最高神「おいすー(^-^)」
ワン監査官は狂喜した。
裁判という名目で、証人尋問という題目で、あの憎たらしい人事局のミナカを吊し上げられるのだ。
「さあさあ、証人はすぐに証言台に行くのだ、右足を前に出したらすぐに左足を前に出すのだ。右、左、右、左! 我輩と法廷に敬意を払うのだぞ、敬ってへつらうのだぞ。でなければ貴様を被告人席に送るぞ、処刑台に送るぞ」
「随分はしゃいでいるね。楽しそうで何よりだよ」
ワン監査官がよだれを垂らしながら恫喝するも、当のミナカは人の良さげな笑みを浮かべながら、軽い足取りで証言台に向かう。
いつもどおりの日本風スーツを身に着け、自然体ですらりと立っている。
気に食わない。
苛立ちから、ワン監査官は牙をむき出しにする。
この道化者は、役職も無いくせに何故だか人事局で幅をきかせている。それ自体も気に食わないことだが、ワン監査官自身が水権能執行部長の席を追われたのは、ミナカが裏で糸を引いたせいではないかとも睨んでいるのだ。
そしてメリーアンやヤギ、ヘッジスといったワン監査官になびかない面々の栄達も、ミナカの悪事と確信している。
ワン監査官としては、許せるものではない。
「貴様がへらへらしていられるのも、今日が最期だ、これまでなのだ。貴様と被告人が共謀して悪事を働いていることは、確定的に明らかだ。汚ない、さすが人事局は汚い」
「ん、本証人は、被告人の雇用に係る経緯を証言するために召喚されたものです。取り合えず、証言をお願いしたいと思うのですが、如何ですかな?」
ヘッジス裁判長の言葉に、ワン監査官は爪で机をカカッと叩く。
「そうだ、それがよい、それこそが最良の途なのだ。被告人の採用に係る悪事を白状してもらう、観念してもらう。たとえば、被告人は常軌を逸した魔力を与えられている。あるいは配属や業務内容に著しい配慮がなされている。あからさまな不正である、邪智暴虐である。弁解があるなら聞かせてもらおう」
「ん、それでは被告人は、所属および名前を述べたのちに、証言をお願いいたしますぞ」
ヘッジス裁判長が促すと、ミナカは屈託なく答える。
「人事局総長のミナカです。よろしく」
すると即座にワン監査官が、鼻をフンスと鳴らす。
「総長? 何だそれは、意味が分からない。人事局の責任者は局長であるし、その下に部長級、課長級と続く。総長などという役職は聞いたことがない。全くのでっち上げといえる!」
「ん……。総長とは、一切の義務と責任は無く、ただ権利のみを有する。大精霊コウリュウがこれを任命する。……精霊府規則にはそう書かれていますな」
「なんだ、そのふざけた権限は、馬鹿げた規則は。他に総長などという役職のものは、見たことが無いぞ、聞いたことがないぞ!」
「ん、この規則の該当条項は、コウリュウ精霊府の創設と同時に定められていますな」
ぞっとした。
ワン監査官の尾の先までが、ぶるりと震えた。
それができるのは誰か。
誰もが答えにたどり着く。
ワン監査官がちらりと傍聴人席を見る。彼だけでなく法廷内の全員が、同じ場所、同じものを見ていた。視線の先では、大精霊にして万物の支配者であり、この世界の森羅万象の源泉であるコウリュウが微笑んでいる。
大精霊コウリュウは、ただ無言でほほ笑んでいた。
他の者であれば、それですべてを察したはずだ。だが、ワン監査官は違った。
不幸なことにワン監査官は、大精霊コウリュウへの忠誠心だけは本物だった。この偉大なる大君主の為であるならば、身の破滅をも辞さない覚悟があった。
こんな胡散臭い存在が強大な権限を有するなど、あってはならない。
大精霊コウリュウ様の害にはなっても、利することはないはずだ。いや、もしかすると何らかの手段で大精霊コウリュウ様をたぶらかしているのかも知れない。
不可思議な思い込みのままに、ワン監査官は吠えた。
「それならば、その規則こそがおかしいと判断する、無価値と評価するのだ! ミナカなる悪しき存在にはいかなる権利も義務も与えてはならない。いや、大精霊コウリュウ様へ損害を与えるなら、これを除外せねばならない。その威信を毀損するのであれば、存在を許してはならぬのだ」
