいのに、とアメリアは心の中で強く思った。
朝食を食べ終わって、少しするとギルバートがやって来た。
「まず、本日の予定についてお話します。
もうお聞きかもしれませんが、午前中は歴史の先生がいらっしゃいます。これはアメリア様の部屋の隣部屋をお使いください。先生には伝えてあります。」
「わかりました。」
「正午からはこの食堂で昼食、14時から16時まではマナーの先生がいらっしゃいます。
午後は14時からなので、今日は昼食後に城内の案内をさせていただいてよろしいですか?」
アメリアにとっては願ってもないことだった。
まだ来たばかりで城のなかはわからないことばかり。
「よろしくお願いします。わからないことが多いので助かります。」
すると、ギルバートは少し申し訳なそうに言った。
「その案内なのですが、わたしはその時間少し用事があるので、違う者になります。」
少し不安でもあるけれどギルバートが手配した者なら信頼できるだろう。
「そして今後のことなのですが、基本的に結婚されるまで公の場に出ることはありません。本日のようにこの国のことやマナーを学んでいただきます。」
「はい。 あの、2つほどお願いがあるのですが。」
ギルバートは少し不思議そうにアメリアを見つめた。
「これからその日の予定はわたしの侍女であるリーナに教えていただくことはできますか?
わたしは毎朝彼女に1日の予定を聞いているのです。
重要なことは直接教えてくださって大丈夫ですが。」
そう言ってアメリアは後ろに控えていたリーナを見た。
リーナはギルバートに頭を下げる。
「わかりました。毎朝リーナさんにお伝えするようにします。つきましては後程また彼女と相談いたします。」
ギルバートはリーナの方を向いてうなずいた。
アメリアもリーナをほっとしたように胸を撫で下ろす。
そして、アメリアは少し遠慮がちに、でも真剣な瞳で
「2つ目なのですが、レイフェル様と過ごす時間を少しでいいのでいただけないでしょうか?1日に一回少しでいいのです。レイフェル様に近づきたいと考えています。」
とギルバートに言った。
これにはギルバートも驚いたようだった。
ギルバートは昨日の謁見の間にいたから、何があったのか知っている。
レイフェルがいかに他人と関わらないのかも。
当然アメリア本人もレイフェルの昨日の態度や言動で察している。
それでも、諦めたくなかった。
だからこそ少しずつ距離を近づけるために、1日に一度少しでもレイフェルと一緒に過ごしたいと思ったのだ。
ギルバートは少し考え込んでいる。
アメリアはその真剣な瞳をそらさずにギルバートを見つめている。
そしてギルバートはゆっくりと口を開いた。
「・・・・殿下は昨日お会いになったように他人と関わるのが嫌いです。あなたにとっては辛いことが多いかも知れない。」
ギルバートは厳しい顔でアメリアを見る。
目をそらすことなくギルバートの話を聞いていたアメリアは一度目を閉じると先程と変わって優しい顔で微笑みながら言った。
「それでもわたしはレイフェル様のおそばにいて支えようと母国を出発するとき誓いました。謁見の間でレイフェル様とお会いしてからもその気持ちは変わりません。どんなことがあろうともおそばにい続けます。レイフェル様を一人にはしません。」
アメリアの強い思いと柔らかな微笑み。
ーーアメリア様はレイフェル殿下を変えてくれるかもしれない。レイフェル殿下の心を守ってくれるだろうーー
ギルバートは側近兼騎士団の副団長であるためレイフェルとほとんど行動を共にしている。
だからレイフェルのことをよく理解し支えようと常に頑張ってきた。でも、本当の意味でレイフェルの支えにはなれていない。彼の心の支えにはなれていないと痛感していた。
でも、先程の言葉を聞いてアメリアがレイフェルの支えになってくれるのではないかと思ったのだ。
いや、彼女にかけてみたいと思った。
「わかりました。わたしも殿下のことについてはお手伝いいたします。」
「ありがとうございます!」
アメリアは嬉しそうに笑った。
部屋の者たちすべてが見惚れるような美しい笑みで。
「そうですね・・。
殿下は基本的に執務室で毎日仕事をしております。
そしてまちまちですが、正午前には午前中の仕事は大抵片付けますし、夕方の16時過ぎには午後の仕事もおおかた終わります。その時間を狙っていらっしゃったらどうでしょう?執務室は今日案内いたしますし、部屋の前に警備の者が立っていない時は、入っても構いません。」
アメリアにとっては思ってもない提案だ。
1日に二度も会うチャンスがある。
それはアメリアにとってとても嬉しいことだった。
「ありがとうございます!今日さっそく夕方にお会いしに行こうと思います。」
そう意気込むアメリアにギルバートは嬉しそうに
「頑張ってください。また何かあればご相談ください。」
と笑顔で返した。
そして、ギルバートはレイフェルを変えてくれるのなら、できるだけのことをしようと決意したのだった。