表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オスカル様に会いたくて  作者: 結はな
第2場 パレ・ブランシュ編
3/8

前編

調子に乗って、続きを書いてみました。

引き続きお楽しみいただければと思います。

 宮殿内では晩餐が行われており、国王一家が席に着いていた。


 君主であり父親でもあるサディ四世とその妃・オノリール、長男で王太子のサディ=ファブリス、次男・ロジェ、そして末の姫である第一王女・マルグリット。彼らは和気あいあいと、王族が使うにしては小さい食卓を囲んでいる。ちなみに、この食卓が利用されるのは、家族を愛してやまないサディ四世の要望である。


「あー、マリー?」


 給仕にワインを注いで貰ったサディ四世が、重い口を開いた。

 白身魚のクリーム煮を食べようとしていたマリーは手を止め、父へ視線を向ける。


「何でしょう、お父様?」

「この間、言っていた劇団の事なんだが……」


 マリーはその言葉にパッと顔を輝かせる。


「作って良いの!?」


 オスカル様が見付からないなら育てればいい!

 そう決めて早速父親に話を通しておいたのだが、やっと返答されるらしい。吉報を期待して、キラキラとしなまなざしを送ってしまう。


「いや……その……それなんだが……」


 サディ四世は歯切れ悪く、視線を彷徨わせる。


「劇団って、あれだろ? 女だけの~ってやつ。無理だろ、そんなん」


 ばっさりと切って捨てたのはロジェだ。騎士団に所属する彼は、そこで叩き上げの上官に揉まれたらしく、いささか口が悪くなっている。だが、公式の場では恭しい態度が取れるので、黙認されていた。


「無理じゃないわ! 小さな湯の町に生まれて、最初は知る人もいなかったけれど、それが今では誰でも皆知ってる劇団だってあるのよ!」


「その劇団があるなら、作らなくて良くない?」


 まさしくそれ。

 壁際で警護に付いていたテオは心の中で同意した。


「その劇団があるのは別のせ——国だもの! この国に作りたいの!」


 マリーはロジェを放置し、また父の方を向く。


「それで、作っても良いの、お父様?」

「………………すまぬ」


 たっぷり間を取った後、普段は威厳に溢れ、支持者も非支持者も従えていく男は、しょんぼりと謝った。


「何故!?」


 愕然としたマリーの手からナイフが落ちる。途端に給仕が床に落ちたそれを拾って、そっと新しいものと取り換えた。


「どうして、ダメなの?」


 まだ衝撃抜けやらぬマリーは掠れる声で尋ねる。


「面白い試みだとは思うが、我が国にはすでに王立劇団もあるし、女性だけというのでは人を集めにくい。上手くいくか分からないものに、予算は割けぬ……」


 それは王として慎重に為した判断であり、理解は出来た。


「そう……。分かったわ……」


 そう言ってマリーは食事を再開する。

 あまりにもあっさりと引いたマリーに、テオはもちろん王も驚きを隠せない。

 オスカル様とやらの為には努力を惜しまず、しばしば強引な手も使い、並々ならぬ情熱を見せる彼女がすんなりと納得する。


 すわ天変地異の前触れかと思うほど戦々恐々とするテオとは違い、王は本日最大の難関を突破したと、ほっと胸を撫でおろした。

 王にとってマリーは愛しい妻との間に生まれた唯一の女の子で、可愛くて可愛くて仕方がない愛娘である。彼女に「どうしても!」と懇願されたら、何でも聞いてしまう自信があった。


