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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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超速閃空地獄極楽裁判【案件4】

「……続いての案件に移る、移らせていただくのだ!」


 ワン監査官が、鼻の縫い目を舐めながら唸った。


 縦に両断されながらも、雑に縫い合わせただけで法廷に戻ってきたのだ。カラフルな太い糸でジグザグに縫っているので、まるでぬいぐるみのような姿になっている。

 その行動一つ取ってみても、今回の裁判への意気込みと執念が見える。


 鬼気迫るワン監査官の様子に、ラビは兎耳の毛が逆立つのを感じる。


「ん、色々と大丈夫ですかな?」

「大丈夫じゃない、大事(おおごと)だ! 3つしかない命の1つを失った、一度死んだのだ! かくなるうえは、有罪を勝ち取って被告人の命を奪うのだ、頂くのだ!」


 ヘッジス裁判長の気遣いに、ワン監査官が吠える。


「次なる案件だ、案件4なのだ! “指をパチリと鳴らして炎の魔法を使いたい”と切に願った少年の件だ」

「ん、指をパチリで炎魔法を……ですかな?」

 怪訝そうに眉を寄せる。


 ラビも内心で首をかしげていた。

 大精霊コウリュウとの契約によって、自身に奇跡を行使する権限を求める者は多い。

 他を圧するために、そして自分の意を通すために、強大な力を求めるのだ。


 だがこの件には、どうにもそういった先例が当てはまらない気がする。


 大抵の人間や精霊、神などであれば、指をパチリなどという不可思議な発動条件を設定しなければ、炎系統の魔法や魔術などは容易に発現できる。

 神や悪魔と交渉を持ち、魔術の助けにできるほどの実力者であれば、なおのことだ。


 確かに指先一つで魔法を使うとなれば、高度な術式設定や強大な権能が必要になる。だが、それにしても大精霊コウリュウに祈るにしては、小さすぎる望みだと言える。

 ラビですら気付いたその違和感を、ワン監査官は的確に指摘する。


「祈りの内容がおかしい、奇妙に過ぎるのだ。そして権能執行の条件として設定された内容も奇妙奇天烈、摩訶不思議なのだ」

「ん、具体的にはどのような内容ですかな?」


「当該申請者には“指をパチリと鳴らすことで炎の魔法を行使できる”という権能が付与された、与えられたのだ。その代償として三つの条件が設定された。まず一つ目は、大精霊コウリュウを象った竜の紋様を右手に宿すことである」

「ん、それはまあ、そこまでおかしくはないですな」


 コウリュウ信仰を拡大するために神像や神殿が作られることも珍しいことではない。その姿を象った紋様を求めるなど、ごく普通のことだ。


「だが次からがおかしい、不自然なのだ。二つ目は、その紋様を見られないよう、特殊な結び方をした包帯を右腕に巻くことなのだ」

「ん、つまりコウリュウの紋様を包帯で隠すということですかな?」


 これにはラビも「んん?」と唸った。

 大精霊コウリュウの信仰を拡大するのであれば、広く衆目にさらす方が良いと思える。

 それをあえて隠す利点が見つからない。


「確かに、奇妙ですね……」


 ラビが思わず呟くと、ワン監査官は鬼の首でも獲ったかのように吠えたてる。


「そうであろう、そうであろう。さらにおかしな点がある、三つ目の条件だ。付与された炎魔法の権能は、暴走する可能性があるというものだ」


「ん、ぼ、暴走……ですかな?」

 ヘッジス裁判長が珍しく戸惑ったような声を上げる。


「これを抑えるには、空いた手で竜の紋様を押さえ、祝詞を唱える必要があるというものだ。実に妙だ、面妖な条件設定なのだ。間違いなく不正が隠されている、悪事に違いないのだ」