この地獄の魔犬は、かつては自己の地位に恋々とする性質の持ち主だった。上司には徹底的にへつらい、部下は徹底的に使い倒した。
だが部長の地位を追われて以降、半ば自棄になっていた。守るべき地位が無い。となると、目の前の職務と向き合うことになる。不正を断罪する監査官という仕事だ。
そして彼は、正義に目覚めた。
今回の朝日春風に対する訴追も、正義感に根差すものだ。かの破壊神の悪事を白日の下に晒さなければならないという使命感があるのだ。
それこそが大精霊コウリュウへの忠誠に他ならないと思い込んでいる。
もちろん、自分を陥れたものがいるなら仕返しをしたいという思いは当然にある。だが、春風の犯したであろう悪行を公にしなくてはという使命感や、善人である自身を陥れるという悪事に手を染めた者達を断罪したいという正義感も伴っているものだ。
そして今、ワン監査官はミナカを悪と断定した。
「我輩には分かる、確信しているのだ! このミナカというものこそ悪だ、諸悪の根源だ。大精霊コウリュウ様の近くに、このような佞臣を置いておけるものか、排除せねばなるまい、追放こそが我等の義務なのだ‼」
ワン監査官の言葉に、大精霊コウリュウの表情が凍る。微笑みを浮かべたままなので、その変化に気付いたものは少ない。しかし気付いたものはいる。
その一人であるミュラは、心から恐怖した。
あの大精霊コウリュウが、不機嫌である。
表情に出るほどに、気分を害している。
それが何を意味するのか、ミュラをしても、分からない。ミュラとて、戯れに大陸のひとつを更地に変えることが出来る女神だ。破壊的な権能も持つし、豊穣を司りもする。十万年以上の時を人として、神として過ごしてきた。
そのミュラをしても、分からなかった。
たとえば武神として名高い、水権能執行部長のメリーアンなどは、怒りに任せて指のひと振りで恒星を消し去ることもあるだろう。熾天使ヤギェウオ・シュラフタであれば、人々を堕落させ退廃的な行いにふけらせたうえで、それを理由に天罰と称し町を破壊し、人々を塩の柱へと変える程度の残虐な行為を行うかもしれない。
では大精霊コウリュウが、その不機嫌を表に出したら……。
想像を巡らそうとしたが、出来なかった。分からないのだ。大精霊コウリュウの立腹という、この世の終わりというものを、想像できなかったのだ。
そんなミュラの惑乱など知りもしないワン監査官は、ミナカを排斥すべく更なる言葉を紡ごうとしている。
手遅れかもしれない。
ミュラは思った。
実際に、もう手遅れだった。
コウリュウが怒りを感じた時点で、事象は改変する。間に合うかどうかなどという次元を超えている。コウリュウが「そう思った」のならば、現実も「そうなる」のだ。
それを知っているミュラは、身構えた。あの破廉恥な駄犬が即死するか、蛙にでも姿を変える程度ならまだマシだ。未来永劫の苦しみを与えられるのだろうか、余波でいくつかの世界が終わりを迎えるのだろうか。いずれにしても、ただではすまないだろう……と。
だがその予想は、外れる。
ワン監査官は、間違いなくコウリュウの逆鱗に触れた。にも関わらず、事態を収めたものがいる。
ミナカだ。
「少し落ち着こうか」
誰に向けて言ったのかは分からないが、ミナカの一言で法廷は静まり返った。
「もしかすると皆は、こう思っているかも知れないね。コウリュウに取り入ったミナカという奴は、虎の威を借りて好き勝手やっているに違いない。春風の件も、その一つだろう。……種明かしをするとね、それは逆なんだよ」
あり得るはずもない言葉に、誰もが混乱するが、ミュラだけは妙に冴えた頭で理解していた。
ミュラ以外にこの質問を投げかけられる者はいないだろう。滅びた体には出るはずもない額の汗を意識しながら、ミュラは問いかけた。
「どういう意味なんだい? 逆っていうのは」
「僕がコウリュウを贔屓してあげているんだよ。僕はそんなに優しくないつもりだけど、それでも結構あの子の我儘に付き合ってあげていると思うんだ」
「大精霊コウリュウ様を自らの下に見る……。一体何者なんだい、君は」
「全ての原初だよ」
ありえない。
ミュラは混乱に顔をしかめる。