 例えば「隣の国が欲しいの♡」と言われたら、明日には戦争の準備を始めるだろう。ちなみに、隣国とは王族同士の交流も深く、互いに協力をし合う友好的な関係にある。


「なぁ、マリー。何だっけ、あのラスカルだっけ?」

「オスカル様よ」


 アライグマでは無い。

 よく間違えられたりネタにされたりするが、全くの別物だ。等身、種族、性別、何もかもが違う。


「そう、それそれ! ソイツは女だけど男の格好をしてる騎士なんだろ? だったら、そこらへんの女子に騎士の恰好をして貰えば良いじゃないか」


 その提案にマリーは首を横に振る。


「ただその恰好をしただけじゃダメなのよ、ロジェお兄様。男役っていうのはね、身に付くまで十年かかるの」


 日常から立ち振る舞いを意識し、世の男性を見ては研究を重ね、諸先輩方の薫陶を受けた先に到達できる境地。


「そうして努力を重ねなければ、ウィンク一つで多数( のファン)の心臓を撃ち抜けないのよ」

「ウィンクで心臓を!?」


 ロジェは驚愕し、慄く。


「……すげぇ達人なんだな、男役ってやつは……。敵にしたくねぇ……」

「ええ、そうなの……」


 しみじみと頷くマリー。

 一方テオは、この脳みそにまで筋肉が詰まってそうな第二王子が政治の道に進まずにいてくれて本当に良かったと、心の底から感謝した。


「とりあえず」


 ナプキンで口元を拭いつつ、マリーが口を開く。


「劇団の事はそれで良いけど、それなら隣国へ向かう視察団に、私も同行させ——」

「却下」


 言い切る前に一蹴したのはファブリスだ。


「マリー、それはこの前も断ったはずだよ」


 こちらも思い付いてすぐ、責任者であるファブリスへと直談判しに行っていた。その場で拒否され、不貞腐れたのも記憶に新しい。


「だからもう一度頼んでいるのよ。劇団がダメなら、隣国へ行ってオスカル様を捜したいもの」

「ダメだよ、マリー」


 むくれるマリーにファブリスは王太子ではなく、兄として優しく諭す。


「可愛い君が隣国になんて行った日には、誰に見初められるか分からないだろう? 挙句に求婚でもされた日には、隣国を草の根一本も残さず焦土にしなくてはならないじゃないか」


 言っていることは物騒なのに、相変わらず顔には笑みが浮かべられている。


「もう! お兄様ったら冗談ばっかり!」


 口を尖らせるマリーと、それを愛おしそうに目を細めて見詰めるファブリス。王も王妃も兄妹の交流をにこやかに見守っており、黙々と仕事をこなす給仕や護衛達も微笑ましい顔をしている。


 だが、この歳の離れた末っ子姫を、王太子が目に入れても痛くないくらいに可愛がっているのは周知の事実。「一生嫁に行かず、ずっと宮殿に居れば良い」とさえ宣っている。つまり、先ほどの発言が掛け値なしの本気であることを、マリー以外は誰もが悟っているはずである。そして再度述べておくが、隣国は友好国である。


