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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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神の裁き

 コウリュウ精霊府の第四号法廷。

 そこは、明らかに異様な雰囲気だった。

 大理石の床と柱は壮麗という言葉を具現化したようであり、レバノン杉で設えられた傍聴席と弁護人席は重厚な雰囲気を持っている。

 そして、傍聴席はすべて埋まっており、静かだが禍々しいほどに強烈な熱気が漂っている。


 終末級魔神を裁くために創造された究極の舞台だが、もはや裁判の行く末などは二の次になっていた。

 法廷内にいるすべての者が、たった一つの完全なる存在が降臨する瞬間を待ちわびていた。


 床は、文字どおり塵一つ残さぬように掃き清められている。

 監査官席では、ワン監査官が尾を股の間に挟んで小さくなっている。先程までの威勢は、欠片もない。

 弁護人席では、ミュラすら両膝を折って最上の敬意を表して控えている。

 裁判長であるはずのヘッジスなどは、最上段の裁判長席を離れ、地に伏せ額を擦り付けている。


 そんな中、証人を尋問をしなければならないラビだけは、両足でしっかりと立っている。直立不動で目を真っ直ぐに法廷の入口へと向けている。


 楽隊が音楽を奏でる中、第四号法廷の正面扉が開かれ、ついに大精霊コウリュウが姿を顕した。

 その姿は、まさに最高神。これが神々すら膝を屈する至高の存在なのだと認識させられた。


 蒼く輝く髪は、身長の数倍の長さだが、少しも地に付くことなく優雅に漂っている。血色のよい肌は、生気が具現化したようだ。女性的な長い睫毛と、銀河のごとく煌めく瞳は、その目で見つめるだけで魂を根こそぎ奪い去るだろう。

 身に纏う衣服は、縫い合わせた箇所は一つも無い。宝石もない簡素な蒼い布であるのに、美しい光を放っている。

 自信に溢れた笑顔は、女性のラビでさえ心を奪われそうな破壊力を持っている。


 一歩足を踏み出すたびに、石造りの床から木々が生え鮮やかな緑の若葉を萌やし、花々が一斉に咲き乱れる。法廷内に虹が七重に架かり美しい景色を作り出している。

 証言台へと歩み出たコウリュウを、平伏したヘッジス裁判長が迎えた。


「この場に足をお運び頂き、誠に有り難く存じ上げる所存で御座います。衷心から悦びと感謝を申し上げます」


 普段のとぼけた気配など微塵も感じさせぬヘッジスの慇懃な挨拶に、コウリュウは鷹揚に頷いて見せた。


「そそそ、そ、そ、それでは……、こ、こ、ここれから証人尋問を、い、い、い、いいいいたします」


 ラビの膝が笑い、歯の根が合わず、胴から震える。喜びか恐怖か分からない涙が溢れ、鼻水が垂れそうになる。


 ――大精霊コウリュウに尋問をする。

 そのような行為は、おそらく前神未踏にして前代未聞だ。もしかすると、ラビの名は未来永劫、悪として語り継がれるかもしれない。

 いや、粗相があれば今この瞬間に消滅するのかもしれない。


 ラビの畏怖と畏敬とを感じたのか、コウリュウは柔らかに笑いかけると自ら口を開いた。


「最初に言っておくことがあるよ」


 まるで無垢な少女のような口調で、コウリュウが優しく語りかける。


「争点になっている、春風が持っていた紹介状。あれは確かに私の紹介状だけど、それは春風が望んだから渡したにすぎないの。この法廷で、皆が春風の有罪を望むなら、そうすればよいよ。どのような判決になろうとも、その判断に異議はないからね」


 法廷全体が、その言葉の意味を噛み締めるため、束の間、沈黙する。それを破ったのは、被告人席の人物だ。


「貴様、うらぎったな?」


 春風が、コウリュウを睨み付ける。

 その口調も所作も、特段に威圧感があるわけではない。下唇をつき出す表情は可愛らしくもある。

 拗ねたような口調は、庇護欲をそそるかもしれない。


 しかし法廷が、世界が、全世界が震撼した。

 大精霊コウリュウを非難したのだ。

 死すら生ぬるいと憤るものがいる。これが破壊神ハルカの本性かと感嘆するものもいる。コウリュウの怒りを恐れてひたすらに震えるものさえいる。

 だがそんな周囲の様子などものともせず、二人は古くからの友人のように気安く話している。


「だって“コウリュウの縁故採用だから、不正してもいいよ”ってことになったら、春風も困るでしょ? そういうの嫌いでしょ? でしょ?」

「そりゃまあそうだけど、びっくりするほど可愛い春風ちゃんを特別扱いしてくれてもいいのよ?」

「特別扱い? 二世だからドリルで穴を開ければ無罪放免とか、そういうの?」

(こわ)ぁ。大精霊ってこわぁ。ただの一般人をそういうのに巻き込まないでくださいます?」

「春風はもう一般人じゃなくて一般神というか、一般通過破壊神というか」


 誰が見ても、どう見ても、ただの友人同士の雑談だった。居並ぶ創世神や大魔神、竜神、邪神らは、気の置けない様子で話す二人の女の子をただ見守ることしかできなかった。

 中には、一言一句漏らさずに書き留めている者もいる。

 恐らく大精霊コウリュウの聖典として長らく語り継がれることになるだろう。


 そんな空気もものともせず、コウリュウは法廷を見回してにこりと笑った。

 それだけで神格の低い神々は昇神し、あるいは消滅したりもしたが、この場にあっては些細なことだった。


「ということで、紹介状についてはそういうことです。あ、春風の採用の経緯はミナカに聞いてね。最初に連れてきたのも、雇用契約の内容を決めたのもミナカだから」


 そう言い残すと、コウリュウは颯爽と去って行った。

 と思いきや、ちゃっかり傍聴人席の隅に陣取り、笑顔で被告人席へ手を振ったりしている。


「ん、ひとまずは人事局のミナカ様からお話を聞くこととしますか?」


 ヘッジスの提案に、ラビはただ頷くことしかできなかった。

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