側転裁判【案件2】
「次の争点は第五世界フェルミオンの案件だ。追及するぞ、詮索していくぞ」
ワン監査官が、鼻息荒く机を叩く。
「イオス王国の王族及び王国民が、勇者の復活を祈った件だ、案件2と呼称するのだ。祈りを捧げた者が、被告人に対して極めて強い信仰心を有しておる。これは明らかに大精霊コウリュウ様の得るところを横取りしていると断言できる。さあ裁判長、有罪宣告を、処刑命令を!」
詰め寄るようなワン監査官の剣幕にも動じず、ヘッジス裁判長は「まあまあ」と片手をあげる。
「ん、この件に関して、監査官はどのように立証をしようとお考えですかな?」
「証人だ、証言だ。状況をよく知るものを呼んでいるぞ、呼び寄せているぞ」
ワン監査官が尻尾を振ると、それが合図であったかのように、証人が入廷する。
「マオ・ウーと申します。第10世界バルグリットの子爵級悪魔にして第2席次魔王、グラーク教導国の国主、並びに“魔族・雪族・月族・花族によるネバーランド条約に基づく四塔連合同盟”の総盟主を務めています。コウリュウ精霊府での所属は権能局水権能執行部権能執行課第三係ですが、現在は戦時休暇をいただいております」
そう言って一礼したのは、真面目そうな顔つきの女性だった。柔らかな微笑みとは裏腹に、全身を覆う金属鎧を身に着けている。
「戦時につき、このような格好で失礼します」
再度頭を下げると、マオ・ウーの鎧がガチャリと鳴る。
これに柳眉を逆立てたのはワン監査官だ。
「全く何たる無礼、不躾だ! 今すぐにそのみっともない格好を……」
最後まで言い切ることは無かった。
「黙りなさい、犬っころ!」
マオ・ウーが、証言台に拳を叩きつけて吼えた。
「こちらは一万二千年ぶりに始まった戦争で混乱している第10世界を離れて、わざわざ証人として出廷してあげているんです。文句を言うようなら、ぶちますよ?」
「キャウン?! 何と野蛮な、凶悪な! 証人は大人しく証言だけを……」
最後まで言い切ることは無かった。
マオ・ウーの投げつけた兜が、ワン監査官の鼻にぶつかり、そのままどこかへ飛んでいく。
「左遷されたのだから、いつまでも部長ヅラしないものよ、ワン公。ハルカが訴追されたと聞いて、こっちはただでさえ気が立っているの。あんまりうるさいと、躾けますよ?」
「クゥ~ン……」
ワン監査官が鼻を押さえ、目に涙を浮かべている。
「ん、とりあえず証人は証言をお願いできますかな? ワン監査官を亡き者にして裁判を終結させるのは、最後の手段にしてほしいでありますので」
「分かりました、あの駄犬の首を引っこ抜くのは後回しにしますね」
「ん、そうしてくだされ」
「ちょっと待て、待つのだ。最後だろうと何だろうと、引っこ抜かれるのは困るのだ、困るのだ!」
ワン監査官がキャンキャンと鳴き声を上げるが、誰も取り合わない。
ことさら無視するように、マオ・ウーが証言を始めた。
「証言といっても、特別話すことは無いんです。あの時は……第五世界フェルミオンからの救援依頼に応じて、神鏡を持って出張しました。確かに現地の王女様が額を地にこすりつけるように拝んでましたけど、大精霊コウリュウ様の奇跡を目の当たりにした人間の行動としては、特別珍しいことでは……」
マオが首をかしげるが、ワン監査官は鬼の首を取ったようにはしゃいだ。
「それ見たことか! 現地の王族を信者として、自らの信仰を確立しようとしたに違いない、間違いないのだ! 明らかに大精霊コウリュウへの信仰を搾取していると言える、言えるのだ!」
「ん、監査官はこう言っていますが、弁護人に反論はありますかな?」
ヘッジス裁判長の問いに、ラビは即座に反論した。
「異議ありです! 監査官の主張……それって、ただの感想ですよね? 証拠もなく言い張っているだけです」
「あるぞ、証拠はある! 現地を調査したところ、確かに被告人に対する信仰心が高まっている。神殿の建設さえ検討されているのだ」
「異議ありありです! 現地で被告人の知名度が高まったのは、ダンチョネ神殿へ出向して以後のことです。本件とは関係ありません。セーフです」
「なるほどなるほど、確かに被告人の名声が高まったのは出向後の様だな。その点は主張を取り下げよう、争わぬこととしよう」
(よく言うよ、上手くいけば主張を押し通したくせに!)
