奇遇ですね湯沢くん!
私鳩山アイにはやらねばならないことがあります!それは決して並大抵のことではなくいくつもの壁を乗り越えていかねばならないことでありますが、筆舌に尽くしがたいほど大切なのです。
それは同じクラスの男子である湯沢夏仁くんとなんとしてでも付き合うこと!ですが、去年は隣のクラスでありましたので接点もあまりなく、話すことも少なかったので好きになるなんて始めは考えもしませんでした。
そんな私が湯沢くんのことを好きになったきっかけは去年のことです。入学してから、人見知りな私はクラスや入った部活で上手く馴染めずどうしようかと悩んでいました。そして、高校生活がどうなってしまうのか、折角入った部活も楽しむことができるのかなどという不安でいっぱいだったのです。
相談できる友達もまだおらず、親に相談しようとしても言えなくて、元来泣き虫な私は放課後の誰もいない校舎裏のベンチで思わず泣いてしまったのです。涙を流しても不安は消えてくれないどころか余計膨らむばかりで涙がずっと止まらなかったとき、普段はこの時間に人が来ることがないこの場所に人の気配が近付いてきました。
私が何事かと顔をあげると湯沢くんがいたのです。私たちの学校の体育は隣のクラスと合同で行うので見覚えはありましたが、話したことはないので体を強張らせてしまいましたが、辺りをきょろきょろと見回していたので気になって
「な、なにをしているんですか」
と言うと彼はたった今私の存在に気づいたようにこっちを見て
「なにって探し物」
なんて素っ気なく答えてすぐにまた辺りをきょろきょろと見回しました。少しの間ぼうっと見ていましたが見つかる様子がなくおずおずと探すのを手伝うと言うとこれまた素っ気なく「ありがとう、助かる」
と言いました。
「なにかを落としたんですか」
「うん、家の鍵」
「わざわざここに来ることがあるんですか」
「お昼はここで食べてるから」
なんとなく気になったことを聞いてみると淡々とした言い方ではありますがいくつかの会話が成り立ちました。さっきまで泣いていたので心細かったのでしょうか、普段よりもスムーズに話ができていました。それどころか、黙々と探す静かな雰囲気が初めて話したとは思えないほど心地よく感じました。
二人で探し始めて数分して湯沢くんの家の鍵を見つけることができました。
「ありがとう。本当に助かった。これで帰れる」
彼はそう言ってから、私に背を向けて帰ろうとしたときに思い出したかのように振り返り言いました。
「そういえばどうして」
どうしてここにいるのかということでしょうと思い私は「少し一人になれる場所を探してまして」と言いました。 すると彼は首を振って言いました。
「そうじゃなくてどうして泣いていたのかって話」
私は驚きました。見られていたこともそうですが話しているときも無表情であまり他人に関心の無さそうな彼が聞いてくるとは思っていなかったのです。
「何かあったのなら解決はできないとしても話を聞くことぐらいはできる。誰かに話すことで気が楽になるって言うし」
「いいんですか」
心細かった私は一も二もなくそう言っていました。
「うん、探してくれたお礼と思って」
彼はその無表情をほんの少し優しげに崩して言いました。
私は彼に泣いていた理由を話しました。人見知りで学校生活に上手く馴染めていないってことを。
「おつかれさま」
私の話を聞き終えた彼は私にそう言いました。どういうことかと聞き返すと
「一人で思わず泣いてしまうほどの悩みをたった一人で抱え込んでいたからその言葉がぴったりだと思って」
それにと、彼は続けて「頑張れって言っても頑張ったからこそ悩んでると思うから」と言いました。その言葉がとても嬉しくて私は思わず俯いてしまいました。
「まあ、僕も友達が多い方ではないからこれと言ったアドバイスはできないけど」
「いえ、ありがとう、ございます」
私自身のことを認めてくれて一人ではない気がして、私が抱えていた不安に穴が空きしぼんでいくようなそんな気がしました。
「そうか、それならよかった」
彼はそう言って帰っていきました。
さっきまでと打って変わって静まり返ってしまいましたが、私は孤独を感じませんでした。
その次の日から彼の言葉によって心に余裕ができた私は、次第にクラスや部活の人とも話して馴染んでいくことができたのです。
ここから湯沢くんのことが気になり始めて体育の時間やすれ違ったときに目で追うようになっていて、いつの間にか好きになっていたのです。これが好きになった理由です。チョロいと思うなら思えばいいです! 私にしたら十分すぎるほどの理由ですから!
そして二年生になった今年にとうとう――。
「湯沢夏仁です」
私は湯沢くんと同じクラスになることができたのです!このチャンスを逃さないようにしないといけません。ですが、いきなり遊びに誘ったりは私には難易度が高すぎます。そんな風に悩んでいるともう夏休み間近になってしまい、焦り始めた私は考えました。偶然を装うことで彼に自然に近づくことを!
