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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件C 少女の恋の話

 それは短い雨季が過ぎ去り、とびっきりの暑さが続くある日のことでございます。


 元来、灼熱の太陽と、どこまでも続く砂漠の中にポツンと存在する世界樹の上でのみ生命が繁栄できるというのが、この世界の理です。


 世界樹のうろや枝の上などに木組みで家を作り、朝露を集めては飲み水とし、広大な葉の上に畑を作り、暴力的な猛暑炎天下にも天に穴が開いたような豪雨荒天にも負けず、皆が手を取り合って暮らしているのです。


 ですので、腰が抜けるような暑さにも、皆が慣れたものでした。


 けれども、そんな中にあって、可愛らしい唇をすぼめて悩む少女がいたのです。


 この世に世界樹が三つしか存在しないということは良く知られておりますが、そのうち二番目に大きなプタハ・ユグドラシルにある住宅の中でも、ひと際大きな邸宅の台所に、二人の子どもが籠っております。


 一人は座り込んで頭を抱え、もう一人は忙しなく動き回り、まるで対照的です。


「う~ん、う~ん」


 くるりと纏まった亜麻色の髪の少女は、首に下げた木彫りのお守りをいじりながら、なおも懸命に唸っているのです。

 モスリンで作られた緑色の服は、肩も袖もふんわりとしていて、何とも可愛らしいではありませんか。


「なあ、何を難しい顔で悩んでるんだい?」


 そう聞いたのは、彼女の下僕であり、友人であるレジィです。

 短い黒髪と半ズボンという姿で、手早くナイフを磨き、かまどの火加減に気を配り、薪を補充しています。

 彼の機敏で的確な働きぶりとくれば、誰もが従僕として欲しがるほどに見事です。


 そんなレジィの言葉を受けても彼女は、ぷんとした風な表情を崩しません。


「あら、それは言えないの。でも私、マナ・プタハ・ユグドラシルにとっては一世一代の苦悩なの」


「マナの悩みと言えば、今日のパーティのケーキをイチゴにするかアンズにするかっていうくらいだろう? いい加減、体重なんて気にかけないで、両方食べればいいじゃないか。“芽の紋”のご令嬢なんだから」


 芽の紋と言えば、樹冠の紋と並んで世界樹上の人々に知られる名門一族であることは周知の事実ですが、幹の紋や枝葉の紋といった氏族とは一線を画すにもかかわらず、鼻にかけないところは、彼女の人柄がよく表れております。


「そんなんじゃ、ありません。……実のところを言うと、恋の悩みなの」


「へえ? まさか」


 レジィの素っ頓狂な声に、マナの頬はますます膨れるのです。


「もう……私だって今日で140歳ですもの。結婚の話も出始めているけれど、お仕着せの相手じゃあ嫌よ。本当に素敵な人と結ばれたいと思っても、不思議ではないんじゃないかしら?」


「うん? マナのお眼鏡に適うとなると、恐ろしいほどの無理難題を乗り越えるおとぎ話の王子様になりそうだ」


「そんなことは無いわよ。例えば、年が近くて、しっかりとお話をしてくれる人ならば、それで良いわ」


「マナの話は長いから、たいていの人は付き合いきれずに寝ちゃうよ。最後まで聞いてくれるのは、900歳を超えて安楽椅子に座り始めたお爺さんくらいさ」


「でも、レジィは同い年なのに、いつもお話を聞いてくれるじゃない」


「そうでもないよ、この話もそろそろ切り上げようと思ってるところさ。なにせ君の誕生日のパーティの準備に忙しいからね」


 そう言いつつも、磨いたナイフを並べながら、この場を離れるでもなく彼女の隣に座っているのです。

 それを知っているマナは、勿論そのまま話を続けます。


「それと、出来ればお勉強が出来る人が良いわ。私の知らないことを教えてもらえると、なんだか素敵な閃きを貰えたような気がして、楽しくなるの」


「マナほど頭の良い人は、なかなかいないよ。毎日、図書室に通って本を読むし……家庭教師が5人もついているなんて、他の紋持ちの家でも無いんじゃないかな。そういえばこの間だって、教師を困らせるような質問を次々と投げかけていただろう?」


