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オスカル様に会いたくて  作者: 結はな
第1場 騎士団の食堂編
2/8

後編

引き続き、ヅカオタネタと用語があります。解説は後書き部分です。

「私、随分上手くなったわよね!」


 つるりと向き終わったジャガイモを掲げ、マリーが瞳を輝かせる。

 きちんと芽も取られたジャガイモのどこにも皮は残っておらず、後で捨てるため避けてある皮には、実が薄く残っているだけだ。


「そうだな。最初は散々だったもんなぁ」


 テオは遠い目をしながら、在りし日を思い返す。

 プルプルと震える手で握られたナイフ、実のほとんどを落とされたジャガイモ、そして真っ赤に染まる手。恐怖の瞬間だった。


「あん時は、お前に皮むきは一生無理だと思ったわ」

「失礼ね。しょうがないでしょ」


 前世は金欠OLであり、自炊はもちろんしていた。けれども皮むきなんてピーラーしか使った事が無い。中には包丁で剥く人も居るだろうが、現代社会のほとんどの人がピーラーを使っているだろう。もしくは皮むきグローブ。


「ナイフなんて、使ったこと無かったもの」

「まぁ、そうだろな」


 それでもめげずに挑み続け、むしろ野菜が無駄になるから料理長がめげかけ、そんな状態からよくここまで上達したものである。


「偉大なる愛よ!」

「そうか。じゃあ賄いで多めに盛ってやるからな」

「きゃあ! テオ、素敵! 大好き!」

「………………ありがとよ」


 無邪気にはしゃぐマリーに、テオは嘆息した。


「あ、そういえば」


 マリーは新しいジャガイモを取って、剥き始める。


「最近、あの人達見ないわね」

「あの人? ……ああ、クロメール様とイノー様が」


 すぐに思い当たったテオは、痛みも思い出したのか顔をしかめた。


「あの人達は特別編成教練に出てるはずだ」

「なぁに、それ?」


 マリーはきょとんとして首を傾げる。


「部隊を問わず若手の騎士達を集めて、いくつか隊を組ませ、指揮官というか、士官の経験を積ませるんだよ。そこで覚えが目出たいと出世にも繋がる」

「つまり新人公演ね!」

「知らんけど」

「ちなみに研いくつまで?」

「だから、その単位も知らんけど」


 テオは疲弊してこめかみを揉む。


「にしても、教練に参加するの自体に選抜があるから、選ばれてるって事はそれなりに優秀なんだろな。あんなんでも」

「性格は判断材料にならなかったのね」

「上手く取り繕ってんだろなぁ」


 しみじみと二人で頷き合う。


「まぁ、良いわ。その内痛い目みるでしょう」

「俺はお前にも痛い目にあって懲りて欲しい。そして少し落ち着いて欲しい。まともになれ」

「ちょっと、テオ」


 マリーは口を尖らせる。


「前から思ってたんだけど、あなた、私を何だと思ってるの?」

「そんなの、き————マリーだと思ってるよ」

「今、奇人変人って言おうとしたでしょ!? 言おうとしたでしょ!?」

「わー! だからナイフ! 危ない!」


 ひとしきり攻防戦を繰り広げた後、根負けしたテオが謝り、手打ちとなった。これもいつもの事である。

 また大人しく椅子に座って向かい合い、ショリショリとジャガイモの皮を剥いて行く。


「マリー」

「はい?」

「さっきの、あの人達の事なんだけど」

「うん」

「教練はそろそろ終わって戻ってくるはずだから、気を付けろよ」


 あまりにも真剣な声で言われたので、マリーは顔を上げた。

 心配。

 そう大きく書いてある顔でテオは、まっすぐにこちらを見ていた。


「もし姿を見掛けたら、因縁付けられる前に引っ込め。料理長にも許可を貰ってる」

「料理長に? そんなわざわざ……」


 とは言いつつも、心配してくれるのは嬉しい。

 料理長は前回の騒ぎの時に庇ってはくれなかったが、それが立場上難しかったからだと理解している。だから気にしていなかったのだが、あちらはそうで無かったのだろう。おそらく、この許可は詫びも兼ねており、ならば素直に受け取っておくべきだ。


「分かったか、マリー?」

「はーい」


 マリーはピシッと敬礼をして了承した。




 それから程なくしてテオの言っていた通り、教練に行っていた騎士達が帰って来た。

 戻って来た騎士達の食堂の利用が再開し始めると、確かに利用人数が減っていたのだと実感する。外に食べに行く人もいるので、多少の増減はいつもの事と思っていたが、意識して見るとはっきりと分かった。