そのチャンスはまずお昼休みです。去年初めて会った校舎裏で彼はお昼を食べているとのことなので、そこに向かうのです。そして彼より先にベンチに座り、後から来た彼と話すことができるというわけです。この考えに穴の一つもありません! ふふふ、私の青春の春の訪れが目に浮かびます。
授業の終わりを告げるチャイムが響きます。先生に対しての号令も頭に入ってきません。今、スタートを切ります。完璧です。これで彼が来る前に準備を整えて……。
よし! 後は待つだけです。待つこと数分。彼は歩いてやってきました。私はそんな彼に言います。
「奇遇ですね湯沢くん!」
彼は少しだけ驚いた顔をしてこちらを見た後、
「奇遇だね」と言いました。
「珍しいね、お昼休みにここにいるの」
確かにここに来たのも初めて会った日以来かもしれません。不思議に思われたらしまう前に何か理由を考えなくちゃいけません。しかし、一緒にご飯を食べたいからとは言えませんし。
「教室ばかりだと飽きるかなと思ったので」
咄嗟に思いついたことを口に出すと彼は納得したのか、そもそもただなんとなく聞いただけだったのか一言
「気が合うね」とだけ言いました
彼と二人で話せていることは嬉しいのですが今回の目的は一緒にお昼ご飯を食べることです。そのためには今こそ勇気を出さなくちゃいけません。
「まだ食べてないんですよね? それなら、き、奇遇ついでに一緒に食べませんか」
私は言い切りました。後は返事だけです。
「うん、一緒に食べよう」
緊張で少し声が上ずってしまいましたが彼はそう言ってくれました。これで最初の目的は達成です。彼に見えないところで思わずガッツポーズまでしてしまいました。ですがここからです。ここでの会話を足がかりにして仲良くなるのです。
そんなことを考えて、何を話せばいいのだろうと、うんうん、唸っていると彼が口を開きました。
「またここで会ったね。それでその後大丈夫だった?」
と聞いてきました。彼が覚えていてくれたことが嬉しくて
「はい! 湯沢くんのおかげで!」
と少し大きな声で返事してしまいました。
「そっか」
彼はそう素っ気ない感じではありますがどことなく優しげに言いました。
そこからはとりとめのないような話をしてゆっくりとした雰囲気の中時間が進んでいきます。梅雨も明けて少しずつ気温が上がってきてはいますが校舎が影となりひんやりと涼しくかんじます。とても心地がいいです。何も考えることをしないで空を見上げてきれいだなぁ。って思うことができるような。
どこか普段の学校とは違うような雰囲気を味わっているとつい心の声が出てきて彼へと言ってしまいました。
「明日もここで一緒に食べませんか」
さっきまではどうしても緊張してしまう言葉でしたが不思議と今回は口ごもることもなくあっさりと口をついて出ました。
「気が合うね。僕も同じようなこと考えてた」
彼がそう言うと私は無意識のうちに出てしまった言葉に気がついて彼の返事に驚きました。思わぬ感じで彼と約束を交わすことができたのです。
その日は学校が終わるまでどこか夢心地で家に帰ってから嬉しさのあまりベッドへと飛び込んでしまいました。夜になっても思い出して上手く眠れず、にやにやしていました。
翌日から湯沢くんとは雨が降っていない日以外は一緒に食べるようになりました。初めは何を話せばいいかなんて思っていましたが徐々に緊張することも少なくなり、湯沢くんから話しかけてくれることも多くなってスムーズに会話を交わすことができるようになりました。確実に彼との距離が近づいています。それは彼の様子からも分かります。まだ数日ほどですが日を追うごとにつれて表情の変化がより顕著に出るようになったのです。これは目に見える進歩です。
ですが、まだ安心できません。もしかしたら異性などではなく気の置けない友人として見られている可能性があるのです。このままだとそれ止まりになるかもしれません。だから次の目標は間近に迫った夏休みの間に今以上に距離を詰めること。異性として認識してもらうことです。そのために今日は彼の夏休みの予定について聞こうと思います。
待ちに待った昼休み。私はここ数日で恒例となった校舎裏へと足早に向かいます。いつもと同じように髪を整え、お弁当の準備をする。深呼吸もして準備も万端です。気合を入れて待っていると湯沢くんがこちらにやってきました。
「今日も早いね。僕も早めに教室を出たのに」
「その、なんというか、誰かと一緒にというのがやっぱり嬉しくて」
湯沢くんと一緒にご飯を食べられることが嬉しくて。なんて言葉は頭をよぎっても声にはなりません。思わず濁す感じになってしまいました。私の返事に彼は「そうだね」と短く返してベンチに座りました。
