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休日

 空に浮かぶ二つの太陽。一つ目の太陽が中天にかかるころ、春風は第七世界ルクシオンに戻った。日本時間で、午前11時ごろだ。

 背中の登山用バッグが、ずっしりと肩に食い込んでいる。中にはノートパソコンとプリンターが詰め込まれている。

 前職で給与として現物支給された型遅れのポンコツだが、手書きで書類を作るこの世界では、強力な武器となってくれるだろう。しかし、この世界には電気が無い。どうやって電源を取ろうかと思案しながら大通りを歩いていると、声をかけられた。


「春風、こっちこっち」

 見れば、通りに面したカフェのオープンテラスにミナカが腰かけている。さわやかに微笑みながら手を振っている。

 同じテーブルには、10歳くらいの女の子が座っている。娘か妹だろうか。まさか恋人ではあるまいが、この世界は見た目と年齢が一致しない。日本の常識で判断出来ないのだ。


「時間があるなら、一緒にコーヒーでも飲まない?お昼がまだなら、この店のオニオンスープグラタンがお勧めだよ。もちろん奢るよ」

「ありがとうございます、ごちそうになります」


 おごりと聞いちゃ黙ってらんないね。

 素早く席に着き、店員にオニオンスープグラタンとホットサンドとナポリタンとパンケーキとシャインマスカットパフェを注文した。はじめて出会ったときから、ミナカに遠慮はしなくて良いと分かっている。遠慮したらかえって嫌がられるだろう。


「お昼御飯は食べていなかった? ちょうどよいところで声をかけたかな」

「はい、お昼にご飯は食べていないです」

 家系のこってりラーメン大盛を腹に入れたけど、お米のご飯は食べていないから嘘じゃない。虚偽の答弁はしておりません。


「このお店、マオからおススメされていたんですよ。ディナーはお高いお店なので、いつかランチに来ようと思っていたんですよ」

「それは良かった。食べ過ぎでお腹を壊さなければ、なお良しだけどね」

「大丈夫です、私の胃袋はアストラギウス製ですから」

「それならいいんだけど。僕以外の二人は初対面だよね。自己紹介を…」

 ミナカの言葉に、女の子が手を挙げて立ち上がった。


「みずちだよ。私のことは“ちゃん”付けしないで、呼び捨てにしてね。お父さんがいつもお世話になっています」

 娘さんだったのか。気合を入れて挨拶をせねばと、四十八ある自己紹介レパートリーのどれを披露しようか逡巡しているうちに、ミナカがそっけなく口を開いた。


「いや、本当の父親じゃないよ」

「お父さんみたいなものだよ。私は両親がいないし……色々とミナカに面倒見てもらってるの」

 何か訳ありなのかなと、言葉を選んでいるとミナカの補足が入った。

「嘘ではないけど、重要なことは話していないというか……彼女は、ちゃんと一人でやっていけるんだよ。春風と同じように、あそこで仕事をしているし」


 ミナカが指さす先には、精霊府の建物が見える。

 なるほどと春風はうなずいた。権能執行課長であるメリーアンのように、外見と中身にギャップがあってもおかしくは無い。地球の常識は通用しないのだ。


「大したことはしてないんだよ。ミナカみたいに何でもできるわけじゃないし」

 頬をぷくりとふくらまし、唇を突き出している。何とも可愛らしい仕草に、春風の頬が思わず緩む。

「あー、確かにミナカさんは何でも卒なくこなしちゃいそうだよね」


 話しているうちに、料理が運ばれてきた。

 オニオンスープグラタンは白磁の器で美味しそうに湯気を上げているし、ホットサンドには今すぐかぶりつきたくなるくらい良い焼き目が付いている。ナポリタンはケチャップがたぷたぷでウィンナーが入っているし、パンケーキとパフェには生クリームがたっぷりだ。

「おしいしそう! ねえ、春風。ちょっとだけ分けてー。おねがーい」

 料理を見るみずちの目が、キラキラと輝いている。

「もちろんいいよ」

 ミナカの奢りだけど……とは敢えて口に出すことはせず、みずちの皿に料理を取り分けた。


「この世界の料理は、春風の口に合いそうかい?」

「はい、日本と変わらない食べ物が沢山あるので、全然困って無いです。むしろ美味しすぎて今後体重で困りそうです。マオのお勧めのお店ってどこも美味しいんですよ」

「それは良かった。多分マオは、春風の口に合いそうなお店を選んで紹介しているんだよ。コウリュウ市は、多世界共生の街。食べ物だけでも様々なものがある。特に街の中央は精霊府があるから、美味しいお店が多いね」

