10.ジュリエッタ
さくらと僕は、電車に乗っていた。横須賀線の東京方面行で、横浜から二つ目の駅で降りた。
ここは、タワーマンションが大量に立ち並ぶ、高級住宅街だ。
さくらは、迷うことなくその中の1棟のマンションの地下駐車場に入っていった。そして、1台の車の前で足を止めた。
鮮やかな紅色の車だった。
そう、さくらが日本に帰ってきたとき、さくらの家の前に停まっていた車だ。
「このコね、ジュリエッタって言うんだ。名前とこの紅色に一目ぼれってやつ」
「車に名前つけてるの?変なの」
「違うよ。そういう名前の車なの。ロミオとジュリエットのジュリエットからとったものらしいよ。おしゃれでしょ?」
そういって、さくらは、運転席のドアを開け、シートに腰をおろした。僕も続いて、ドアを開け席に腰をおろした。
「おじゃまします」
「はいどうぞって、わたしぁ、あんたの運転手か?」
「えっ・・・」
「二人で乗るときは普通、助手席に座るでしょ!何、後部座席に座ってるの?」
「へえ、そういうもんなんだ」
僕は一旦車を降り、あらためて助手席に座った。
「これだから。最近の若い子の車離れは深刻ね。本当にもう」
さくらは、そんなことを言いながら、エンジンをかけ、サイドブレーキを解除した。ジュリエッタは静かに走り出した。
車は西へ向かって走っていた。
「ねえ、さくら、どこに行くの?」
「お姉さん任せときなさい」
「あっ、それ何も考えてない時のやつだ」
「・・・・」
「やっぱりな。昔からそうだったよね。さくらは、考えなしに行動するとき、いつもそう言ってた」
「そ、そうっだかな?」
運転席に顔を向けると、照れ臭そうに微笑むさくらの顔があった。
そんな顔を見ていると、思わず呟いてしまった。
「こう見ると、さくらも結構キレイなのにな」
「何いってんの涼、失恋したばっかりの女の子を口説くつもり」
さくらの顔は真っ赤になっていた。それは夕日を浴びていたからだけではないと思う。
「いや、さくらはキレイになったと思うよ。昔から可愛いとは思っていたけど」
「ありがとう。涼は本当に良い男の子に育ったね。そういう言葉を口に出して、言うってこと女の子は嬉しいんだよ」
「俺は思ったことを思った通りに話してるだけなんだけど」
「そうね。そうかもね。でもそれが中々できないから、誤解や、すれ違いって、起こるんだと思う」
それからしばらくして、海の近くの駐車場に車を停めて、二人で砂浜を歩いていた。春の海は人影もまばらで、何人かのサーファーが海の中で、波待ちをしていた。
しばらく歩いたところで、さくらは砂浜に腰を下ろした。
僕もその隣に腰を下ろした。
「この前の男さ」
「うん?」
「涼のバーに一緒に行った男」
「ああ、あの人ね」
「彼がアメリカ赴任中に会社で知り合ったの」
「そうなんだ」
「単身赴任だったんだ。よくあるパターンね。単身赴任中の浮気」
「好きになったの?好きになられたの?」
「うーん、私の方が先に好きになったかな。それで、彼が日本に帰国になったんで、私も彼のこと追いかけて、日本に帰国したのでした。どうしようもないのにね」
突然、さくらが立ち上がった。
そして、左手の薬指にはめていた指輪を外し、右手に握りしめた。
「バカヤロー」
と言うと手にした指輪を海に向かって、放り投げた。
「これ、やってみたかったんだよね」
「これって、ドラマの世界の話だと思ってた。本当にやる人いるんだ。もったいないなあ。俺にくれりゃ、売ってそのお金でおいしいもの食べに行けたのに」
「よし、じゃあ、これから涼のおごりで、美味しいものを食べに行こう」
さくらは、車に向かって駆け出していた。
僕もしょうがなく、立ち上がり、さくらの後を追いかけて、ジュリエッタに向かった。
夕日が海に沈もうとしていた。
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