 こんなに度々滅亡の危機に瀕していると知ったら、隣国も付き合いを改めるだろう。

 テオは会った事もない隣国の人々に深く同情した。


「それにね、マリー。隣国に行くには何日も馬車に乗らねばならないし、道中は何が起こるか分からない。そんな危険な旅に、お前を参加させられないよ」

「あら」


 マリーはきょとんとする。


「危険な事なんて無いわ。何があってもテオが守ってくれるもの」


 事も無げに告げられた信頼に、テオは肝を冷やす。

 テオへと向けられるファブリスの顔には笑みが張り付いているのに、そのまなざしは絶対零度もかくやという程冷たく鋭い。職務が無ければ今すぐ逃げ出したい。


「まぁ、テオドールは中々強いからな。守ってくれるだろう」


 うんうんと頷きロジェが同意すれば、ファブリスの笑みは深まった。

 すぐ横に並んでいたはずの別の護衛騎士達も、じりじりと距離を離して行っている。同じ釜の飯を食ったはずなのに、見捨てる気満々だ。


「じゃあテオドールはクビにしよう」

「ちょっとお兄様!」


 さらりと嫉妬を理由に無職にされそうになったが、マリーが待ったを掛ける。


「テオをクビにしたら、お兄様なんて嫌いになるわよ」

「なん、だと……!?」


 今度はファブリスが凍り付く。


「マリー……兄さまを……兄さまを嫌いになるのかい……?」

「テオをクビにしないならならないわ。いつでも大好きなお兄様よ」

「マリー……!」


 途端にぱぁっと顔を輝かせ、背景に光の環と花を咲かせる王太子。

 テオは職が守られた安堵と、この国の行く先への不安。二つの相反する感情に苛まれた。


「兄さまもお前が大好きさ! 愛してるよ、マリー!」

「なら視察団に——」

「それとこれは話が別」


 またもやばっさりと棄却され、マリーはため息をつく。


「もう……。あれもダメ、これもダメって。押し付けられたら出て行くわ、私」

「マリー!?」

「許さんぞ!」


 突然の家出宣言に兄も父も目を剥き、どうにか機嫌を取ろうとあたふたし始める。


「捕まえるというのなら、飛び出していくわ」


 鳥のように解き放たれて、光目指し、夜空を飛び立つ所存である。

 そんな二人にマリーは交換条件を持ちかける。


「絶対ダメだ、マリー!」

「そうだ! 何でもしてあげるから、ここにいなさい!」

「それじゃあ」


 マリーはにっこりと笑う。


「街への外出許可をちょうだい。それくらいなら良いでしょう?」


 隣国よりは近場で、危険度で言いえば宮殿よりかは高いかもしれないが、行く場所をきちんと厳選すればそれなりに安全の確保出来る。マリー的にはかなり譲歩だ。


「それは……」


 しかし父はすぐには頷けず、言葉に詰まっている。


「良いではないですか」


 そこに母・オノリールの取り成しが入る。ずっとにこにこと見守っていたが、どうやら後押ししてくれるらしい。


「マリーちゃんもたまには息抜きしたいでしょうし、街くらいなら自由に行かせてあげましょう。ね、あなた」

「オノリール……」


 サディ四世はマリー()にも弱いがオノリール()にも滅法弱い。意思がかなり許可へと傾いてきている。


「お父様」


 ここが決め時だと察知し、マリーは最後の一手を使う。


「……許可し()てくれな()きゃ家出()するぞ()?」

 うるうるとした瞳で、きゅっと胸元で両手を握りしめ、可愛らしく脅迫(おねだり)する娘に、王はもちろん、王太子も陥落した。






「それで、何を企んでるです?」


 晩餐が終わり、自室に戻ってくるなりテオに問い詰められる。


「街に出て何をするつもりですか?」

「やぁね。ちょっと気分転換するだけよ」

「嘘ですね」


 間髪入れずに指摘され、マリーは眉をひそめて口を尖らせる。


「視察団への参加は無理だと、姫様も分かっていますよね?」


 テオはじっと自分より頭一つは小さい主を見下ろした。

 不可解で奇妙な言動が多い王女であるが、存外頭は悪くなく、道理もきちんと弁えている。そんな彼女が理解していないはずがない。


 一国の王女が赴くとなれば、事前の準備は膨大になる。

 まずは隣国に王女が向かう旨を連絡し、了承を得て日取りを調節し、それからやっと準備が始まる。連れて行く侍女、護衛の選抜をし、衣装や調度品を揃え、使用する行路の確認もある。それらは全て何か月も前から行うものであり、今からやったのでは視察団の出発に到底間に合わない。だからファブリスに先んじて一度、断られているのだ。


「それなのにまた言い出したのは、街への外出許可を取るためでは無いのですか?」


 大きい要求の後に本題を持ち掛け、承諾を得やすくする。そんなこすい手まで使って認めさせたのだ。何にも企んでないなどと、信じられるはずが無い。


「何を考えているので?」


 再度問い詰めてくるテオに、マリーは不敵な笑みを浮かべた。


「やっぱりテオには分かっちゃうのね」


 さすが長年マリーに付き従っているだけはある。愛ゆえに目が眩みやすい家族は騙せても、常に傍らに侍るこの護衛は騙せないのだ。


「そう。別に視察団への同行は許可されなくても良かったの」


 元々最初に頼んだ段階で、当たって砕けるつもりだった。だから断られた時も多少不貞腐れたが、すぐに気持ちを切り替えた。


「テオの言う通り、私の目的は街へ行く事」


 そして、無事にその許可は得られた。今更取り繕う必要も無い。


「私ね、気付いたの。そういえば騎士に拘り過ぎて、外に目を向けていなかったって。永遠の花園の妖精達は、何も騎士だけじゃないのにね。貧乏神とかもいたし」

「それは妖精じゃないよな?」

「宇宙人だっていたし!」

「妖精じゃないよな!?」


 妖精の定義に頭をこんがらがらせたテオを無視し、マリーは拳を握る。


「ということで街に行こうと思ったの。もしかしたら黒い騎士とも会えるかもしれないし!」

「結局騎士じゃねぇか!」


 すぐに返って来る反応。

 今日もテオは絶好調である。


「もうすぐ就寝時間なのに、ここまで気力が残ってるなんて、さすが騎士ね」

「こんな事で感心されたくない!」


 褒めたのに怒られた。解せない。


「まぁそういう訳で」


 マリーは気を取り直して、話も戻す。


「街に可愛い女の子を捜しに行くのよ」

「女の子? オスカル様じゃなくて?」

「もちろんオスカル様も捜すけど、そちらも捜しつつ、劇団員に相応しい、見目麗しい女の子も捜すの。出来れば幼気な子が良いわね。純粋無垢な子を私好みに染め上げていくのよ!」

