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オスカル様に会いたくて  作者: 結はな
第3場 在りし日の庭園編
6/8

前編

短い閑話のつもりが思ったより長くなってしまったので、二つに分けます。

マリーとテオの出会い編です。

「テオドール、緊張しているのかい?」


 カタカタと揺れて進む馬車の中、向かいに座った義兄・クロヴィスが聞いてくる。


「少し」


 テオは小さな膝の上に置いた手を握り締めると、言葉少なに返した。

 緊張しないわけが無い。

 何せこれから向かう所は、このフランソレル王国の君主一族が住まう宮殿で、そこで第一王女と会い、“御友人”にならねばならないのだ。


「俺——私には、つとまると、思えません」


 現に今も一人称を間違えそうになっている。正直、この丁寧な言葉遣いも口に馴染んではおらず、できるだけ会話を避けているくらいだ。そんな状態では選ばれた事を光栄に思えるはずがなく、自分には荷が勝ちすぎているとしか言えない。できる事なら今すぐ帰らせて欲しい。


「気負わなくて良い」


 クロヴィスはふっと微笑む。


「王族の方々は気さくで、多少の無作法は見逃して下さる。それに、姫様の御友人に選ばれたのは、君が初めてではない」

「どういう事、ですか?」


 テオは目をしばたかせる。


「そもそも王女の相手なのだから、普通は女子が選ばれるとは思わなかったかい?」

「あ……!」


 言われて初めて気が付く。

 今まで自分が選ばれてしまった事に動揺するばかりだったが、確かに不思議だ。

 義兄がつい先日立太子なされた王の長子・サディ=ファブリス殿下の御友人として選ばれているのと同じように、本来なら王女にも同性の相手が選ばれるはず。それなのに選ばれたのは男で、しかも向いているとは思えない自分である。


「実はね、姫様の“御友人”は皆、長続きせずに辞しているんだ」


 不穏な発言に、テオは眉根を寄せる。


「なん——何故、続かないの、ですか?」

「何故だと思う?」


 質問が質問で返ってきて、テオは口を引き結ぶ。

 勿体ぶった態度は完全にこちらの反応を楽しんでいて、なんとも腹立たしい。ここで「分かんねぇから聞いてんだよ」と言うのは簡単だが、そうした所で答えが貰える訳でもないので我慢する。


「分かり、ません」


 そもそも目の前に居る義兄の考えすら読めないのだ。決して腹の内を見せぬ貴族共の親玉一家の考えなぞ、分かるはずが無い。


「さもありなん」


 答えを予想していたらしいクロヴィスは、さっと前髪を払って笑みを漏らした。

 その気障な仕草は十四の少年がしても様になっており、もう少し年齢を重ねれば、さぞや婦女子に黄色い声を上げられるに違いないと思わせる。テオには真似できない芸当だ。


 二人は色彩こそ似通っているものの顔立ちは全然違っていて、種は同じでも植えられた畑が違うだけこうも差異が出るのかと感心しきりである。

 そして、答えが分かっているのなら最初から聞かないで欲しいとも思う。


「まぁ行ってみれば分かるさ。私も父上も、君には期待しているよ」


 それならば、何故不安を煽るような事をいうのか。

 とても激励とは思えない言葉を貰ってしばらくして、馬車は宮殿へと辿り着いてしまった。






 王女との顔合わせは宮殿の庭園で行われるらしく、早速中庭の四阿へと案内される。そこには既にお茶の準備がなされており、主催者達も待ち構えていた。


「やぁ、いらっしゃい」


 最初に声を掛けて来たのは、そろそろ青年へと移り変わろうとしている美少年で、年頃からして王太子であるサディ=ファブリスだろう。理知的なまなざしをしており、凛とした立ち姿には風格がある。人の上に立つべき者という佇まいに、気圧されてしまいそうだった。


 そして、その横に立つのが第二王子のロジェ。ペンより剣が好きという評判通り、足を肩幅に開き、腰に手を当て、胸を張って立つ姿は溌剌としていて、やんちゃそうだった。その雰囲気にはどこか馴染みがあり、親しみを覚えた。


