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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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偏愛裁判【案件6】

 フェレトリウスの命運は、風前の灯火だった。


 彼を追い詰めているのは、ラビと呼ばれる、兎耳の可愛らしい少女だった。

 可憐な唇から紡がれる言葉が、フェレトリウスを追い詰める。


「フェレトリウス()殿()()。もう一度訪ねます。貴方の真意は、どこにありましたか?」

「……わ、私は……」


 言葉に詰まったフェレトリウスは、濃茶色の髪を揺らし端正な顔を苦悶に歪ませる。

 まだ少年の面影を残す若き王は、周囲に視線をさまよわせる。だが、彼の味方は何処にも見当たらない。



 彼がこの法廷に足を踏み入れた時には、破滅の予兆は微塵もなかった。後ろに銀髪の女性を従えて歩く姿は颯爽としたものであったし、証言台で高らかに名乗りを上げる様は威風堂々としていた。


「ルシタニア王フェレトリウスだ。天界の主神にして帝国の大公爵、万物の守護者たるコウリュウ神の召喚に応じて馳せ参じたものである」


 凛とした声。そして美男と断言できる整った顔立ちに、誰もが目を奪われる。

 彼が立っているのは、ただの法廷ではない。神々の法廷だ。にもかかわらず、自信に満ちた振る舞いを見せる為人は、まさに王。


 証言台の正面には裁判長席があり、漆黒の神獣が叡知を湛えた視線をフェレトリウスに向けている。フェレトリウスには、ヘッジスやブタゴラスの名で世界に知られる幾何神だろうと分かった。


 左を見れば訴追者の席だ。

 峻烈な瞳の犬のかたちをした超越者がいる。恐らく罪人を監視し時には裁きを与える、冥界の魔犬だろうと見当がついた。


 傍聴の席にも、数多の神や魔物が溢れていた。

 人の姿をしながら、頭部に禍々しい角を持つ異形。見上げるような巨体の女神。獅子の顔を持つ魔物。

 その一人ひとりが、偉大な神であり魔物もあると、フェレトリウスは肌で感じられる。

 しかしこの若き王は、物おじする気配も見せず、傲然と胸を張った。


 それもそのはずだ。

 彼は、大陸西方に位置する大国、ルシタニア王国の支配者である。戦場に立った回数は一度や二度ではない。外交の場では、火花を散らす交渉を乗り越え国益を守ってきた。若いといえど、王として多くの修羅場を潜り抜けてきたのである。

 熾烈な経験を経たフェレトリウスの精神と智恵は、最早超人的ともいえる域に至っている。


 しかし今、そのフェレトリウスをして、魂を芯から震撼させられているのだ。

 彼の命運は、風前の灯火だった。


 かつて父王が隣国に敗れ亡国の危機に陥ったときでさえ、ここまでの窮地は無かった。

 余人であれば立っているだけで魂がかき消されるほどの究極の法廷で、答えに詰まる。それだけでも空恐ろしい現実だが、ラビの追求は止まらない。


「隠さず、欺かず、ありのままをお話しください。本件……ルシタニア王国における聖女の儀に関するもので、本法廷では案件6と呼称する件について、不正があったとの疑いをかけられています。これを晴らすには、真相を詳らかにする必要があるのです」


「真相もなにも……隠し事など何も……」


「いいえ、フェレトリウス王殿下。本件における聖女の儀と、それ以前の聖女の儀では違う箇所があるはずです」


 明快に断言するラビの視線を受け、フェレトリウスは下を向く。

 まだ、大丈夫だ。自分自身のあさましい欲望に基づく不正が、露見したわけではないはずだ。まだ、逃げ切れる。

 必死に精神を立て直すフェレトリウスに向けて、ラビの問いが飛ぶ。


「そもそもルシタニア王国における聖女の儀とは、国の柱とも言われる聖女を選出するため、大精霊コウリュウ様に祈願する儀式である。この点に間違いないですね?」


「無論だ。古くから伝わる、変わらない式典だ。ルシタニア王国にとって、聖女という存在は極めて大きい。王とともに国を支える柱の一つである。だからこそ主神コウリュウの御力を賜り、聖女を選び出すこととされていた」


「なるほど。国の重要事項を大精霊コウリュウ様の加護によってつつがなく進めようという考えは素晴らしいですね。ですが案件6に係る儀式においては、古来からのあり方と違う点があると考えているのですが、いかがでしょうか?」


 ここだ。

 ここで間違えてはならない。

 フェレトリウスは、内心で冷や汗をかきながらも表情一つ変えずに応じた。


「確かに政治情勢の要請から、いくつかの点で工夫を加えることとなった。当時としては、可能な限りの対応を心掛け、成功裏に儀式を終えたものだと自負している」


「具体的にお願いします。どういった事情で、何を、どう変えたのか」


 フェレトリウスの声が震えそうになるが、強靭な精神力で抑え込む。


「大きく変えたのは一点だ。聖女候補を通例二人であるところ、一人を増やし三人とした。当時は隣国ヒス王国の影響が強く、ヒス王国出身の者を候補に追加する必要が生じたのだ」