 件の彼らも当然戻ってきており、ちょくちょく食堂で見掛けはした。けれども、言われた通りマリーは距離を置くようにしていたし、前回クロヴィスに睨まれたのが効いたのか、絡まれる事は一切無かった。

 だから油断していたのだろう。

 それは突如、起こった。


「ぐっ! ……がぁっ!」


 始まりはスプーンが落ちる音だった。それから大きく振るわれた太い手が食器を床に落とし、苦悶に顔を歪めた男は椅子から転げ落ちた。

 屈強な体躯の男が喉を抑えながらもがき苦しみ、床に這いつくばっているのを、誰もが目を見開いて見詰めていた。


「吐け!」


 最初に動いたのはテオだった。

 厨房から飛び出してきて倒れた男を抱き起すと、その男の口に指を入れ、無理矢理食べた物を吐かせる。


「水!」

「はい!」


 そうしながらも指示を飛ばしてきたので、我に返ったマリーは慌てて従った。

 きっと飲ませては吐かせて、胃の洗浄するはずだ。一杯程度の水では足りない。

 マリーは瓶から手桶に水を入れると、カップを引っ掴んで食堂に戻る。そしてもう一度別の手桶に水を汲むと、またテオの元へと持って行った。

 何度も嘔吐を繰り返す男は涙も鼻水も出していたが、大分顔色が戻って来ていた。


「毒だ!」


 どこからか声が上がる。


「毒が盛られた!」


 その主張は一気に場の空気を張り詰めたものに変える。

 ざわつく中を最初に叫んだ男はつかつかと進み、介抱を続けるテオの胸倉を掴んだ。


「俺は見ていたぞ! お前がこいつの器に配膳したのを! お前が毒を盛ったんだろう!」


 そんな馬鹿な話があるか。

 追及してきた男は先日絡んで来たクロメールで、あの報復にこんな事を言っているのだと、言い返してやりたかった。

 しかし、荒い息で喘ぎ苦しむ男の存在が、彼の主張が正しい事のように見せていた。


「こいつを捕まえろ! 反逆罪だ!」


 騎士は王に仕える者で所有物であり、それを害すのは王への反逆を意味する重罪だ。

 呆然としていた騎士達が号令によって動き、それぞれの腕を一人ずつ、更にイノーが髪を鷲掴みにして背を足蹴にし、テオを拘束した。


「お待ちください!」


 料理長がすかさず叫ぶ。

 相手は騎士で貴族であり、中には平民を人だと思っていない者も居る。そんな相手を前に手を震わせながらも料理長はおずおずと口を開いた。


「何かの間違いです! 彼は真面目で、そんな事をするような人ではありません。それに常に私達の誰かが見ているのです。毒を盛るなんて、不可能です!」


 きっぱりと言い切る瞳には、料理人としての自負が宿っている。

 この食堂での食の安全は、全て彼の責任である。故にいつも気を張り巡らし、注意深く管理し、それは神経質な程だった。

 その誇りを傷つけるような行為を、さすがに見過ごす事はできなかったようだ。


「ではこの状況は何だ!?」


 クロメールは被害者を指差す。


「こいつが勝手に苦しみだしたとでも? 自分で毒を呷ったとでも?」

「それは……」


 自作自演だと糾弾するのは容易いが、証明できなければ意味が無い。できなければ上の身分の意見が通ってしまう。


「おい、お前」


 クロメールは被害者の傍らに行き、冷たい目で見下ろす。


「お前は自分で毒を飲んだのか?」


 被害者はふるふると無言で首を横に振る。


「さもありなん」


 満足げに頷き、クロメールは料理人達を見据えた。


「ではお前達の誰かが入れたのか? お前か? それともお前か?」


 指を差された者は飛び上がり、慌てて否定をしていく。

 万が一犯人にされては物理的に首が飛びかねない。


「ふむ。皆、違うと? ではやはり、コイツではないか」

「ぐっ!」


 男のつま先が跪かされているテオの腹部に食い込んだ。


「コイツを連れて——」

「待って!」


 これ以上は見ていられず、マリーはクロメールを睨みながら言い放つ。


「彼を離しなさい! 彼は犯人じゃない」


 マリーの要請をクロメールは鼻で笑った。


「では誰が犯人だと? それとも自分が犯人だとでもいうか?」

「マリー……止め……あぐっ!」


 制止しようとしたテオが掴まれていた頭を更に押さえ付けられ、床に額をぶつけさせられる。

