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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件D 勇者裁判

 ロムレス王国のガー法務官は、全世界の注目が集まる裁判を前に、満足げにほほ笑んだ。

 全てが彼女の想定のとおりに進んでいる。


 晴天の下、ロムレス王国の王都中央広場に特設された法廷は、祭りの様な喧騒に包まれている。

 500ほどの傍聴席は列国の王族や大貴族で埋まり、その後方や周囲の高層建物には、会場に入れなかった市民や各国の有力者が詰めかけている。


 初夏のロムレス王国は、乾燥した涼しい風が吹くものだが、群れる人々は額に汗の粒を作り、口に泡を飛ばしながら裁判の行く末について語り合っている。


 しかしこの裁判を進行するために特別に高い位置に設えられた法務官の席は、熱気も混雑も無縁であった。

 眼下の喧騒を見ながらガー法務官は、汗一つかいていないおでこの上で、自慢の黒髪を指先でくるくるといじった。


 陪審員席を見れば、政治的同盟者や金銭授受を済ませた者、根っからのロムレス王国の愛国者など、彼女の意のままに動く12人が集まっている。

 常勝不敗の弁護士でもあるガー法務官が弁論術を駆使するまでも無く、勇者の有罪が決まるだろう。


 勇者フィラデルフォスのパーティが、世界を混乱と恐怖に引きずり込んだ魔王ヘポヨッチを倒してから、既に5年が経つ。


 聖神シュアスの加護を受けて戦った勇者は、魔王との戦いで命を落とした。

 人々は、平和の到来を喜びながらも、世界中から愛された勇者の死に涙した。


 しかし、事態は急展開を迎える。


 聖神シュアスが各国の神殿に神託を下したのだ。「勇者の死は、その祖国イオス王国の陰謀である」という神の言葉は、世界に衝撃を与えた。

 直ちに追討の軍が興され、イオス王国への攻撃が開始された。


 ロムレス王国を中心に、大陸を支配する五大王国のうち、イオス王国を除く四か国が同盟を組み侵攻したのだ。

 正義を掲げ、民衆の支持を受け、高い戦意を持つ討伐軍は、烈火のごとくイオス王国を蹂躙した。


 王都まで攻め込まれ、あと一歩で滅亡というイオス王国を救ったのは、何と復活した勇者フィラデルフォスだった。

 そして勇者は言った。「聖神シュアスこそが悪である」と。


 世界は再び揺れた。

 神を信じるか、勇者を信じるか。


 世界が揺れるなか、5人の勇者パーティのうち、忍大将軍ハイマスターのクロカゲ、究極騎士ナイトマスターのジョセフィーヌ、大魔導士スペルマスターのマケマケの三人が即座に勇者を支持した。


 この一事は、世界の趨勢を大きく動かした。

 聖神シュアスの加護を受け、直接魔王と戦った者たちが、神を捨てて勇者を信じたのだ。

 その意味は重い。


 神から悪であると名指しされたイオス王国を討つという大義が揺らいだ以上、同盟軍も動きが取れなくなった。


 そこで侵攻軍の首班たるロムレス王国が主張したのは、公開の場で裁判を行い、真実を詳らかにすることであった。

 勇者と自らの潔白を知るイオス王国は、これに同意し裁判に向けて理論を詰め証人を集めた。


 一方でロムレス王国は、真相の追及という名目で勇者を被告に仕立て上げることに成功し、政治的駆け引きによってロムレス王国を裁判の舞台とし、陪審員の懐柔に尽力した。


 その結果が、今日、結実する。


「まあ、負けないだろうね」


 ガー法務官が、隣に座る陪審員の男に言う。

 まるで空を見上げて「良い天気だ」とでも言うような気軽さと確信が籠っている。


「ガー法務官の手腕には、驚嘆しきりですよ」


 話しかけられた男……かつて勇者パーティに属していた大公爵ハイロードマスターのジムクロウが、曖昧な笑顔で応じた。

 亜麻色の髪と低い背丈のせいで、幼くも見える。


 勇者のパーティに属していたといっても、配下の強化に特化した指揮官タイプのジョブに就く男である。

 戦士というより、事務屋の雰囲気をまとっている。


「驚嘆されるほどのものではないよ。世を動かすのは、勇者や一握りの英雄ではないという事さ。このロムレス王国でさえ、国家運営は600人もの議員から成る元老院が担っている。そして元老院議員の一人一人が、支持する団体をいくつも抱えている。そうやって幾層にも絡み合った“人間”が世を動かしているんだ。勇者が一人で吠えたとしても、世界がそれに従うわけじゃない」