ここからが本番です。夏休みについて聞き出してチャンスを掴むのです。いくら少し話すことに慣れたからと言ってもやっぱりこういうときには緊張してしまいます。それでもなんとか絞り出して彼に
「もう夏休みが近いですが休みの間は何をするんですか?少し気になっちゃいまして」と聞くことができました。
「普段の休みの延長って感じかな。特に予定もないよ。あっ、でもここの近くの祭りぐらいは見に行くかな」
これは貴重な情報を聞くことができました。近所のお祭り。これは距離を詰めるのには定番の中の定番です。ここの近くの祭りといえばそれほど規模が大きいわけでもないので、人ごみに紛れて湯沢くんを見つけられないということもないはずです。それに学校の近くということで私が見に行ったとしても不自然ではありません。千載一遇のチャンスです。無事に彼の予定を知ることができた私はほっと息をつき、その後は彼と他愛もない会話へと耽っていました。
その日から夏休みまでの時間を今までにないほど長く感じ、終業式を終えて迎えた花火大会の日。私は花火大会の会場へと向かっていました。近づくにつれて賑やかになっていって祭り屋台も目に入りますが、湯沢くんと出会うことが最優先です。今日のためにお母さんに手伝ってもらい来た浴衣もばっちりです。後は見つけるだけとキョロキョロと辺りを見ているといました。いつもの無表情もどこか楽しげで右手にはフランクフルト、左手にはりんご飴と満喫している様子です。私は彼の様子を確認するとすぐに近づいて話しかけました。
「奇遇ですね湯沢くん!」
私に気づくと彼は「奇遇だね」と言ってさらに「鳩山さん。よければだけど一緒にまわらない?一人よりも楽しいと思うし」と続けました。
彼のその言葉に私は即座に当然、「はい!」と返事をしました。
彼と話をしながら色々な屋台を周りました。彼もテンションが上がっているのか言葉の数もいつもより多く、屋台をきょろきょろと見ていました。彼は屋台の食べ物をとても美味しそうに顔を綻ばせながら食べています。その様子を私がじっと見ていると彼は私が欲しがっていると感じたのかりんご飴を手に「食べる?」と差し出してきました。いやしい人と思われてしまったのではないかという羞恥心もありましたが、このチャンスを逃さない、と食べたりんご飴はいつもよりも甘く感じ、頬もりんごのように赤くなってしまいました。
そんな風にして祭りを楽しんでいると終わりも近づき、終盤のメインイベントである打ち上げ花火が上がり始めました。花火を見ていると彼が「見やすい場所に移動しよう」と言ったのでその言葉に従って私たちは近くの神社の階段を登りました。そこから見える花火はとてもきれいで見惚れてしまいました。隣を見ると彼も目を輝かせて見ていました。
「毎年来ているんですか」
よく見える場所も知っていたから聞いてみると、
「毎年ってわけじゃないけど小さい頃から何回も。今年は来年見れるかわからないからその分も見ておこうと思って」
来年は行けないかもしれないという言葉の意味がわからず「来年ですか?」と聞き返すと、彼は言いました。
「来年は僕たちも受験生だから、それどころじゃないかもしれないし、遊んでばかりいられないと思うから」
そうでした。私は来年もまだ付き合うことができるチャンスがあると思っていましたが大学の受験勉強でそれどころではないかもしれません。来年までに付き合わないといけない。そうじゃないと付き合うことができない可能性が高いです。
そのためには今年中に湯沢くんに告白しなければいけません。特に今は絶好の好機です。ここを逃してしまったらもうただのお友達で終わってしまうかもしれない。そんな不安が私の中に渦巻いてしまいます。きっと思いを伝えることができなかったら後悔する。そんなことはわかっているはずですがどうしても勇気が出ません。彼との距離は前とは断然近づきましたが、ここで振られてしまったらその関係も変わってしまう気がしてしまって声が出ません。
私が勇気が出ず尻込みして俯いていると、一際大きな花火が上がりました。その光につられて顔を上げると花火を見ている彼の横顔が目に入りました。その顔はいつもの先程の祭りのとき以上に楽しそうな笑顔でした。その顔を見ているとずっと喉に引っかかっていた言葉がすんなりと、伝えたかった言葉が自然にすると声に出ました。
「湯沢くん。好きです、私と付き合ってください」
思わず言ってしまい恥ずかしさのあまり顔を俯かせてしまいました。数秒しても彼からの返事がなく聞こえていないんじゃないかと少し期待して彼の顔見てみようと顔を上げると、彼は今まで見たなかで一番驚いた顔をしていました。そして顔を上げた私と目が合うとこれもまた今まで一番嬉しそうな顔をして言いました。
「奇遇だね鳩山さん。行きつくとこは同じだったね」
どうやら私たちの奇遇はまだまだ終わらないみたいです。