案件D 勇者裁判② マケマケの証言
「証人は姓名、所属並びに職業を述べよ」
ガー法務官が証言台に向かってつまらなそうに言うと、フードを目深に被った少女が細く可憐な声で答えた。
「あ、あの……無所属のマケマケです。職業……は、フィル君のお嫁さん……かな? ぐへへ、ふひ」
マケマケが恥じらいながら答えると、弁護人席のアルシノエが勢いよく立ち上がる。
「異議あり! 彼女の出身は、辺境の弱小国家であるブリタニア連合王国です! しみったれた蛮族が出自です! しかも職業は卑しい魔女です! そんな毒婦は、断じて、断じてフィルの配偶者ではありません!!!!!!」
さらに言い募ろうとするアルシノエを、クロカゲが羽交い絞めにし、猿轡を噛ませ、両手と両足を縛りあげると、近くの小川に流した。
忍大将軍の名に恥じぬ手際を見せた後、クロカゲは何もなかったかのようにほほ笑んだ。
「失礼。アルシノエ王女は、弟である勇者フィラデルフォスのことになると我を忘れてしまうんでね。重しとして大きな岩を括り付けておいたから、二度と上がって来ないだろ。さ、変人のことは忘れて裁判を進めてくれ」
「君たちがそれでいいのならボクは構わないけど、ホントにそれでいいの? まあ、いっか。さ、証人は証言をしたまえ」
ガー法務官が肩をすくめながら促すと、マケマケは戸惑いながらも証言を始めた。
「あの、あの。私が証言したいのは、その、5年前のこです。魔王ヘポヨッチを倒したときに、勇者であるフィル君も……命を落としました」
「うん、誰もが知っている勇者物語の最後だね。それで? もちろん、何か新しい情報があるんだろう?」
ガー法務官が威圧するように睨むが、マケマケは四本の腕を忙しなく動かしながらも懸命に言葉を紡ぐ。
「その、その……不思議に……思いませんか? 勇者は、魔王が倒された後に、何者かの攻撃を受けている。勇者を倒すほどの業前を持つのは一体、誰?」
「魔王じゃないのかい? 相打ちになったんだろう?」
「……違う。あの時、確かに魔王は消滅していた。それに、魔王程度の魔法なら、この私が見抜けないはずがない。勇者を倒すほど強力な魔法や呪法であれば、必ず発動前に見破ることが出来る。私がいても防げないとなると、神級の魔法的能力が求められ……」
「さっきから話を聞いていると、随分と自分自身を評価しているみたいだね。ボクとしては、君をそこまで高く評価できないんだけど?」
不機嫌を滲ませるガー法務官の言葉に、マケマケはびくりと体を震わせる。
「あの、あの。確かに私は……馬鹿です。みんなも……そう思っているはずです。礼儀なんて身に付いていないし、料理はからっきしだし、簡単な繕い物をするにも3時間の呪文詠唱が必要なくらいです……」
自虐的に語るマケマケを見かねてか、陪審員の一人が手を挙げた。
カリオクソニテス魔導官だ。
白髪白髭の老人で、柔和な顔と落ち着いた物腰からただの好々爺にも見えるが、ロムレス王国の魔法に関する重鎮であり、魔法使いたちの公的なトップである。彼の一言で魔法に関する法令が制定され、邪法や禁呪が指定される。
だが、そんな権威などは微塵も感じさせぬ優しい口調で、マケマケに語り掛けた。
「マケマケ殿、そう卑下されることもあるまいて。貴女は、魔王を打倒した英雄の一人ではないか。もっと自信を持って語っておくれ」
この言葉に、多くの者が尊敬の念を以ってカリオクソニテス魔導官を見た。
魔法使いの世界は、上下関係が厳である。
師は絶対であるし、先達の意見は世の理として扱われる。老練な魔法使いの多くは、見込みのない弟子や初学者を冷徹に切り捨てるものだ。
