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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件D 勇者裁判④ ミュラの証言

 アサヒ・ハルカと名乗る弁護人が呼び寄せたのは、奇妙な風体の証人だった。


 その証人は、顔から足の先までを全身を包帯で覆っていた。口には細長く削ったミルラの香木を咥え、腰には黄金の壺をいくつもぶら下げている。


 そして証言台に立つ姿に、気負った様子はない。

 飄々としてガー法務官を見つめている。


 不快感に思わず舌打ちをしそうになるが、ぐっと堪えた。


 ガー法務官としては、気に入らない。

 聖神シュアスを信じるべきか、それとも勇者に正義があるのか……という世界の趨勢を左右する歴史的な事案を裁くこの法廷において、物怖じせずにいる証人の態度が、実に気に入らない。


 もっと緊張しているべきであるし、もっと必死であるべきだ。醜態を晒したとしても、冷笑しながら許してやるのに。


 だがそんな憎しみにも似た思いは、おくびにも出さない。この法廷では、どう足掻いてもこちらの手のひらの上からは逃れられないのだ。

 ならば大貴族たる自分は、絶対的な強者として、愚民どもを睥睨すべきなのである。


「証人は、姓名、所属並びに職業を述べよ」

 ガー法務官が尊大に呼び掛けると、証人は右手を左胸に添えて腰を折り、包帯の隙間から艶のある嗄れ声を発した。


「ミュラだよ、私の名は。所属は……生前はイオス王国だけど、今はコウリュウ精霊府かね。職業はお役人だよ、精霊指定都市のね」


 ガー法務官が、わざとらしく目を見開く。


「ミュラだって? 君は随分と贅沢な名前を持っているんだね?」


 ミュラといえば、古くから南方のイオス王国を中心に崇拝される偉大な女神の名前だ。五大王国でもよく知られている(いにしえ)の神の一柱でもある。


 聖神シュアス信仰においてさえも、神の末席に数えられることがある。

 ガー法務官が持ち出した“ミュラの天秤”も、女神ミュラの加護を受けた神器なのだ。


 イオス王国やロムレス王国を始め、多くの地域では、神の加護を得るため、神に因んだ名を付けることは少なくない。

 しかし神の名をそのまま使用するのは極めて珍しい。


 不遜な振る舞いが神の怒りに触れぬよう、例えば軍神マルスに因んでマルクスと名付けるなど、神名をそのまま用いる事はしないものなのだ。

 だというのに女神ミュラと同じ名を名乗った不遜な証人は、相変わらずの飄々とした態度でいる。


「私の名が贅沢? そこまで大仰な名ではないけれどね、私にとっては」

 法廷がざわめいた。

 証人の発言は、取りようによっては、神に対する侮辱とも解釈できる。


 だが、ガー法務官は、懐の広さを見せつけるように一つ頷いた。ここで糾弾しても良いが、折角の神器を遊ばせるのも勿体無い。


「まあ良いさ。ここは証人の名を追及する場ではないからね。さあ、キミの証言を許可しよう。ただし……」

 もったいつけて、少し間を置く。

 目の前の人物の生殺与奪の権を握ったときの、何物にも代えがたい快感が体を駆け抜ける。自分の言葉一つで相手の全てを壊すことが出来る。経験こそないが、性的絶頂すら生ぬるい愉悦だと確信している。