「それは、きちんと答えをくれないからよ。世界樹学の講義で先生が樹恵を沢山語るものだから、“私たちが世界樹の手入れをしているのだから、人が世界樹に恵を与えているともいえますよね”って聞いたら何て答えたと思う? “不謹慎だ”って言うのよ」


「それはそうさ。世界樹の無いところに人はいないからね。ぞんざいには扱えないさ」


「でも……」


「からみ枝を剪定するのも、偏り葉を落とすのも、落ち葉を片付けるのも、世界樹が枯れてしまわないような手入れだから、世界樹と僕ら人類は互恵的な関係だとは思うけどさ。でも、大人には刺激が強すぎる言い回しだから、口にしないに限るよ。君は頭が良いんだから、それを言えば周りがどう感じるかは分かるだろう。世界樹じゃないけれど、自分の言動も上手に剪定してあげれば、綺麗な形で相手に届くってものさ」


「ほら、レジィなら分かってくれるじゃない。私に分かるように言葉を選んでくれる。それって、とても素敵なことだと思うの」


「君の従僕として図書室にも一緒に行くし、勉強の時も隣に控えているからね。大抵の知識は、おんなじだけ貰ってるよ」


「それよ。やっぱり、同じくらいの教養があると、お話しが流れるようにするりと続くのよ」


「ふーん。でも人前では、僕のような従僕に親し気に話しかけちゃダメだからね」


 興味なさそうに相槌を打ちながら、レジィはスプーンとフォークを研磨剤で擦り始めます。

 手際のよい手指がこすり布を巧みに操り、磨かれたスプーンの柄の文様が、彼の身に着ける白シャツよりも輝き始めるのです。


「あとは弓と魔法が達者なら文句は無いわ。第一枝とか第二枝とか、下の方の枝に行けば、百足蜘蛛とか鎌切蜂が出るでしょう? 自分の身は守れるくらいの人でなければ、不安じゃないかしら」


「夜警隊や討虫隊を除けば、そんな下の方に行くなんて、お転婆な君くらいのものだよ。君が夜中にこっそり屋敷を抜け出して、夜な夜な虫退治をしていたことを知られたら、君のお父様に大目玉を食らって、僕はこの第13枝から追い出されるだろうね」


「でも、レジィがとっても強かったから不安は無かったわ」


「僕は“紋無し”だからね。強くなければ生きていけなかったんだよ」


「でも、強いだけでなくてとっても優しいわ。優しくなければ生きる価値は無いもの。強くて優しい、そんな人と想い合えたなら、とても素敵でしょうね」


「そうだろうね。ほら、第8枝の総領家の長男が、文武に優れて有名じゃないか。24も葉を持つ“樹冠の紋”の家だしお似合いだよ」


 ああ、何という事でしょう。

 レジィは本当に気付いていないのです。


 韜晦しているわけでもなく、悪ふざけをしているわけでもなく、本当に気付いていないのです。

 自分に好意が向くはずが無いと、心の底から信じているのです。しかしこの少年は、それでいてこの令嬢に思いを寄せているのです。


 いや、思いを寄せているなどと言う言葉では、生易しいのかもしれません。

 愛しているのです。


 そして、叶わぬ愛を胸に秘めて一生を終えるつもりでいるのです。

 彼女のために自分の命を使えたならば、それで本望だと死んでいくつもりなのです。


「さあ、そんな木彫りのお守りなんていじっている暇があったら、いい加減にパーティの準備を始めなよ」


「あら、このお守りは恋を司るダンチョネ神のご加護が授かれる、とっても有難い物なのよ」


「聞いたことのない神様だなあ。胡乱な奴じゃないのかい?」


 創世神コウリュウ、大地と生命の神プタハ、破邪の神メリーアンが主に信仰される世にあって、それでも新たな神が現れるのは、それだけ人々が願いを抱えている証左なのやもしれません。


「第七枝の女の子は、みんな持ってるわよ。第七枝の第二葉に首都コウリュウ・ユグドラシルからの旅人が来ていたの。それでね……」


「さ、お話しの途中で切り上げるのは心苦しいけれど、そろそろ時間だよ。お客様が着いてしまう。レーベンレーレルのケーキは君が用意するんだろう? すぐに始めると良いよ。小麦粉をふるいにかけておいたし、卵と果物も用意しておいたよ」