 ワン監査官の暴露に、傍聴席がざわめきに包まれる。この奇妙な条件設定に、当惑している声が多い。

 ラビとしても「なんでぇ?」と言いたい気分だ。わざわざ意図的に事故の原因を設定するとは、まともとは言い難い。


「あの、ミュラさん、これって確かにおかしいですよね。どういうことでしょうか?」


 こっそりと隣に囁くと、珍しいことにミュラも戸惑っている様子だ。こめかみに手を当てて首をかしげている。そして、やれやれという風に首を振ると挙手をした。


「やれやれ、全く困ったものだね、この案件は。さて異議を申し立てる前に一つ確認させてもらおうか。暴走を抑えるための祝詞とは、どのようなものかな?」

「手元の資料によると“鎮まれ、俺の右腕”となっている、そう書かれているのだ」


 ワン監査官の回答に「なるほど」と頷いたミュラは、頭痛をこらえるように指先をこめかみへ当てながら口を開く。


「何の問題も無いことなんだよ、この案件は。つまりこの三つの条件こそ、当該申請者にとって極めて意義深い要素であるということさ」

「異議がある、異論があるのだ。こんな非効率、非効果的な条件があってたまるか! ナンセンスだ、全く荒唐無稽なのだ」


 鼻息荒くワン監査官が噛みつくも、ミュラはさらりと首を振る。


「人というものを知らないようだね、監査官は。効果・効率を求めた先の機能美に感じ入る者も当然にいるが……そうではない冗長性にこそ浪漫を感じるものなのさ、特に男の子はね」

「ロマン?????」


 心底ポカンとした顔のワン監査官だが、ヘッジス裁判長はうんうんと頷いている。

 ラビとしては、文化が違い過ぎて分からない。何で竜の紋様とか包帯とか力の暴走が魅力的に見えるんだろう。そんな胸の内を汲んだのか、ミュラはさらに言葉を続ける。


「ひとつ昔話をしよう。私がまだ定命の者(にんげん)だったころ、年頃の男達に耳飾りが流行ってね」

「ん、耳飾りですか?」


「そう、耳飾り。耳に穴を開けて、木彫りや陶製の飾りを着けるのさ。最初は彫刻や取り付ける彫刻に凝っていたんだけどね、そのうちに競うようになったのさ、大きさを。耳が千切れんばかりに大きな飾りをつけるために、大穴を開けるんだ」


「うっひゃー、痛そうですね、それ」

 ラビが思わず長い耳を手で押さえる。


「そう、イタいんだよ。いい大人になって耳飾りなんてどうでもよくなったとしても、残るのさ、跡が。周りからは後ろ指刺され、自分の家族や子供からも冷たい目で見られる。でも、年頃の男の子たちはそんな大人を見ているはずなのに、耳飾りを止められない。自分の中の満足や格好良いとかを追及することを第三世界では“中二病”というらしいが、これはもう文化といえる。人間賛歌さ」


「中二病は人間讃歌……????」

 ミュラの弁舌に、被告人が驚いたように呟いている。


 ラビにはその驚きは理解できなかったが、それでも「チュウニビョウ」というものが、人の営みのなかに根付いた根元的な欲求の昇華であると感じ取れた。


 効果や効率といった理屈ではない。

 神への信仰にも近い、心の充足のための行為なのだ。であるならば、不合理な条件にも納得がいく。


 ラビとしては得心がいったのだが、いまだ諦めないワン監査官が粘り強く机を叩く。


「異議があるのだ、反論をするのだ! 弁護側は筋のとおった説明をしているつもりであろうが、本件依頼人がチュウニビョウなる症状に該当するかは不明である、想像に過ぎんのである。このような不可解な条件に困惑し当惑している可能性もあるのである!」


「じゃあ見てみるかい、当人の様子を」

 ミュラが右手をひらりと振ると、とある街の様子が描き出されていく。





 第三東京市の夜は、喧騒の坩堝だ。

 ひしめく雑居ビル、煌めくネオン。煽情的な服装で街を闊歩する女性に、それを追う酔ったビジネスマン。

 夜通し嬌声と音楽が響き渡る。


 そんな第三東京市のなかでも、反社会的勢力が多く根を張る第一黄金街は、治安の不安定さでは群を抜く。車道も歩道も無く人が歩き、キャッチやティッシュ配りが客を捕まえようと必死に人の波に食いついている。

 喧騒の中には、徒党を組んで徘徊するストリートギャングや、ドラッグをポケットに忍ばせる売人プッシャーも見かけるほどだ。

 とはいえ、この街にとってはいつもの光景だ。

 

 しかし見る者が見れば、街の雰囲気がわずかに張り詰めていいることに気付く。

 いつもならあちこちで見かける浮浪者が、一人もいない。大手がバックにいる店は、キャッチを帰らせている。極めつけには、大通りの区画ごとにスーツの男がさり気なく立っている。