 それを行ったイノーは嗜虐的な笑みを浮かべていて、見ているだけで吐き気がした。


「彼を離して。彼は毒なんて盛らない。私が保証する」

「お前の保証など、何の意味も無い」

「そうかしら?」


 こてんとマリーは頬に手を当て首を傾げる。


「今なら許してあげる。彼を離して」

「断る。大体、平民のお前が何を許すと言うんだ。許さなければどうすると?」


 彼以外にも嘲弄する顔がいくつかある。

 それらを全部記憶して、マリーはにっこりと微笑んだ。


「自己紹介するわ」


 告げられた言葉の場違いさに一同は静まり、どこからか深く、長い溜息だけが聞こえた。


「ごきげんよう、皆様」


 マリーは背筋を伸ばし、スカートを少しだけつまみ、美しく完璧な淑女の礼を取る。


「わたくしはマルグリット・アンヌ・ド・フランソレル。どうぞお見知りおきを」


 気圧されるほど凛としたその姿と告げられた名前に、拘束されている一人を除いて、誰もが唖然とする。


 “フランソレル”


 ()()()()()()を持つものは一部の人間だけ。

 それが意味することを悟って、男は狼狽した。


「う、嘘をつくな! そんな馬鹿な事があるか!」

「あるんだから、しょうがないでしょうに」

「そりゃあ普通認められませんよ」


 呆れた声に、マリーは口を尖らせて発した人間を睨みつける。


「うるさいわよ、テオ。それよりあなた、いつまでそうしているつもりなの? みっともなくてよ」

「それは失礼いたしました」


 慇懃な物言いとは裏腹に、態度は完全に軽んじている。

 マリーの目が細められたのを見たテオは、次の刹那、拘束されていた腕を引き抜き、それを行っていた者達を一撃で床に沈めた。そして呆然とするイノーの腕を捻り上げて背後に回り、思い切り床に倒したかと思うと、とどめとばかりに頭を押さえ付けて床に頭突きをさせる。

 やられた事の仕返しだ。

 意外と根に持つタイプなのだ、テオは。


「うっ……!」

「いやぁ、ちょっと驚いたくらいでこんなに隙ができるとは。この隊の隊長は誰でしたっけ? 進言した方が良いかもしれませんね」

「そんなの、後で勝手にやってちょうだい」


 マリーは鼻を鳴らすと、愕然としているクロメールに向き直る。


「騎士を傷付けるなんて、不敬な……」

「不敬も何も、彼も騎士だもの。テオ」

「はい」


 言わんとしていることを察し、テオは頷いた。


「近衛連隊所属、テオドール・ド・エティエヴァンと申します。第一王女付きの護衛です」

「下僕よ」

「護衛だっつってんだろ」


 マリーはテオの訴えを聞き流した。


「第一王女……」

「王女ってあの、深窓の?」

「美しく病弱で、王族の皆様方から溺愛されている……?」

「部屋に篭って滅多に姿を現さない……」


 戸惑う人々の中から様々な世評が飛び交い、マリーは少しだけ居心地が悪くなる。

 マリーは別に深窓の姫でも病弱でもない。

 ただオスカル様を捜しにあっちこっちに行っているため、部屋を(勝手に)空ける事が多く、来客の度に侍女達が「気分が優れず……」「姫様は人見知りでして……」とか適当に誤魔化してくれていたのである。

 噂とは好き勝手に広まっていくものだ。ただし、美しいと広めたヤツだけは評価したい。


「というわけで、私は王女なわけだけど、それでも私の保証は意味がないかしら?」

「有り得ない!」


 尚も認めぬ男は叫ぶ。


「俺は信じないぞ! お前が勝手に言っているだけでないと、その男と口裏を合わせているだけではないと、どうして言える!? お前が本当に王女だなんていう証左はどこにも——」

「では私が請け合おう」


 涼やかな声が響く。


「近衛連隊長、クロヴィス・ド・エティエヴァンが、この名に懸けて、このお方が我が国の第一王女であると保証する」


 食堂に現れたクロヴィスは宣言しながら歩み、マリーの前に来ると膝を付いた。


「お前はいつも良いとこ取りをするわね、クロヴィス」

「英雄は遅れてくるものですよ、姫」


 パチンとウィンクをされ、いちいち気障なその行動に胸焼けしそうになる。


「この度は騎士の教育不足を、騎士団を代表して謝罪いたします。再教育のつもりで教練に送ったのですが、効果が無かったようで……。あと、ついでに愚弟の不敬も謝罪します」