 しかし、本日の主役であるはずの王女の姿は見えず、テオが心の中で首を傾げていると、王子達の後ろからひらひらとスカートの端が見え隠れしているのに気付く。どうやら王女は二人の影に隠れているらしい。


「本日はお招き頂きありがとうございます」


 殿下達とは何度も顔を会わせたことのあるクロヴィスは、慣れた様子で挨拶を返す。そしてテオへと目配せをしてきた。


「お初にお目にかかります。テオドール・ド・エティエヴァンと申します。本日はお招き頂き、ありがとうございます」


 促されたテオは前へ進み出て、教わった通りの文言を、教わった通りの仕草と共に発する。繰り返し練習してきたおかげで挨拶は淀みなく行え、最初の関門は無事突破できた。


「ああ、初めまして。分かっていると思うが私がサディ=ファブリス、こちらがロジェ、そして——」


 ファブリスは一歩横にずれると、後ろに隠れていた少女を前へと押し出す。


「彼女がマルグリッド。私達の可愛い妹だ」


 その少女を見た瞬間、テオは思わず息を呑んだ。

 サーブルの髪をなびかせ、柔らかそうな頬を少しだけ朱に染めた少女は、好奇心に満ちたまなざしをテオへと向けてくる。


 こんなに可愛い子を見た事が無い。

 エティエヴァンの家にも義姉がおり、彼女達も愛らしいと評判だったが、テオにとっては彼女の方が可愛く見えた。


 義姉達も、幾度か連れて行かれたお茶会で見た他所の令嬢方も、皆一様に楚々として、お淑やかにあろうとしていた。そんな姿はどこか人形のように思えて、テオは苦手だった。しかし、この少女は活力に満ち溢れ、ちゃんと生身の女の子だと感じられる。そして、きらきらと輝く笑顔を浮かべた姿はまるで天使——


「てんしの歌が聞こえる!」


 突如、どこぞより発せられた叫びに、テオの思考はぶった切られた。

 自分の考えが読まれたにしても意味の分からない発言。それはどうやら目の前の少女から発せられたらしい。


 少女は目も口も、女の子として良いのかと思う鼻の孔も、何なら毛穴まで大きく開かせ、ほんの数秒前に見せていた祝福の光を纏っていそうな雰囲気を霧散させている。あまりの変わりように、つい今し方の姿は幻だったのかと思う。


「うん、そうだね、マリー。君の声は天使の歌声のように素晴らしいよ」

「天使!? 天使がどこにいるんだ!? どこだ、マリー!? 俺も天使の歌が聞きたい!」


 とろけるような笑みを妹姫に向けるファブリスと、手のひらで庇を作って周囲を見渡すロジェ。そんな二人を気にも留めず、王女は興奮した様子で語り続ける。


「かみがめぐり合わせた、やくそくの出会い! むかい合っておどらないと! ……はっ!? まって! これが出会いだというのなら、ここはけんを持って打ち合いながら木のうしろを通って、いっきにせいちょうすべき!? どっちがいいと思う、お兄さま!?」

「そうだね、剣は危ないからやめておこうか。ついでに可愛いマリーにはゆっくり成長して欲しいから、通れないように木は全て伐採しよう」

「マリー、天使なんていないぞ? 嘘つくなよ~」

「黙れ、ロジェ。マリーは嘘なんかつかない」


 むくれる弟を睨み付ける兄。昂り続ける妹。

 混沌と化した状況にテオは呆気に取られるしかなかった。


「まずファブリス殿下。勝手な一存で庭園の景観を損ねようとするのは、お止め下さい。次にロジェ殿下。天使は高い場所からも声が届けられるのでしょう。側に居なくても不思議ではありません。しばらく耳を澄ませてみてはいかがでしょう? 動かず、じっと黙って。そして姫様、落ち着いて下さい。いきなり飛ばしすぎです」


 クロヴィスは淡々と言葉を重ね、場を落ち着かせていく。その手腕は見事で、テオは心の底から称賛し、尊敬のまなざしを義兄へ送った。その視線を受け止めて、クロヴィスは優しく諭してくる。