そんな社会通念がまかり通る魔法使いの界隈において、カリオクソニテス魔導官は、絶対的な権威と実力を誇る。多頭竜や鉄大獅子を倒すほどの武闘派でありつつ、多くの論文を発表してきた文武の別なき実力派だ。
この老人ならば、熊の尾が短いと言い張ることすら造作もない。
にもかかわらずマケマケの内心を慮り、優しく語り掛けている。
これほどまでに優れた能力を持つ人格者がいただろうかと、この場にいる多くの者が感涙にむせぶところである。
だがマケマケの言葉に、場は凍り付く。
「あ、ありがとうございます……。未熟な人に褒められても、それなりに嬉しいものだね。君もそれなりの魔力とかありそうだし、努力を怠らなければきっと一人前の魔法使いになれるよ……。がんばってね」
ほとんどの者が自分の耳を疑っただろう。カリオクソニテス魔導官に対して、このような態度を取れるものなどいない。無知な子どもだとしても許されるものではない。
この場で攻撃魔法を撃ちこまれ、消し炭となってもおかしくはないのだ。例え法廷という場であっても、そういう振る舞いが許される。
それがカリオクソニテス魔導官なのだ。
だが彼は、余裕たっぷりといった様子で笑って見せた。
「はは。態度とは裏腹に、随分と大きなことを言うじゃないか。ワシもそれなりに魔法を修めたつもりだ。貴女の言葉は、まあ、それなりに心に留めておくよ」
「う、うん。それなりの魔力は持っているみたいだね。これから、勉強……がんばってね」
「ははは。本当に面白い。これでも、それなりに実戦魔法の訓練も学問的修練も積んでいるよ。貴女に劣らぬほどにね」
「へ、へえ……? その程度……で?」
「確かに貴女は偉大な魔法使いだ。魔法使いならば誰もが夢見る大魔導士というジョブに就いているのは、世界で貴女だけだ。魔法書の蔵書数は、かの文化都市アレクサンドリアの大図書館を凌ぐとも聞く。貴女の持つ“碩学の魔法使い”や“星射抜き”の二つ名は、子どもが寝物語に聞くほどだ。けれど、破壊だけが魔法使いの能力の証明ではあるまい?」
「それは……そうですね」
「マケマケ殿の名は良く知られているが、破壊的な逸話ばかりで、貴女の魔法理論などは聞いたことがない。浅学の身ながら推測させてもらうに、探知や検分と言った分野の魔法に疎いのではないかな? だから勇者への攻撃を見破ることが出来なかった……ワシはそう解釈するよ」
「それは……ほんとに浅学だね。学び直した方がいいよ……?」
この暴言に、群衆がざわめきだした。カリオクソニテス魔導官の激昂を恐れ、逃げ出す者さえ現れた。
傲慢な表情を保ったままのガー法務官でさえ、法服の下で魔防石の首飾りを握りしめたほどだ。
「心配には及ばないよ、お嬢ちゃん。魔法学の祖であるマルジン師が150年前に残した世界最難魔法理論と呼ばれる四大元素理論を解読し、その発展形である新・四大元素理論を完成させたこともあっての、ワシは魔法学の中興の祖とも呼ばれておる。この新理論によって難解な魔法学を簡素化することに成功し、多くの魔法使いを生み出した。200年前に現れた原初の魔法使いであるメルリヌス師の再来とまで称してくれる者もいる。ワシとしては役者が不足しているとは思うが、実に光栄なことよ」
こめかみに血管を浮かび上がらせながらも、言い含めるように丁寧に言葉を選んでいる。
努めて冷静に振る舞うカリオクソニテス魔導官とは対照的に、マケマケは嬉しそうにはしゃいだ。
「あ、あ、あの……。そのもともとの理論、四大元素理論……作ったの私です。あなた、まだまだひよっこの小僧なのに、結構勉強してくれてるんだ……嬉しいな」
「馬鹿を言うな! 理論を残したのは、200年も前の偉人、マルジン師だ。文献からも確認できる、間違いない。魔法理論の大家といえばアンブロシウス師やメルリヌス師の名も挙がるが、マルジン師は史上最高の魔法学者じゃよ」