「発言の前にミュラの天秤を使うように。なに、簡単さ。証人の心臓を天秤の片方に載せるだけ。ほら、やってごらん!」

 無垢で純真な笑顔を見せるガー法務官に対する証人の態度も、屈託のないものだった。


「はいよ。これで良いかね」


 そう言って腰の黄金壺から、黒く干からびた塊を取り出して、天秤の片方に載せた。

 手のひらに収まりそうなほどの小さな黒塊は、天秤を少しも揺らすこと無く載っている。


「何のつもりだ? 神聖な神器にゴミを載せないでもらいたいのだけれど?」

「私の心臓だよ、これは。他の壺には肺や脳なんかも入ってる。古代のイオス王国では、そうやって遺体を保存したのさ」


「その風習は聞いたことがあるけれど、天秤に載せられたゴミが証人の心臓だという証明にはならないよね?」

「確かに、お嬢ちゃんくらいの子には分からないかもね。特別に分かりやすくしてあげよう。どうだい、これで」


 ミュラが腰から別の壺を一つ持ち上げ、蓋を外して傾けると澄んだ水が零れ落ちる。黒塊は、水を乾いた砂のように吸い取ると、見る間に瑞々しい心臓に変わった。

 まるで今まさに人体から取り出したばかりかのようだ。脈動さえ始めている。


「ほら、心臓だろう? 間違いないよ、私の物で」

 ミュラが胸の包帯を指で広げると、胸があるべきところには、ぽっかりと黒い空洞がある。


「なにそれ。魔術? それとも君は魔族かい? 心臓を取り出した人間が生きていられるはずがないじゃないか」

「魔術なんかじゃないさ。お嬢ちゃんも、たった今、自分で言っただろう。心臓を取り出して生きていられる人間なんていないのさ、どんな魔術を使ってもね」


「ということは、証人は死体リッチ系の魔物か? ロムレス王国においては、魔物と奴隷に証言能力は認められていないんだけど?」

「魔物ではないよ、私は。ほら、ごらんのとおりね」


 ミュラが指すのは、微動だにしない神器の天秤だ。

 神器が反応していないということは、証人の言葉に偽りはないということになる。

 ガー法務官は混乱した。


「どういうことだ? 意味が分からないよ。魔物ではないことになるが……心臓を取り出すなど人間には不可能だ。ということは、神器に不具合がある?」

「いや、この天秤はいたってまともだよ。そんなヤワに作ってないからね、私は」


は作っていない……? 確かに証人の名はミュラであり、女神ミュラと同名だけれど……」

「同じ名というかね、同一の存在さね」


「そんな……そんなこと、あるはずが……」


 ガー法務官はいよいよ混乱した。


 女神がこうも易々と降臨するはずがない。神の領域に至っていない精霊ですら、生涯一度も目にすること無い人間の方が多いのだ。

 名の知れた強大な神が、ふらりと人前に現れ、こうも軽々しく人間と言葉を交わすなどありえない。


 だが、ガー法務官自身が用意した神器は、相手の言葉に虚偽はないと証明している。

 正確には、証人が、自身の発言内容が全く真実であると認識しているということになる。


 ということは、二択だ。

 目の前の相手が、自分を神と確信した狂人であるか、真実の神であるかの、どちらかなのだ。


 狂人を神として扱えば、ガー法務官の体面は全く損なわれ、政治生命を失うだろう。だが神を狂人として扱えば、生命を失う。


 いや、生命を失うだけならばマシかもしれない。神の機嫌を損ねて未来永劫の苦しみを与えられた逸話など、枚挙にいとまがない。


 束の間悩んだ末にガー法務官が選んだのは、折衷的な道だった。


「大変失礼をいたしました、女神ミュラ様。神のきざはしにおられる方を目にする僥倖は、初めてなものですから……。いえ、私だけではなく、ここにいるほとんどの者はそうでしょう。誠に恐縮なお願いですが、貴女が真に女神ミュラであると知らしめるため、何か奇跡をお示しいただけないでしょうか」


 目の前の証人が真なる神であると、この場にいる全員が信じるのならば、ガー法務官が神として崇め奉っても問題は無いだろう。それが可能ならば、世界を騙しきるほどの狂人であろうとも、奇跡を顕現させる神であっても、どちらでも構わないのだ。