「テオドール、見て通り、王族の方々は大変()()()だ。そんな風に呆然としていると収拾がつかなくなる。適度に諫めなさい。三回に一回くらいは届くから」


 あと二回はどうなるのか。

 しかし、その説明を貰う前にファブリスが口を開いた。


「相変わらずの物言いだな、クロヴィス。不敬罪で首が飛ぶぞ?」

「私を失っては殿下の御代が立ち行かなくなりますよ。お目こぼし下さい」

「不遜だな、全く」


 ファブリスは喉を鳴らして笑っており、結構きわどい会話だったと思われたが、どうやらこれもいつもの事らしい。周囲に控える侍従達も別段、反応を示していない。

 確かに“気さく”で“多少の無作法は許してくださる”方々だ。ただ、自分にも同じように振舞えるかと言われたら困り果てる。


「お兄さま!」


 まだ興奮が収まらず、待ちきれなくなった王女が、バッと手を挙げる。


「私、テオドールとおさんぽしてくる!」

「待ちなさい、マリー。その前にお茶を——」

「してくる!」


 止めようとした兄を無視し、王女は駆け寄って来るとガシッと両手でテオの腕を掴んできた。


「行きましょ、テオドール!」

「え、あ、はい!?」


 ぐいぐいと引っ張られ、テオは引きずられるように連れて行かれそうになる。クロヴィスへ助けを求めて視線を送れば手で追い払う仕草をされ、あっさりと見放された。

 その義兄の後ろでは、笑顔で憤るという器用な芸当をしている王太子が睨んできている。ちなみにロジェはまだ天使を求めているのか、天を仰いで言われた通りじっとしていた。


 彼らと出会ってまだほんの数分。しかしながらテオは、馬車で義兄に言われた「行けば分かる」という言葉の意味を、嫌と言う程思い知った。




 テオの手を握った王女はぐんぐんと中庭を突き進んでいく。後ろを一切気にしていないようで、慌ててお目付け役らしき大人達が追いかけて来たが、待ちもしない。 


「ねぇねぇ、テオドール? テオって呼んでも良い?」

「はい、王女様」

「私の事はマリーで良いわよ!」

「それは……」


 家族ならともかく、単なる“御友人”ごときが王女を愛称で呼んで良いのだろうか?

 ちらりと付いて来ているお目付け役らしき大人達に視線を投げかければ、無言で首を横に振られたので、やはり呼ばないのが正解らしい。


「テオはいくつ?」

「八歳です」

「私より、二つ上ね! お兄さんだわ」


 何が楽しいのか、王女はくすくすとくすぐったそうに笑っている。その姿を見ていると、テオの戸惑いも段々と落ち着いて来た。


「あのね、ここにはたくさんのお花があるのよ。テオは何か好きな花はある?」


 問われてもすぐに思い付くものがなく、テオは首を横に振る。


「私はね、すみれが好きなんだけど、もうじきが終わってしまったの。でも、バラも好きなのよ。色んな色のバラがあってね、あか、白、黄、むらさきもあるの! テオは何色が好き?」

「色……」


 正直、どの色でも同じだと思う。しかし、これだけ話し掛けてくれ、尚且つ真っ当な返しができていない現状、質問にくらいはきちんと答えたい。


「……白が良いと、思います」

「本当!?」


 とりあえず返答すると、王女はパッと顔を輝かせた。


「私も白いバラが一ばん好きなの! だってオスカルさまだもの!」

「オスカル様?」


 その名前が出た途端、周囲の人達から醸し出される空気が変わった。見守るような和やかさと不安が混じったものの中に、ピリピリと肌を刺激する気配がする。

 王女は気付いていないのか、それでも話を続けていく。


「オスカルさまはね、女の人なんだけど、男のかっこうをしていて、きしなの。とってもかっこいいのよ」

「女の、きし……?」


 そんな人がいるとは聞いた事が無いが、彼女が言うからには存在するのだろう。そしてその人が本当に好きなのだと、口ぶりからよく伝わってくる。ここまで全幅の思慕を向けられるなんて、その人もさぞや嬉しかろう。


