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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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助走裁判【案件7及びその他】

「次なる争点は、案件7と呼ぶべき件である、大精霊コウリュウ様の親征が行われた件である」


 ワン監査官が性懲りもなく吠えたてると、場に慣れてきたラビは、落ち着いてそつなく応じた。


「親征案件には、被告人は関与していません。案件7は当法廷で論ずるには不適当かと」


「そこだ、そこなのである。案件7については、コウリュウ精霊府を挙げての案件であったにも関わらず、被告人は一切の公文書に足跡を残していない。にもかかわらず皆が記憶している決定的な事件があるのだ、あるはずなのだ」


「決定的な事件……ですか?」


 ラビが怪訝そうに眉をひそめると、勢いを得たかのようにワン監査官が尾を振る。


「そうだ、そうなのだ! 当時、全十三世界は炎の魔神の爆炎に襲われていた、多くの世界が消滅するほどの危機だったのだ。もちろんこのコウリュウ精霊府の存在する第七世界も例外ではない。だが、被告人の魔法による爆発は、この世界を燃やし尽くさんと天を覆っていた炎を吹き飛ばした。プタハ局長の権能をもってしても防ぐことしかできなかった炎を、完全にかき消したのだ!」


「それは確かに破壊神ハルカの名にふさわしい逸話ですが……でも偉業であって、疑いを持つべきところではないんじゃないでしょうか?」


「いや穿って見るべきところだ、実にアヤシイのだ。その時、被告人と一緒にいたのが人事局の問題児ミナカだった。そしてその後、被告人はその手柄をもって採用試験を受けて合格している。不正な選考があったと疑われる、いや確定的に明らかだ。よって証人の尋問をすべきである」


 妙な理屈を並べるワン監査官が証人として連れてきたのは、猫の姿をしていた。

 理知的な瞳と眼鏡が特徴的な神猫だ。

 可愛らしい声で「ニャン」とひと鳴きすると、証言台の上に腰かけた。


「コウリュウ精霊府人事局人事部人的資源課第一係長のシュシュ・シュガータウンと申しますニャ。本件被告人の採用試験の面接を担当しましたニャ」


 見た目のかわいらしさとは裏腹に、眼鏡をクイと持ち上げる様は堂に入っている。


「さて証人、尋問するぞ、問い詰めていくぞ。被告人の採用に関して大いなる疑惑がある。当時のことを洗いざらい証言するのだ、吐露するのだ」


 シュシュは、ワン監査官の威勢の良さを訝しむように半目になる。が、すぐに表情を消し、全く事務的な様子で証言を始めた。


「大変興味深い面接でしたので、四百年経った今でも、しっかりと覚えていますニャ。同じ面接では、現在、水の権能執行課長であるアップル・スター様もいらっしゃいましたニャ」


「なるほど、なるほど。つまりアップル・スターと同等に秀でていたと、得難い人材であると判断したのか、考査したのか?」


「いえ、面接の序盤ではあまり芳しくない評価でしたニャ。ですが、圧倒的な実力と実績、そしてコウリュウ精霊府内からの強い推薦などがあり、最終的に採用に至ったのですニャ」


「推薦と言ったか、推薦と言ったな? それは一体、何者による如何なるものか? ただちに説明せよ、論述するのだ」


「大変多くの方の推薦を得ていましたニャ。マオ・ウー主任やジュゲム専門官、ヤギ係長、ダンチョネ神、メリーアン部長、そして人事局のミナカ様、大精霊コウリュウ様の紹介状をお持ちでしたニャ」


 大精霊コウリュウの名が出ると、法廷がにわかにざわつきはじめる。

 ワン監査官の目がぎらりと光った。


「ほう、大精霊コウリュウ様の紹介状?! それは前代未聞の採用面接だ、空前絶後の事案だ。それで、どのように処理をしたのだ、対応をしたのだ?」


「大精霊コウリュウ様の紹介状というのは、確かに前例の無いことでしたニャ。ですので、人事局内で検討しミナカ様に確認をお願いいたしましたニャ。そこで真正の紹介状となりましたので、そのまま採用という流れに……」


「なんと驚きだ、吃驚だ。ここでも人事局のミナカが出てきた。アヤシイ、なんとも疑わしいではないか。果してその紹介状は、本当に真正なる大精霊コウリュウ様のものであったのか?! 確認が必要であると考えるが、その紹介状は今どこにあるか、何処に保管されているか?」