ラビの内心を感じ取ったわけではないだろうが、マオ・ウーがワン監査官を侮蔑の目で見る。
「あまり適当な主張でハルカを陥れようとするなら、我が国の軍勢62軍団7億6千万の兵を差し向けますよ?」
「クーン……。い、いや、他にも主張はあるのだ、終わりではないのだ!」
情けない声を出しそうになったワン監査官だが、鼻を舐めながら反撃に移った。
「先ほどから話題に上がっている現地の王女は、異常なほどの忠誠を被告人に捧げている。五体投地し、最上級の祝詞を捧げ、魂すら差し出す勢いなのだ。さらには被告人は、何度も何度も現地に降臨している。そしてそのたびに当該王女と面会している。実に、実にアヤシイ、怪しすぎる!」
「待ってください! 本件は落城寸前の王都を舞台にしたものです。時間的余裕がないため、現地出張は妥当な判断です。被告人及び証人が現地を訪れて神鏡を交付した行為は、職務遂行上やむを得なかったと言えます。この点は、疑いようのないものです!」
ラビが反論するも、その主張など歯牙にかけずにワン監査官は舌を動かし続ける。
「いや、被告人は休暇中も第五世界を訪れている、足を運んでいるのだ。これはアヤシイ! そして当該王女は真名さえ被告人に差し出している。その狂信者とさえ言える様子から、被告人が何らかの呪法を用いているのは、間違いないのだ、確定的に明らかなのだ。当該王女は、哀れな被害者なのだ。汚い、やはり被告人は汚い。被告人に対する怒りがマッハである、有頂天である!」
確かに真名を差し出すという行為は、珍しい
真名とは、その者の魂に刻み込まれた真実の名前である。真名を伝えるということは、自身の生殺与奪の全てを相手に預けるに等しい。たとえ親族であろうとも、伝えることはない。
一度会っただけの相手がそれほど狂信的な信仰を捧げているとなれば、何か説明が必要になる。
(どうしよう、何か説明しなくちゃ……! でも被告人が何かをしたわけではないだろうし……逆に王女が何かをされたのかしら? でもでも、何の証拠も無いし……)
焦るラビに助け舟を出したのは、やはりミュラだ。
「考え方を側転させるのさ、こういう時は」
「側転?」
「そう。真っ当に考えても駄目、逆に考えてみても駄目。ならば考えを別の方向へ飛ばしてみると良いかもね」
「別の方向……?」
被告人アサヒ・ハルカが何かをしたわけではないし、逆に何かをされたわけではない。となれば、現状が必然であるということになる。
そして、その原因は被告人以外のところにある。
ラビは考えながらも、無意識のうちに裁判資料を猛烈な速度で漁っていた。そして、一人の人物の記録に目を止めた。
被告人の被害者と目されていた、王女アルシノエの行動履歴だ。
「裁判長、弁護側は被告人の無実を立証する準備があります!」
突然の宣言に、法廷がざわめく。
だがラビには自信があった。これは、間違いない。恐ろしい事実を見つけてしまった。
「ん、では弁護人は説明をお願いしますぞ」
ヘッジス裁判官に促され、ラビはゆっくりと口を開いた。
「すべては、アルシノエ王女に起因すると考えます」
「ん、当該王女に原因が?」
「はい、正確にはアルシノエ王女が弟に対して抱く感情に起因するものと考えます。アルシノエ王女は、魔王討伐に出征する弟のことを心配するあまり、彼を宥めすかし、説得し、時には物理的に魔法的に拘束しました。国費を投入して、専用の牢屋も作り上げています。また、弟に好意を寄せる女性が現れた際には、その心臓に短剣を突き立てています。さらには弟との婚姻に向けた準備を独断で一方的に進めています。これは……」
「これは……?」
法廷中が固唾をのんでラビの言葉を待つ。
静寂を切り裂いて、ラビが結論を投げ込んだ。
「明らかに常軌を逸した、狂人といえます!!!!」
「……」
「…………」
「………………」
ワン監査官も、マオ・ウーも、傍聴人たちも誰一人として言葉を発することが出来なかった。
「常軌を逸した狂人が、一方的に被告人へ信仰を捧げているにすぎないのです。弟の復活という奇跡を運んでくるのであれば、それが被告人ではなかったとしても、真名を差し出し、五体投地で信仰を示したでしょう」
「ん、弟への偏執的な愛を抱いた狂人。それがアルシノエという少女である。これが弁護側の主張ですかな?」
「はい!」
ラビは爽やかに力強く頷いた。
こうして、イオス王国第一王女アルシノエは、居並ぶ神々の前で狂人として認定された。
☆
「へっち」
第五世界フェルミオン。
青い海と緑の森を背景に栄えるイオス王国の王都アレクサンドリア。
その王城のテラスで読書をしていたアルシノエは、ふいにくしゃみをした。
「あら、風に当たり過ぎたかしら。それとも誰かに噂でもされたのかしら」
そんな呟きを聞いていた弟のフィルが、普段にはない心配そうな顔で近寄ってくる。
「姉さま、大丈夫? 今のくしゃみ、何か強い神性を感じた……。悪いことじゃ無ければよいけど……」
「大丈夫よ、フィル」
アルシノエは不安など微塵も感じさせぬ笑顔を見せる。
「確かに悪魔マルシュアスは追放されたし、ミュラ、ダンチョネ、ハルカの三女神の加護があるけれど……何があるか分からないから……」
「大丈夫って言ったのは、そういうことじゃないわよ、フィル。私はあなたがいてくれるだけで、それだけで幸せなの。それだけで何もかもが大丈夫なのよ」
そう言って微笑むアルシノエは、何よりも美しい姿だった。
その姿と事績は聖典に記載され、数千年の後も狂人の象徴として人々の記憶に残り続けることになる。