「そうなんですか?」

「多くの異世界からそれなりの官位、神格、爵位を持つ者が訪れ滞在する……となれば、それなりの滞在施設や飲食店などが並ぶというわけさ」


「エライひとがいるとおいしいものを食べられるんだよねー」

 みずちが、にやーっと笑顔をこぼしている。

「反対に、街の中心部を外れるともう少し雑多になる。海水を混ぜた安ワインとか無発酵の硬いパンとか、春風に馴染みのない物を食べられるお店があるよ」

「あれはあれで、おいしいと思うよ」

 みずちが、ふふんと鼻を鳴らしている。

「それ、食べてみたいです。面白そうです」

 もちろん奢ってもらう腹積もりだ。

「そうだね、今度みんなで一緒に行ってみようか」

 そう答えるミナカの笑顔を、みずちが胡散臭そうな目でじとりと見ている。


「信じちゃダメだよ。ミナカの言う“今度”って、すっごい待たされるんだから。いっつも忙しい忙しいって言ってるんだもん。この間だって、急に予定が入ったって言って、約束を破ったんだから!」

 みずちが、ぷにぷにの頬をぷくりと膨らませ、下顎を突き出しながらミナカさんを睨んでいる。

「苦労してるんだね、みずち。やっぱりミナカさんって、ひどいんですね」

「……今日は時間があるから、皆で街を歩きがてら、食べ歩きでもしようか。街を案内するから春風も付き合ってくれるかな、夕食も奢るから」

「もちのロンです。でも、ちょっと大荷物があるので、これを置いてきてからでも良いですか?」

「それなら大丈夫だよ」

 足元に置いてあるドでかいバッグをちらりと見ると、ミナカさんは微笑んで見せた。


「私物のパソコンにプリンターか。職場に持っていくんだね」

「そうですけど……」

「それじゃあ、運んでもらおう」

 そういうと、大通りを歩いている台車を引いた子供に声をかけた。

「この荷物を精霊府の受付まで運んでくれないか。依頼人はミナカでね」

 そう言いながら、硬貨をいくつか渡している。


「これで、受付で僕の名前を言えば荷物を受け取れるよ」

「はー、便利ですね。こういう商売があるんですか?」

「そうだね。コウリュウ市の印章入りの台車を引いている子供は、みんな台車屋だよ。市内なら大体どこでも荷物を運んでくれる。市が孤児などに台車を貸与して、台車屋としての収入の途を与えているんだ」

「ひえー。便利な商売かと思ったら、福祉政策だったんですね」

「他にも、街灯の検査や各街区のボイラーの管理、水道管のメンテナンス…いろいろなところで孤児や寡夫、寡婦などが関わっているよ。この世界は日本より医療が進んでいないし、街のつくりや食、治安…いろいろな場面で危険が多いからね。自然とそういう社会が形成されていったのさ」


「ふーん、やっぱり戦争とかもあるんですか? モンスターが出没したりとかも?」

「いや、コウリュウ大公爵領は、戦争にはあまり縁が無いよ。それに第七世界には、もともと春風が想像するようなモンスターはいないんだ。そのあたりは、まだ説明していなかったね。この世界の説明もしながら、街を案内しよう」

 ミナカが立ち上がり、そのまま店を後にしようとした。

「あれ、支払いはいいんですか?」

 奢ってくれるんですよね?

「ここはツケがきくの。だからいいんだよー」

 なにやらみずちが、自慢げだ。

「へー」


 ミナカとみずちに案内されながら、市街地を歩いた。

 人通りは多いが、車道と歩道が分かれているので、危なげなく歩くことが出来る。

 道すがら、多くのことを教えてもらう。

「コウリュウ市は、このアクエリアス大陸でも、有数の大都市なんだ。アクエリアス大陸というのは、第七世界に存在する惑星ユリシーズに存在する大陸だ。第七世界には、他にも星はあるし、その中には文明が存在するものもある」

「ほうほう」

「様々な文明あるけど、この星の文化や文明は、とても地球に似ているね。この大陸の文化レベルは、大体が紀元前の地中海周辺くらいかな。ただし、コウリュウ市の中心部だけは、文明レベルがもう少し進んでいるね」