「確か……本人に返却されているはずですニャ」


 シュシュ・シュガータウンの言葉に、法廷中の視線が被告人席に集まる。

 幾百の視線をものともせず平然としている被告人は、鼻の頭をこすりながら「えっとー、どこかですっかり失くしてしまいましたですわ。確かポケットティッシュを切らしているときに……」と悪びれずに言った。


「なるほど、これで真相は闇の中、永遠の謎となった。疑わしきは罰せよの精神から、監査官として被告人の有罪およひ即座の処刑を求めるが如何に?!」


 ワン監査官が吠える。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! ただの言いがかりで有罪にしないでください!」


「ただの言いがかりではない! 大精霊コウリュウ様の名を騙った不届きがあったとして、それは断じて許されるものではない。そらが真正である立証は、当事者に課される責務である、義務である、命題であるのだぁ!」


 そのうなり声をヘッジス裁判長が、無慈悲に肯定する。


「ん、ワン監査官の言うとおりですな。大精霊コウリュウ様の名を出せば、全てにおいてそれが優先されます。それゆえ、それが確かに大精霊コウリュウ様のご意志であることを、当事者が証明せねばならない。これがコウリュウ精霊府の慣例ですな」


「そ、そんなあ……」


 既に存在しない紹介状が真正であることの証明。

 果してそんなことが可能なのだろうか。ラビは目の前が暗くなる思いだった。


「ん、弁護側は立証可能ですかな?」


「えっと、えっと、紹介状の確認をしたという人事局の方を証人として……」


「無駄だ、無駄なのである! いくらミナカが口先で証言を弄したところで、大精霊コウリュウ様の内心の証明にはならん、なりはしないのだ。潔く不正を認め腹を切るのだ、首をくくるのだ!」


 ワン監査官の恫喝を耳にしたとき、ラビの頭に一つの考えがひらめいた。


「で、で、では! 大精霊コウリュウ様を証人として喚問し、その内心を証言していただくのは、いかがでしょうか?!」


 ラビが放った起死回生の提案に、法廷がどよめきに包まれ、次いで騒がしいほどのざわめきに揺れた。

 ヘッジス裁判長は眼鏡の奥で目を丸くしているし、ワン監査官は顎が外れんばかりに口を開けて驚いている。


「だ、駄目ですか?」


「んんん、駄目ではないですが……大精霊コウリュウ様に証人として出廷いただき、あまつさえ証言までお願い奉るのは、あまりに、あまりに……」


「不敬だ! 不敬に過ぎる、不敬にも程がある! 弁護人を極刑に、死刑にすべきだ!」


 ワン監査官の吼え声と傍聴席のどよめきが法廷を席巻し、まるでラビを押しつぶすかのごとく迫ってくる。それらを吹き飛ばすように、ダンッと机を叩く音が響いた。


「とりあえず大精霊コウリュウ様にお伺いを立ててみたらどうかね、ヘッジス君。ここでうだうだと言っていても始まらないだろう、こういう時は」


 ミュラが静かに、しかしどこか迫力の籠った様子で物申すと、ヘッジス裁判長は慌てて休廷として精霊長公室へ使いを遣った。


「あの、ミュラさんってお父ちゃんのお知合いなんですか?」

「ああ、昔に面倒を見てやったことがあるのさ、仲人とかね」


 などと話しているうちに、コウリュウの下へと送った使いが戻ってきた。使いから一枚の書面を渡されたヘッジス裁判長が、震える声で読み上げる。


「ん、精霊長公室長を経由して、当法廷へ宛てた大精霊コウリュウ様の御言葉をお預かりしました」


 ヘッジス裁判長の発言に、法廷は再び喧騒に包まれた。書面を介してであっても、大精霊コウリュウの言葉に触れる機会などそうそうあるものではない。

 大精霊コウリュウの言葉が記載された書面を、ヘッジス裁判長が読み上げる。たったそれだけの出来事でも、驚天動地の出来事なのだ。


 ヘッジス裁判長が「静粛に」と槌を叩くと、一瞬のうちに法廷が静まり返った。そして、大精霊コウリュウの言葉を待ち望む一同が、固唾を飲んでヘッジス裁判長を見つめる。


「大精霊コウリュウ様の御言葉は、次のとおりです。『それを、望むなら』。以上ですな」


「望みます! 弁護側は、大精霊コウリュウ様への証人尋問を請求します!」


 今度はラビが、吠えた。

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