「つまり、多くの人間が勇者の有罪を願っていると?」


「いや、そうじゃないさ。勇者が無罪を主張して人々に支持を期待するのならば、そう言った人々に利益を約束しなければならなかったという事だよ。そしてボクは勇者を有罪にするのに必要なだけの人々に、協力を取り付けることが出来た。それだけのことさ」


 ガー法務官の言葉に、ジムクロウは、いかにも感心したという風に頷いて見せる。


「なるほど。ところで、法務官。あなたが勇者の有罪を確信する理由は何でしょうか? あくまで参考までに……ですが、教えていただけると大変ありがたいです」


「そんなの、簡単じゃないか。神がそう言うんだ。それなら、そうなんだよ」


 ガー法務官が屈託なく言う。

 ジムクロウが曖昧な笑みのまま黙ると、ガー法務官は隔意のない声音で続ける。


「ジムクロウ、キミだってそうだろう? 勇者パーティ5人のうち、4人までもがあちら側に付いているのに、キミはロムレス王国に残り、勇者を弾劾する立場にいる。それは、取りも直さず神を信じているからだろう?」


「私が勇者と合流しなかった理由を、あえて言語化するならば、満ち足りた人生を送るため……でしょうか」

 小首を傾げて応えるジムクロウを見て、ガー法務官は鼻で笑う。


「何か、年寄っぽいね。うちの爺さんが、死ぬ前に似たようなことを言ってたよ。自分の行動に自信が無いから、未来の自分の視線が怖くなるのさ」


「さすが、法務官はお若い」


「何? ボクをバカにしているの?」

 機嫌を損ねたように咎める口調だが、その表情は余裕に満ちている。


「いえ、そういうわけではありません。ただ、年を取ると自分の信念を貫く心の強さを失うのです。自らの信じた道をまい進する法務官は、実に強い精神をお持ちだ」


「そういうキミだって、若いだろう? 魔王を倒した時は14歳とか15歳とか、それくらいだったと聞くよ」


「今年でもう19です、言うほど若くありませんよ」

「何月生まれ?」


「アポロンの月です」

「ボクより三か月も若い」

 ガー法務官が、初めて不機嫌そうに頬を膨らませる。


「ロムレス王国の第二席次である法務官としては、十分に若いでしょう。少なくとも、彼らより年若ですよ」

 ジムクロウが指さす先には、勇者フィラデルフォスを弁護するために法廷へと現れた一団がいる。


「イオス王国の王女にして勇者の姉であるアルシノエは20歳、勇者の親友クロカゲは22歳、鬼殺しのジョーことジョセフィーヌは25歳、星射抜きのマケマケは285歳。皆が優れた人物ですが、あなたはその誰よりも若く、誰よりもこれからの裁判を掌握されている。そうじゃないですか?」


