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散髪

作者: ピョンス





ずいぶん前にメガネのレンズの交換をしに行った。

ちょうどいい度数のレンズは今在庫がないらしい、後日入荷するとのことでその入荷日が昨日やってきた。

今日はなぜか元気がある。出掛けに行こう。出不精、コミュ障、ごま少々なんてクソダサい鼻歌が口ずさむくらいにはやる気があった。




レンズの交換に眼鏡を出す。生憎代わりのメガネは持ってきていない、仕方なく貸し出しのメガネがあるか聞いてみるもないらしい。


眼鏡をつけずに生活するのは久しぶりだ。視界の色が輪郭を持たず混ざり合って、非常に気持ち悪い。視力はとっくの昔に0.1を下回っている。

幸い近視なので近くのものは普通に見える。本を取り出して読みふけった。


題名は「推し、燃ゆ」という知り合いに勧められてつい買ったものだ。

推ししか生きがいのない少女が、とある事件で推しが炎上してナーバスになる。描写されたところが弾けるように想像できて景色が広がっていく。

ナーバス気味な人はぜひ読んで欲しい、共感できるぞ。


気づかぬうちにメガネの交換が終わったらしい、店員さんが持ってきてくれた。


メガネを付けた瞬間、世界がくっきりと線を持って分かたれた。色が意思を持って語りかけてくるかのようだ。


メガネ屋を後にし、鬱陶しくなっていた髪の毛もそろそろ切ろうと思った。ちょうど近場に安い理髪店がある。いこう、そう決めたら足が動いていた。





店内はやけに明るくメガネを変えたはずなのにボケて見えた。おばちゃんがバッグを席に置いて席を二つ占領している。仕方なく一つ間を開けて座った。

待ち時間に先程の本を開く。120ページで1200円、無意識にページ単価を計算する。残り90ページを味合わねばもったいないなんて貧乏性の癖が出る。


本は心を広くする、感受性を上げてくれるいいものだ。



次の方どうぞ、呼ばれた。行かねば、そそくさと本をしまう。

本日はどのようにいたしましょう。大体3センチくらい刈り上げで、いつものメニューを頼む。これでまた2、3ヶ月は切らずに済む。結構大雑把なものだ。


さっき付けたメガネを再び外す。世界の輪郭が失われるが目の前には鏡に映った自分しか見えない。相変わらずしょうもない顔だ、もっと自信をもてと心の中でアドバイスを入れるもその表情に変化はない。



小気味良いハサミの音が響く。シャキシャキ、シャキシャキ。

ふと好きなアニメの1フレーズ、髪はカオス、人間の混沌や矛盾の象徴、姫が人間である証拠を思い出す。

俺は髪が伸びる、アスカも髪が伸びる、実質、

俺=アスカ

Q.E.D.証明完了、

謎理論が組み上がる。


髪には感情が溜まっていくような気がする。負の感情、生の感情、いろいろごちゃ混ぜになって積み重なっている。それがゆっくりと削ぎ落とされていく。

古いものを捨て、新しいものを受け入れるスペースを作る。


床屋の人には髪に積もった感情は伝わらない。ただ無条理に切り落とされてく。だが目の前の今切られている人と髪でつながっている。散髪を通してコミュニケーションをとっている。

髪なんて普段誰にも触られないのに、何の気なしに普通にこの関係が成立してる不思議な感覚に苛まれる。


何か話そうか悩む。五輪のことでもウイルスのことでも、お題はいくらでもあった。けれど口は開かない、開けない。

ハサミが終わる。バリカンにスイッチが入る。



ブルブルと細かい振動が髪を通して頭皮に伝わる。この振動が少し気持ちいい。耳上、側頭部、後頭部と剃り上がっていく。途中ダサい髪型に笑いそうになる。が、どんどん整えられていく。

不釣り合いなバランスも最後の髪型を意識した上でのただの途中経過。あっという間にイメージと同じ顔が映る。


メガネを着装して世界がくっきり写る。これで大丈夫ですか、と問われる。答えはわかり切っていた。大丈夫です、オウム返ししかできない。

最後の仕上げだ。頭にしがみつく感情たちをまとめて吸い込んでいく。まだ離れたくない、過去にすがっていたい、そんな声が聞こえてきそうだが、あっけなく吸引されて消える。視界も感情もすっきりと晴れやかな気分になる。


ありがとうございました、感謝のお礼を忘れず床屋を後にする。今日はいい1日になりそうだ。





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