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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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超法規的裁判【案件3】

 コウリュウ精霊府の第四号法廷がざわめいていた。

 その原因は、ワン監査官が呼び出した証人にある。


 法廷に現れたのは、楚々として凛とした袴の女性だった。

 腰に佩いた和刀こそ厳めしいが、明るい色の袴に革ブーツが佳く映える。


 コウリュウ精霊府水権能局権能執行課第二係長たる健乃水刀媛タケノミカタナヒメだ。コウリュウ精霊府の管理職が、それも権能執行課に属するものが現れたのだ。


 同じコウリュウ精霊府で働くものといえど、昼行燈として知られるヤギや休職中のマオとは違う。

 第一線で活躍する主神級なのだ。ピリピリとした空気が流れる。


「次なる疑惑は案件3と呼ぶ。第四世界アキシオンの件だ、疑わしき件だ。証人は自らの身分や役職をかさに着ることなく、真摯に答えるのだぞ、謙虚に振る舞うのだぞ」


 ワン監査官が鼻を鳴らす。

 その傲慢な態度に、傍聴席がざわめく。だが証人は気さくに頷き、柔らかに笑う。


「あら、随分張り切ってなさるのね。こちらは構いませんよ、何でも存分にどうぞ」


 10人が10人振り返るというわけではないが、その顔立ちは整っている。背丈は低いが、美しい黒髪と人の良さが分かるまっすぐな瞳は、見る人を安心させ、知らず知らず好感を抱かせる。

 たった一度の言葉で、権能執行課の係長たる器が見えてくる。


「殊勝ではないか、控え目ではないか。それでは証人たる健乃水刀媛タケノミカタナヒメ、その罪を告白してもらおう、自白するのだ」


「ん、監査官は罪の有無を断定的に話しては……」


 ワン監査官が罪人扱いすると、すぐにヘッジス裁判長が掣肘するが、当人はからりとしたものだった。


「あら、構いませんよ。私も朝日さんも、何にも悪さをしていないのですからね。つまびらかにお話しさせていただきますとも」


 どんな悪意も敵意も、柳に風とニコニコしている。武闘派として鳴らすメリーアン派閥における筆頭武神とは思えぬ落ち着きだ。


「あの時のことは今もはっきりと覚えていますよ。血を吸う鬼が帝都出雲に出たものですから、陰陽寮が鐘を鳴らすほどの大騒ぎでした。そんな中で私のご学友も餌食になってしまいまして、大層、気を揉んだものです。最後には水天神様こと大精霊コウリュウ様の加護にあずかりまして、新たな眷族が出雲の地に生まれ出で……」


「それみたことか、やっぱりではないか。たかだか吸血鬼風情に、大精霊コウリュウの眷族までが必要になるものか、要らんのだ。しかるに……!」


 突っ込みどころを捉えて狂喜するワン監査官が、尻尾を上に向けて振り回している。


「しかるに本件事案では、眷族が生まれただけに留まらず、関係者が昇天し神の階へと足を踏み入れている! それも権能執行課の係長職まで登り詰めるとは! 明らかにコネだ、明らかなる不正だ、何たる悪事だ!」