「従前との相違点は、その一点のみですか?」


「人数が伝統とは異なるため、細部を少しづつ調整をして儀式を行うこととなった。だが儀式に変更点として挙げられるのは、基本的には人数の変更のみである」


「嘘、でございますね」


 ラビの視線が、フェレトリウスを射抜く。


「本件儀式において、従前の儀式との相違点はもう一つあります。それは、祈りです」


 フェレトリウスは、沈黙した。

 彼の不正が暴かれようとしてる。


 事実、彼は聖女の儀を利用して、自己の欲望を満たした。王国全体のために存在する神聖にして伝統ある儀式を使って、利己的な願望を実現したのだ。その全てが暴露されてしまえば、フェレトリウスはお終いだ。


 だがラビの追及は止まらない。


「その場には、聖女候補の三人以外にも女性がいらっしゃいましたね?」


「な、何を……」


「本件儀式では、従前の儀式と違う祈りが捧げられております。その内容とは“聖女に相応しい者を選ぶ”という祈りではなく、“銀人ユノを聖女としてみせよ”という祈りだったのです」


「そ、それは……」


「弁解は不要とお考え下さい。殿下の祈りの内容は、確かに記録されております」


 ラビが案件6にかかる書類を提示すると、フェレトリウスは視線を下に落としたまま黙ることしかできなかった。


「そして私が本当に尋ねたいのは、次の質問です。つまり、何故、銀人ユノを聖女に求めたのか、です」


「ん、確かにその点は明らかにしておかねばなりませんな」

 ヘッジス裁判長が蹄で豚鼻をこする。


「……も、もちろん理由はある。当時は隣国ヒス王国からの圧力が強まるなか、ルシタニアを上げて国力を上げていかねばならなかった。(しか)るに……」


 一応の答えを返せることに安堵したフェレトリウスは、早口で捲し立てるように言葉を紡いだ。


「然るに、聖女候補として挙げられた二人は、必ずしも適格とは言い難かったのだ。一人はアンドロメダという知識と芸術的素養に富んだ女性だった。だが国内有数の貴族の家柄から、自らの勢力を拡大することに余念がない。もう一人のカシオペアは、軍人出身でやはり派閥意識が強い。どちらかが聖女になれば、必ずその地位を濫用するだろう。当然のことながら、追加された三人目であるヒス王国人を選ぶこともできない。つまり私には……」


「銀人ユノを選ぶ以外の選択肢がなかったからと?」


 ラビが続きを引き取ると、フェレトリウスはそのとおりと頷く。そんな若き王をじっと見つめながら、ラビはウサギ鼻をひくりと動かした。


「さて、少し話しは変わりますが、聖女とはどのような役なのでしょうか?」


「それは……先程も説明したとおり、国の柱として、神々の言葉を民を導き……」


「その点については、結構です。それ以外に、何か証言していないことはありませんか? そう、例えば、共に国の柱となる王と聖女は、どのような関係になりますか?」


「そ、それは、特に法の定めるところではない……が……」


「法の定めがなくとも、慣例で取り扱いが定まっていませんか? 伝統的にこうであるとされていることは、ありませんか?」


 ついに来た。

 フェレトリウスは、戦慄した。しかし答えないわけにもいかない。


「あくまで一般論として語るが……聖女は、王の妃となることが多い。もちろん全てというわけではない」


「なるほど。ではその回答を踏まえて、再度先ほどの質問をします。なぜ彼女なのですか? 銀人ユノを聖女とし、殿下の妃とすべきと判断した理由を、教えていただけますか?」


 もうお終いだ。

 フェレトリウスは、全てを諦めた。

 彼の心の最も私的な部分が蹂躙されようとしている。だが、この場で最早嘘も韜晦も許されない。告白しなければならない。


「…………それは、私が、か、彼女のことを……す、す、好いていたから……だ」


「良く聞こえません。もう一度、大きな声で、はっきりとお願いします」

「私、ルシタニア王フェレトリウスは、ユノを好いていた……っ! だから聖女の儀を利用して彼女を聖女とし、王妃に迎えようと」


「その結果、今はどうですか?」

「幸せだ」

「申請者の望みが叶い、現在は幸せである。本件に不正が存在しないことの証明になりますよね、裁判長」


 ラビの確認に、裁判長は気軽に頷く。


「ん、そうですな。本件に不正はなかったと判断いたしますぞ。……ですが、それはそれとして、そちらの女性の表情……は問題ないですかな?」


 裁判長の言葉に、フェレトリウスの頬を嫌な汗が伝う。

 果たして自分の背後で、ユノはどんな顔をしているのか。恐ろしくて見ることができない。


 フェレトリウスの胸の内が語られ、聖女の儀にまつわる一切の悪事が明らかになったのだ。

 王たるものが色にかまけていた。聖女の儀にかこつけて、煩悩を満たしていた。それが知られてしまった以上、ユノに軽蔑されてもおかしくはない。


 一生懸命色々と話をし、最近では無防備な笑みを見ることができるようになっていた。その笑顔も失うのか。白磁のような白い頬を無表情に変えて、こちらを見るのだろうか。

 あの透き通るような銀色の目が、無感情に自分を見つめる様を想像し、恐怖すら覚える。


 そんなことになってしまったら、耐えられない。

  恐る恐る振り返った。フェレトリウスの目には、すっかり赤面した愛妻が映っていた。


 この日から十月十日後に、二人は長子アレウスに恵まれる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] めずらしく普通のハッピーエンドでしたね! よかったよかった!
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