 市の北側に位置する山を源とする二本の川が、街を挟むように東と西を流れている。そのうちの一本が途中で向きを変え、街の南を東西に流れている。

 厳密にいえば、この三方を川に囲まれた部分がコウリュウ市である。人口は10万人ほどで、周囲を高さ20mの城壁に囲まれている。内部は一辺100mほどの四角い区画に分かれており、石やモルタル、セメント、コンクリートなどを主な建材として作られた建物が立ち並んでいる。窓枠や扉などは木や鉄が使われている。しっかりとした都市計画の下に作られた建物は整然と並んでおり、美しい。

 上水道と下水道が整備されており、食をはじめとする高い文化を誇っている。

 街の中央を南北に走る大通りがメインストリートだ。

 この通りを市街地の南端まで歩くと、高さ30mの城門がある。そして、広い道幅と同じサイズの橋へと道がつながっている。

 橋の土台は石造りで小動もしない。高さは20mほどで、橋脚の間を船が通ることもある。

 そして、川を渡ると雑多な建物が立ち並ぶ“川むこう”と呼ばれるエリアが現れる。コウリュウ市内に住むことはできない者たちが、自弁で作り上げた建物が立ち並ぶ。その面積は広大だ。東西南の“川むこう”では、100万人に迫る人々が暮らしている。


 コウリュウ市は、二つの顔を持つ。

 一つは、精霊府をもつ精霊指定都市としての顔である。市街地部分がこれにあたる。

 もう一つの顔が、第七世界における、帝国内でのコウリュウ大公爵領である。川むこうを含める場合は、こちらである。こちらを管轄するのは、コウリュウ精霊府ではなく、コウリュウ大公爵領行政府と呼ばれる、精霊としての権能を用いない組織である。


 市街地の南端に立つと、川むこうが良く見えた。

 三人で市街地の南端から川岸に下り、川と対岸を眺めた。

 水深は浅いながらも、幅の広い川が流れており、その向こうには形や大きさ、色、様式などが様々な建物が並んでいる。建物が所狭しと並んでいるにも関わらず、さらなる建築工事が行われている。石材が積み上げられ、多くの人足が木造クレーンを操作している。


「あれは、コウリュウ大公爵領行政府開発局の再開発だね。木造の建物が密集していると、火災の時などに危ないからね。建物間のスペースを確保しながら、石造りに建て替えているんだよ」

「へえー。確かに、人が多くて建物が入り組んでいると、何かあったときに大変そうですよね。それにしても、人が多いですね」

 川岸には、工事の人足以外にも、大勢の人がいる。川の中にも、川面を埋め尽くさんばかりに、多くの人がいる。

 腰まで川に入り祈りをささげている人や、川の水をすくっては体にかけている人など、様々だ。


「コウリュウはこの第七世界でも信仰の対象だからね。コウリュウ市の川で沐浴をすることで、その加護を得られると考えられているんだ」

「ほー。地球でいうガンジス川みたいな感じですかね。でも人がすっごく多いし、いろんな色の服の人がいるからカラフルな景色ですね。川の水はきれいですし」

「今日は沐浴許可日だね。普段は船の往来が優先されるから、こんなに大規模な沐浴は禁止されているんだよ」

 沐浴する人は、真剣な顔であったり笑顔を浮かべていたりと様々だ。

 ただ、その心は満ち足りているであろうことは、容易に想像できた。

 川から吹く風が、水と草木の芳しい薫りと、人々の華やいだ喧騒を運んでくる。

「たのしそうだよね。お祭りのときなんて、もっとにぎやかで、たのしそうなんだよ!」

「あ、確かに楽しそう」


 目の前の喧騒から、容易にお祭りの賑やかさが想像できる。

 工事現場では、二人の男が協力して、石材をのこぎりで切っている。掛け声代わりの歌声が、陽気に響いている。

 オリーブオイル屋の店先では、老人と子供が、油絞り器で楽し気にオリーブを絞っている。

 この街は合理的に作られているが、そこに住む人々は、どこか牧歌的で誰もが楽しそうだ。

 見ているだけで、春風は心が洗われるようだった。

「せっかくのパソコンとプリンターなので、発電機でも持ってきて使おうかと思っていたんですけど、こういう風景を見ていると、なんだかどうでもよくなっちゃいました。無理に機械やら電気やらで、この雰囲気を壊したくないですし」

 そんな言葉に、ミナカさんはさわやかな笑顔を浮かべてあっさりと言った。


「コンセントなら、あるよ。使う?」

「え? マジですか」

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