 すかさずラビが机を叩く。


「待ってください! コネって……たまたま知り合いがいただけじゃないですか。それのどこがいけないんですか?!」


 コウリュウ精霊府の総務事務総局長であるヘッジスを父に持つラビとしては、黙っていられない。

 父に対する配慮から、ラビが謂われなく厚遇されることが頻繁にあった。


 加えて、彼女の母であるフランチェスカは、人の身でありながら、その類稀な剣の才能で大精霊コウリュウに召し抱えられ、半神となった英傑である。


 ラビの背後にこの二人を見ないものは少ない。

 そして、自分の力量に起因しない過剰な厚遇は、反発を招く。


 身近な人から見ると素直で勤勉なラビであったが、それでも両親の威光があるだろうと邪推して彼女を疎ましく思う者はいるもので、それなりに嫌な思いをしてきた。


 ただ知り合いがいるというだけで、何の証拠もなく暗い繋がりを想像されるのは耐えられない。

 そんなラビの想いなど鼻もかけないワン監査官が、意地悪く笑う。


「疑わしい、疑わしいのだぞ。息のかかったものを引き入れて、自らの勢力拡大をはかったのではないか? そうに違いない! 邪悪な考えだ、卑しいたくらみだ」


 その決めつけを打ち破ったのは、被告人席からこぼれた一言だった。


「いや、私より出世しとるやん」


 何気ない独り言だったが、法廷は沈黙に包まれた。

 納得と肯定の沈黙である。

 場の空気を代弁したのは、ヘッジス裁判長だ。


「ん、被告人の言葉はもっともですな。おっと、被告人は静粛に。当法廷では、被告人は許可なく発言することは許されておりませんぞ。とはいえ……」


 顎を掻きながら続ける。


「加えるならば、採用も配置も異動も昇任も、すべて人事局の采配ですからな。被告人には介入の余地はなさそうに思えますが、その点について監査官はどのようにお考えですかな」


「眷族だ、眷族の地位を笠に着て横暴を振るったに違いない」


 その決めつけを一蹴したのは、一匹のイタチのような小動物だった。


「オイラがわるさしたって? 随分なことを言うなあ」


 タケノミカタナの足元から踊り出した小さな影は、ちょこまかと証言台を登り、可愛らしい瞳で法廷を睥睨した。

 河童の妖怪にしてコウリュウの眷族であるカワタロウだ。イタチのような容姿はワン監査官より小さいが、その身分は埒外と言える。


「ん、証人でもない第三者は、発言を控え……」


「オイラに黙れっていうの? そいつは宜しくないよ。なんてったって、オイラはコウリュウの眷族だ」


 この一言で、法廷を黙らせた。


 コウリュウの眷族であるという事実は、それほどに重い。コウリュウ精霊府という枠を越えて、直接に大精霊コウリュウと結び付いているのだ。

 たとえ局長級の職にあるヘッジスであっても、蔑ろに出来ない。


「そもそも大精霊コウリュウは、全十三世界の大半を作り給うた存在であり、森羅万象を司る。言ってみれば、お前たちも大精霊コウリュウの被造物であり、大精霊コウリュウと僅かなりとも繋がりがあるってことさ。じゃあそんなお前らと眷族であるオイラの違いってなんだろうね?」


 もったいつけるように言葉を切って、法廷を見回す。


「つまり、眷族たるオイラは、コウリュウと繋がっているなんてモンじゃない。コウリュウと同一でもあるということさ。数多の顔と姿を持つコウリュウの一部であるといえるのさ」


 揶揄するような目で監査官席を一瞥すると、威圧するように声を低くした。


「そして、そこにいる犬っころは、そんなオイラに喧嘩を吹っ掛けようとしてるってことでいいのかい?」


 カワタロウの言葉が指し示すところを理解したワン監査官は、視線を目まぐるしく動かし、舌を垂らして息を荒らげる。


「いや、いや、違うのだ、誤解があると言えるのだ。監査官の立場として、本件の議論の本旨は、意図するところは……」


 カワタロウは、ワン監査官の言い分になど耳を傾ける積もりはないと言わんばかりに、鼻をならす。

 

「お前がやろうとしていることは、オイラを悪し様に扱うってことだろう? もしかしてお前、コウリュウを侮ってやいないかい?」


 ここまで言われて、ワン監査官は尻尾を丸めてしゃがみこんだ。


「ほ、本件の……案件3における追及は止める、これで終わりに……」


 白旗を揚げようとするワン監査官だったが、それを遮るように発言をしたものがいる。

 タケノミカタナだ。


「あら、止しなさいよ、カワタロウ。脅すなんて、不良のすることよ」

 タケノミカタナがカワタロウの鼻をつんとつつく。


「ん、そうですな。脅したり脅かされたりというのは、控えていただけると助かるのでありますな」


 流石のヘッジスも額に汗を浮かべている。


「ええ、ええ、そうでしょうとも。脅すなんて、下の下ですからね」


 そう元気よく答えると、タケノミカタナは屈託のない足取りで前へ出て、和刀の鯉口を切る。

 そのままワン監査官を縦にスパンと両断した。


「やると決めたら、殺る。そういうものでしょう?」


 タケノミカタナは、優しく微笑みながら刀を鞘に納めた。

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