「はぁい」


 そう言って立ち上がったマナは、一つの突飛な閃きを得て、何とも満足気に笑いました。

 そうだ、レーベンレーレルがあったのだと気付き、早速に何やら準備を始めます。


 レーベンレーレルと呼ばれる風習は、神への祈りのために古くから続く儀式でございまして、かつては丸焼きにした羊や牛などが使われることもありましたが、昨今では小麦を使った焼き菓子に落ち着いております。


 パーティの主役が作った料理を囲んで、皆で祈りを捧げてから食すという段取りですが、子どもが好む面白い仕掛けがありまして、中に小さな陶製の人形などを隠しておくのです。


 切り分けた時に人形入りに当たれば、その人物は、その日は王様や王妃様になり、隣に王妃や王を相手役として選ぶことも出来れば、周りに采配も出来るというものです。


 家族を相手役に選べば、親愛の証。同性を選べば、親友としてのよしみの印し。そして異性を選んだ時、それは愛の告白となります。


 これを結婚の申し込みに使う者もおりまして、意外に浸透しているのでなかなか侮れません。


 マナの140歳の誕生日を祝うというパーティであり、大人への仲間入りをするという節目の時に、レジィへの想いを表明することで、この関係を進展させてしまおうという大胆無鉄砲な試みなのです。