 その原因たる黒塗りの高級車が、第一黄金街のメインストリートに現れた。

 街行く人を押しのけるように我が物顔でゆっくりと進むと、ひと際高いビルの前で停まった。するとすぐに五人の男達がボディーガードのように駆け寄って壁を作る。


 仰々しい出迎えの中、車を降りたのは真っ白いスーツを一分の隙も無く着こなした男だった。

 誰の目にも、一目で危険人物だと分かる。


 だが、物陰から様子を伺っていた緋天ひてん黒終くろおは、男を見ると安心したように微笑み、歩み寄っていく。


 すぐにボディーガードが黒終くろおを見つけ、声を上げる。

「近寄るな、小僧」


 突然現れた黒ずくめの高校生を見て、最大級の警戒をしている。

 黒終は内心で、ボディーガードの質は低くないなと算段をつける。

 そして、その場で足を止めると、挑発的に笑って見せた。


「そんな後ろに隠れて、随分臆病じゃないか。大陸系マフィア赤怒羅金レッドドラゴンの頭領、ジャック・李さん?」


 その言葉が引き金になった。

 男たちが即座に上着を跳ね上げ、拳銃を取り出す。

 しかしその銃口が黒終に向くことは無かった。


 黒終がパチリと指を鳴らすと、突然五つの火柱が上がり、ボディーガード達を吹き飛ばした。


 ゴウという音と共に熱風が走り、街行く人が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 だが李は、わずかに笑みを浮かべたまま、眉一つ動かさない。


「驚くべきスキルだな、少年。それほどの卓越した手並み……東日本政府の公安局にその人ありと言われた“紅輝の魔法理士”か?」


「正解。紅輝の魔法理士にして世界一の掃除屋スイーパーさ」

 言いながら、パチリと指を鳴らす。


 豪炎が季を包む。

 が、すぐに霧散する。


「いい腕だ、少年。だが、まだまだ」

 李が印を組みながら五芒星を打ち、土気で受け木気へと受け流していく。

 流麗な打印打刻は、練達の魔法理士であることの証だ。


「さすが武闘派マフィアのトップだね。俺も本気を出すよ」

 言いながら黒終が右手の包帯を解くと、そこに現れたのは黒竜の紋様だ。

 その右腕にまとわりつくように、紅の輝きを放つ黒炎が立ち上る。


審判ジャッジメントの時だ」

 炎を纏った右腕を李に向けて、パチリと指を鳴らす。

 ドンッという衝撃と共に、漆黒の炎が李を襲う。


「舐めるなあ、小僧!」

 李が懐から霊符を取り出し、桔梗五芒星印から格子印を組む。


「セーマンドーマンを使うのか。やるじゃないか、ジャック・李。だけど、まだまだだね」

 当てつけのように先ほどの李の言葉で挑発すると、丙から丁へと印を繋ぎさらに炎を強める。


「ぐああ!」

 数秒ともたずに李が崩れ落ちる。

 しかし爆炎にさらされたはずの李には、焦げ跡一つ付いていない。


「生け捕りっていう依頼だからな。手下ともども公安局に引き渡しだ」

 李を踏み付けた黒終は、左手と口を使って、器用に包帯を繰って右腕を隠す。

 そんな黒終の下に駆け寄る人影があった。


「大丈夫だった、黒終?」

「何の問題もないよ、灯壬瑚ひみこ。そっちはどうだ?」


「情報のとおりだったわ。ビルの中には国会議員さんがいた。持ってた鞄には札束がどっさり。あとで公安に根掘り葉掘り聞かれるでしょうね」

「そうだな、捜査や裏取りはお役人に頑張ってもらうとしよう。こいつを倒したところで、俺の仕事はお終いだ」


「相変わらずすごいね、黒終は。ジャック・李といえば東洋一の陰陽魔法理士でしょ? 本気を出したら東京市ごと廃墟になってもおかしくないんじゃないかしら」

「俺がいるんだ、そうはならないさ」


「相変わらずね。でも、本当にそのとおり。でも無理しないでね、黒終」

 灯壬瑚が呆れながらも心配そうに黒終を見る。


「あの程度の敵、何の問題も無いさ……っう?!」

 突然、右腕を押さえた黒終に、灯壬瑚が急いで駆け寄る。

「どうしたの? 大丈夫?!」

「く……。いや、何でもない」

 その表情は、実に満ち足りた笑顔だった。





「ん、本件は不可解な点なしとして良いと判断しますぞ。これを深堀するのは、あまりに……あまりに無慈悲。しかしながら権能執行の内容は全く適切といえますな。被告人の処理は実に適切であったと判断します」


 ヘッジスが槌を叩くと、カンという音が空しく法廷に響いた。


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