12.寺山さん
この人がさくらの不倫相手だと思うと、彼に対する態度が、ぎこちなくなってしまう。
「いえ、よくあることですから、お気になさらずに」
「彼女も普段、あんな飲み方をするような子じゃないんだけどね。あの日は、ちょっとね。色々あって」
「そうなんですね。あの後、泣きながら、ハイボールを何杯もおかわりして、大変でしたよ」
「すまなかった。お会計は大丈夫だった?」
「お客さんからいただいた1万円で何とか収まりましたので、ご安心ください」
実際は、少し足りなかったけど、それは言わなかった。
「そう、よかった」
「あのよろしければ、名刺をいただけないでしょうか」
「ああ、そうだね。僕もこの店には、また来たいと思っているから」
彼は、そう言うとスーツの内ポケットから、名刺入れを取り出し、その中から1枚の名刺を僕に手渡した。
「寺山俊介です。よろしく」
「片山涼です。こちらこそ、よろしくお願いします」
名刺に目を向けると、しおりと同じ会社のロゴと、営業企画部長の肩書が記されていた。
「寺山さん」
「うん?」
「実は、僕御社に内定をいただきまして、来年からお世話になることになりました」
「そうなんだ。それはおめでとう。僕の後輩になるわけだね。じゃあ、お祝いにもう一杯ご馳走させていただくよ。そうだな、シャンパンは飲めるかい?」
「はい。お酒は何でもいただけます。特にシャンパンは、大好きです」
「じゃあ、コレを」
彼は、メニューの中から、この店では少し高めのシャンパンを指さした。
僕は、冷蔵庫からシャンパンを取り出し、シャンパングラスを2個準備し、寺山さんと、僕の前に置いた。
それをマサトが、物欲しそうな眼付きで見ていることに気づいた。
「寺山さん、彼、マサトっていうんですけど、一緒にいただいても、よろしいですか?
寺山は、マサトの方を向いて笑顔で答えた。
「もちろん」
それを聞いて、マサトが近づいてくる。
「ありがとうございます」
僕たち3人は乾杯した。
それから、僕は仕事の合間をぬって、寺山さんと話をした。会社の事、アメリカの事、お酒の事。寺山さんは、話がうまく話していて、全く飽きなかった。
さくらが、好きになった気持ちも、ちょっとわかるような気がした。
シャンパンのボトルが空になったころ、寺山さんは席をたった。
「今日は楽しかった。また来るよ」
そう言って、支払いを終わらせ、帰っていった。
それから、1時間程たったころ、さくらとしおりが、店にやってきた。二人とも結構、酔っ払っていた。