 もし狂人がボロを出すのであれば、それもやり易い。

 だが彼女の目論見は、あっさりと外される。


「おや、試すのかい、神を?」


 頭から尻の先まで、ぞくりとした恐怖と驚愕の電撃が走る。


 否定すれば、追及できなくなる。

 肯定すれば、神の逆鱗に触れる。


 もはや手詰まりだ。決断しなくてはならない。目の前の相手を狂人として処すか、神として崇めるか。


 顔では乾いた笑顔を張り付けているものの、ガー法務官の纏う豪奢な法服の下では、脇から幾筋も汗が流れ落ちている。

 机で隠れている両膝は、がくがくと震えている。


 ちらりと横を見れば、ジムクロウ大公爵やカリオクソニテス魔導官が澄ました顔で事態を見守っている。


 くそが。

 直接やり取りをしなくてよいから、冷静でいられるんだ。こちらの身にもなって見ろ。


 ガー法務官は内心で毒づくが、それで解決するわけではない。

 今にも嘔吐しそうな彼女を救ったのは、元凶の一言だった。


「まあいいさ。よく分かるよ、神の力を試したいという気持ちはね。どれ、ひとつ見せてやろうじゃないか」

 そう言うとミュラはすたすたとガー法務官に歩み寄り、その胸に手を当てた。

 そして手を差し込み、ずるりと何かをえぐりだした。


「あの……一体、何を?」

「心臓だよ、お嬢ちゃんの」


 包帯に覆われた手の上には、びくんびくんと動き続ける赤い塊が乗っている。


「なに、大丈夫さ。死にはしないよ、私が間違ってこの心臓を傷つけたりしない限りはね」

「は、はは……。それなら、安心ですね……」


 生きた心地のしないガー法務官を、さらに追い込むようにミュラが笑う。


「おっと、いけない、いけない。そこらの魔術師や魔物と区別が出来ないんだったね、心臓を盗り出した程度では。もう少し工夫しようか」


 ミュラが空いた方の手をまっすぐ上に伸ばし、軽くひらひらと振った。

 すると見る間に空が暗くなり、世界が薄闇に包まれた。


「た、太陽が?!」

「私の眷族だからね、この世界の太陽神は。この程度はわけないさ」


 ガー法務官が驚き腰を抜かすが、ミュラは何でもないようにもう一度手を振る。

 すると、風が止み空気が淀む。


「今度は風が?! 確か女神ミュラ信仰では、太陽神の子に風神が配されていたような……」

「そのとおりさね。孫みたいなもんだよ、私にとっては」


 続けてミュラが腕を動かそうとすると、落雷のごとき勢いでガー法務官が頭を下げた。勢いがつきすぎていたため、机におでこをぶつけ、血を流している。

 しかし流血も気にせずに声を張り上げた。


「お許しください! 女神ミュラ様が偉大にして人智を超越した絶対的な存在であることは、確かに、確かに理解できましてございます! どうか、どうか、この世界をもとにお戻しください!」


「おや、つまりは宗旨替えするということかい? 今まで信仰していた聖神シュアスとやらの言葉は信じないと、そういうことかい?」


 ミュラの問いに、言葉が喉に詰まる。

 はい、と答えられたら、どんなに気が休まるだろう。しかし、聖神シュアス信仰は、ガー法務官の一存でどうにかなるものではない。


 王や諸侯等がこぞって信仰しているし、王国中に聖神シュアスの聖堂が作られている。

 人類が聖神シュアスに守護されているという現実もある。長年、邪神マルシュの災厄を退けてきた。


 最たる例が、五年前だ。

 聖神シュアスの加護を受けた勇者フィラデルフォスが、邪神マルシュのしもべである魔王ヘポヨッチを倒した。これ以上の神の威光はないだろう。


「あ…………っ‼ ……ぁ……っ‼‼」


 まごうことなき神から「他の神を信奉するな」と、面と向かって詰められる。しかも、その信奉するなと名指しされた神は、世界中で篤い信仰を集めている。

 この状況に陥っては、もはや人の身ではどう足掻いても絶望しかない。


 まともに言葉を発することすら覚束なくなったガー法務官を見て、ミュラは優しく微笑んだ。


「おや、お困りのようだね。どの神を信じるか、あるいは信じないかを自分で決めて良いと言うのに。しようがないね、お嬢ちゃんは」


 やれやれと呟くと、空いた手で何かを掴む仕草をする。するといつの間にかその手にはぼろきれの様な何かを掴み上げていた。

 ガー法務官が目を凝らして観察すると、それが干からびた大人の男であることが分かった。


「あ……の……ミュラ様……。その……そちらの御手のものは……」

「これが聖神シュアスだよ、君たちが言うところのね」


 何度目か分からない衝撃に、ガー法務官の背筋に電撃が走る。

 すでに失禁で足元には水たまりが出来ている。


 ちらりと天秤を見るが、微動だにしていない。その言葉が真実であると証明している。

 涙と鼻水が垂れてくる。


「本当の名をマルシュアスというんだよ、この小悪魔はね。この世界では、聖神シュアスという名で人々の信仰を集める一方で、邪神マルシュという名で人々を脅かしてもいたんだ。要はお嬢ちゃんたちはおもちゃだったんだよ、コイツのね」


「そ……それは……」

 本当か?と聞きたかった。

 だがミュラの天秤が、真実であると証明していた。ガー法務官が自身で用意した神器は、彼女が絶対に受け入れることが出来ない事実を、無情にも突き付けていた。


「あんまり悪さが過ぎたから、生皮を剥いでお仕置きをしているんだけど、もしお嬢ちゃんが望むのであればコイツにコレをくれてやっても良いけど、とうするね?」


 ミュラが、ガー法務官の心臓をマルシュアスへ渡すような素振りをする。

 もはやガー法務官に出来ることといえば特別に高い位置に設えられた法務官の席で、ぐずぐずと哀哭することだけだった。


「そんな……そんな……ひどい……ひどいよ……。私に、私に……どうしろっていうのさ……。おおうぅぅ……」


 聴衆たちも、ただただ息を呑んでそんな彼女を見るしかなかった。


 聖神と邪神が同一であるという驚愕の事実を受け入れることで精いっぱいだった。そして女神が降臨し真実を示すという想像もしなかった事態に、誰もが言葉を失っていた。


 沈黙が続く中で、ミュラが爽やかに言った。


「さてと、陪審員に聞こうじゃないか。勇者の潔白は証明されたということで、よいのかな?」


「はい、無罪でよろしいかと」

 代表してジムクロウが答えると、残る11人の陪審員は全員が起立して賛意を示した。

本作以外に一つ作品を公開しました。




竜という圧倒的な脅威に対抗するには、勇者でも聖剣でもなく、根回しと段取り、そして前例踏襲だというお話です。予算と人員を確保する小役人ムーブする主人公を、よろしければご覧ください。




事務屋の竜退治


https://ncode.syosetu.com/n1373hy/

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[良い点] さすがアサヒ・ハルカ。反則チックで気持ちいいですねー。
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