「前者は受け取るけど、後者はもっと強く言って頂きたいわ、私が寛容でなければ、テオドールはもう何回も縛り首になっていてよ」

「では今後も寛容であることをお願い申し上げます」


 改めさせる気のない発言に、こいつらやっぱり兄弟だと痛感する。


「それよりも姫、今はこの場を収めましょう」

「ええ、そーですね。そーしてちょうだい」


 マリーは投げやりに同意し、腕を組むとふんっとそっぽを向いた。

 出て来たということは、後は任せて良いのだろう。


「では確認を再開する。ウスタシュ」

「はいぃっ!」


 先ほどまでは毒で青ざめていた男は、折角戻って来た顔色をまた青くしている。

 まだ呼吸も整えられておらず、浅い息を繰り返しているが、命の危機は脱したらしい。


「貴殿は誰かに毒を盛られたか、自分で飲んだのか、どちらかな?」

「わ……私は……」


 柔らかいけれど、欺瞞を許さない声色に、ウスタシュは助けを求めて視線を彷徨わせる。


「ああ、そうだ。私、嘘つきは嫌いなの。そこのところよろしくね」


 マリーが駄目押しすると、縋るまなざしをクロメールへ向けていたウスタシュは視線が返されず、救いの手が無い事を理解し、だらんと力なく項垂れた。


「自分で、口にしました……」

「何故?」


 間髪入れず、クロヴィスは理由を問う。


「クロメール様に言われたからです」

「戯言を! そいつは嘘をついています! 私はそんな事——」

「黙れ」


 クロメールの自己弁護はクロヴィスの一睨みで遮られた。


「続けよ、ウスタシュ」

「はい……。この毒は致死性のものでは無いからと、すぐに吐けば大丈夫だと、倒れたらすぐに駆け寄り、解毒薬も下さると言われました……」


 段々と尻すぼみになっていく声。

 現実はすぐに来てくれるどころか放置し、処置をしてくれたテオを糾弾することを優先した。しかもあの苦しみよう。本当に致死性のもので無かったかも怪しい。死んで貰った方が、口も無くなって助かったはずだ。


「最初は断ったのですが、実家がどうなっても良いのかと言われ……従ってしまいました……。騒ぎを起こしました事、深く反省しております。どうぞ、如何様にも罰して下さい……。ただ、できますれば家族へ咎がいかぬよう、お願い申し上げます……」


 ウスタシュは全てを観念して語り終え、深く頭を垂れた。

 悄然とする姿には哀れでもあるが、テオを陥れる狂言の片棒を担いだ相手に、マリーは恩情を見せる気にはなれなかった。


「それでは、ウスタシュ、クロメール、イノー」


 クロヴィスは実行犯、教唆犯、共犯の顔を順繰りに見て続ける。


「この三名の謹慎を申し付ける。この件は団長に奏上する。追って騎士籍剥奪の通達が行くだろう」

「なっ!?」


 男は狼狽し、前のめりになる。


「お待ち下さい! 私が関与した証拠はあるのですか!? ウスタシュの証言だけで、処分されるのは納得いきません!」

「何を言ってるのよ」


 足掻こうとするクロメールの言い分に、マリーは割って入る。

 彼は身分を笠に着て人に悪事を強要し、粗雑な部分を誤魔化し、自分の望みを押し通そうとした。それをそっくりそのまま、やり返してやる。


()()()()()()()()()()()()()()()


 文言は多少違えど、先ほど言われたものを返す。

 この場に居る誰よりも高い地位に居る少女が、「お前が原因だ」と示している。それに逆らえる者はいない。実家に泣きつこうにも、王族に楯突いた者を庇うはずも無く、見捨てられるだろう。そして実家からも見放され、騎士籍を剥奪された彼の行く先は、彼が最も軽んじる階級への転落だ。


「こんな、こんな事が……」


 わなわなと震え、顔色を失くすクロメールとイノー。

 マリーは二人の前に立ち、高らかにとどめの言葉を放つ。 


「悔しかったらベルサイユへいらっしゃい!」


 己の負けを悟った男達はがくりと膝から崩れ落ちて行った。


「いや、だから何処だよ、ベルサイユ……」


 困惑する護衛の声は、得意げに笑う王女の耳には届かなかった。






「それでね、私、考えたのよ」


 王女の私室である広々とした部屋の中、白いテーブルに肘を付いて指を絡め、その上に顎を乗せたドレス姿の部屋の主は真剣な顔で切り出す。

 途端にそそくさと何やら作業を始める侍女。壁際に居たはずなのに煙のように消えたメイド。扉の警護を我先にと買って出る護衛の騎士達。。

 逃げそびれたのはミルクティー色の髪をした、騎士の制服に身を包んだ青年一人だった。


「で、何を考えたんですか?」


 諦めてテオが続きを促せば、マリーは居住まいを正し、両の手を拳にした。


「もう捜すのは諦めて、育てれば良い、と!」


 決意を表明する瞳には一切の曇りがない。


「待っててもね、騎士の中に男装の麗人(オスカル様)が現れないなら、いっその事、劇団を作ってしまえば良いと気付いたの!」


 名案ばかりに微笑む主に、護衛はちょっとだけその頬をはたきたくなった。

 内訳としては一割「はたきたい」で、二割が「いい加減にしろ」。三割ほどの「次は何をしでかすのか」というドキドキ(期待と恐れが入り混じる)で、残り四割は「可愛いな、その顔」である。


