4.引越し
それから、しばらくさくらと会うことはなかった。
そんなある日、
「ただいま」
という、あの声と共にさくらがドアをあけ、家にやってきた。その後ろには、作業服を着た男性が立っていた。
「2階にお願いします」
「2階ですね。ではすぐに準備します」
作業服の男性が、階段に養生用の毛布を設置し始めた。
「さくら、何?」
「んっ、ベッドの搬入」
「ベッドって」
「今日から涼の家でお世話になることになりました。よろしくね」
さくらの声を聞きつけ母さんが、玄関にやってきた。
「さくらちゃん、おかえり。あら、ベッドの搬入、今日だったのね。おばさん忘れてた」
といって、笑っている。
「母さん、どういうこと」
「さくらちゃん、お隣で一人で住むっていうから、だったら、一緒に暮らさないって誘ったのよ」
「・・・」
「年頃の若い女の子の一人暮らしは、何かと物騒だし」
「うら若き、乙女ですから」
「それに私、さくらちゃんみたいな娘が昔から欲しかったし」
「すみませんね。娘じゃなくて」
「いっそのこと、涼と結婚してくれたらねえ」
「いやいや、さすがに涼はないわ」
「こっちこそ、さくらと結婚なんて、あり得ないし」
と言いながら、顔が少し熱くなるのを感じていた。
「ということで、よろしくね、涼」
と言いながら、さくらは、家具屋さんを追って、2階の部屋にあがっていった。
「じゃあ、今日は引越し祝いってことで、すき焼きがいいわね」
母さんは財布から1万円を抜き取り僕に手渡した。
すき焼きの材料を買いに行けということだ。
僕はため息をつきながら、スニーカーを履き買い物に行くことにした。
その日の夜、僕とさくらと母さんで、すき焼きを囲んでいた。
「涼、ハイボール頂戴」
「冷蔵庫にやけにハイボールが冷やしてあると思ったら、さくらのだったんだ。オッサンみたい」
「ビールは、量がのめないからね。あとロックアイスもね」
僕は言われるがままにグラスにロックアイスを入れて、ハイボールの缶とともにさくらに手渡す。
「サンキュ。やっはり、丸ハイボールが一番ね。これを飲むために日本に帰ってきたって感じ」
「涼、さくらちゃん、あの有名なメーカーで働いてるんだって」
「マジ?」
「いやあ、アメリカで、その会社の現地法人でインターンやってたら、スカウトされちゃって」
「スカウトって、さくらって、そんなに仕事できるんだ」
「まあね。バリバリのキャリアウーマン。3ヵ月程インターンしただけで、即スカウト。やっぱり、わかる人にはわかるもんだね」
「実はあの会社俺も明日、最終面接なんだ」
「そうなんだ」
「なんだよ、驚かないの?」
「まあ、涼だったら大丈夫なんじゃない?」
「また、適当な事言って」
「まあ、頑張ってよ」
「うん。まあ、さくらが入れた会社に俺が入れないわけないしね」
僕は明日の面接に備えて、ビール3本でお開きにして、寝ることにした。