 とはいえ、人形を確実に引き当てるには細工が必要ですが、彼女には何やら算段があるようでございます。


 小麦粉をふるいにかけ、卵を割り、バターを調えてと、手際の良さは流石です。

 そうして作り上げた真ん丸の生地に、青竜を象った小さな陶製人形を埋め込むと、その上に果物を並べていきます。


 青紫が美しいミズチベリー、緑色の爽やかなタチェンネンの実、瑞々しい黄色ブドウなどがところ狭しと並び、賑々しくも麗しくあります。


 そうして、陶製人形を埋めたところには、たった一つの赤色であるメリーアンベリーを乗せます。破邪長久の御利益が有難いこの赤い実ならば、目印にぴったりです。


 切り分けたケーキは、きっとパーティの主役であるマナが最初に選ぶわけですから、赤い実の乗った一切れを選ぶだけで良いという簡単な仕掛けです。


 鼻唄が出そうになるのを堪えながら、レジィが温めておいてくれたオーブンへ入れると「あとはお願いね」と言って自室へ戻ります。


 これは決して、ものぐさからではありません。

 そろそろパーティの招待客が来る頃合いです。


 着飾ってお客様を出迎えねば失礼というもの。木彫りのお守りは胸元に下げ、飛びきりの髪飾りとイヤリングを着けると、大広間の入り口に陣を張ります。


 すると、すぐにお客様がお見えになりました。来客までにきちんと間に合うあたりは、流石、芽の紋のご令嬢といったところでございましょう。


 余裕と気品に満ちた足取りで近づいてくるのは、緑の髪をきっちりと撫でつけた少年で、樹幹の紋を持つ第8枝の総領家の長男です。


「やあ、マナ。君の誕生日を祝うことが出来るなんて、今日は人生最高の日だよ」


 恭しく一礼する少年を、マナは笑顔で迎えます。


「ありがとう、クリストファー。あなたが一番乗りよ、とっても嬉しいわ」


 次に来た赤髪の三つ編み少女は、首都コウリュウ・ユグドラシルへ遊学を予定している双葉の紋の長女です。


「こんにちは、マナ。お誕生日おめでとう。トゥルルの羽毛を使ったクッションをプレゼントに持ってきたの、使ってね」


「ありがとう、ダイアナ。一生大切にするって誓うわ」


 小さい頃からの親友を抱きしめます。


 そうして次々と訪れる友人たちと言葉を交わし、広い食卓へ案内します。

 大きな枝を輪切りにして置いただけの簡素なテーブルですが、若枝を編んだ椅子や稀少な金属食器が引き立てれば、豪華なパーティ会場に変わります。


 今日の飾りも料理も、主催者であるマナが選び、采配をしたものです。大人の仲間入りをするために、140歳の誕生日は自ら催しを取り仕切るのが習わしなのです。


 ここで上手くいくかどうかで、世間の評判だけでなく将来にまで影響するのですから、部屋のすみには心配したマナの父が席を押さえて見守っています。


 とはいえ、あくまで監護者の立場ですから、出しゃばって来るものではありません。

 席も分けた上に、遠くから見ているだけなのですが、これで十分でしょう。


 何せ今日集まった12人の友人は、全員が気の置けない間柄なのですから、これ以上に心強いことはありません。


 この世界樹で生きる者には、二つの特性があります。


 一つは、友情と信頼でございます。

 過酷な世界ですので、皆が皆を信頼し助け合いながら生きています。生き残る上での要請でもありますし、共に手を取り合って生きている結果としての信頼感でもあります。

 そこに些細な諍いなどは全く無用なのでございます。


 そして、もう一つは冷徹な階級社会と言えるでしょう。

 世界樹の上という限られた場所で、効率的で秩序だった集団生活をするには、やはり厳格な規則と制限が存在するのです。


 人々の生活全体の采配をする者であったり、作物畜産の管理監督をする人々であったり、樹上を跋扈する害虫を駆除する役割の者たち。

 それぞれが役を果たさねば共倒れですので、その社会は上意下達の成り立ちであります。


 ですので、皆が黒スグリのリキュールで乾杯し、葉野菜と燻製肉のサラダに舌鼓を打ちながら歓談する間も、従僕であるレジィは一言も発さずに給仕をし、皿を下げてとあくせくと働きます。


 誰も彼に話しかけないどころか、視界に入っているかも怪しいところです。

 これは、皆が酷薄であるということではなく、そういうものなのです。


 第二都市プタハ・ユグドラシルが芽吹いた時に役割を果たした者たちは、新芽の保護を役目とすれば芽の紋を持ち、樹冠を守る者であれば樹冠の紋を司り、代々役目を継いでいったわけでございますので、今も昔も特別な扱いをもって用いられる一族となっております。


 彼ら同士は腹を割った付き合いをしますし、指揮監督下にある者達へは確固たる態度で臨むという事を、生まれた時から身に着けているのです。


 それはもちろん、下の者であるレジィも同じです。

 卓に着く者達と自分は、全く違う世界を生きる者であると確信しておりますので、マナの誕生日のお祝いが成功するよう、懸命に動き回っているに過ぎません。


 その働きの見事さと、マナが前もって考え抜いていたメニューと余興のお陰で、パーティはいよいよ佳境を迎えます。


 お抱え楽師がリュートの演奏を終え、肉料理の皿が空になると、マナは笑顔で皆を見回します。


「さ、次はレーベンレーレルにしましょう。レジィ、お願いね」


 言われるまでも無く準備を終えていたレジィが、ナイフの入ったケーキをマナの前に置くのですが、見る見るうちにマナの顔が困惑の色に変わります。


 ああ、何という事でしょう。

 目印にしていた赤い実が見当たりません。


 端から端まで目をやりますが、緑も黄色も紫もありますが、赤い実だけが見当たらないのです。

 思い付きから初めて試したので、メリーアンベリーに火が通ると紫色に変わることを、マナは知りもしなかったのです。


 想定のしない事態は続くものです。

 赤い実を探そうとケーキへ身を乗り出していると、胸元のひもがほどけ、木彫りのお守りがケーキの上に落ちてしまったのです。


 物が落ちたケーキを、お客様へ出せるわけはありません。

 そのひと切れを、自分で引き取る以外にはないのです。


 皆がケーキを選んでいる間、笑顔を保ってはおりましたが、マナの内心での落ち込み用と言えば、筆舌に尽くしがたいものがあります。

 自分の前に置かれたお皿には、一切れのケーキが乗っており、その上にはこぼれ落ちた木彫りのお守りが乗っています。


 恋愛成就の神様のお守りだなんて聞いていたけれど、まごうことなき厄病神なのかもしれない。そんな思いはしかし、ケーキに落ちた木彫りのお守りを拾い上げたところで、ころりと変わります。


