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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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【重要】大切なお知らせ【報告】

 駅前広場に立ったマドカは、夏の青空を見上げた。洗練されたデザインの高層ビル群が目に入ると、思わず声が漏れる。

「うわぁ、すごい。本当に映ってる」


 駅ビル壁面の巨大なデジタルサイネージでは、黒髪をなびかせるマドカが、コガネと共に最新型パーソナルターミナルのМK5を手にしている。最近はずっと忙しくしていたので、こうして実際に見るのは初めてだ。


 隣のビルでは、3Dビジョンで先日のヘリオス杯を、ダイジェスト放送している。

 美しい映像に見とれていると、決勝でのクライマックスシーンが映し出された。青い魔力光を纏ったマドカが、ヘリオス撃ちでコガネを打ち倒している。


 マドカ以外にも、駅前で待ち合わせをしている若者や道行くビジネスマンなど、多くの人が見ている。足を止めて見入る人さえいる。


 ヘリオポリス平和記念公園駅では、一日に120万人が乗降する。世界首都ヘリオポリスで最大級であるこの駅前は、人の波ときらびやかな建物で溢れていた。


 およそ1年前、この都市はマモノと呼ばれる正体不明の生物群に襲われた。

 けれど今の街並みに、戦いの痕跡はほとんど残っていない。路地裏に修復されていない古い建屋がいくつかあり、青いシートで覆われている程度だ。

 平和で賑やかな街並みは、活気とエンタメで満ち溢れている。


 そんな大都会の真ん中で、自分の映像が衆目を集めている。

 この街に来た時には、自分の姿がこうして大画面で放映されるなんて、思ってもみなかった。

 もちろん夢見ていたことではあるし、自信もあった。

 血を吐くような努力をしてきたし、死線を潜っても来た。


 けれど、こうして実際に目の当たりにすると感慨深いものがある。

 思わず笑みが漏れたところで、ふと気が付いた。

 駅前を行き交う人々が、マドカを見て驚いている。


 自分の映像を見ながら頬を緩めているところを目撃されたことに気付き、面映ゆさから頬を染めて視線を落とすと、振り切るように歩き出した。

 道を行く誰もが、こちらを見ているように感じられる。帽子をかぶり直し、カバンから取り出したサングラスをかけると足を早めた。


 人通りは、以前より多い。

 ビジネスに観光、ショッピングなどに繰り出す人々は活力にあふれ、陽気な喧騒を作り出している。

 けれど、余裕をもって作られた幅広の歩道は、気持ちよく歩くことができる。刈り揃えられた街路樹の鮮やかな緑と、枝葉が作る日陰が快い。


 かつては毎日使っていた馴染みの道を進んでいると、視界にAR通知が入った。歩きながらパーソナルターミナルを操作し、動画配信プラットフォームへアクセスする。

 お勧めの人気の動画が次々と表示され、視聴を促してくるが、全てスルーして目的の配信にたどり着く。


 コガネの映像配信が始まったのだ。


 救世の英雄であり、世界屈指の魔法使いとして知られ、マジックスポーツのトップ選手であるアサヒナ・コガネは、世界で最も知名度のある有名人の一人だ。

 そして、先週行われたヘリオス杯決勝での惜敗は、全世界中継されていたこともあって、誰もが知っている。


 敗戦以来、公の場には現れていなかったコガネの動向は、注目を集めていた。試合後に初めて姿を見せるとあってか、開始1分で接続者数は90万人を超えている。

 既にネットニュースでは、コガネの配信が速報で大きく取り上げられている。これだけでもマジックスポーツ界だけでなく、全世界でのコガネの注目度が分かる。


 マドカは、配信を見ながら小走りで街を駆け抜けた。

 窮屈で日当たりの良くない路地に入ると、張り紙や落書きが醸し出す暗く猥雑な空気を抜けて、薄汚れたビルの二階に上がった。

 柔らかいスニーカーを履いているが、それでも安普請の階段がカンカンと音を立てる。


「師匠、います?」

 安物の薄い扉を開けると、久しぶりにヤマガミの事務所へ足を踏み入れた。


 ヤマガミは、くたびれたTシャツ姿で、安物ソファに腰掛けている。

 テーブルに置かれた旧式のディスプレイは、コガネの配信を写し出している。相変わらず、画面がくすんでいる。


 以前と違うところと言えば、氷をたっぷり入れたミルクティーとアップルパイのアイスクリーム添えが置かれていることくらいだ。嗜好品を楽しむ程度には収入が増えた証だろう。


