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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件D 勇者裁判③ クロカゲの証言

 マケマケに続いて証言台に立ったクロカゲは、たった一声で法廷をざわつかせた。


「そもそもの話だけどさ、お前ら、何で神ってやつを有難がるんだ?」


 このロムレス王国だけでなく、世界中の国が何らかの神を祀り、信仰している。

 神託を絶対視する国もあれば、あくまで政治の参考にするだけの国もあるが、いずれにせよその影響力は大きい。


 それはなぜか。

 王族であろうと官僚であろうと、あるいは一般の民衆であろうと、人々が神の存在を確信しているからである。


 何かあれば神殿に足を運び、神託を得る。その理由は、恋愛事であったり商取引であったり、あるいは体の不調であったり失せ物であったりと、様々だ。だが、人々の生活に根付いている。


 そして、折に触れ、供物を捧げ、祭りを行う。息をしたり食事を摂ったりという自然な営みの中に、神への祈りも存在しているのだ。

 神を疑うかのようなクロカゲの言葉は、誰にとっても受け入れられるはずもない。


 法廷のざわめきを好機と見たのか、ガー法務官はわざとらしく驚き声を上げた。


「おやおや、これは驚いた。君は神を否定するのかい? 神の加護を受けて魔王を倒した君が? 皆さん、お聞きだろうか。勇者の陣営は神を否定すると言う。果たして、これ以上の議論は必要だろうか?」

「あわてるなよ、エセ裁判官。人の話は最後まで聞くもんだろ? 特に法廷では、な」


「じゃあ聞かせてもらおうか。神を否定するなど、悪魔の所業だ。ボクだけでなく、聴衆や陪審員はみんな、君の発言の真意を知りたがっているよ」


 その言葉を裏付けるように、大衆は耳目をクロカゲに向けている。しかしクロカゲは、緊張した様子もなく飄々と語りだす。


「俺が言いたいのは、一つだ。神は存在する。しかし絶対視するな。それだけさ」

「論拠は?」


 ガー法務官の声は冷静だが、視線は冷たい。


「俺みたいに平民の虫けらからすると、アンタのような大貴族様は、神様みたいなもんさ。生まれながらに持っている権力で、人の命も国家の命運も、簡単に左右しちまう」

「まあ、君とはくらべものにはならないだろうねえ」


 屈託なく肯定するガー法務官を、クロカゲは忌々し気ににらみつける。

 クロカゲの生まれは、お世辞にも良いとは言えない。痩せた大地で暮らす遊牧民の子として生まれ、かろうじて命をつないでいる幼少期だった。貧しいながらも成長したが、少年期には近傍の大国に圧迫され、一族は滅亡した。

 泥水をすすり塗炭の苦しみの中で育ったクロカゲにとって、特権階級の人間は、ごく一部の友人を除いて、憎しみの対象でしかない。


「そうだろうよ。アンタみたいな大貴族が言えば、美の象徴である白い鳥のカラスさえ、不吉な黒い鳥にでもなるんだろう?」

「ボクは、そんな事はしないよ。意味がないもの」


「へっ、出来ないとは言わないんだな。でも大政治家や貴族連中だって、精霊や魔物を前にすれば虫けら見たいなもんだ。多頭蛇ヒドラを倒せる人間が何人いる? 怒り狂った炎精霊を破壊できる人間がどれだけいる? そんなことが出来るのは、ごく一部の選ばれた奴らだ。そして、そういう奴らは、勇者とか魔王とか呼ばれるのさ」

「君もその一人だろう? 英雄様の自慢話かい?」


「いや、そんな俺たちだって、神を名乗る奴らを相手に回したら、勝ち目はない」

「それはそうだ。だって、神だよ。絶対なんだよ」

「確かに神ってのはすごいよ。何でもできる。でも、要は程度問題だろ」

「は? 何、その言い方。事と次第によっては、今すぐ君を裁くよ?」


 ガー法務官は、不機嫌を隠さない。


「つまりさ、神といっても出来ることが多いだけだろ。無限の魔力を持ち、過去も未来も見通し、世界の理を握る。そんな偉大な存在だ。だが、絶対的な正義というわけではない。お前らがそうであるようにな。だから、神が言ったからそれが正しいっていうお前らの主張は、的外れなんだよ」


 堰を切ったようにクロカゲは言葉を続ける。


「腕力が強く、魔力が強く、権力が強い。影響力が違う。それだけのことであって、善悪や正邪を決定づけるわけじゃない。自分にとって都合の良いことを言っていれば善神であり、不利益を及ぼすのであれば邪神と呼ぶ。それだけだ。だったら、その神とやらの言葉が正しいものであるかどうか、よく吟味する必要があるってもんだろ?」


 熱く語るクロカゲとは対照的に、ガー法務官は冷静に切り返す。


「邪神の崇拝者こそ、良く語るんだよねえ。我々人間など、神と比べることなどあってはならぬほどに矮小なものさ。ボクも君も、神の前には等しく無力だと確信しているよ」


「嘘つけ。少なくともお前は、俺みたいな平民はゴミだっと思っているし、世の中は自分の思いどおりになると思っているはずだ。事実、この法廷だってアンタのおもちゃみたいなもんだろ?」


