恋愛裁判【案件5】
「はてさて、次なる案件こそは被告人の有罪を明確にするであろう。案件5と呼ぼう、呼ばせていただこう」
毎度のこととなっているワン監査官の大言壮語に、法廷は、ややもすると弛緩した空気を漂わせている。だが気づかないのか気にしていないのか、ワン監査官は得意気に舌を回す。
「本件は極めて不可思議である、異常である。申請者の願った内容と、実際に下された奇跡の齟齬が著しい、全く違うといっても過言ではない。明らかな不正の影が見えている、明白なのだ」
「ん、詳しくお願いできますかな」
「申請者は、ある人物の殺害を願っている。だが、もたらされた結果は、その内心を殺害対象に暴露するというものだったのだ。これは裏切りである、言語道断なのである!」
「ん、確かにそれが事実であれば、大精霊コウリュウ様の名誉と信用を失墜する悪行といえますな」
珍しくヘッジスが身を乗り出す。
それもそのはずで、大精霊コウリュウの信仰が失墜するような行為は、精霊府内では禁忌として認識されている。
それを権能執行課の業務として行ったのであれば、禁忌中の禁忌を犯したと言える。
万が一にもこの行為が真実であるならば、歴史に名を残す裏切者として即座に処刑されるはずだ。
「そうだ、そうなのだ。全くの悪事であり、大精霊コウリュウ様の威信に瑕疵を与える重大事であり、その咎は厳に断罪されるべきである。ひいては、被告人のみならず、当時決裁を行った係長及び権能執行課長の責任も追求されるべきである、断罪されるべきなのである!」
「まあ、落ち着いてくだされ。さて、弁護側に尋ねますが、申請者の内心の暴露があったということですが、これは事実ですかな?」
吠えるワン監査官を制して、ヘッジスが弁護人席のラビを見る。ヘッジスだけでなく法廷中が注視しているのを、ラビは体中に突き刺さる視線で感じている。
かつてない圧力の中、ラビは簡潔に答えた。
「事実です」
ラビの答えに、俄に法廷が熱を帯びる。
「それ見たことか、有罪だ、処刑だ!」
ワン監査官が尻尾を振りたくってはしゃぎ回る。
騒然とする法廷を切り裂いて、ラビが机を叩き声を張り上げる。
「事実ですが、監査官は都合の良い取り上げ方をしています! 本件の事実関係を精査すれば、正当な権能の執行が行われているといえます! 申請者の内心の意思は、殺害を望んでいなかったのです!」
「ん、では説明をお願いできますかな?」
「もちろんです! 本件の申請者と対象者は、幼いころから馴染みがある二人です。本件申請のきっかけは、その二人の会話にあります」
ラビが抗弁を始めるも、意地悪い笑みを浮かべたワン監査官が、机を叩いて異議を唱える。
「深い交流があるほど、殺意が芽生えやすいのが人間だ、そう生き物なのだ。知己の者同士の殺人事件では、その全てにおいて会話をした事実があるのだ、会話こそが殺意と言えるのだ」
「か……監査官は変な発言をしないでください! 会話の内容は、恋愛についてです。対象者である男性は二人の異性から好意を向けられており、対象者と古くから友人であった申請者は、そのどちらと交際をするのかを問いただしています」
「痴情のもつれがあったということなのだ、殺害の意図は明白であるのだ。嫉妬の心は倫理のくびきを容易く破壊する。その会話だけで殺意の、いや殺害の証拠と言える、いや最早物証と言っても差し支えはない!」
監査官の奇妙な言いがかりに被告人席から「会話が物証とかワギャンランドかよ」などと聞こえてくるが、ラビは懸命に机を叩く。
「差し支えありです! 確かに申請者は強い嫉妬の念を覚えていたようです。しかしそれは、対象者に向けられたではありません。対象者と順調に仲を深める二人の女性に向けられたものです!」
ラビの断言に、ワン監査官は不思議そうに尻尾を振る。
「友人男性に近づく女を妬ましく見ると? 男色か、衆道なのか? 非生産的なのか?」
「いえ、申請者は女性です。幼馴染みである対象者が、あまりに鈍感なため、その胸に秘めた想いを伝えられなかった……だからこそ、嫉妬の気持ちが芽生え、また対象者への憤りも生まれたのです。つまり、本件申請の真意は、申請者であるいたいけな乙女の恋心にあるのです!」
ラビが明快に断言すると、法廷は静まり返った。その静寂を破ったのは、胡乱気な目付きのワン監査官だ。
「疑問がある、疑義があるのだ。それは、弁護人の資質である。はたして弁護人には、この法廷で恋心を語るほどに恋愛に対する造詣が深いのか、詳しいのか? 甚だあやしいのである」
これには、ヘッジス裁判長も思わず頷く。
「ん、確かにそのとおりですな。ラビは、お父さんと結婚すると言って憚らないほどに可愛らしい娘です。色恋を語るにはまだ……」
「異議ありっ! お父さんは勝手なことを言わないで! こう見えても私だって……」
「ま、まさかラビ……もしかして、お父さんに内緒でお付き合いしている人が……」
「いると言ったら、どうなのよ?」
「死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪有罪教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育!!!!!!!!!!!」
槌を乱打して狂態をさらすヘッジスの姿は、まさに嫉妬に狂ったようであった。
弁護人席のミュラが、おもむろにヘッジスの頬を二度三度と殴り付けると、ようやく狂乱が終わった。
「わ、私の恋愛経験にいちゃもんを付けますけれどもっ、監査官はどうなんですか? 好きな人と付き合ったりとか、ちゃんとした経験があるんですか?」
「よく分からんことを言う。盛りのついた雌雄がいるのなら、あとはまぐわうだけだろう」
ワン監査官の堂々たる自白が、法廷に沈黙をもたらす。
「ん、本件の審理は以上としましょう」
ヘッジスの言葉に、誰もが頷く。
空しく槌の音が響いた。