「今は忙しい。三か月待ちの人気店の逸品を、ようやく手に入れたんだ」

 そう言って、ディスプレイから視線を動かさずに、アップルパイにかじりついている。


「お手伝いしますよ。そんな大仕事を、師匠だけに任せるわけにはいきません」

 マドカが隣に座ると、ヤマガミは無言でホールのアップルパイを大きくカットした。

 同じように無言で受け取ると、マドカは口いっぱいに頬張った。


 そうして、しばらく二人でコガネの配信を見守った。

 画面の中では、コガネが色々なことを語っている。

 マモノとの戦闘での魔力汚染の影響は無いこと、軍の人体実験を受けたなどどいうのは事実無根の噂であること、純粋に力及ばずにマドカに敗北したことなどを、少し不貞腐れたように淡々と語っている。


 配信を見ながら、マドカは声が震えないように声を落として呟いた。

「実は私、お別れを言いに来たんです」

「別れ? どういう意味だ?」


「えーっと……そのままの意味なんです。私、もうこの世界にはいられないんです」

 マドカがうつむきがちに言うと、ようやくヤマガミが彼女の顔を見た。

「もう一度聞く。どういう意味だ?」

 鋭い視線は、韜晦を許さないという決意を感じさせる。


「あのマモノとの戦いのとき、神様に助けて貰ったっていう話をしましたよね」

「ああ。未だに信じられないが、信じるしかないだろうな」

 マモノとの戦いの最中に、突然打開策を閃いた理由を、マドカは、ヤマガミとコガネだけに説明していた。

 それは、神様に教えてもらったなどと言う荒唐無稽な内容だったのだが、マドカの言葉ならと二人は納得したのだ。


「実は、まだ話してないことが一つ、あったんです。とっても大事なことです」

「……なんだ?」

 ヤマガミは、嫌な物でも見たかのように眉を曲げる。

 これまで、何でも明け透けに話してきたマドカだ。重要な事項を秘密にしているなど、尋常ではない。


「実はあの時、神様に言われたんです。神様の力を借りるには“それなりの代償”が必要だって……」

「“代償”だと? まさか金銭じゃないだろうが」

 顎に手を当てるヤマガミへ、端的な答えを放った。


「私自身です」

 間髪入れず、ヤマガミは拳を机に叩きつけた。

「何だそれは? 生贄でも欲しいと言うのか? そんな邪悪な存在は、俺が潰してやる!」

 言葉を紡ぐほどに激昂していき、最後には漏れ出た魔力で窓ガラスにひびが入っている。

 だが対象的に、マドカは冷静そのものだ。


「ここではない、どこか遠いところで、神様に仕えるそうです。少なくとも、この星ではないみたいです」

「二度と帰ってこれないということか?」


「多分……。でも、私は納得しているので大丈夫です」

「俺は納得していない。コガネだって、そう答えるだろう。トールは? お前の両親も、家族も、そんなことは望んでいないだろう!?」


「一年間、待ってもらっていたんです。ヘリオス杯でコガネと決着を付けたかったから。でも、もう行かなくちゃ……」

 マドカが取り出した布には、ダンチョネ神殿と書かれている。初めてのスポンサーの宣伝ステッカーだ。


「さよなら、師匠」


 マドカの言葉と共に、ステッカーがわずかに光ったように見えた。

 目がくらむような光ではないし、目を離したわけでもない。

 だが、ヤマガミが気付いた時には、マドカは忽然と姿を消していた。

 部屋の奥では、換気扇がカタカタと音を立てている。


 画面ではコガネが、来年のヘリオス杯でマドカと戦い、雪辱を果たすと語っていた。





 ロムレス王国の王都で、白壁の家々を横目に街路を進むと、丘があった。


 丘の上にも周囲にも、石造りの大きな建物が建ち並んでいる。巨大な白亜の神殿に隣接する豪邸が、マドカの目的地であるダンチョネ神殿だ。

 ファンタジー系のゲームに出てきそうな服装の人たちが行き交う広場を抜け、ダンチョネ神殿の入口を潜った。


「おう、誰だい嬢ちゃん」

 奥から獅子のような金髪の大男が姿を現し、のしのしと歩み寄ってくる。

 その異形に心底驚いたが、マモノと対峙した時の様な魂からの嫌悪感は無い。何より、友好的に話しかけていることに、少しだが安心できる。