「見目麗しい子を集めてね、教育してね、宮殿の劇場で公演させるの。しかも、今の私なら娘役として参加しても大丈夫な気がする! ウエスト五十三センチは無理だけど!」


 大丈夫ではない。

 王族と一緒に舞台に立つとか、新手の嫌がらせだ。


「諦めるって選択肢は無いんですか?」

「無い!」


 即断である。


「だって会いたいのよ、オスカルさまぁ~!」


 マリーは机の下で足をバタバタとさせる。侍女が見ていたら「はしたない!」と怒られる行動だ。

 やれやれと首を振ったテオはため息をつくと、ふと何かに思い当たったのか、興味深そうなまなざしをマリーに向けた。


「姫様」

「なぁに?」

「実は私が女でしたと言ったらどうします?」


 唐突な発言にマルグリットは面食う。


「何言ってるのよ、テオ。アンタ、男でしょう」


 今でこそ主従である二人だが、実はこの男、高位貴族で固められた近衛隊に所属できるくらいの、良家のおぼっちゃんである。王家からの信頼も篤い家とあって、幼い頃から遊んでいる、所謂幼馴染だ。よって、不本意ながら胸がない事も、その代わりに下が付いていることも知っている。


「だから例えばの話ですって。女なら、オスカル様になれました?」


 ほら早くと答えを急かされ、マリーは口元に人差し指を当て、思案する。


「そうね、オスカル様とはちょっと違うと思うわ。でも、来週の月曜に旅に出ようって誘うわね」

「何ですかそれ?」


 いつもの謎発言だが、辛抱強くテオは説明を求める。


「風の波に乗って、雲の海を渡って、星を追いかけ、太陽を背にして翔ぶのよ、時の彼方、未来へ」

「だから何だっつーの?」


 やはり耐え切れなかった。

 じろりとした目で見られたマリーは、両手の人差し指を合わせて口を尖らせる。


「だって、この国は同性同士の結婚を認めていないでしょう? なら逃げておかないと、誰かと結婚させられちゃうじゃない。どこかには認めてくれている国があるかもしれないし、探しながら二人で旅するのも面白そうかなって」


 ね? と首を傾げてテオを見れば、彼は硬直していた。目も口も、鼻の孔さえ大きく開いたままで。


「……ひ、姫さ……いや、マリー? それって——」

「あ、そうだわ、テオ! 外国の騎士団にならオスカル様が居るかも!?」

「おい、待て! それは今は良い。それよりも」

「まずは隣の国に行ってみましょうか! 確か近くに視察団を送る話があったわよね?」

「聞け。俺の話を聞け!」

「お父様、いえ、お兄様ね、責任者は。行くわよ、テオ!」

「マリー!? マルグリット!」


 護衛の切なる叫びは、オスカル様を求める姫の耳には届かなかった。

【偉大なる愛】

『エリザベート』で、ヒロインが殺害された理由。


【新人公演】

各公演期間中に一度だけ行われる、入団7年目までの生徒による公演。内容を短めにまとめてある。これで主演を演じるとトップを目指す路線に乗れる。


【研〇〇】

入団すると研究科の生徒という扱いになるため、入団何年目かを挿す。1年目だと研1。


【来週の月曜~】

 『うたかたの恋』で、恋人のマリーを旅に誘う時の言葉。

 あなたとご一緒なら、どこへでも! そして心中する……。




一部の人しか分からないかもしれないけれど、書いてて私はとても楽しかったです。後悔はしていない!

ただこれだけは言わせてください。

池田先生、そして劇団関係者様、すみませんでした!!



お読みくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヅカファンです [一言] いちヅカファンとしてとても楽しく読ませていただきました!テオはアンドレですかね笑
[一言] 小学生の頃の双子の友達の母親がヅカファンで、双子を連れて宝塚だの東京だのに観劇に行っていたのを思い出しました。 懐かしい。 日本全国、どこでもアグレッシブなヅカファンは居るんだろうなぁ。 そ…
[一言] 楽しいお話でした。 ぜひ劇団を作って欲しい。
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