「そんなことはない、神聖な法廷だよ。ボクが単独で判決を導くことは出来ないし、陪審員の決定を覆すこともできない。その結果には拘束される。実に公正であり、かつ開かれた真実の裁判だよ」


 ガー法務官がニヤリと笑う。

 対するクロカゲも、口の端を持ち上げて皮肉そうに笑った。


「その自信が証拠だろ。どうせ、どうにでもできるんだ」

「まあ裁判長である以上、ボクは、陪審員に欠員が生じたときに補欠を指名することは出来るよ。欠員というのは、具体例を挙げるなら、裁判中に死亡した時などだけどね」


 つまりガー法務官の意に沿わない判断をする者がいれば、この場で殺害し操り人形と挿げ替えるということだ。

 現在、勇者の処刑に反対しているのは、ジムクロウ大公爵とカリオクソニテス魔導官の二人だ。

 二人とも排除してしまえば、この法廷は思いのままである。その一事が、ガー法務官の自信の根拠の一つだ。


「ほら見ろ、そいうことだ。権力を自分の好き勝手に使う奴が信仰する神は、果たして無条件に善神なのか。問うまでも無いだろ」

「君の言わんとしていることは分からなくもないよ。けれど論法は穴だらけだし、矛盾もある。正直に言って、採るに足らない戯言だ。だけど……」


 不敵な笑みを浮かべるガー法務官が手で合図すると、天秤が運び込まれた。


「これを使って上げよう」


 黄金の天秤は、素養の無い者であっても、一目で膨大な魔力を秘めていることが分かる。見る者が見れば、神の一端に繋がる神器であると理解できるはずだ。


「なんだぁ? こいつは」


 クロカゲの言葉に、ガー法務官はそっけなく説明する。


「これは女神ミュラの天秤だよ。虚偽を見抜く神威を持つ。天秤の一端にダチョウの羽を乗せる。もう一端には証言者の心臓を乗せる。そのうえで証言を行い、天秤が傾かなければ真実である。虚偽による悪事で心臓が重くなれば、天秤が傾く。簡単な理屈だよ」


「心臓を?」


「そう。この裁判における以降の証人には、この天秤を使うことを義務付ける。このボク、裁判長たるガーミルラ・プリスケン・ヴィトゲンシュタインの命令だ」


「ふざけるな!」


「ふざけてはいないよ。いかなる神であっても正邪の担保はされないという君の意見を尊重し、全ての証言者の発言の真偽を確認しようという努力さ。君も、正邪はともかく、神の神威は認めていただろう。全く完璧に君の証言を認めて履行したボクに感謝してくれても良いんだけど? どうかな?」


「この後、誰が証言できるって言うんだ?! どこまでこの裁判を茶番にするつもりだ!」


「いや、この神器を用いた証言に適した人物がいるじゃないか。ねえ、勇者フィラデルフォス」


 ガー法務官は変わらず薄い笑みを浮かべたまま続ける。


「証言の真偽が明らかになるのであれば、そもそも脇役たちが出てくる必要はない。事態の当事者が、当時あった出来事を語ればいい。そして、勇者ほどの魔力と体力、生命力があれば、心臓を取り出しても一言くらいは証言できるんじゃないかな。その後のことは知らないけどね」


「バカ言ってんじゃねえ! フィルが死んじまったら、こんな裁判で無罪になっても意味ねえだろうが!」


 吠えるクロカゲの肩に手が置かれる。

 勇者フィラデルフォスだ。


「大丈夫だよ、クロカゲ。僕の証言が正しいものとして認められるなら、僕自身が話した方が早い。もともと、一度は失くした命だからね。ここで惜しんで、イオス王国が亡びたり、五大王国が間違った方向へ進んだりしてしまったら、もったいないよ」


「もったいないで、命を捨てるなよ! お前を助けるために、俺たちが……どれだけ多くの人が努力していると思ってるんだ!」


「捨てるつもりはないよ。多くの人を助けるために、使うんだ。気負うつもりはないけれど、勇者ってそういうものじゃないかな」


 勇者と親友のやり取りを笑顔で見ていたガー法務官は、声を弾ませる。

「ほうら、さすがは勇者だ。さあ、証人を交代してはどうかな?」

 催促しながら弁護側の席を見ると、発言を求めての挙手があった。見慣れぬ黒い服を着た、小柄な女性であった。


「弁護側の発言を認める」


 言いながら、ガー法務官は出廷者の名簿を見る。顔と名前が一致しない者は、一人だけいる。耳慣れない異国の名前だ。きっとこの人物だろう。


 見当をつけたところで、その女性が勢いよく立ち上がった。


「うっす。勇者側弁護人のアサヒ・ハルカです!」

本作以外に一つ作品を公開しました。


竜という圧倒的な脅威に対抗するには、勇者でも聖剣でもなく、根回しと段取り、そして前例踏襲だというお話です。予算と人員を確保する小役人ムーブする主人公を、よろしければご覧ください。


事務屋の竜退治

https://ncode.syosetu.com/n1373hy/

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