「王女様」


 そんな事を考えていると大人達の頭人なのか、一人の女性が口を挟んで来た。その硬質な声色に、王女の笑顔が掻き消える。


「空想話はお止め下さいませ。あまり続けますと、また“御友人”が離れて行ってしまいますよ」


 それは彼女を想っての諫言なのだろう。しかし、傷付き、哀しそうに眉尻を下がらせて俯く王女の姿に、テオはお腹がぎゅっと締まった気がした。


「空そうなんかじゃないわ」


 王女はぽつりと漏らす。


「オスカルさまはいらっしゃるもの。ただ、ここにはいないだけで——」

「お止め下さいと言っているでしょう」


 小さな反論はぴしゃりと封じられた。

 繋いだ手から王女の震えが伝わって来て、テオは安心させるように軽く力を込めて握り返した。


「……大丈夫、です」


 テオが告げれば、王女はきょとんとした顔で見上げてくる。


「聞かせて、下さい。お聞き、したいです」


 空想だろうが何だろうが、彼女が活き活きとして話したいのなら、聞いてあげるべきだ。それが“御友人”として選ばれた自分の役目で、きちんと言葉を返せていない自分ができる、唯一の方法。こんな哀しい顔をさせるために、ここに来たのではないのだ。


「あなた」


 しかし今度はテオへ向けて、厳しい声が出される。見下ろしてくる瞳は冷たく、ぞくりと背筋に悪寒が走った。


「弁えなさい。わたくしが今、王女様とお話しているのです」

「ですが——」

「お黙りなさい。なんて無礼なの」


 もう十分冷たいと思っていた瞳が、更に温度を下げていく。


「エティエヴァン家ではきちんとした教師を雇っていらっしゃらないようですわね」


 辛辣に言い放たれる言葉の行間を正しく読み取って、テオは羞恥と怒りに顔を染める。


「……そんな事、ありません!」


 違う事はきちんと否定しろと教えられた。

 教えてくれたのは初老の教師で、粗野な子供とちゃんと向き合って、できない事も最後まで辛抱強く教えてくれた彼を貶すのは許せない。


「父上、は素晴らしい教師を、つけて下さいました」

「ではあなたが未熟なのですね。言葉も拙く、なんとみっともない」


 それについては否定できない。

 どうしても正しい発音で話そうとすると、つかえてしまう。努力しているものの、ずっと使っていたものを矯正するのは中々難しいのだ。


「やはり、卑しい血が混じ——」

「いいかげんにしなさい!」


 荒げられた可愛らしい声が、蔑みの言葉を遮る。

 その場にいる全員の視線が、それを発した少女へと向けられた。


「子どもあいてにそんなことを言うなんて、大人げないわ! あなたの方がみっともないわよ!」

「……お、王女様!?」


 まさか幼い王女に反発されると思っていなかった女性は狼狽している。そしてテオもまた、先程の弱々しさを何処(いずこ)かへ追いやり、堂々と大人へ立ち向かう小さな姿に目を瞠った。


「テオがみじゅくだというのなら、大人のあなたが教え、さとしてあげればいいでしょう! それをしないでわるい部分だけをせめ立てるなんて、ひきょうだわ。これでは“ご友人”もはなれていくでしょうよ、あなたのせいで!」


 相手の発言まで取り上げて、当て擦る。

 大人顔負けの舌戦に、周囲の者達もたじろいでいる。


「あなたはもう下がりなさい! これ以上、私の“ご友人”をきずつける前に!」


 王女は腕を真っ直ぐ横に伸ばし、指を差して命令する。しかし、相手は動かず、奇妙なものでも見るかのような、怯えたまなざしを王女へと向けている。それは周囲の大人達も同じだった。


「テオ!」


 従うつもりが無いと見限った王女は、鼻息荒くテオを呼ぶ。


「行くわよ!」

「え? わっ!?」


 手を握り直されたかと思うと、次の瞬間には引っ張られて、二人は駆け出していた。



【天使の歌が聞こえる】

 ミュージカル『ロミオとジュリエット』にて、仮面舞踏会で出会った二人が歌う曲。

 ようは一目惚れした歌。


【剣を持って~】

 オスカルとアンドレの出会いの後の演出。





お読み下さり、ありがとうございます。

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