「マルジンって、私が本を作るときの偽名ですし。アンブロシウスとかメルリヌスも、同じ……っすね。本名でやると……本を読んだ人が訪ねて来ることがあるんで……嫌なの」
「妄言だ! 魔法史上の偉人のうち、主要な者はすべて自分だとでも? 全くの妄言だ。この証人の言葉は信用するに足りんな。マケマケという魔法使いは、攻撃魔法に秀で世に知られているが、魔法理論に疎く魔王の最期の攻撃を見逃したのだ。これが真相だろう」
「ふう……ん。証明して……あげようか? 私が……世界最高の魔法使いだって」
「それ、だめですよ、マケマケさん」
マケマケの言葉に真っ先に反応したのは、勇者フィラデルフォスだった。
「そういうことすると、危ないですよ。マケマケさんなら間違いはないでしょうけど、万が一っていうこともありますし」
「構わんよ、フィラデルフォス殿。マケマケ殿がどのように証明するのかは、一人の魔法学者として気になるところだ。世に知られる“碩学の魔法使い”の名が伊達ではないと良いのだが……」
カリオクソニテス魔導官の言葉に、マケマケは嬉しそうに笑った。
「ほら、大丈夫だよフィル君。あの子も良いって言ってるし。じゃ、私が魔法的なことをするから、見抜いてみてよ。力量に圧倒的な差がある場合は絶対に不可能だけど」
「ふむ、ふむ。それで構わんよ。ただし妙な真似をしたら実力で黙らせるがの」
そもそもこの法廷はカリオクソニテス魔導官自身によって、魔法的な防壁と妨害が幾重にも張り巡らされている。
これを一人の魔法使いが突破するなど不可能であるし、仮に成功したとしても膨大な魔力を消費して、わずかな効果が発揮できるかどうかだろう。
それに加えて、魔法を探知する呪法を展開しつつ、交渉のある精霊を呼び寄せ監視を依頼する。針の先ほどの魔力の動きさえ見逃さないだろう。
そんな胸算用でカリオクソニテス魔導官が笑うと、マケマケは「じゃあいくよ」とつぶやいた。
その瞬間、「バツン!」という大きな音と共にカリオクソニテス魔導官の首が飛んだ。
カリオクソニテス魔導官は、自分の口から飛び出る「うひゃあっ」という情けない悲鳴を聞いたが、どうすることも出来ずに首のまま転がった。転がったのだが、意識はあるし苦痛は無い。
戸惑う哀れな老人の首を拾ったのは、マケマケだった。
「うん……上手くいった。実力が違うと手も足も出ないでしょ?」
血の一滴すら零さない生首を四本腕で抱える少女は、透けるような白い頬に深いえくぼを作りながら笑った。
「ワシはどうなったんじゃ?!」
取り乱した叫び声をあげるが、周囲の反応は無い。法廷は恐ろしいほどに静まり返っている。
必死に目を凝らして周りを見るが、その場にいる誰もが微動だにしない。
「大丈夫、小僧君は死んでないよ。昔はよく邪神や魔神を狩って、首だけにして呪文詠唱するだけの奴隷にしたもんだけど、その応用だよ。人間一人を首にするの何て、簡単すぎて……」
「しかし、魔法の気配を微塵も感じ取れなかったぞ?!」
「……教えて……ほしいの?」
「ああ、知りたい! いや、教えていただきたい。なにとぞ、マケマケ殿。いや、マケマケ様!」
「……しょうがないな~」
などと言いつつも、ニヤニヤと上機嫌を隠さぬマケマケは、今までの内気な様子が嘘のように早口で話し始めた。