「まあ、そうなんだけどね」

 自身が彼らより優れていると確信するガー法務官は、謙遜しない。


「それより、ジムクロウ。彼らったら、君の事を偉く見ているね」

 見ているなどという生易しいものはない。

 怒りと憎しみを籠めて睨み付けていると言っても過言ではない。


「勇者の潔白を確信する彼らにとって、この席に座る私は、控えめに言っても裏切り者ですからね。幾度か殺されそうにもなりました」

 一行の最後尾にいる黒髪の青年が、クロカゲだ。


 ジムクロウが小さく手を振ると、殺意を隠さない眼で、真っ直ぐに見つめてきた。

 彼の配下の忍びがジムクロウを暗殺しようとした回数は、両手で数えきれないほどだ。


「勇者の一行と言っても、君たち、あんまり仲良くないんだね」

 ガー法務官の言葉に、ジムクロウは小さく肩をすくめる。


「命を預けあった仲間と言っても、他人ですからね。考え方は違います。とくにクロガケは平民の出なので、私とは……ね」


「そっか。ま、そうだろうね」

 自身もジムクロウも大貴族の出自である。そうでない者達とは、考え方が根本的に違うことは言われるまでもなく分かる。

 彼女にも思い当たる出来事はいくらでもあるからだ。


 満足そうに頷いたガー法務官は、手元の木槌を手に取った。

 それだけで、2,000人以上がひしめく法廷が静まる。


 陪審員たち、弁護人たち、法廷の衛兵たち。すべての関係者がいるべき場所に収まったことを確認すると、木槌で机を叩いた。


「この法廷の進行は、ロムレス王国の法務官たるこの私、ガーミルラ・プリスケン・ヴィトゲンシュタインが行う。では、開廷の前に被告をここへ」

 ガー法務官の指示で、勇者フィラデルフォスが法廷に姿を現す。


 現れたのは伝説の勇者にしてイオス王国の王子であるはずだが、威厳より親しみやすさを纏う蒼髪の少年にしか見えない。


 だが、彼が現れた。

 それだけで場の空気が変わる。


 崇拝と憧憬、畏怖、親愛。勇者に向けられるそれらの感情が、目に見えるかのように渦巻いている。


 だが、ガー法務官はつまらなそうに木槌を叩いた。


「さて、この法廷の三つの規則を説明しよう。一つ目、訴追側と弁護側は、証人を呼び質問をすることが出来る。二つ目、裁判長たる私は、機を見て陪審員に評決を求めることが出来る。三つ目、陪審員の評決が全員一致した時点で、この裁判は終結する。以上だ」


 ロムレス王国で平素から行われている裁判と、そう変りはない規則だ。

 違いがあるとすれば、陪審員の数が多いことと、裁判前の調整が行われていないという程度だ。


 喧嘩や窃盗など、大抵の裁判では証拠や証言をあらかじめ精査してから始まる。被害者と加害者の示談が成立したうえで進むこともある。

 だが今回は、ここで初めて全ての事が進行するのだ。


 この場にいる全員がガー法務官の言葉を咀嚼し終えたのを見計らってから、彼女は木槌をひと際大きく打った。


「この時を以って、勇者裁判を開廷する」


 法廷の空気が張り詰める。

 だが、ガー法務官はゆったりと椅子の背に体を預けた。


「さて、弁護側からは証人喚問用の名簿を貰っているが、これはどうでもいい。裁判長として、今から陪審員に評決を求める」


 突然の評決要求に、一瞬の静寂の後に法廷が喧騒に包まれた。


 アルシノエ王女が立ち上がり叫ぶ。

「異議があります! 何の議論も行われていない! こんな無法が許されるはずがない。フィルの正義は、この私が証明して見せる!」


 勇者と同じ蒼髪を振り乱して、高貴な少女が叫ぶ。透き通るような白い肌に、怒りか焦りか、朱がさしている。


「無法も何も、先ほど伝えた規則のとおりだよ。裁判長として、機を見て評決を求める。それだけ」


 ガー法務官が促すと、末席の陪審員が立ち上がり、「有罪」とだけ言って座った。

 その隣の陪審員も、同じように有罪を告げる。


「やったわね!? 陪審員全員が買収されている! そうなんでしょう?!」


「弁護側、静粛に」

 アルシノエの抗議も空しく、次々と有罪が主張される。


 そして最後となる12人目の陪審員が立ち上がり、言った。

「無罪です」


 法廷の空気が再び凍り付く。

 ガー法務官が、ゆっくりと振り返る。


「今、なんて?」


 威圧するような視線も物ともせず、亜麻色の髪の男は淡々と言った。

「私は無罪を選びます。この裁判の内容は、とても大切なものです。もう少し話し合いましょう」


「ここで裏切るの? キミは」

 ガー法務官の冷たく鋭い視線も意に介さず、ジムクロウは涼し気に微笑んだ。


「これも、満ち足りた人生を送るためですよ。正義を全うし、親しい友人達と過ごす人生に勝る満足など、この世にはありませんからね」

 事務屋然とした大人しい雰囲気の少年は、柔らかく微笑んだ。

裁判は続きます

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