「言い方がいかがわしい!」


 一喝したテオは、こめかみを揉み始める。


「ていうか、劇団を作るのは諦めたんじゃ……? さっき却下されて納得してたよな?」

「納得してないし、諦めてないわ」


 あっけらかんと言われ、テオはこめかみを揉む力を強くする。

 あんなにしおらしく引くのは珍しいと思っていたが、やはりただ引いた訳では無いようだ。


「却下された理由は予算が割けないからでしょう? なら私に割り当てられている予算から出すだけだし、別に王立である必要も無いから、出資者を募っても良いし」


 それでも父に話をしたのは、王族がやる事として問題ないか確認がしたかったからだ。予算以外に問題が無いのなら、諦める理由にはならない。


「マリーがそんな簡単に挫ける訳が無かったか……」


 テオは項垂れる。


「そうよ。気持ちだけは折れた事が無い」

「折れてくれ」

「何故っていつも言い聞かせてる」

「俺がお前にな」

「飛ぶんだ、ラスティー!」

「お前はマリーだ。飛ぶな。地に足を付けておけ!」


 テオは飛ぼうとしたマリーの肩を押さえつけて防いだ。


「ちっ」

「王女が舌打ちすんな」

「王女だってするわよ、舌打ちくらい」


 現にここに一人居る。きっと皆、陰でしているはずだ。


「それに、外ではきちんとしてるんだから、自分の部屋でくらい気を緩めても良いでしょう?」

「そうだなー。外ではあんなに淑やかに振舞えるのになー」


 テオは投げやりな相槌を打つ。


 この場合の“外”は“本性を知らない人がいる場所”である。

 家族やその護衛騎士、侍従など、近しい者にはバレているマリーの性格であるが、外廷の者達とは関わりが薄いため、気付かれていない。深窓の姫扱いである。目を覚ませと頬を叩いて回りたい。


「何であんなに外面が良いんだか……」

「娘役の皆様を思い浮かべれば、自ずと振舞い方が分かるのよ! ああ、素晴らしき娘役(お手本)達……!」


 宙へ向けてキラキラとしたまなざしを浮かべ手を伸ばすマリーを、テオはげんなりとした顔で見やる。


「俺にも少しは外面良く振舞ってくれませんかね、姫様?」

「嫌」


 即行拒否だ。


「何で素の自分を見せても嫌わないって分かってる人の前でまで、猫を被らなくちゃいけないのよ。そういうのはどうでも良い人の前だけで充分でしょ」

「…………あー、はい……」


 腕を組んでむくれるマリーに、テオは両手を挙げる。

 分かり辛いし、奇怪だが、どうやらこれでも心を許して甘えているらしい。


「……そのままで良いです」


 国王と王太子に引き続き、護衛の騎士も陥落した。


【鳥のように~】

 ミュージカル『エリザベート』でヒロインが自由を求めて歌う曲の歌詞。代表曲。 


【貧乏神】

 某生徒が演じたキャラクターで、十数年の時を経て別作品で復活を果たすという、愛されし驚異の存在。ありがたやなんまいだ。


【宇宙人】

 ショー『BADDY』で登場した長身の銀行員。銀塗りで触覚が生えてる。

 何やら宇宙語を喋ってたと思えばキリッとして踊ったり、イケボで歌い出す。そのギャップが良い。


【飛ぶんだラスティー】

 ミュージカル『オー〇ャンズ11』の中の1曲で、その歌詞の一部。

 どんな壁もどんな崖も、ひとっ飛びさ! 



お読み下さり、ありがとうございます。

よろしければ評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。




よろしければ感想などをお送りください。

― 新着の感想 ―
[一言] めっちゃ笑いながら読んでますw テンポの良い掛け合いが楽しい~♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