19.温泉にて④
甘かった・・・
甘すぎた。食堂に入ると、奥に子供二人を連れた夫婦が食事をしていた。
少し、離れているので、はっきりとはわからないが、あの後ろ姿は多分、寺山さん。
ただ、それが幸いして、さくらも寺山さんとは、気づいていないようだ。
僕は、できるだけ、寺山さんが目につかない場所に二人を誘導しようとする。
「涼ちゃん、あっちの方が、眺めよさそうだよ」
その方向には、寺山さんファミリーがいる。
こら、しおり、余計ないこと言うじゃないと、僕は内心思っていた。
「あっ、でもこっちの方が、飲み物も取りやすいし。ここ飲み物はセルフサービスみたい」
さくらは、僕の顔を見つめる。
「さすが、涼、よくわかってる。お酒が取りやすいポジションがベスト!」
「でしょ!」
こうして、無事、寺山一家から、かなり離れた位置に座ることができた。
彼らは、夕食は終えているようだし、お酒を取りに来ることはないだろう。
僕は、立ち上がり、冷蔵庫からビール2本と、ハイボールの缶を取り出し、テーブルに置く。
そして、すかさず二人に注いだ。
「じゃあ、3次会を始めようか。かんぱーい」
「かんぱーい」
しばらくして、料理が運ばれてきた。
前菜、刺身、てんぷら、固形燃料で温めるタイプの鉄板には、牛肉が置かれている。
「おいしそう。さくらさん、めちゃくちゃおいしそうですね!」
「うん。ちょっと、上のランクのコースを発注しおきました!」
「さすが、さくらさん。ゴチになります」
「どうぞ、どうぞ。たーんと召し上がれ」
僕たちが、夕食に舌鼓をうっているとき、寺山ファミリーが席を立った。
それに合わせて、僕は立ち上がり、壁になるように、さくらにハイボールを注ぐ。
「さくら、今日はありがとう。こんな良いところに泊まれて、おいしい料理をご馳走になって。ホントにありがとう」
「どういたしまして。私の実力、少しはわかったでしょ?」
さくらは、またもやドヤ顔で僕を見ている。
「うん。ちょっと見直した」
「ちょっと?」
「いや、かなり。尊敬します。さくらさん」
この作戦が功を奏し、さくらに気づかれることなく寺山ファミリーは食堂から、出ていった。
そうして、無事夕食を終えた僕らは、部屋に戻ることになった。
食堂をでて、自動販売機コーナーに差し掛かった時、一人の男性が、自動販売機でビールを買っていた。
「まさか。。。」
僕はつぶやく。
食堂での危機を回避して、僕は完全に油断していた。
自動販売機から、ビールを取り出し、振り向いたその男性は、やはり寺山さんだった。
一瞬、さくらと寺山さんの目が合ったように感じたが、二人は何事もなかったかのようにやり過ごした。
僕は寺山さんとすれ違う時、軽く会釈をした。その様子をさくらは、見ていたようだった。
部屋に戻った僕たちは、再び宴会を始めた。
さくらは、何事もなかったかのように、しおりとじゃれながら、お酒を飲んでいる。
僕は、今さくらがどんな気持ちでいるか、全く想像できなかった。
しばらくして、しおりが、居眠りをし始めた。
僕はそれを見て、布団を3組敷いた。
「おい、しおり、そろそろ寝ようか?」
「うーん、涼ちゃん、一緒に寝よう」
しおりが、甘えた声で、抱きついてきた。
「はいはい。また今度ね。早く布団に行ったら」
「はーい」
そういうと、しおりは布団に入っていった。
それを見届け、僕は洗面所に行って、トイレをし歯磨きをした。
部屋に戻ると、電気が消えていた。
「なんだ、さくらも寝たのか」
と布団をみるが、さくらの姿はなかった。
関東地方は、今日も雨。
梅雨明けは、まだ先になりそうです。
気分は、晴れませんが、引き続き投稿頑張ります。
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