「もともと神や魔神は、普通に活動するだけでも魔法的な作用が生じてしまうわけだけど、これを解析して人間でも使えるように落とし込んだものだ魔法っていうもので、神や魔神の界隈では、卑属神は専属神に抗う事が出来ないようになっているんだよ。今回はかなり高位の神の力を借りたから、さっき君が使った低級魔法では感知し得ないのは当然といえるね。精霊の力も借りていたようだけど、私が交渉を持つ神の下位にいる精霊なので、これも無力化できてしまう。そういうわけなので、君が後生大事にしている四大元素理論なんかをこねくり回しても、横方向で実現可能な領域が広がるだけ。上位者には抗いようがないものだから、強力な魔法使いを目指すならば、霊的魂的に上位階へ進む必要が出てくるわけで、その手法こそが大いに論じられるべきであると思うんだよね。君が作り上げたっていう新・四大元素理論だっけ? あれって、つまりは神の御業を簡易化して作り上げた魔法という技術をさらに平易化してるだけだよね。子供に足し算だけを教えても、高度な計算はできないでしょ? そんな感じ。あ、余談だけど“魔法使いにおいて師が絶対である”っていうのは、魔法力学的には自然な法則に見えるよ。魔法的関係における卑属には絶対服従あるのみだもの。本来的な魔素の在り方に近いから自然なんだよね」
「あ、ああ……」
「さらにおまけに説明するとね、今、私と君以外には感知能力を著しく下げる魔法をかけているの。意識はあるけど、何も見えないし聞こえないし、考えられない。今何が起きているか、把握できているのは、人間の中ではフィル君だけだね。さすがフィル君……♡♡ で、私が魔法を解いた瞬間に、皆は我を取り戻すって感じかな。まるで時間が停まっていたみたいにね。あ、でも時間を停めているわけではないの。時間操作系の魔法って、おっそろしく面倒だから、こういう場面には向かないんだよ。詳しく教えてあげようか? 教えてあげてもいいんだけど、それって君が私の弟子になるってことだよね? 弟子になるってことは私の言葉に絶対服従することになるけど、どう? 興味ある?」
「あります、ありますとも! 是非その魔法の知識と技術の深淵の一端だけでも、ワシにお分け下され!」
カリオクソニテス魔導官は、気付かぬうちに涙を流しながら懇願していた。
この哀れな老人は、自分の知識と技術に絶対的な自信を持っていた。才能に恵まれ、生まれに恵まれ、努力を惜しまずに人生をまい進してきた老人にとっては、おかしなことではない。
常に周囲の誰よりも努力し、周囲の誰よりも優れた能力と成果を発揮してきた。
マケマケの伝説を見聞きすることはあっても、自分とてそれに劣る者ではないと考えていた。特に魔法理論の分野では、歴史に名を残すであろう自分の方が優れていると確信していた。
だが、現実は違った。
マケマケは既に彼の遥か先を、何百年も前に歩んでいた。
彼女の前では、自分こそが初学者に過ぎないと理解した。自尊心などというものは、欠片も残さずに吹き飛んだ。
すると、残ったのは純粋な学問的探究心と知的好奇心であった。
「うん、素直でよろしい。それじゃ……」
マケマケがパチリと指を鳴らすと、周囲の人が動き出し、法廷にざわめきが戻る。
カリオクソニテス魔導官は、首がつながった状態で、先ほどの席に変わらず座っていた。
そんな彼に向けて、マケマケが微笑みかける。
「魔法的には神級の能力を持ち、聖神シュアスと敵対することなくその庇護下の勇者の命を奪うことが出来る。そんな存在は、聖神シュアスを除いて、いない……。ちがう?」
「貴女様の仰るとおりです。マケマケ様こそ、世界最高の魔法使いです。そのお言葉に従います」
涙を流しながら首を垂れるカリオクソニテス魔導官に、法廷中が驚愕した。
突然の状況の変化を飲み込めないガー法務官が、戸惑ったように呟く。
「どういうことだ? これは」
「12人の陪審員のうち、勇者の有罪が10、無罪が2になったということですね」
答えるジムクロウの声は、実に愉快そうだった。
裁判はもう少し続きたいです




