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短編(シュール)

右手からトイレットペーパーの芯が外れません

作者: 鞠目

 ごみである。

 いや、ごみと言い切るのは不適切かもしれない。人によってはお金を出してでも欲しいものと聞く。アート作品や子どもの工作の材料になるそうだ。

 トイレットペーパーの芯。

 芸術家でなく、独身の私にとってはただのごみである。可燃ごみだ。いや、紙だから資源ごみか。リサイクルしなきゃいけないけれど、いつもゴミ箱に投げ捨てている。握りつぶしてから投げ捨てるとちょっとしたストレス発散になるんだ。


「今日運勢が最下位なのは……残念、おおぐま座のあなたです。今日起きてから10番目に右手で触ったものが手に引っ付いてしまうかもしれません」

 テレビの中で女性アナウンサーがわざとらしく落ち込んだ声で話している。彼女の後ろには星座占いの結果を映した大きなモニターがある。

 ああ、もっと早く知りたかった。おれは自分の右手を見る。右手の中には握りつぶされたトイレットペーパーの芯がぴったり収まっている。


 おれは占いが嫌いだ。

 占いみたいなよくわからないものに左右されるような生き方をしたくないんだ。何者にも縛られることなく、自由に生きたい。そう思っている。思っているのに、世の中思うようにいかない。

 朝起きて、トイレに行った。そして、朝ごはんを食べてスーツに着替えてもう一度トイレに行った。トイレの隅に捨て忘れていたトイレットペーパーの芯があったので拾った。で、捨てる前に握りつぶした。その瞬間だ、嫌な予感がしたのは。

 嫌な予感を無視しトイレを出てゴミ箱に向かってトイレットペーパーの芯を投げた。投げたはずだった。しかし、空中に解き放たれるはずのトイレットペーパーの芯は、何故か右手に残っていた。

 もしや……

 おれはリビングに走り慌ててテレビをつけた。するとちょうど占いが発表されているところだった。


 10年前、くじ引きによって決まった新しい大統領は、三度の飯より占いが好きだった。

 還暦色黒細マッチョのスティーブン前大統領。彼は18歳の時、商店街で見かけた易者に「80歳まで週一で日サロに行け。そうすれば成功する」と言われてから今でもその言いつけを守っている。

 そんなスティーブンが8年前、行きつけのスナックで仲良くなった初老の男性は占いの神様だった。意気投合した二人は酔った勢いでなんやかんや契約したらしい。その結果、翌日から世界は変わってしまった。

 全世界で朝7時になると、あらゆるメディアで占いが発表されるようになった。そしてその占いがその日一日の全人類の運勢を確定した。

 発表される占いの種類は日によって異なる。星座占いの日もあれば、血液型占いの日もある。名前の文字数占いの日もあれば、生まれ年占いの日もある。でも、種類に関係なく占いの結果からは誰も逃れることができない。

 例えば、占いでO型の人はお金を拾うと出れば、金額に差はあれどO型の人は皆お金を拾うことになる。うさぎ座の人は忘れ物をすると出れば、うさぎ座の人はどんなに気をつけていても忘れ物をする。


「この度は私の身勝手な行動によりご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」

 世界が変わってから二週間後、スティーブンは全世界に謝った。世界中から非難の声が上がり、スティーブンは大統領の席を退いた。退いたが、残念ながら世界は元に戻らなかった。

 占いの神が酔った勢いで作った世界設定は、出鱈目なプログラムが混じっていたせいで解除することができなかった。占いの神も含め、あらゆる神が解除しようと挑戦したがうまくいかず、人類は設定が自然消滅するのを待つことになった。因みに消滅するのはあと2世紀ほど先なんだとか。

 どんな仕組みで、何の力が作用しているのかわからない。でも、朝の占いの結果は避けられない。それが今の時代の常識となった。


 朝から右手をトイレットペーパーの芯で封印されたおれは、慣れない左手でスーツを着て、慣れない左手で戸締りをし家を出た。そして慣れない左手で改札を通り、慣れない左手で吊り革を持ち、左手使いに慣れないまま出社した。

 会社に着き自分のデスクの周りを見て改めて思った。おおぐま座はおれだけじゃなかったなあと。

 ヤギがいた。おれの右隣の席、先輩の西田さんの右手はヤギの背中に付いていた。

「今朝、餌をあげて撫でていたら付いちゃいました」

 五十路の西田さん。なんとかヤギと出社したけれど、出社するのに体力の大半を消費してしまったようだ。顔にはかなり疲れが見える。

「おおぐま座、今日本当にきついですよね」

 そう言ったのは、通路を挟んで後ろの席の山内さん。山内さんの左手には釘バットが握られていた。

「その釘バットはどうしたの?」

「今朝の戦闘で少し使ったんです」

「え、戦闘?」

 おれの疑問は山内さんに笑顔でさらりと流された。入社一年目の女性には色々あるらしい。おれは深追いするのをやめた。


 左手だけで仕事をするのはかなりしんどかった。まずキーボードが打ちにくい。いや、打てない。かろうじてマウス操作はできたが、トイレットペーパーの芯が邪魔で簡単な操作さえいつもより倍以上時間がかかった。

 昼休みになり、左手でも食べやすい食べ物を探した結果、昼食はカレーになった。カレーは飲み物だと誰かが言っていたのを思い出したからだ。

 会社の前にある全国チェーンのカレー屋。とろみの少ないルーは確かに飲みやすかった。思いの外いけた。おれの中でカレーはフードからドリンクに認識が変わった。


 昼休みが終わり会社に戻ると、社内は少し騒がしかった。周りを見ると西田さんと山内さんがいなかった。どうしたんだろうと首を傾げでいると、右手に子犬を引っ付けた掃除のおばちゃんが教えてくれた。