 お守りを取り除いたその下に、竜を象った陶製人形が顔をのぞかせているではありませんか。


「あら? あらあら?」


 驚きながらも人形を取り上げて、マナは卓を見回します。

 皆も、彼女が誰を相手に選ぶのか興味津々です。


「ダイアナ、ごめんなさい。今日は親友ではなくて、私の愛する人を選ぼうと思うの。今日から大人なんですもの」


 そう言ってレジィに手招きをします。

 心当たりの全くない彼としては、彼女の思い人はどんな人だろうかという思いに蓋をしつつ、何か手伝いがあるのだろうという程度の考えで歩み寄ります。


「さ、私の隣に座って、レジィ。私が王妃で、あなたが今日の王様なんだから」


 そう言われて、レジィは黙り込んでしまいました。


 頬を赤く染めるマナを見れば、嘘や悪ふざけではないことくらいは、すぐに分かります。

 けれど私事ではないこの場には、紋無しのレジィが言葉を交わすことも出来無い人しかおりません。


 黙って立ち尽くすレジィを見て、マナの胸に不安が立ち込めてきます。


 もしかすると、迷惑だったのだろうか、他に誰か思いを寄せる人がいたのかしらと。


 もちろんマナは、哀れな少年の心のうちなど知る由もありませんが、“もしかするとレジィは私のことが好きなのかもしれない”と考える根拠は幾つかあります。


 子どもの頃かずっと一緒におりますし、私事の時には仲良くしております。

 他の人には見せぬ笑顔を見せてくれていると感じることも、一度ではありません。きっとレジィも……と希望を抱いているのです。


 てすが冷徹な階級の違いを知るレジィにとっては、素直に喜べる場面ではなかったのです。

 芽の紋のご令嬢が、紋無しと結ばれるなという事は、秩序の崩壊と言えるのですから。


 卓に着く皆も、驚き固まっているようです。

 ですが、少しの間をおいてクリストファーが沈黙を破りました。


「君はレジィと言うのか。マナの従僕としてよく働く姿を見て、素晴らしいと思っていたよ。君がマナの思い人と言うなら、君は、樹幹の紋を持つ第8枝の総領家の長男たる僕、クリストファーの親友も同然だ。どうぞ、よろしく」


 緑の髪をきっちりと撫でつけた少年は、レジィの目を見ながらはっきり言ってのけたのです。


「なんて素敵なのかしら。紋の有無なんて、関係ないわ。マナが心に決めた人なら、きっと素敵な人なんでしょうね」


 ダイアナが目を輝かせて二人を見つめます。


 そうして、その場にいる者たちが、次々と歓迎するかのようにレジィに声をかけます。


 そうなのです。

 この世の掟は二つ。冷徹な階級社会、そして信頼と友情なのです。


 彼らは、マナへの信頼と友情を選んだのです。


 マナとしては、当然ながら彼らを信じてはいたものの、やはりこのようにレジィが認められると、大きく深い喜びに包まれるのです。


 しかしレジィは、未だに黙したまま立ち尽くしています。

 彼が見ているのは、マナの父親です。


 芽の紋の家長である彼がその気になれば、白いカラスを黒くすることだって、熊の尾を長くすることだって出来るでしょう。

 そんな男が、目を閉じ、険しい顔でうつむいているのです。


 レジィとしては、気が気ではないのです。

 こんな突飛な行動をしてしまうマナは、ご尊父の逆鱗に触れてはいないだろうかと、内心で滝のように汗を流していることでしょう。


 けれど心配は要らないのです。


 紋無しの男と娘が結ばれることなどありえないからには、このレジィという従僕にしては惜しい男に、どうやって紋を持たせよう。以前の虫退治の功績を持ち出して虫討ちの紋を与えようか。いや、枝葉の紋の家には後継ぎがいなかったはずだから、養子として継がせようか。


 娘の顔を見ればその真意は手に取るように分かるし、レジィのことはよくよく知っているからには、娘の選んだ相手ならば間違いないはずだと親バカ思考もない交ぜになりつつ、そんなことを考えているのです。


 ですので、父としては一つ聞けばよいだけなのでした。


「君は娘の事をどう思っている?」


 問いかけた本人としては、念のための確認程度の物でありましたが、問われたレジィとしては、その覚悟を図られるものだと解釈をいたしまして、ついぞ見せたことのない真剣な表情で本心を語らざるを得ないのです。


「心から……愛しております」


 レジィとしてはそう答えるだけで精一杯でありましたが、マナとしては、その言葉を聞けただけで胸がいっぱいになるのです。


 マナとレジィは、この後に結ばれて、100年後には二人でハルカ・ユグドラシルと呼ばれる第四の世界樹を立派に育て上げるのですが、それはまた別のお話となり、本項はこれでお終いと相成ります。

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