全十三世界のほとんどは、大精霊コウリュウが作り上げたものだ。その原初となる第一世界は、大精霊コウリュウの手による、大精霊コウリュウのみが存在する世界だ。ミナカの発言は、その事実に真っ向から反する。
だがミナカの発言は、この場に至っては嘘でもまやかしでもないはずだ。
「大精霊コウリュウがこの世にあらわれたことで第一世界が創造され、空間が生まれ、時間が生まれ、世界が生まれた。それは間違いないけれど、そもそも大精霊コウリュウは、どこに現れたんだい? 最初に作り上げた第一世界は、どこにあるんだろう。全十三世界はどこにあるんだろう。そう考えたことはないかい」
「どこ……だって?」
「つまり全十三世界を内包する第ゼロ世界というようなものがあるということだよ。そうしてすべての世界が存在することを許容しているということさ。僕の権能は、“存在”という至極簡単なものだよ。万物の“存在”や“不存在”を定める。僕は、それだけの存在だ」
「つまり、君がそうあれかしと治めているから、私たちは存在していられる。それはコウリュウも例外ではない、そういうことかい?」
「よくできました」
ミナカがにこりと笑う。
そして目を細めてさらに続ける。
「コウリュウを大精霊と崇めてみたり、春風の振る舞いが越権的だと裁判してみたりしているけれど、どれも単に僕が贔屓してるだけ。全十三世界でば、コウリュウ以外にもFSMやYHWHといった輩が至高の存在として幅をきかせているようだけど……第ゼロ世界を支えている“存在”の権能を司る僕が生かしてやっているに過ぎない世界で、お前らは何を言っているんだ?」
そこでふっと言葉を切る。
「……とか、そんな風に言うと偉そうだし、怖がられるから止めておこうかな」
言いながら、右手を真っ直ぐ前に伸ばす。
その手のひらの上で、重厚で濃密な魔力をまとった恒星のような光が幾重にも重なり、神秘的な輝きを放つ。
「ちなみにこれは、僕が今、作った世界だよ。第十四世界とも呼べるものかな。第三世界に準拠した物理世界で、二兆個の銀河を持つ小さな宇宙だね」
「……降参だ」
目の前の小さな宇宙からは、確かに膨大な魔力と数多の生命を感じる。確かに世界だ。
大精霊コウリュウへの敬意などない雑談をしながら、まるで片手間に新たな世界を作り出す。それがどういうことなのか、ミュラには分かる。
「全くの真実ということだね、君の言葉は」
「もちろん。陳腐な例え話だけど、君たちは足元を這う小虫に嘘をつこうとするかな? おっと、こういう言い方も嫌われちゃいそうだね」
この至高の存在にとって、ミュラであっても塵芥にも満たない存在だろう。たとえ嫌われようとも憎まれようとも、一切の痛痒を感じないはずだ。それでも気遣いのようなものを口にする。
それが恐ろしい。
その手の内にある第十四世界では、数多の星では神が生まれ、生命が生まれていることだろう。
それを手の中でくるくると弄びながら、至高の存在は監査官席を見た。
「さて、シュシュ・シュガータウン。この裁判に参加した唯一の監査官として、どう思う?」
監査官席を見ると、眼鏡をかけた神猫シュシュが座っている。
「個人的な感想はないですニャ。ミナカ様がいかなる存在であろうと、この法廷は大精霊コウリュウ様とその精霊府に奉仕するだけですニャ。法に照らし、法に則り、法に反する行為が無いかを判断するだけですニャ」
異変に気付いたものは、いない。
この法廷は、シュシュ監査官が訴追したものであり、かの神猫以外に追求者はいない。それが衆人の認識である。
ワン監査官は、その存在を当初に遡及して改変されたからだ。
「神格が消滅するまで地獄の苦しみを味わうより、こちらの方がいくらかマシだろうしね」
ミナカの視線の先では、大精霊コウリュウが舌をペロリと出している。それを見てやれやれとため息を吐いたミナカは、思い出したように付け加えた。
「あ、最後の案件における春風の行いは、コウリュウ精霊府の規則に明らかに反するものではあったよね」
「ん、では有罪ですな」
ヘッジス裁判長がカンと槌を打ち鳴らす。
「え、まじ?」
このあと春風はめっちゃ有罪になった。
クビになりました。