 西田さんは行方不明になっていた。商談に行く途中、いきなり走り出したヤギに引っ張られ、ヤギと一緒に信号待ちをしていた軽トラの荷台に乗ってしまったそうだ。荷台に乗る時に携帯電話を落としていたため、GPSで追いかけることもできないらしい。

 山内さんはというと警察の厄介になっていた。お昼ご飯を買いにコンビニに向かったところ、運悪く犬派と猫派による抗争に巻き込まれたそうだ。そしてこれまた運悪く、釘バットを持っていたため、関係者と間違えられてしまったらしい。

 朝からずっと仕事がしにくいなと思っていた。でも、それだけで済んでいるおれは、かなりマシだったようだ。同じおおぐま座でも運の悪さはかなり幅広いらしい。おれは文句を言わないでおこうと思った。


 仕事がしにくいのでおれは定時で帰ることにした。残業をしても時間を無駄にするだけだ。

 帰りの電車は混んでいた。帰宅ラッシュにぶち当たったようだ。座ることができず、会社を出る時間を少しずらせばよかったなあと思った。そんな時だ、カーブで電車が大きく揺れた。

 幸い左手で吊り革を持っていたため踏みとどまれた。しかし安心したのも束の間、右隣にいた女性がおれの目の前を倒れていくのが見えた。おれは咄嗟に右手で彼女の腕を掴もうとしたが、それをトイレットペーパーの芯が阻んだ。

 目の前で倒れていく女性を見て、動けたのに何の役にも立てなかったことを絶望を感じていると、彼女の右側にいた男性が間一髪のところで彼女の腕を掴んだ。

「ありがとうございます」

「いえ、とんでもない。お怪我はありませんか?」

 おれの前で繰り広げられる二人の会話。二人にはおれが見えていないようだ。よく見ると倒れかけた女性は長い黒髪で顔も可愛く、スタイルもよかった。はっきり言ってかなりタイプだ。

「あの、もしよかったらお礼がしたいんですが……この後時間ありますか?」

 少し顔を赤らめながら言う彼女。

「ええ、大丈夫です。でもお礼なんて言わず、一緒に食事なんてどうですか? 美味しい店を知ってるんです」

 爽やか笑顔の男性。背も高くなかなかのイケメンだ。なんだこのつまらない恋愛ドラマのシナリオのような流れは。一体おれは何を見せられているんだ。

 おれは、その後も目の前できゃっきゃと話す二人を呆然と見ていた。そして二人が仲良く電車を降りていくのを見送り、やり場のない感情に襲われていると、知らぬ間に家の最寄駅を電車が通り過ぎていた。


 とぼとぼと家に帰り、カップラーメンで夕飯を済ましたおれはすぐに風呂に入った。何も考えずに湯船に浸かると、右手からトイレットペーパーの芯が外れた。占いの効果が切れたようだ。

「やっと終わった……」

 思わず声が漏れた。

 今日一日そんなに大きな不幸はなかった。なかったけれど、なんなんだろうこの疲労感は。湯船に浸かりながらおれは大きくため息をついた。

「占いなんてクソくらえ」

 風呂場の中に声が響いた。


 翌日、おれはいつもより早く起きた。そしていつもより早く朝ごはんを済ませ、スーツに着替えた。

 昨日は運勢が最下位だった。流石に二日連続で最下位になることはないはずだ。でも、なんとなく嫌な予感がしたので、身支度を早めに済ませることにした。おれは準備万端の状態でテレビをつけて占いを待った。


「今日運勢が一番いいのはおおぐま座のあなたです! 昨日大変だった人は今日は最高一日になるでしょう」

 明るい女性アナウンサーの声を聞いて、おれは思わずガッツポーズをした。占いなんかに振り回されるのは嫌だが運勢がいいと言われるのは嬉しい。

 おれは安心してテレビを消そうとした。しかしその時だ。


「でも、35歳男性で血液型がA型、好きな色が青の人は要注意です。昨日以上に悪いことが起こるかもしれません」

 アナウンサーが突然低いトーンで言った。彼女の頭上には『要注意』の赤い三文字が踊りかなり、不穏な雰囲気を出している。

 テレビを見て思わず動けなくなってしまった。だって今言われた条件に、おれはばっちり当てはまっていたから。

「占いなんてクソくらえ」

 おれはテレビを消してアナウンサーの注意を聞かなかったことにした。「おおぐま座の人は今日は最高な日になる」そう自分に言い聞かせる。きっと大丈夫、そう思っておれは家のドアを開けようとした。

 開かなかった。鍵は開いているのにドアが全く動かない。ドアノブすら回らない。

 おれの最悪な一日はもう既に始まっていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 右手から芯が外れないのを想像すると…辛いですね。 とりあえずその日は小説の執筆などはお休みでしょうか(笑) 主人公が占い嫌いになるのも無理はない世界でした。
[一言] なんて理不尽な! と、思いつつ笑ってしまう、人の不幸は蜜の味なのですね(血液型がA型で青が好きなおばちゃんより)
[良い点] ∀・)なんでしょう。違和感を楽しむって感じの作風でしたね。まぁ、主人子は全然楽しくなんかないでしょうけど(笑)家裏マンボウ(ボカロクリエイター)さんの「おでこから琵琶の木が生えた」みたいな…
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