「ゴダイ・マドカと申します……。今日からこちらでお仕事をさせていただくんですけど……」

「マドカ? 聞いたことのない名前だな。ようやく俺の部下になる予定の人員が来たのか?」


「そうかも知れないです。実は私、詳しいことは良く分からないまま、ここに来てるんです」

「そうか。悪いな、俺もよく分からないんだ。何せ神殿を開いてからずっと、何かとバタバタとしているんだ。とりあえず座れ。せっかくだから飲み物でもどうだ?」


 その言葉と共に、椅子を勧められる。

 差し出されたグラスからはワインの匂いがしたので、受け取りはしたものの口は付けずに置いた。


「お嬢ちゃんは、ダンチョネ様かアサヒ課長の知り合いかい?」

「はい、アサヒさんにはとってもお世話になってまして……」


「そうか。あの人は頭の作りはオカシイけど、事務仕事は抜群だし、経験豊富で老獪だし、底なしの魔力を持つ強大な魔神だからなあ」

「はあ……」


 魔法科学の発達した世界に生きていたマドカからすれば、神や悪魔などはフィクションの産物である。アサヒと名乗る超常的な魔力を持つ存在を知らなければ、それらが実在するといわれてもピンとこなかっただろう。


 けれど、目の前には獅子面の男がおり、流暢にしゃべっている。マドカには及ばないものの、それなりの魔力を有していることも感じ取れる。

 その男の口から語られると、神様もいるんだろうと、腑に落ちる。


 二人で話しながらしばらく待っていると、奥から騒がしい足音が聞こえてきた。

 黒いスーツを身に着けた黒髪の少女で、手には紙の束とレトロなノートパソコンを抱えている。

「おまたせー、ゴメンね。待った? 改めて自己紹介するね。ダンチョネ処女神殿の権能執行課長、アサヒ・ハルカです」

「あ、よろしくお願いします」

 マドカが腰を上げるようとすると、手で制された。


「いいよ、いいよ。座っててね。何てったって、待望のITつよつよ人材だから、大事にしちゃうよ! うちに来てくれて、本当にありがとう」

 満面の笑みから、マドカは自分が歓迎されているとわかり、少し嬉しくなった。


「すぐに手続きしちゃうからね」

 そう言うとアサヒ・ハルカは、机に書類の束をドンと置いた。

「これ、雇用契約書。我らがダンチョネ神殿が本拠を置くロムレス王国の法に則って、紙で用意したんだよ。何しろ、パーソナルターミナルどころか、パソコンも電気もない世界だからね。あ、一応データも送るよ」

 言いながらコーヒーメーカーのスイッチを入れ、ノートパソコンのプラグをコンセントに差し込んだ。


「動力……無いんじゃないんですか?」

 マドカが思わず聞くと、アサヒ・ハルカは、人差し指を唇に当てた。

「しー。神殿の中だけは特別なの。内緒だからね」

 隣で獅子男が額に手を当てている。いつものことなんだろう。


「契約内容を簡単に説明しておくね。この世界にいる間は不老不死だから、元の世界に戻るときは、今と細胞一つ変わらないよ。時間の流れも調整しておくから、こちらの世界にいる間は、元の世界では時間が経過していないことにしておくね」

「……ちょっと何言っているか分からないです」


「簡単に言うと、こちらでどれだけ過ごしても元の世界に戻れば一秒も経過していないことになるということだよ。これなら安心だよね」

「安心できないですよ! どエラい事をしようとしていませんか?! 1人雇うのに世界の時間をどうにかしちゃわないでください!」


「大丈夫、大丈夫。よくあることだから」

「よくあるんですか……?」

 神様の超常的な何かで、上手いことやってくれるんだろうと納得しておこう。そう自分に言い聞かせたところで、マドカは気づいた。


「という事は、家族や友達にも、また会えるんですか?」

「うん、もちろん。7日のうち2日は休みだし、有給休暇もあるから、気軽に帰宅してね」

 何でもない事だという風な返答に、マドカは両手を上げて飛び上がった。

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[一言] 春風さんもすっかり神様ムーヴに。 やはり創造神としての数百年は。
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